2-1 出発
翌日。閑静な住宅街に、力強い風が吹き抜ける。
灰色の四角いシンプルな家の縦長い複数の窓に、青い空が反射して映り込んでいた。
その窓の下の屋根付きの駐車場には、白い大きなミニバンと赤くて可愛い軽自動車の二台が止めてある。ミニバンのトランクは開け放たれ、荷物を置くために後部座席を平らにしていた。
丁度そこに、勇希と望が丸く膨らんだリュックを載せているところだった。サイズの違うお揃いのリュックを並べて置き、お揃いの茶色半袖の上着をTシャツの上に羽織っている。望は、相変わらずの短パンだ。
まだ集合には早い時間だったが、おじさんとおばさんが快く家に迎え入れてくれた。
カラッとした空気の中、勇希が空を見上げると、大きな大きな入道雲が青空を漂っていた。風は少し強めだが、良い天気だ。TVの天気予報が云うには、向こう一週間は大雨の心配がない。
絶好のキャンプ日和というわけだ。
テントや椅子。バーベキューセット。食料の入ったクーラーボックス。ペットボトルの入ったビニール袋に、工具箱。
最低でも、二泊はするつもりでいるため、子供四人とはいえ結構な荷物となった。
勇希と望は、おじさんと一緒に車のトランクへ荷物を運び込む。おじさんが率先して運んでくれているおかげで、勇希は楽が出来て助かっていた。汗を掻きながらも、意気揚々と物を運ぶ。
勇希は、ドンッと、トランクの中へ荷物を置き、額から流れ出る汗を首に掛けたタオルで拭く。一息ついて目を上げると、そこには見るからに重そうな荷物たちが並んでいる。
この量の荷物たちを、また自分たちでキャンプ地に運ぶことを考えると気が重くなった。
そんな人の気も知らないで、挨拶に来た勇希の母親が、おばさんと仲良く笑い声を響かせていた。
四丁目に新しく出来たパン屋の話から、最近のドラマの話。聞こえてくる会話は、自分たちの息子とは全く関係の無いくだらない内容ばかり。
よくもまあ、次々と話題が出てくるものだ。
極力静かにしている男達は、そう心の中で思っていたに違いがなかった。
車へ荷物を積み終わった頃、春花がやってきた。
昨日の制服姿とは違い、今日は私服だ。綺麗な模様の入った白いワンピースが、スタイルの良い体にとても似合っている。麦わら帽子を軽く頭に乗せ、長くて真っ直ぐな髪の毛を日照りから守っていた。
前に出した左右の腕には、小さな時計といくつものカラフルな輪っかを掛けている。その両手の先に、小さめのリュックと可愛いお花が描かれた手提げ袋を握りしめていた。
春花は、来て早々に母親二人に挟まれて困惑している。興味津々に二人が次々と話しかけてくるため、逃げ場を失っていた。それでも丁寧に受け答えして、笑顔を絶やさない。
流石、優等生。
猫を被っている春花の姿が、勇希にはとても面白かったようだ。駆け寄ろうとする望を制止して、しばらくその様子を眺めて楽しむ。
どうやらおじさんも、こちらの味方らしい。勇希たちの後ろで、おじさんもひっそりと息を潜めている。おじさんの緑色のTシャツの胸元と背中は、汗で黒く染まっていた。
やっと解放された春花が、勇希の隣で静かに頬を膨らませる。
「知ってるんだからね。ずっと眺めて見てたでしょ。」
「まあまあ、二人が喜んでたし、別にいいだろ!」
ぷいっと顔を背ける春花を、勇希は落ち着けようと試みる。
「もう。」
勇希は、納得していない春花の手から荷物を取り上げて、車に積んだ。
望が、春花のワンピースの裾を引っ張って、後ろから呼びかける。
「はーちゃん、おはよ。」
無邪気な少年の笑みで、春花の心は洗われる。望の頭を撫でて、春花も挨拶を返した。
「おはよう。のぞむくん。」
そうこうしていたら、家の玄関から健の姿が現れた。欠伸をしながら、ボサボサの髪を掻いている。
完全に寝起きらしい。太陽の眩しさにやられ、目が全く開いていない。
「おはよ…。みんな早いな。十二時って言っただろ…。」
そうボヤきながら、玄関から自分の荷物を取り出して背負った。そのままダルそうに車へ運び込んでいると、おばさんが健に話しかけた。
「健。気をつけて運転するのよ。事故でもしたら大変なんだからね。」
「はいはい。気をつけるよ。」
健は、心配するおばさんを面倒くさそうにあしらう。
そして、逃げるように運転席へ乗り込み、後部座席を確認する。後部座席には、勇希となったが既に座っていた。
助手席に春花が乗り込み、シートベルトをかける。
「先輩、今日はよろしくお願いします。」
春花は、礼儀正しく生き生きとした笑顔で言った。
逆に、死にかけの眠そうな目をした健は、ルームミラーの角度を調節しながら答える。
「ああ、こちらこそ。積み忘れはないか?」
後部座席に確認を取る健の顔は、それでも清々しいほどのイケメンだった。春花は、顔を赤らめる。
「うん!ばっちりだよ!」
望の返事を信用していないのか、健が勇希の顔を確認した。勇希は、片目を瞑り親指をピンと立てて合図を送った。
その親指を確認した健は、窓の外で待つ母親たちに声をかける。
「それじゃ、行ってくるよ。心配なら、あとで差し入れ持って来てくれてもいいから。」
「ふふ。行かないわよ。楽しんできなさい。」
おばさんは、笑顔で勇希たちへ手を振った。おじさんと、勇希の母親もそれに続いて手を振る。
「いってらっしゃい。」
「「いってきまーす。」」
車の中から、みんなで手を振る。すると、ゆっくりと車が進み出した。
+
車は、住宅街を抜けて大通りを順調に走る。車通りもスムーズで、あっという間に着きそうだ。
健は、ハンドルを切りながら思いを馳せる。
「今年でもう四回目か。まさか、自分で運転して行くとは思ってなかったな。」
目が覚めてきた健が、嬉しそうに喋る。
一人暮らしの大学生には、実家に帰省した時ぐらいにしか車を運転する機会がなかった。目的地は割と近いが、健は運転が出来て浮かれていた。
おばさんは心配していたが、高校卒業前に免許を取ったばかりの初心者にしては、安定した走りを見せている。
そんな健に、望が言い放つ。
「ケンくん。おじさんくさいよ。」
まさかの望につっこまれ、たじたじとなる。健は、拗ねるようにして言い返す。
「うるさいな。いいだろ。別に…。」
春花が、隣でくすくすと笑っている。
それに気づいた健は、照れ臭そうにして前を向き運転に集中した。
「なんでキャンプ始めたんですか?」
春花が、笑いを堪えて質問を投げかけてきた。
健は、恥ずかしそうな表情をやめて、思い出すように左手を持ち上げた。
「あー。あれは確かー。望が言い出したんだったよな?」
健は、後ろの二人へ向けて聞いた。
すると、健の座っている座席が大きく揺れる。望が、健の座席を両手で鷲掴みにして、勢いよく身を乗り出したせいだ。
「うん!異世界に居るじいちゃんの弟を見つけるんだ。」
望は、前の席の二人の顔を交互に覗く。驚かせたかったみたいだが、春花は冷静に答えた。
「異世界?おじさんの弟ってことは、大叔父さんってことかな。あんまり使わない言葉よね。」
「そうだよ!これ見て!」
望は、短パンのポケットからゴツゴツとした小さな石を取り出した――。




