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その帰り、シストラムの『胃袋』の中で彼等はいつもより明るい空を、飽きもせずただ眺めていた。
「さっきのあれ、何だったんだ?ジョシュ何かしたのか?」
ギイに訊かれても、彼はこう答えるしかなかった。
「…知らんね」
午後からは授業があったのだが、学校にはもう戻らなかった。
途中寄ったゲームセンターで、不意に璋が口を開いた。
「あいつ…、あの死んだやつさあ、何処に行ったんだ?天国か?」
「さあな」
彼はなるべく短く答えた。あまり考えたくなかったのだ。
「どうなっちっまったんだろうな、横田のやつ」
ギイがそう言った時、やっと彼はあの死んだ生徒の名を思い出した。今までその横田の家に居たのに、写真の顔ばかり見つめていて何故か頭の中に入ってこなかったのだ。
「まあ、行けるように祈っててやろうぜ、もう死んじゃった奴と話すことなんでできないし、自殺したから地獄行きなんて可哀想すぎだし」
ギイはやっぱり優しい。「さっすがクリスチャン」と璋に茶化されても怒らない、その宗派を確定するのは極めて怪しいが。
いつか彼が怒りにまかせて横田を非道く殴りつけそうになった時にも諌めたのはギイだった。横田だって、ギイには好意を持っただろう。
「そりゃあ人類みな兄弟、神を愛するごとくジョシュも愛してるのさ」というのがギイの口癖だが、でも実際、男から好きと言われるのは彼自身にとってはあまり嬉しいことではない。
ギイは何故こんな彼を好きになったのだろう。しかも彼は璋が好きなのだ。どんなに璋が女性に変化することを願っているか。
しかしその反面、いつまでも変わらずに三人でいたいという気持ちも存分にあった。璋自身の気持ちは掴めないが、今のままが最高だと思っていた。
おかしな三角関係。ちょっとばかし厄介な、でもいい関係だった。
「昨日電話あったか?担任から」
彼は二人に訊いてみた。
「なかったよ。ニュース見るまで知らなかった。璋のところは?」
「寝てたからな、よく分からない」
「寝てた?まだ7時ぐらいだぜ?」
「十時間睡眠でなきゃ体がもたないんだよ」
このように、いつも璋には謎がつきまとっている。
ギイと別れ璋と例の儀式をした後、彼は死んだ横田のことを考えながら家に帰った。
自殺、か。
彼は何度、TVの画面に映し出された横田の遺言を、いまどき珍しく紙に自筆で書かれたその文章を冷たい感情の底で笑っただろう。
甘っちょろいヘタレ野郎、どうせ死ぬならあいつら道連れにするとかの方がまだマシだろ?そういうとこだけ勇気出してどうするんだよ。
なんで自分の方が簡単に殺せちゃうんだかな。他人の命と自分の命を比べてさえないんだから。
いや、他人の命と同じくらい自分の命だって大切なんだから。
そこまで考えて彼はふと気づいた。
横田には、そういう事さえ言ってくれる人間すら居なかったのだ。
そして、もう自分がこんな軽口を叩くことさえできないということも。
死ぬ気でやれば何でもできるなんていうのは嘘だ。死ぬ気になるっていうことは、ほんとに死ぬことしかできなくなった時だからだ。
それはほんとに、死ぬこと以外、何も考えられなくなった時なのだ。
彼は突然泣き出しそうになった。泣いて泣いて泣きまくって、自分というものをからっぽにしてしまいたかった。
今の僕にもその気持ちを理解するのは至極簡単だったのだと思う。