4-1 新たな光とその先に
光を抜けると、その先は暗闇だった。
勇希は、重たい荷物を床へ投げ出し、その場へ崩れ落ちた。
今見た光景が忘れられない。
それでも、健がまだ生きていると信じたかった。
いや、絶対に生きているはずだ。ケンくんが、そう簡単にやられるわけがない。物語の主人公のような男だぞ。
勇希は、そう自分に言い聞かせる。
泣きたい気持ちを我慢して、勇希は顔を上げた。
今は、現状を把握することが大切だ。健の行動を、無駄にはしたくない。
勇希の背後には、通り抜けてきた白く輝く扉が、ポツンと宙に浮いていた。
しかし、その光の扉は、見た目ほど周りを照らしてはくれないみたいだ。確かに光っているはずなのに、まるでそこだけ切り抜かれたように、白と黒の世界を分け隔てていた。
おかしい。原っぱを輝かせるほど明るいはずなのに。
勇希は、不思議に思いながら辺りを見回す。
真っ暗な空間に、ゲートとは別のほんのり白く輝く玉が浮いている。
光の玉をよく見てみると、薄っすらと人影が見えた。その光の玉は、上下に少し動きながら春花のことを照らしていた。
勇希は、クーラーボックスを肩へ掛け直し荷物を拾い上げて、その明かりの下へ向かった。
輝きの正体は、望が持っている石のようだ。
石の光もゲートと同じく、周りを上手く照らしていない。どういう訳か、石の周囲の空間に円形の光を作り出し、それより外側は真っ暗だ。
春花は、その明かりを頼りに、ガチャガチャと音を立てながら自分の荷物を漁っていた。その音だけで、かなり焦っているのが伝わってくる。
焦る気持ちは、勇希にも十分に分かった。
ここは、獣臭い。ということは、猛獣の巣なのかもしれない。そうだとすると、きっと、あの猛獣がここに戻ってくるはずだ。
その憶測が外れていたとしても、この暗闇の中に他の動物が息を潜めている可能性がある。どちらにせよ、危険な状況に変わりはなかった。
「あった!」
春花が何かを見つけて言った。
ピコっと、いう音とともに長方形の四角い光がついた。スマホを開いたようだ。春花は、スマホを操作してライトへ切り替える。
そうすると、丸い光がぶんぶんと辺りを光速で移動する。丸い光は、すぐに落ち着きを取り戻して大人しくなった。光に照らされ、ゴツゴツとした石の壁が姿を見せる。
春花のスマホの明かりは、ゲートや石とは違い、正常に光を照らしてくれているようだ。
光を頼りに周りを確認すると、ここが大きな洞窟の中だということがなんとなく分かった。
暗くて分かり難いが、隅に枯れ草の塊や糞の山のような物が見える。やはりここは、巣の可能性が高い。
ひんやりとした天井からは水滴が落ちる。水が定期的に地面を打ち、洞窟の壁に音を反響させる。その音の反響する壁の先に、薄っすらとした明かりが見える。
「みんないる?先輩は?」
春花が健を探して、暗闇の中をキョロキョロと見渡す。
勇希が、苦い顔をしながら黙って首を振るのを確認すると、春花の膝が折れ地面に手をつける。長い髪が顔を隠して地面に垂れた。
「そんな…。」
春花は、勇希の後ろで漂っている不気味なゲートに視線を向ける。春花の目が萎み、涙が浮かんでくる。
「きっと大丈夫。引き付けるだけだって言ってただろ?今のうちに逃げるぞ。さっきのヤツが、追いかけて来る前にさ。」
泣きたい気持ちは、勇希も同じだった。だが、それを悟られないように、春花を立ち上がらせる。
望は、一番にゲートを潜ったため、よく分かっていなさそうだった。
「ほら!あんなのに食われたくないだろ?早く移動しようぜ。」
「う、うん…。」
そうは言っても、健を待ちたい二人の気持ちが足取りを重くした。
少し歩いては、ゲートを振り返る。
不思議な白い光を見る度に、健がひょっこり姿を現すことを期待した。
「パイプオールガーンのワープゲートみたいだよね。」
勇希が頻繁に振り返るのを見て、望が言った。望は、石の光で洞窟の壁を照らしながら歩いている。
