12
誰一人帰ろうとは言わなかった。このままここを借りて住もうかなどと、彼等は半ば本気で言っていた。
今思えば、ギイの告白は、その楽園の日々に終止符を打ったのかもしれない。結果的に見ればそうなった。そして金属質の少年達の感情のベクトルは、いとも簡単に怒りと殺意に向いたのだった。
「おれ、そろそろ帰るよ」
ギイはある夜焚火を囲んでいるときにそう言った。
「なんでだよ?」
「たぶん、見つかってるから」
そこでギイは息を接いだ。
「――おふくろと、あいつの死体が」
『あいつ』とはさっき話していた母親の再婚相手のはずではなかったのか?
「お前、追い出されたって…」
「追い出されたっていうのは嘘。おれが殺したんだ」
ギイは淡々と続けた。
「あいつの会社倒産したんだよ。
第3セクターの仕事で作った遊園地がポシャって、
会社の事後処理でとりあえず五百万必要だって、朝いきなりやって来た。
おふくろが断ったらナイフつきつけて、うちの通帳持っていこうとしたんだ。
それでおふくろと揉み合って、おふくろ死んじゃった。
おれもうわけがわからなくなってさ、
気がついたらあいつも血まみれでおふくろの上に倒れてた」
びっくりしたよー、とギイはとってつけたように目を丸くして彼等を見つめ、表情を和らげた。
「あんな爽やかな朝なのにさー、目の前で人が死んでんの。
しかも一人はおふくろだし。
しばらくぼーっとしてたけど、だんだん意識がピント合ってきて、
とりあえずおふくろだけ布団に寝かせて、家出てきちゃったんだ。
だから、居場所がなくなったってのはほんと」
「なあ、その遊園地ってもしかして…」
璋の問いに、
「そう、ここ来る前に寄ったとこ」
ギイは力なく笑った。
「ばかやろう」
彼はギイを殴った。
「なんでそういうことを一番に言わないんだよ!」
「言えないよ」
「俺等のこと何だと思ってるんだ、どうしてすぐ連絡してくれないんだ」
彼は三人がシストラムに乗り込んだ日を思い返した。
自分の理由が結局一番小さなことのような気がしてなんだか恥ずかしくなった。少なくとも彼の理由には当事者的なものがない。
「…本当は、あの日家を出てから死のうと思ってたんだ」
「え?」
「シストラムに飛び込んで、死ぬつもりだった。でも飛び込めなくて、ずっと見てたらジョシュたちがいたんだ」
「……逃げよう」
今まで黙ってギイと彼の応酬を聞いていた璋が口を開いた。
「死体が見つかったら指名手配になる。他の星に飛んだ方がいい」
「どこに行くんだ?」
「冥王星。でも、その前にオレも親父を殺しに行く」
彼は息を飲んだ。
「お前等にも迷惑かけることわかりきってるけど、それさえ果たせりゃ本望だ。それだけでもういいんだ。…ご免な」
璋の瞳は赤く滾っていた。彼とギイも黙ったままうなずいた。
「お前の思うように、存分にやっちゃえよ」
彼は言った。
「どのみち、もうあそこには戻らないだろ?」
「勿論」
璋はにっと笑った。
「ゴミ溜めにひっかかって腐るより、このまま流れていく方がいい」
それは一つの命題になった、彼等が生きていくために。
この時の彼等には、それが最上の解決策だと思われた。否定するような理性は到底持ち合わせちゃいなかった。本当にそう思っていたのだ。
それで璋が、ギイが、彼等が、一瞬でも本当に自由になれるなら。
明日、朝一番の冥王星行きのシャトルに乗って出かけよう。そう決めて彼等は床についた。出発を急ぐ事を璋はこう動機づけた。
「だってオレたちみんな『鳴いた』だろ?」
一瞬意味がわからなかった。彼は少なくともその時は涙なんか流してはいなかったのだ。
「心の中で激しく叫んだ。それが共鳴したんだ。それに…」
このまま、こうしていたってもうじき『神様が殺しに来る』からな。璋の微笑が少し儚さを増していた。
暗闇の中で虫の声だけが林に響き渡っていた。