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 あの日の序章(はじまり)

 夏の日の放課後、職員室に並んで立たされ、彼等は担任の教師に説教を喰らっていた。

「ジョシュア!ギイ!(しょう)!何回言ったら分かるんだお前等は!」

「…先生のその怒りの皺が三十二本になるまで。これがほんとのシワ三十二、なんちゃって」

 ギイはにかっと歯を見せた。

「寒っ!」

 横を向いていた璋の苦笑。教師には聞こえなかったようだ。

「ギイッ!巫山戯たことを言うなッ!」

 ついこんな当て字をしてしまうほど教師の怒り方は真剣だった。

 まあ彼だって今の洒落には付き合う気がしなかったのだが。

「僕達が、何したってんですか」

 彼はしれっと言った。

「何した、だと?!授業はサボるわ、学校の備品は盗むわ、挙句に教師をノイローゼに追い込んで、これで何もしていませんと言えるのか!!」

「授業は、腹が痛くなって保健室行ってたんです。メイ先生にだってただ処女かどうか訊いただけで…」

 ちょっと黙らせたかっただけなのに、あの女。

「ジョシュアッ!とぼけるのもいい加減にしろ!三人も一遍に腹が痛くなる訳がないだろう?!人を馬鹿にして、全く、お前達は首席を争う成績で入学してきた特待生じゃないか!このままだとご両親に連絡して…」


「そんなに邪魔ならさっさと追い出しゃいいだろ」

 璋が低く呟いた。

「璋ッ!お前は、女のくせにもっと丁寧な言葉が使えんのか!!その言い草はなんだ!?お前のご両親は、お前の為にこの学校(ギムナジウム)にお前を入れたんだぞ!?少しは感謝を…」

「まだ女かどうか判んねえんだから、どういう風に喋ろうが、あんたの知った事じゃないね」

 教師はぐっと詰まった。勢いだけは体育会系なくせに、おつむは弱いったら。少し強気に出るとすぐこうだ。

 あんたこそなんでこの学校にいるんだって感じだよな。彼はひとりごちた。

 璋は、現在でもまだ珍しい、試験管で生まれた人工授精ベビーだ。だが性染色体欠損とやらで性別の判定が難しかったため(外見は今のところ少女と見紛うばかりだ)、どちらの性別になっても大丈夫なように科目選択制で共学のここに来たのだという話だった。

 しかし彼の口の利き方は既に男だし、彼もギイも絶対やつは男だと言い張っているのだが…。


 

 璋とギイに出会ったのは、二年前の秋の入学式――ギムナジウムの新学期は九月に始まる――だった。首席合格だった彼(今でもあれは冗談じゃないかと思う)が壇上で新入生代表の挨拶をしている時、璋は隣の席の奴を泣かせていたし、ギイは一番前の席で気持ち良さそうに眠っていた。

 勿論、彼もこんな事下らなくてたまらなかったし、何よりその場から出て行ってしまいたかったのだ。


 彼等がここの堅苦しい顔たちの中でお互いを見つけ出すのに時間は要らなかった。そして、その瞬間から、彼等の、恋でも友情でもない正体不明の透明な何かが始まったのだ。


 彼等はいつも教師の手を焼かせた。校長が朝礼で遅刻が減ったと言えば、学校のチャイムをわざと遅らせて、それに合わせてやって来る連中を混乱させ自分たちは昼に登校したりもした。少しご年配の教師に教科の変更があったと偽の連絡をして自習時間を作り出すのは常套だった。

 理系のギイに文系の彼、文理共通選択の璋と、一緒の教室で授業を受けることは少なかったが、こと悪事に関しては何をするのも一緒の三人だった(特にこの件は結局、誰の仕業か判らずじまいになっている。喜んだ奴もかなりいたからだ)。

 しかしいつもはこんな風に学校で一緒にいることは珍しい。この体育教師がうっかり彼等をまとめて呼びつけてしまったのだ。普段は三人が集まらないよう学校も工夫している、らしい。成績は常に上位だが問題行動の多い、要注意の生徒と認識されているわけだ。それも実際無駄な抵抗だとは思う。顔を合わせなくても、連絡手段はいくらでもあるのだから。


 彼等は、延々と続く、教師の途切れ無いお小言に飽き飽きしていた。

「そろそろ部活始まるんでこれで…」

 ギイは慇懃な笑みを浮かべて言い、三人とも一斉に教室を飛び出した。まったく、いつまでも付き合ってる訳には行かないんだよっ。教師はまだ何か喚いていたが、もう彼等の耳には入らなかった。

 


 彼等はサッカー部に所属している。校則で大概何かのクラブに入ることになっているのだ。

 小さい頃からサッカーをしているギイは、流石に大所帯のクラブ内でいつも一軍だ。

 璋も運動神経と呑み込みがいいので体育全般はすべてこなしている。けれど何故か一時間も経つとすぐにへばってしまう。笑う時もそうだ。金切り声ともつかぬ乾いた声でひとしきり笑ったあと、ひきつけを起こして目を潤ませながら胸(注:もちろん平たい)を押さえてもがいている。

 いつか彼は、なんでそんなにしてまで笑うのかと璋に訊いたことがある。そうしてでも笑った方が気分が良くなるのだそうだ。「生きてる感じがするっていうか」。よくわからない。

 キーパーばかりやりたがる彼については…まあ可もなく不可もなく、とだけ言っておこう。

 

 彼等がグラウンドに走って行くと、顧問の教師が待っていた。他の教師達とは違っていつも自然体で友達のように話し掛けてくる。それでいて、変に馴れ馴れしくない。

「どうしたんだ、いつもなら張り切って一番に出て来るのに」

「ちょっとヤボ用」

 彼は笑って誤魔化した。

「また何かやらかしたのか、悪さも大概にしろよ」

「ヤバくならない程度にするよ」

 ギイが歯を見せて笑いながら屈託無く言った。

 こいつはいつもそんな調子で、彼のことを好きだと公言して憚らない。そう言えばやつはゲイになるのだろうか?ギイにかかれば人類みな兄弟というか、おそらくネタだとは思うが。


 他の連中は、既に着替えてボールを蹴っている。あの連中とは彼は馬が合わない。適当に話はするが、決して本心を見せてはいない。やつらとは異質なのだ。脳味噌が凍り付いている。すべてが幼稚で、原始的で、あらゆる箇所に野蛮さが鏤められている。そのうえ奴らの笑い方は卑猥だ。馬のような、オランウータンのような声で笑う。

 このギムナジウムでは初等部からの持ち上がりの連中が大半で、彼等のような中等部からの入学は大変難しく、人数も少ない。で、そのエスカレーター組は大抵が大金持ちの、頭は比較的悪い(これはかなり優しい表現に類する)ボンボンであったりするわけだ。まあ、向こうだってこっちを気に入らないんだろうからお互い様だ。でも彼はサッカーは好きだから、それはそれでいい。

 

 彼等は駆けていき、時間が過ぎた。

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