4-2 新たな光とその先に
「なに、ここ…。」
洞窟を出たその場所は、標高の高い崖の上だった。
洞窟の前には、茶色い土が迫り出した崖以外何もない。そのおかげで、周囲の景色が一望出来る。
麦わら帽子は、優雅に舞って崖下へと姿を消した。
先の景色をよく見ようと三人は、帽子を追うようにして崖の淵へと近づく。
迫り出した平らな土の床を進むにつれ、視界に段々と緑が広がっていく。
そこに見えたのは、大自然と言ってもいいほどの大森林だった。辺り一面を森が埋め尽くしている。
全てが一望出来る訳ではないが、人工物らしき物が一つも見当たらない。遥か遠くの方で、森が途切れ丘や平原が存在するのが、薄っすらと見える。
「見て!あそこ!何か飛んでるよ!」
望が荷物をガチャガチャと揺さぶり飛び跳ねる。短い腕で、森の上を旋回している動物を指差した。
望は、夢中になりながら、どんどん崖の淵へ近づいて行く。
「落ちるなよ?」
勇希が注意すると、望は手に持っていた石に目を落とした。
石の光は、強くなったり弱くなったりを繰り返している。電池切れのおもちゃの様に、今にも光が消えてしまいそうだった。
さすがに落とすとマズいと思ったのか、じっと石を見つめてから、黙ってズボンの前ポケットに突っ込んだ。
勇希には、この光景が信じられなかった。
祖父から聞いた時も、正直言ってあったらいいなぐらいの感覚だった。自分もいい歳で、存在しないことだと分かっていたつもりだ。
しかし、ここまで来たら信じるしかなかない。今は、サンタを夢見る少年に戻ったって、別にいいのだ。
勇希は、大きく息を吸い込んでから、言葉を口にする。
「おれたち…。本当に来たんだな。異世界に…。」
勇希は、言葉を噛み締めた。
驚きと感動で、胸がいっぱになる。少しでもこの光景を長く見ようと、地平線を見渡した。
聞いたことのない動物の鳴き声や、森の木々が揺れ動く音が聞こえる。多くの生物の存在を、全身で感じ取っていく。
「ロボットとかいるかな?」
勇希は、望が嬉しそうに顔を覗き込んでくる視線を感じた。
「ロボット?なんで、ロボットなんだよ。ロボットより、魔法とかじゃないか?」
「じゃあ…。魔法で動くロボットね!」
勇希は、望の冗談に付き合いながら、何か見つけられないか探す。そうすると、川の先に煙が一本立ち昇る場所を見つけた。
目を凝らしてよく見ようと、崖の端に一歩近づくと、なぜか後ろから上着の裾を引っ張られた。後ろにいる春花が、なにやら合図を送ってきているようだ。
しかし、今はそれどころじゃない。
「あそこ。人が住んでるのかな?ん?なんだよ。春花も見てみろよ。絶景だぞ?」
邪魔をする春花に仕方なく顔を向ける。
春花は、洞窟の方を指差しながら腰を抜かしていた。地面へ尻をつけて右手で勇希を、引っ張り続けている。
そんな春花の姿を見て、忘れていた黒い猛獣のことを思い出した。脳裏に、あの恐ろしい黒い顔がチラつく。勇希は、すぐに洞窟へと視線を向ける。
しかし、ふと見た洞窟の中には、何も見えなかった。
「ねえ…。やばいよ…。恐竜!」
怯えた声で、勇希に伝える。春花は、震えた腕を持ち上げて、もっと高い位置を指差す。
勇希は、春花の指し示す場所を見上げた。洞窟の穴から、さらに視線を上げる。勇希の癖毛が風で波打つ。
するとそこには、岩肌の山の上から、こちらを見下ろす大きな生き物が居た。
ドラゴンだ。
「…え?」
理解が追いつかなかった。
勇希は、目を丸くする。
そこには、とてつもなく大きなドラゴンがこちらに顔を向けて、静かに佇んでいた。もしかして、昼寝の邪魔でもしてしまったのだろうか。
全身を覆う赤い鱗が、ギラギラと煌めく。翼は背中に折りたたまれ、体がどれだけの巨体かがハッキリと見て取れる。
金色の目で三人を凝視し、大きな鼻から煙を上げる。
「わー!ドラゴンだ!」