勇希は、少しドキッとしたが、緊張感のない望に釣られて気が緩む。
「確かにな。夢であって欲しいくらいまともじゃないな。あんな化け物もいるし…。まさか、こんなことになるなんて。」
暗い洞窟の中で、顔をさらに暗くする二人の表情を見て、望が励まそうと言葉をかける。
「ケンくんなら大丈夫だよ!ケンくんは、カッコイイし、強いんだよ?」
望は、春花の顔を見て言ったが、春花は前方に照らしたライトの光を見つめたまま、黙って何も言わなかった。黙々と、外を目指して明かりが見える所へ向かって歩き続ける。
「そうだな。全力で楽しんでないと、ケンくんにどやされそうだ。」
勇希は、無理に笑って見せた。
いつもそうやって健が引っ張ってくれていた。健がいない今、自分が頑張らないといけないと、勇希は悟ったようだった。
そして三人は、洞窟の角に着いた。
この曲がり角の向こう側から、明かりが差し込んでいる。
「静かにな?注意しろよ?」
実際、ここが洞窟の中なのかも分からない。
見た目だけでそう思い込んでいる可能性もある。慎重になるべきところだ。
春花は、勇希に目配せして頷き、スマホの明かりを消した。明るさ的にも、もう必要がなかった。
そして、邪魔な荷物を一旦置いてから、体を壁に隠して静かに先を覗き込む。
春花は、音を立てずに、ゆっくりと顔を出した。ワンピースの肩紐が、肩から垂れ下がる。
覗き込んだ先は、上り坂の大きな岩のトンネルだった。その巨大なアーチ状の穴から、青空の光が射し込んでいた。
春花の萎んでいた目が、嘘のようにパッチリと開いた。
春花の心がはやる。すぐに身を乗り出して、二人へ安全を知らせた。
「外よ!急ぎましょ!」
声を抑えたにも関わらず、洞窟の壁に反響して大きく聞こえた。春花は、自分の声に驚いて恥ずかしそうに笑う。
そんなことも気にせず、望も陰から飛び出した。光が地面を照らし、道を作っているのを見て目を大きく見開く。
冒険の始まりの予感がした。
勇希は、最後に光のゲートの方を覗き込む。心なしか、ゲートが一回り小さくなっているように見えた。
そして、一瞬、ゲートから黒い爪のような物が飛び出したような気がした。
「ゆうくん?」
春花に声をかけられて、前へ向き直る。
心配そうに見ている春花の顔が、そこにはあった。
後ろを気にしている場合じゃない。
「ああ、急いでここを出よう。」
勇希は、そう言って気合いを入れ直し、春花が置いた大きな鞄を持ち上げて、春花に手渡した。それから、自分の重い荷物を弾ませて手に持ち直し、足を進めた。
勇希は、二人と一緒にトンネルを駆け上がる。
トンネルを進むにつれ、石のようだった壁や床は土へと変わっていく。
三人は、大きく息を荒げる。坂を上る度に跳ね上がるリュックが、体力を削った。こんな状況でも、荷物を捨てず担いだままの自分たちに、少し呆れていた。
それでも、青空を目指して走り続けた。早く外の世界が、どんなところなのか見て見たい。好奇心だけが、彼らの足を速める。
出口付近の岩肌には、緑色の草が所々に生い茂っている。
洞窟の外から、涼しい風が入ってくるのを肌に感じる。さっきまでの獣臭さが嘘みたいに、澄んだ美味しい空気が漂ってきた。自然と三人の頬が上がる。
外に出た頃には、猛獣のことなど忘れてしまっていた。
「うわー。」
息を切らして胸を弾ませる。
額からは、汗が流れ出る。
そんな疲れさえも忘れさせるような絶景が、目の前に広がっていた。
突風が、春花の麦わら帽子をさらっていく。春花の手を掠め、青空へと舞い上がる。
満天の青空には、奇妙なベールのような輝きが入り混じる。太陽は見当たらないが、不思議と陽の光のような暖かさを感じた。
遠くの空には、見知らぬ動物や大きな鳥が羽ばたいている。
そして、薄っすらと見える地平線の先の雲間には、塔のような柱の影が見えた。




