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第5話

「おい。聞いたか? この間の魔物の襲撃でユークリッドの2人が仲間を見捨てて逃げたんだってよ」

「ホントかよ。情けねえな。この国の恥だぜ」

「知ってるか? 仲間どころか、自分達のガキも見捨てたんだってよ」

「そりゃあ、どうしようもねえな。卑怯者の両親を持つガキか? そのガキも卑怯者に育つに違いねぇ」

フィルの頭の中には昔から言われ続けている言葉が響く、自分や仲間を見捨てて魔物の襲撃から逃げ出した両親を罵倒する言葉が、

(うるさい……俺は卑怯者なんかじゃない)

 この国でなければ兵士でもない両親は自分達の命を優先してもここまでの事は言われなかったであろう。

 しかし、この国では自分の大切な人達のために自分の命を投げ出すのが『当たり前』の国、フィルの両親は周囲の人間や今までは友好的に過ごしていた人間達からも冷たい目で見られ、耐えきれなくなったようでこの国からフィルを置いて逃げ出してしまった。魔物の襲撃からも受けるべき罰からも逃げだした卑怯者。それがフィルの両親への評価であり、その息子であるフィルへの評価は卑怯者の息子と言う枷である。

「聞いたか? 卑怯者の息子が学園に入学したらしいぜ」

「マジかよ。学園で学んだって両親と一緒で仲間を見捨てるだけだろ。税金の無駄使いはやめてくれよ」

(……)

 他人を見下す時の周囲の視線と言うのは本人がいかなる努力をしても変わらない。フィルが学園に入学すると更にフィルへの罵倒や嫌がらせは拡大していく。そんな中、

(……お前らがそう言うなら戦ってやる。誰よりも前で誰よりも早く先陣に立ち、そして)

 幼いフィルの心は壊れ始め、彼は戦場での死を望むようになる。だが、彼の命をかけた名誉を挽回する機会を与えられる事はなかった。フィルには剣を使う才能も先陣を駆けるだけの走力や体力ですら存在していなかったのだから、

(何で? どうして? 俺はどうして)

フィルは絶望に叩き落とされる一緒に学園に入った者達は剣を振るい、槍を構え、国を守るために戦場に赴いて行く。それなのにフィルにはその機会すら与えられる事はなく、

「聞いたか? あの卑怯者の息子、戦場が怖いからって、単位をわざと取らないらしいぜ」

「おいおい。止めてくれよな。あんな恥知らずはこの国から出て行って欲しいぜ」

 戦場に出る事ができない彼を罵倒する声はさらに激しさを増して行き、

(……黙れよ。そう言うなら、俺を戦場に連れて行けよ。望み通り、死んでやるよ。だから)

 フィルの心は周囲からの悪意により蝕まれて行く。暗い漆黒の闇の中に沈んで行くが、彼はそこで歩みを止める事はなかった。誰も自分を戦場に連れて行かないのであればそれを叶えるのは『自分しかいない』と思った。それからのフィルは学園の書庫にある過去の変人奇人と言われた魔術師達が残した魔法書や軍師、軍吏を学ぶために過去の戦史を読み漁った。それだけでは飽き足らず過去に失われてしまった魔法文明の遺産をも調べ上げ、彼の中に眠っていた才能を開花させて行く。

「おい。聞いたか? 卑怯者の息子は戦場で戦う事から完全に逃げたんだってよ」

「聞いた。魔法学科だってよ。俺達が命を賭けて戦っているなか、あいつは安全な場所ってな」

 しかし、フィルがどれだけの結果を出しても周囲の態度は変わる事はなかった。彼はどこまで言っても『卑怯者の息子』でしかなかった。


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