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 ゆっくりと、彼等を呑みこんだシストラムは流れる。不愉快な揺れもなく、滑る獣のように。閑静な町中を走る、小さなリニアモーターカーのようなもので、家から学校まで三十分、彼等の通学機関だ。


 二十一世紀も半ばを過ぎ、人類はまた少し進歩した。そして彼等は魔法も伝説も信じない、かさかさした子供に育っていた。埋蔵金という埋蔵金、資源はすべて掘り返され、果てしなく遠い宇宙まで開拓した人間に、夢というものはもはや存在しなくなっていた。どこか遠くの星では戦争が起きていたらしい。

 それでもとにかく(しかも相変わらず)、目先の進路――良い大学に通い、良い企業に就職し、貞節な伴侶と理想の家庭を築いていくことだけが、ちょうど彼等のように、地球から少し離れた環境の良いコロニー惑星にだけ存在する、中流以上の家庭の子息、ギムナジウム生たちの典型的な将来パターンだった。

 この頃の彼は、一刻も早く独立したかった。

 長男ではなかったし、第一両親の面倒を看るのは御免だった。別に、彼がこんな風になってしまったのは家庭のせいだけではないということは、自分でも解っているつもりだった。

 だが、しなびたこの小さな町の空気は、彼の心をも無感動に変えてしまっていた。


 シストラムは、商店街の駅に停車した。八時を回ったビアガーデンは、そろそろ大人達を迎え入れるためにライトアップが始まっていた。

 既にアルコールをしたたかに吸収したらしい、背広姿の男たちが管を巻きながら降りていく。

「おれたちもいつかあそこへ溜まるようになるのかなあ」

 男たちを見送ると、ギイがハンバーガーに食い付きながら呟いた。

「お前なら、もう少しいいところで飲んでるさ」

 璋がさりげなく答えた。

 奨学金制度のあるギムナジウム生には珍しい話ではないが、彼には父親がいない。誰なのかも判らないのだ。

 もしかしたら、えらい政府の高官かも知れないと彼等はひそかにワクワクしたものだった。夜の仕事をしてギイを一人で育てている彼の母親には一度だけ会ったことがある。おっとりとした優しいひとで、本当はきっと男に騙されたのだと思う。しかし、たった一人の息子をそれこそ目に入れても痛くない程かわいがっていた。

 動き出したシストラムは、しばらくして草の生えた広い空地の前に停まった。ここにももうすぐでっかいビルが林立するようになるのだろう。空を覆い尽くす程に。

 彼の胸を、虚しさが草食恐竜の首のように突き上げた。ギイは無言で席を立つと、そのまま降りて行った。母親は仕事(バー)に出かけたに違いない。


 彼等の間にさよならは無しだ。何も言わずにそこを去る。そう言い出したのは璋だった。理由は教えてくれなかったが、彼とギイは同意した。

 彼が降りる駅まで、璋とは少ししか口を利かない。いつもそうだった。

 そして彼が降りるときも、挨拶は、あのゲームみたいなキスだけ。

 璋は彼に口づける。唇と唇が触れ合う程度に、しかし熱っぽく。軽く舌を入れてくることさえある(傍目には恋人同士に見えるのかもしれない)。そうしたらシストラムは唸りながら横腹の気門を開きき、彼を外に押し出す。そして何も言わず、そのまま乗って行って夜の闇に消えてしまう。

 家までの中途(みち)を歩きながら、先程の璋の行為を思い返して彼は体の芯がひそかに熱くなるのを感じた。

 璋はいつも彼をそうさせる。まるで弄ばれているようだった。だが彼は何も感じないふりをした。実際は璋を抱きしめて、それ以上の行為に及んでしまう衝動に駆られるほどなのに。璋だって別に誘惑しているつもりではないのだろう。

 あれはギイには内緒の遊戯(ゲーム)だった。どちらが誘惑に負けるか。

 後ろめたさは感じなかった。璋の口づけがなくなることを恐れはしていたけれど。


 頬までも火照ってくるのを感じながら、彼は家の門をくぐった。

 彼はいつも璋があの獣の中に住んでいるような気がしていた。実は住所も知らない。

 家については彼もギイもあまり話したがらなかった。そんな事はどうでもよかったのだ。

 ただ、お互いの存在を欲していただけだったから。


 孤独には慣れている筈だった。

 でも、側に解ってくれる人間を探さずやってゆけるほど彼等は強くもなかったのだと思う。

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