8-1 宴
勇希たちは、村長の隣に用意された席へと案内され、座らされる。すると、次々と目の前に豪勢な料理が運ばれてくる。
中央の村人が囲む豪快な焚き火の上では、巨大な鳥が丸焼きにされていた。香ばしい匂いと音が煙と一緒に漂ってきて、さらに勇希の食欲をそそった。
「迷い人って言うのは、何ですか?」
勇希は、隣に座る村長に聞いた。骨の大きな椅子ではなく、村長もみんなと並んで座椅子に座っている。
「森からひょっこり現れる人の事を昔からそう言うんじゃよ。これは、言い伝えでな。世界が混沌に陥る時、迷い人が訪れ世界に富と平和をもたらすと言われておる。」
村長は、酒を美味しそうにしながら、酒のあてのように話した。
「世界の混沌。富と平和。」
勇希は、考えながら復唱した。迷い人とは、物語の勇者のような人のことを指しているのだろうか。自分とは程遠い存在だと、心の中で卑下した。
「ふむ。例えば、この村の建築方式。昔現れた迷い人からの知識を元にしていると聞いておる。建物だけでなく、水路や畑なんかもじゃな。」
そう言われると、建物の作りが昔の日本の民家に近い。木で組まれた骨組みに、土と何かの植物を混ぜ合わせたような壁。襖や縁側があったりと、和風っぽさを感じる。
ただただサイズ感が、上から押し潰されたように低く横に伸びている。
「確か、前回は戦争の時に見かけたと誰かが言っておったな。」
村長は、シワの多い細い指で長い髭をイジりながら空を眺めた。ドラゴン除けのロープの間から覗く空は、まだ明るくて青い。
「それって、双子の兄弟じゃなかったですか!?」
勇希は、身を乗り出した。思ったより情報が早く得られそうだった。皿の上の料理をかじっていたステラが、驚いて顔を上げた。
「むう。わしが若い頃、人伝に聞いた話じゃからな。見ての通り、この村にはもう年老いた同胞が多くない。誰も知らぬだろう。」
「そうですか…。」
村長と焚き火を囲むコビットたちの顔を眺める。全員がふさふさとした髭を蓄えていて分かり難いが、言われた通り年寄りが少ない気がした。そう、期待通りにはいかないものだ。
「良ければ、どういった関係か聞いても良いか?」
村長は、酒をこぽこぽと音を鳴らして注ぎながら聞いてきた。再び酒のあてにしようと、期待した表情をしている。
「ええっと。死んだじいちゃんが昔、弟と来たことがあるらしいんです。そこで、弟とはぐれてしまい、元の世界に戻れたのは、じいちゃんだけでした。」
勇希は、村長からステラに目を移す。一呼吸置いてから、ステラの頭を撫でつつ話し続けた。
「亡くなる前に、弟を見つけられなかった事を後悔してると言ってたんです。だから、代わりに探してみようと思って。」
「死んだ祖父の無念を晴らすか。家族思いでいいじゃないか。では、これから旅をするつもりなのかね?」
そう言って村長は、酒を美味しそうに飲む。
「正直、このまま帰るか悩んでますよ。親にも心配かけてるだろうし…。」
勇希がステラを抱き抱えて座り直していると、春花が口を挟んできた。
「なに馬鹿なこと言ってるの?約束したでしょ?帰るなら一人で帰ってよね。」
春花は、勇希に怒ってから料理を口に放り込んだ。
「そうだよ!ぼくも帰らないからねー!」
望が春花に便乗して、勇希に向かって笑いながら言った。
春花は、口に物を入れたまま話し続ける。
「折角異世界に来たのよ。白馬の王子様に出会えるかもしれないでしょ。…あっ。」
春花は、ついつい本音が出てしまったようだ。顔を赤くして、無言で目の前の料理をパクパクと食べ始めた。
「駄目だこいつ…。頭がお花畑だ…。」
勇希は、それ以上なにも言わなかった。
「旅を続けるなら、村の戦士たちが手を貸すぞ?丁度、旅に出たくてうずうずしている戦士が、そこに何人かいるようじゃからな。」
村長が目を向けると、耳を立てながら話を聞いていた男達の肩がぴくりと動いた。
「いや、そんな!そこまでしてもらうのは、申し訳ないというかなんていうか。」
「勇希たちは、この世界のことを何も知らないじゃろ?そんな子供たちだけで、危険な旅をさせられると思うか?そんなことをすれば、コビットの恥だ。それこそ、君たちの親に申し訳が立たんというものだ。」
村長がそう告げると、男達が一斉に騒ぎ始めた。
「村長!わしが行こう!」
「いや!おれが行く!」
