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次の朝、シュレッダーの中、通信販売のDMにそれは交ざっていた。彼宛の手紙。途中で刃が引っかかったのか、そのままの状態である。
取り出して彼は一瞬ぎくりとした。今朝のニュースでも流れていた、横田の遺書と同じ封筒と字だ。
きっと死ぬ前に投函したのだろうが、うちに届いたのは昨日か、それとも今朝早くだったのか…。
封は開いていた。彼はそれを読み始めた。
何が何だか解らなかった。手紙の主は彼のことを偶像のように頻りに賞賛していた。委員会で話したこととか、ずっと憧れていたとか…。
この僕に憧れてただって?どうしてなんだ?!だって、あんなに非道いことをされたじゃないか。それなのに、好きだって?!
しかし、彼が最も驚愕したのはそれに続く部分だった。
『…本当は、苛められるのがもう嫌だからとか、親が成績でうるさいからとかではありません。
君を好きになってしまったのが、もの凄く苦しいからです。
僕は君になぜか親近感を持っていました。
僕と似てるような気がして、せめて友達になれたらと思っていました。
でも僕のような人間では、たぶん君に目もかけてもらえないでしょう。…』
横田は僕のために死んだと言うのか?
そして、居間のドアが開き、母親が入って来た。彼と母は無言のまま、ひきつった顔を見合わせていた。
「…見てしまったのね…」
母は、半世紀以上も前から平日の夜に放送されている主婦に大人気の二時間サスペンステレビドラマのような台詞を口にした。途端にこの場はそういう二時間ドラマになった。
「…どういうことだよ」
彼は彼で混乱したまま反抗期真っ只中の息子に扮した。
「…ジョシュ、あなた、その横田くんと仲が良かったの?」
「…いいや」
母は永い溜息をつき冷静になろうとしながら言った。
「こんな手紙は来なかった事にするのよ、そんなあなた、そりゃあ人から好かれるのは悪いことじゃないけれど、男の子からで、しかもこんな風になって(つまり彼女は同性、しかも自殺した人間から、と言いたかった)、ジョシュは悩むに決まってるでしょ?それにこれであなたの将来が変な方向に行ったら、これからなんだから…」
「変な方向ってなんだよ?それで手紙を、俺に見つからないうちに捨てたんだな?昨日の電話、担任からだったんだろ、なんで言わなかったんだよ」
「お母さんが言わなくても、学校に行けば耳に入るでしょう?あなたはこんな事でいちいち左右されずにあなたの道を歩まなくちゃならないのよ」
ああ、そうか。自分たちの進んだレールを行けという事か。
彼の中にふつふつと沸き上がるものがあった。
「それで俺はだんだん人間らしさが消えていくんだ、何も知らずに勉強ばかりして、最後には機械になっちまうんだ!!」
彼は膝をついて床を殴った。殴りながら、なんて陳腐で滑稽な喜劇だと思った。
与えられた役割を演じるだけ。こんな茶番はもうごめんだ。
しかしそれよりも彼を苦しめた考えがあった。
そうなのだ。彼はあの、大嫌いな無機質の連中と同じようにあの転校生を痛めつけていた。けれど本当は、そのことが自分を痛めつけるように痛かった。
横田に憎悪の感情など抱いてはいなかった。傷つけたいとは露ほども思っちゃいなかったのだ。
あれは、もう一人の彼だったのかもしれない。横田は彼が押し殺そうとし隠し続けた、もう一人の自分だったのだ。
むしろ愛していたかもしれない、その透明なか細さ、消え入りそうな眼差しを。いや、きっとそれゆえの憎悪だったのではないだろうか。
いつも泣きそうな顔をして隅で蹲っていたのは《僕》だった!
それなのに横田は彼を好きだと書き遺して死んでしまった。
謝りたかった。友達としてやり直したかった。横田にこの気持ちを伝えたかった。ギイの言う通りだ。死んだ奴ともう一回話すことなんて出来ない・・・。
そして彼は立ち上がり、手紙を引っ掴んでこの茶番から飛び出した。
土曜日の午後だった。
この行は特にモロ『トーマの心臓』だなと思います。
シュレッダーにかけるなら最後まで見届けないと。
自分で書いておいてなんだけど、詰めが甘いですねこの母親。