第32話
「……どうした?」
「いや、何となくな。お前の結界を超えてくる人間もいるんだ。少しは警戒しようと思ってな」
「ん? すまん」
フィルが魔光石の分析に戻ってしばらくするとジオがテントから出てきてフィルのために淹れてくれたのか紅茶を渡すとフィルはジオに短い言葉で礼を言い、
「まったく、安心しすぎてな。最近はお前の結界を超えてくる奴もいないから俺の落ち度だ」
「……気にするな。あれほどの魔術師に会える機会なんて滅多にないんだ。実質、こちらには被害もないしな。安い授業料で学んだと思えば良い。それにあまりピリピリとしてるとあのバカはまだしもなれていないティアナには居づらいだろ」
「そう言って貰えると助かるんだけど……どうして、そう言う優しい言葉を本人にかけてやれないかな」
ジオは襲撃が考えられる事なのに警戒を緩めてしまった事を反省しているようで苦笑いを浮かべて頭をかくがフィルはあまり気にしていないのか手を止めて紅茶に口を点けると次に生かせば良いと言い、その言葉の中には急きょ、この場へ連れてくる事になったティアナへの気遣いも含まれており、ジオは口の悪い幼なじみの不器用な優しさに小さくため息を吐くが、
「優しい言葉なんて生きるのになんの役にも立たない。自分の体験から何を学ぶかだろ。それにそう言うのは俺の役割ではない。あいつはこれから多くの事を学ばないといけないんだ。学園で依頼で……戦場だって例外じゃない。過程はどうであれ、ティアナ自身が選んだ答えだ」
「やれやれ」
フィルはティアナがこれから進むであろう道に彼女が成長して行ける事を願っているようで小さく頬を緩ませて笑うとジオはフィルの表情につられるように苦笑いを浮かべる。
「まぁ、なるべく、支えてやれよ。少なくとも呪歌に関してはお前以外にあの子の力になれる人間は学園にはいないんだ」
「……呪歌は発動まで時間がかかる上に詠唱時は無防備になるから効率が悪いからな。わざわざ、学ぶ人間もいないものだしな。覚えるのはよっぽどの暇人かモノ好きだ」
「それを覚えたモノ好きが言うなよ」
ジオは学園には呪歌を専攻している人間が少ないと言うとフィルは呪歌は実用的な魔法ではないと言うとジオはそんな呪歌を使えるフィルを見てため息を吐くと、
「あの子の歌には力があるよ。前を向く気にさせてくれる。初めて、ティアナの村に立ち寄った時の村の状況は最悪だった。何とか魔物との戦域は維持していても逃げ場も無いから戦う力もない人々の心は壊れそうになってしまう。ティアナの歌はそんな村人の心を最悪の結末に向かわせないように聴く人達に勇気を与えていた」
「……俺達が立ち寄らなければ村人が魔物相手に玉砕していた可能性も高いがな。勇気と無謀は別物だ」
ジオはティアナの呪歌は『治癒の歌』だけではなく、何か特別な力があると思うと言うがフィルの反応は冷たく、
「それでも充分な結果だ。あの子の歌で村を守っていた戦える人間は逃げずに勇気を持って戦えた」
「……それがティアナが売られる理由になったのは皮肉だがな」
「……お前も同じ考えか? 『自己犠牲』? 俺も王都の出身だがたまに本当に正しいのかわからなくなるよ。俺は剣士だ。何かあれば1番前で戦う事になる。1番、死の近い場所で……仲間を守るために戦うのは当然だと思うけど、やっぱり、怖いしな」
「……それ以上は言うな。不安は全てを飲み込むぞ」
「そうだな。少なくともそんな日がきた時には逃げるわけにはいかないんだ。俺もお前も」
「……あぁ」
フィルとジオはいつの日か来るかも知れない戦争の事を思い浮かべるが2人とも確信に触れる事を躊躇したようで言葉を飲み込む。