「俺も俺も!」
すると、ファルマスが立ち上がり男達の前に進み出た。
「あー、待て待て。行く者は、あとでわしが選別してやる。それで、探し人の名前はなんだ?迷い人なら、どこかに名を残しとるかもしれんぞ?」
「確かに、ファルマスの言う通りだ。どうだ?勇希よ。」
村長は、思い付きもしなかった。と、言う様な反応を示してから、勇希に尋ねた。
勇希は、呼び慣れない二人の名前を、頭の中から捻り出す。
「じいちゃんが、コウイチロウで。たしか…。し…シンジロウ?シンジロウだったと思う。」
「シンジロウだと!?」
一人のコビットの戦士が、驚きの声を上げた。
「ダルトン、心当たりでもあるのか?」
その男性は、ダルトンと言うらしい。黒に近い茶色の立派な髭を蓄え、少しシワのある年季の入った顔をしている。
頭上のヘルメットに付いた二本の太い角は、先が切られていて短い。
「みなも聞いた事はあるだろう。火の国のシンジロウだ。まさか、あのジジィ。迷い人だったとはのう。」
そう言ってダルトンが、酒瓶をドンと床に置いた。すると、周りの戦士たちも思い出した様に口ずさむ。
「あぁ。あの三老のか。有名人じゃないか。」
村長は、彼らの様子を楽しそうに笑ってから、勇希に顔を向けた。
「ふぉっふぉっふぉ。思ったより早く見つかったようじゃの。」
「火の国ってのは、ここから近いですか?」
勇希は、落ち着いて聞いてみた。内心は、嬉しくて飛び上がりたい所だったが、慣れない場所と空気が勇希の心を冷静にさせた。
酒に夢中で答えられない村長の代わりに、ファルマスが答える。
「いいや、ここが大陸の最南端だとすれば、火の国は最北端。馬車や竜車に乗ったとて、簡単に行ける場所ではないぞ。」
「そうですか…。」
勇希は、すぐに会えると期待したが、そうも行かないみたいだ。これから、どうやってそこに行くのか考えなければならない。
そして、膝の上のステラに顔を落とし、撫でながら思いに耽た。
そんな勇希の背中を見て、ダルトンが豪快に笑った。
「わっはっは。そう悲観するな。わしらが連れて行ってやる。」
「ああ、大船に乗ったつもりでいるといい。」
二又の髭の男が、勇希たちへ酒を掲げて言い張った。
しかし、そんな彼に向かって女性が言う。
「あんたは駄目よ。この子を放り出して行く気かい?」
背中に背負った、とても小さな赤ん坊を彼に向けると、二又の髭が萎びたように地に落ちた。
「そ…そんな。」
肩を落とす戦士を見て、どっと笑いが起こる。
それから、村長が大声で言う。
「進むべき道は決まったようじゃな。なら今日は、食べて飲んで騒いで楽しむといい。まだまだ夜までは長いぞ。」
村長の言う通り、こんなに食べたり飲んだりしているというのに、まだ空は明るかった。
これが夜まで続くとなると、体力が持つのかと三人の頭に不安が過ったが、すぐに楽しさがそれを吹き飛ばした。
ファルマスが戦士たちを立ち上がらせる。
「ほら。コビットの戦士たちよ。踊れ踊れ!」
すると、戦士たちは焚き火の周りで輪になり、歌いながら愉快に踊る。
♪〜〜〜〜
背の低い俺たちは、どんなモノより力持ち。
広大な森の息吹を身に受けて育ったこの足腰は、どんな鋼をも打ち砕く。
背の低い俺たちは、どんなモノにも掴まらない。
広大な山に住む我らが宿敵ドラゴンを、逆に捕らえてみせようか。
背の低い俺たちは、どんなモノよりでっかいぞ。
広大な心を持ったコビットを、怒らせるモノなどいないよな。
今日も山から風が吹く。叩けや歌え、踏みしめて。
ああ、絶望の砂塵を晴らす創世の剣。
難攻不落の山を背に。叫べや踊れ、飛び回れ。
ああ、死の蜻蛉を穿つ天雷の英雄。
先の栄華をコビットは歌い。
過去の叡智をコビットは踊る。
さあ、森と共に時を紡げ。
〜〜〜〜♪
ドラゴン除けのロープが風で揺れ動き、その間を焚き火の煙が舞い上がる。青空には、大きな雲と一羽の鳥が旋回しているのが見える。
歌が終わっても、戦士たちは馬鹿騒ぎしていた。
食事をしながらその様子を見ていると、村の女性たちが三人の周囲へ集まってきた。
そして、細い布をメジャー代わりに採寸を始める。
勇希は、動揺したがそのまま食べ続けるように言われ、女性たちのなすがままにされる。まるで着せ替え人形にでもなったかのような気分になった。




