1-2 準備
駐車場のアスファルトには、湯気が立つほどの日差しが差していた。並んでいる沢山の車のボンネットは、ステーキが焼けそうなほど熱々だ。
勇希は、手で陽の光を防ぎながら空を見上げた。
「うわぁ〜。帽子持ってきたら良かったな。」
日光が、かざした腕を焼く。お昼過ぎともあって、太陽が一番高い位置で地面を照らしていた。
「今日は暑いから、ネッチューショーに気をつけるようにって。校長先生が言ってたよ。」
望が、鼻を高くして自慢げに言った。
「校長先生が?あぁ、終業式で?」
「うん。」
「へ〜。のぞむが先生の話、ちゃんと聞いてることにビックリだな。」
「ゆうくん、それ褒めてないからね!」
勇希が望をおちょくると、望が脇腹を小突いてきた。
望のキノコ頭を手で押し返し軽くあしらってから、前へと進み出す。
「ははっ!ごめんごめん。行くぞ?」
二人は、駐車場には出ずに、一旦店の壁沿いを迂回してから敷地の外を目指す。壁沿いだと、突き出た小さな屋根のおかげでギリギリ日陰が出来ている。
勇希は、タオルで顔の汗を拭きながら休んでいるお婆さんを避けて先を行く。
お婆さんは、雲が太陽を隠すタイミングを見計らっているようだ。しかし、それは当分先の話だろう。
勇希も釣られて空を見てみたが、雲なんて一つも見当たらなかった。
再び前を向くと、車のない駐車場に立つ学生服を着た女性の姿が目に入った。
日光を直に受けながら、駐車場の縁石に立つその女性は、下校の途中なのか鞄を持ったままだ。綺麗な長い髪を風で揺らしながら、棒付きアイスを頬張っている。
そのアイスを持つ白くて細い腕には、いろんな色の輪っかがいくつもついている。
勇希には、この真面目そうな顔立ちの女性に見覚えがあった。
「山野じゃん。」
勇希は、思わず名前を呼んでしまった。
彼女は、駐車場の縁石から飛び降りて振り返る。短いスカートをなびかせて体を回転させ、茶色瞳に勇希の姿を映し出す。
そして、陽気な返事をした。
「ん?あっ!ウキウキじゃん。」
持っているアイスで勇希の方を指しながら、ニコリと笑う。腕の輪っかは弾んで回り、アイスは暑さで溶けかけていた。
「誰が猿だ。」
勇希はムッとする。
変な奴に声を掛けてしまったと、後悔した。勇希から声を掛けてしまった手前、素通りも出来ない。
彼女は、笑顔のまま近づいてくる。
どうしたものか。
「苗字で呼ぶのはやめてって前も言ったでしょ?なに?久しぶりで照れてんの?」
嫌味っぽく上目遣いで言うこの女性の名前は、山野 春花。近所に住む、幼馴染というやつだ。
中学までは同じ学校だったが、今は別の高校に通っている。頭も良く、クラスの委員長もやったことのあるくらい真面目な優等生だ。
だが…。
馴染みのある友人の前では、タガが外れる。こんな所で関わると、よくない事が起きるに違いがなかった。
春花は、望の正面に屈んで足に鞄を立てかける。アイスは食べてしまわないらしい。
「のぞむくん、久しぶりね!覚えてる?」
「…はーちゃん?久しぶり!」
春花は、はーちゃんと呼ばれて嬉しそうにして望の頭を撫でる。まるで小動物へ向けるような、優しい笑みを浮かべる。
「そうそう。はーちゃん!小さい時、よく遊んだもんね。」
望と遊んだと言っても、もう何年も前の話だ。望も小さかったので、ほとんど覚えてないだろう。
「はぁ。…じゃ。」
勇希は、大きくため息をつき歩き出した。弟との対応の差を嘆きながら、春花を無視して通り過ぎる。
春花のことは、ある程度分かっているつもりだ。伊達に長い付き合いではない。
優等生というものは、ちょっとした悪い事に憧れるものなのだ。なので彼女は、いつも勇希が気を抜くと、悪さを始める。
乗らないエレベーターのボタンを押したりするし、道に迷っている人がいると、わざと遠回りさせる。この学校帰りの買い食いもそうだ。
そして、バレたり何かあった時に、怒られるのはいつも勇希なのだ。
まあ、買い食い以外は、一人の時にはしないはずだが…しないよな?
