序章
どこかから帰って、耳を塞ぐ。どこかへ行くために、また耳を塞ぎ、音楽に身を投影する。音楽というものに自分という存在が溶けていっているような、この外の世界からは離れたような、10mほど上で自分を見るような感覚は、ずっとここにいたくなる居心地を出していた。小さな繁華街と、眼前に聳え立つタワマンの光に導かれるように、決まった道を歩いていた。行きたくないという強い思いとは裏腹に、足は湿った路面の上を突き進んでいった。嫌だ、嫌だ、嫌だ。そればかりしか考えられなくなった上半身を、下半身が建物へ運んでゆく。行くべき建物はすでに目の前に大きく聳え立ち、自分を飲み込もうとしていた。電光掲示板の横を抜け、階段を見上げる。その先には、足を止める理由があった。0.1秒にも満たない時間かもしれないが、自分にとってはそれが何時間にも感じた。
一歩一歩、踏みしめて一歩ずつ、足を階段に置いていった。
その一歩一歩が、沼に足がはまってしまったような気持ち悪さをうまく演出する。
じわり、じわりとガラスのついたドアから差し込む光が近づいてくるたびに、喉の奥に意識がどんどん持っていかれる。ガチャリという軽快な音が、単調な鉄の棒が、中が見えるこのプラスチックのドアが、まだ小さな自分にとってはとても気持ちの悪いものに見えた。
光にこの身体が包み込まれ、中にあるデスク類を見ると、えをもいえぬ諸悪の権化、悪魔、言葉で表しても表しきれないほどの悪漢がそこに座っていた。
「こんにちは…」
「こんちは。」
こちらに不満があるかのように皺の刻まれ、七三分けで少し小太りの30とも、50とも取れる顔が向けられ、動かない怪物の横を歩くように怯えながらカードリーダーへと進み、教室へとむかう。
最近は小テストの基準が本当に厳しくなってきているので、なんとかして再テストを免れたい。その一心でとりあえず今日は30分前に来た。本当に小テストだけは頑張らなくては…
必死に目の前にある英単語を覚える。
とにかく書く。とにかく、とにかく。
3周でも足りない。何周でもする。満点のため。