望が大きな声で指を差す。目をキラキラさせて、興味津々だ。
それを、勇希がすぐにやめさせる。そんなことをしていたら、あの巨体に軽く押し潰されてしまいそうだ。
「静かにしろって。挑発すると、おれたち食われるんだぞ。」
「え…。」
望は、すぐに静かになった。
今回は、望でもすぐに理解できたらしい。目を瞬かせながら、両手で口を押さえて背中をピンと張る。もうドラゴンから目を離せないでいた。
「いいか?荷物を持って、ゆっくり移動するぞ?」
正気か?っと、言わんばかりの顔で、春花が静かに訴えてかけてくる。
しかし、そうするしかない。勇希は、小声で説明した。
「これがないと。逃げられたとしても、ここでは生きていけないだろ?いいか?」
食料や道具がないと、さすがにマズい。置いて行ったとしても、取りに戻れる補償もなかった。
春花は、仕方なく頷き、ゆっくり地面から尻を持ち上げる。そして、荷物を担ぎ上げた。
勇希は、ドラゴンを見て固まっている望を引っ張って移動を始めた。右腕には、春花がくっついてくる。動き難いが、文句を言っている暇もない。
挑発しないよう慎重に、洞窟の脇へ移動する。
その岩肌の先に、この崖を下れる道がありそうだった。
ドラゴンの大きな瞳は、こちらをずっと見てはいるが、飛び掛かってくる様子はない。一先ずは、大丈夫そうだ。
脇道へ移動が終わり、一息吐こうとした時。
ドラゴンが、山の上から飛び上がり、先程まで三人が居た場所へ飛び降りた。
翼を軽くはためかせ、大きな足を地面につける。
ドーン。
と、低い音を立て、地面が揺れ動く。
三人は、揃って肩が上がりビクッとした。
ドラゴンは、長い首をしならせて、ゆっくりと勇希たちの方へ顔を向ける。
「ゆうくん。これ、やばくない?」
勇希にしがみ付きながら、春花が言った。もちろん、勇希も同意見だ。
「ああ、ヤバいな…。」
その時、三人の目を疑うような事が、目の前で起きた。
それは、一瞬の出来事だった。
突如として、洞窟の中から黒い猛獣が飛び出し、ドラゴンに飛び付いたのだ。
春花は、叫びそうになり手で口を押さえる。勇希と望も、口を大きく開くが、驚き過ぎて声が出なかった。
猛獣は、大きな鋭い三本の爪を、ドラゴンの体に食い込ませた。
そして、力強く四角い顎で背中へ噛み付いた。ドラゴンは、驚き悲鳴をあげながら体を回転させる。
「グオオオオオ!!」
それは、もう大迫力だった。
大きな叫び声が耳に響く。とてつもない振動で、勇希たちの足元がおぼつかない。ドラゴンが動く度に、地面が揺れる。
勇希は、しかめっ面をしながら二人を引っ張る。今のうちに、ここを離れたかった。
ドラゴンは、長い首を持ち上げ、大きく口を開いた。鋭く生え揃った牙とザラザラとした大きな舌を覗かせる。
そして、首を曲げながらその大きな口でバクッと、猛獣の首元へ噛み付いた。離れている勇希たちの耳にも聞こえるほどの、鈍い音が鳴る。
ゴキン!!
すると猛獣は、力が抜けてしまったように動かなくなってしまった。
そのままドラゴンに咥えられて、体を持ち上げられる。猛獣の体は、への字となって足をぶらぶらと揺らす。
ドラゴンは、そのまま軽くポイっと投げ飛ばした。黒い猛獣は、崖の下の森の中へと落下していく。
ドラゴンは、体を起こして自身の傷を確認する。
木々が揺れる音と共に、地面へぶつかる大きな轟音が聞こえてきた。
そんな音など、気にすることもなく、ドラゴンは傷口を舌で舐め始める。ドラゴンの仕草には、絶対的な王者の風格が漂っていた。輝く鱗に、鋭い牙。重くて低い音の鳴る息づかい。
あんな猛獣など、ドラゴンにとっては猫が戯れてきたのと変わらないのだろう。
あまりにも早い決着に、三人は逃げ遅れてしまった。少しずつ距離を取っていたつもりだが、未だにドラゴンが見える位置にいる。
三人は、顔を見合わせてから、音を立てないようにその場から立ち去った。