勇希は、そんな不安を抱えながら隣を横目で見る。
やっぱり、春花がついてきていた。スカートを跳ね上げながら元気に歩く彼女は、何故か嬉しそうだった。
その手で振り動かす溶けかけのアイスは、今にも地面に垂れ落ちそうになっている。
望は、そのアイスを心配そうに目で追っていた。
「はいはい。んで、春花はこんな所で何してるんだ?」
勇希は、諦めて話しかけた。
春花は、キョトンとした目で答える。
「何って。見ての通り、買い食いだけど?二人はおつかい?」
そう言って、思い出したようにアイスを舐め始めた。聞いては見たが、興味ないですと言っているようなものだった。
アイスの行方を心配していた望は、ホッとする。
「はーちゃん、見て見て!」
望は、お菓子の箱を春花へ見せつける。それを見て春花は、再び望の前に屈んで笑顔を向けた。
「パイプオールガーン!良いわね。中身は何だったの?」
春花がパイプオールガーンを知ってることに、勇希は驚いた。
勉強が出来る奴って、なんでも知ってるのか?勇希は、望がいなかったら絶対に分からない自信があった。
それにしても、春花は子供の相手が上手だ。
わざわざ望と目線を合わせ、笑顔で語りかける彼女の姿は、子供の相手に慣れている感じがした。たしか、兄はいても下の兄弟はいなかったはずだ。
不思議に思いながらも、勇希は立ち止まった二人を待った。
「明日開けるから、明日の楽しみなんだ。」
望は箱を耳元で振り、音を確認する。鳴った音で中身を想像しているようだ。ガタガタと音はするが、中の形までは分かりそうになかった。
「へー。でも何で明日なの?夏休みだから?」
「ううん。明日から、キャンプに行くんだよ!」
望は、元気良く笑顔で答えた。
「山にキャンプ場があるだろ?毎年早めに行ってるんだ。」
勇希が補足した。
「へー。いいなー。」
するとそこで、勇希の後ろから男性の声がした。
「おまえたち。今年も行くんだってな?」
そこには、Tシャツにダボっとしたジーンズを履いたThe美男子の姿があった。綺麗にカーブして跳ねた茶色髪に、小さな顔。そして、キラキラとした明るい眼差し。その出立は、夏の太陽より眩しかった。
ファッション雑誌にでも載っていそうな男性が、三人の側に近づいた。
「ケンくん!?」
勇希は、突然現れた彼の姿に驚いた。
「細伊代先輩?」
隣の春花も同様だった。
春花は、屈んでいたため大勢を崩したが、地面に落とした鞄の上に手をついて、なんとか体のバランスを保っている。
そんな状況でも、アイスの棒だけは高々と掲げて無意識に死守していた。
彼の名は、細伊代 健。
勇希の家の隣に住んでいる三つ上のお兄さんで、昔から勇希の面倒を見てくれている。勇希の兄貴的存在だ。
近所では有名なイケメンで、知らない人がいないくらいモテモテだった。
今年から上京して、都内の大学に通っている。
勇希たちとは一世代上で、中学高校と一緒になることはなかったのだが、その人気は伝説となり同級生にも知れ渡っているほどだ。
「勇希、久しぶりだな〜。元気してたか?おばさんに聞いたら、ここだって言うから。とりあえず来てみたんだ。えっと、君は確か。山野の妹の…。」
「春花です!」
春花は、パッと立ち上がってお辞儀をした。
「そうだそうだ。春花ちゃんだ。すっかり美人になって、見違えたよ。」
「美人だなんて///」
おっとり照れる春花は、優等生モードか?
勇希は、そんな春花を無視して話しかける。
「ケンくん。東京に行ったんじゃなかったの?」
そんな勇希の言葉に、健は反発した。
「なんだ?休みに帰ってきたら駄目なのか?折角今年も一緒に行ってやろうと思ったのによ?」
健は、勇希に肩をまわしてから、拳を脇腹へグリグリと押し付けてきた。
「イタッ!ちょっ!」
勇希は痛みに苦しむが、抵抗ができない。買い物袋が邪魔で、されるがままの状態だ。
「ケンくん、一緒に来てくれるの!?」
「ああ、望。また一緒にマシュマロ焼こうなー。」
健は、勇希を手放して望に優しく笑いかけた。
「うん!」
望は、嬉しそうに返事をした。
「春花ちゃんはどうする?」
「えっ!?わたしですか!?」
予期せぬ質問に、春花は飛び上がった。
それを阻止しようと、勇希が間に入る。
「いやいや、ケンくん!こいつも連れて行く気なの!?」
勇希は、信じられないという表情で訴えてかける。
「ん?駄目か?三人より四人の方が楽しいに決まってるだろ。だよなー望?」
「うん!はーちゃんも、一緒に行こうよ!」
望を味方につけるとは、ズルい手を使う。
こうなると勇希には止める手段がなく、春花が断るのを待つだけとなった。勇希は、もの凄い眼力で春花を見た。
「えっとー。」
三人の視線に、春花は囲まれる。
「無理しなくていいから。春花ちゃんにも、予定とか色々とあるだろうしさ。」
「うんうん。」
健の優しい言葉に、勇希は大きく上下に頷き同意する。
しかし、返ってきた言葉は、勇希の期待とは異なった。
「いえ。わたしも行きます!一応、親に聞いてみないと分かりませんが…。」
「やったー!」「えぇぇ。」
望は喜び、勇希は残念がった。
「そうと決まれば。おれは買い出しに行ってくるかな。春花ちゃん、食べ物とかの心配はしなくていいよ。ほんと、自分の身支度だけでね。分からない事や足りない物があったら、こいつに言えばいいから。準備してくれるはずだよ。」
健は、そう言って勇希の背中を叩いた。
まさか、望の世話もあるのに春花の世話まで押し付けられるとは、勇希は思ってもみなかった。
「ええー。自分で誘っといて、おれが面倒みるの!?」
「勇希。そろそろ、女性の扱い方ってのを勉強しておかないと、後々困るぞ?じゃ、明日の朝、うちの前に集合で。」
そう適当なことを言い付けて、健はスーパーの入り口の方へ歩き出した。背中越しに三人へ手を振る。
勇希は、念の為に時間を聞いておく。健は、こういう所がいつも適当だ。なるようになると、思っている節があった。
「具体的に何時?」
「んー。十二時!」
「昼じゃん…。」
勇希は、呆れた顔で健の背中を見つめて立ち尽くす。買い物袋が、ドッと重く感じた。
そんな中、春花が嬉しそうに鞄を持ち上げて言う。
「細伊代先輩とキャンプ!みんなに自慢しちゃおうかしら。」
「お前、そういうキャラでやってないだろ…?」
勇希に痛い目で見られた春花は、図星で何も言えなかった。
「う…。」




