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ねぎ、七味、わさび
私はバイトを始めた。
家のすぐ近く、歩いて三分もかからない蕎麦屋だ。
ご主人の佐々野さんはよくある職人気質な人。
客が入っていることはほとんどないから、私の必要性はないような気もする。
火曜日は特に暇で、私は裏口を出てシェリーと世間話をする。
彼女はしなやかで柔らかそうな見た目とは裏腹に、たいそう不機嫌そうに喋るものだから、慣れるまではビクビクした。
「いいダシを使ってるのよ。けどね、蕎麦そのものがイマイチなわけ」
シェリーはかなり前からここに通っている。まかないをもらうほどだから、私なんかより蕎麦に詳しいのだ。
「佐々野さんに言ってみないの?」
「言っても聞く人じゃあないわ」
「そんなことないよ」
「…ふぅん。あんたは特別扱いなのね」
意味深に目を細める彼女はなかなかの迫力。意味もなく謝りそうになった時、店の引き戸が開く音がした。
慌てて中に戻る私に、シェリーはしっぽを一振りして「またね」と笑った。