1-1 準備
カンカン照りの太陽に、湿った風。
五月蝿い蝉の鳴き声が、暑さに拍車をかける。
梅雨も明けて、ジメジメとした日々から解放されたと思いきや。次は、猛暑やら台風だのなんだのと、日本の四季は忙しない。
そんな街を行く人々は、避暑地を求めて自然と足早となる――。
平日の昼間だというのに、街のスーパーマーケットには大勢の人々が来店していた。
猛暑の中。わざわざ買い物に来た人もいれば、暑さから逃げるように避難して来た人もいる。
店の小さな屋根の下には、タオルで汗を拭き涼んでいる老人が一人はいるものだ。
店頭には、いつも広告がデカデカと貼られている。
『大特価!!7月20日!!』
目に焼きつくような赤と黄色で書かれた文字には、今日の日付けが書かれてある。
七月二十日。
この日は、全国的に終業式。学校は昼で終わり、学生は明日から夏休みだ。
そして、スーパーの店内の一角にいる兄弟。勇希と望も、明日からの休みを楽しみにしている者たちの一員だ。
「のぞむ。早く決めろよ。」
カートにもたれかかり、呆れた目で望を眺めている。ツンツンとした癖っ毛のある髪が、清潔感のある学生服を台無しにしていた。
「はぁ。どっちでもいいだろ?直感で決めろって。」
――自分なら即決なのに。
勇希は、そう思いながらも、望が決めるまで待つ忍耐力はあるつもりだ。それでもカートの前輪を、浮かしたり降ろしたりを繰り返し、望を見守る。
急いではいないが、早く帰宅して明日の準備を整えたかった。なんたって、明日からキャンプへ行く予定なのだから。
キャンプと言っても、別に遠出する訳ではない。家から割と近い、自然公園にあるキャンプ場だ。別に歩いてだって行ける距離にあるし、車だと十五分もかからない。
四年前の勇希が中学生になった頃から、毎年行っている恒例行事だ。
「んー。どっちにしよう…。」
望は、陳列棚の下段に屈みながら、二つの商品と睨めっこしていた。
どちらか一つに決めなければならない。
――しかし、決められない。
弟の望は、九歳の小学四年生。真っ直ぐな前髪は、兄と違いサイドまでキッチリ揃っている。胸に大きく描かれたキャラ物のTシャツに短パンという、年相応の格好をしていた。
そんな望は、悩み悩み、今にも頭が爆発しそうだった。
辺りで買い物をしている大人たちが、そんな望をチラリと見て微笑ましい笑みを浮かべる。そして、すぐに笑みを止めて、思い出したかのように買い物へと戻る。
悩んだ挙句。
望は、商品を勇希へ突き出した。パッケージがよく見えるようにしながら、説明を始める。
「こっちは、パイプオールガーンのオマケ付き!」
勇希は、突き出されたお菓子の箱をよく見る。
正直なところどうでも良いのだが、建前上しかたなく見てやる。それが、兄の務めというやつだ。
小さな右手で突き出しているのは、よくあるラムネにオマケが付いているお菓子の箱だ。
子供たちに人気のロボット。パイプオールガーンが、決めポーズをしている印刷がされてある。どちらかと言うと、ラムネの方がオマケのヤツだ。
「こっちは、ボリュームがあって美味しい!」
もう一つは、望が大好きなコーンスナックの袋菓子だった。丸いスナックがサクサクで、確かに食べ応えがある。
だが、その袋には、『新ビジュアルフレーバー!!』っと、大きく書かれてあり、味が全く想像できなかった。
勇希は、それを見て困った。
高校生の自分ならそれは、絶対に選ばない。しかし、小学生の頃の自分なら悩む気持ちが分かる。
なので勇希は、あえて三つ目の選択肢を与えてみた。
「また癖が強いのを選んだな…。ポテチじゃ駄目なのか?ポテチしか勝たんでしょ。」
「ダメだよ。ポテチは、リュックに入れたら粉々になっちゃうでしょ?うーん、どっちにしよう。」
ポテチがなるなら、その袋菓子も粉々だろ?っと、ツッコミたくなる所だが、真剣に悩む望を見て勇希は言葉を飲み込んだ。
どちらにも、それ相応の魅力がある。
「あー。じゃあ、両方とも入れていいぞ。」
勇希は、そっぽを向き、頬を掻きながら言った。
すると、望は満面の笑みを見せて驚いた。
「えっ!いいの!?」
「いいよ。今年は色々と我慢したもんな。ご褒美だな。」
二人は、毎年のキャンプのために、お小遣いを貯めていた。
毎年、隣に住むお兄さんに引率してもらっていたキャンプだったが、そのお兄さんが上京してしまったため、今年は二人だけで行くことにした。
そのため、いつもより入念な準備が必要だった。と、いうことは、必然とお金が入用になったのだ。
二人は、お菓子やゲームを我慢して、家の手伝いを率先してお小遣いを貯めた。
それはそれは、修行僧のような欲との戦いだった。二人にとっては、大変という二文字では言い表せないような地獄を、頑張って切り抜けたのだ。
それが、数ヶ月という短い期間であったとしても、だ。
「やったー!じゃあ、これも!」
望は、二つのお菓子をカゴに入れるついでに、もう一つお菓子を棚から取り上げてカゴに放り込んだ。
「――え!おいっ!」
勇希は、注意しようとしたが、望の無邪気な笑顔に止められた。
「ゆうくんの分だよ。」
「それなら、おれに選ばせろよ…。まあ、いいけど。もう他に買い忘れはないか?」
「えーと…。」
望は、紙に書かれた手書きのメモをチェックする。
母親から渡されたレシートの裏には、小さな手書きの文字が並んである。それを上から下へ、一つ一つ指でなぞっていく。
「うん。大丈夫!」
「それじゃ、レジに行くぞ。」
勇希はカートを押し、レジに向かって進み出す。あとは、会計を済ませて家に帰るだけだ。そう思うと、足取りが軽くなる。
そんな勇希の後を、望がついて歩く。
身長差のある兄弟は、仲良くレジで会計を済ませた。何度もおつかいをこなした二人には、無人のレジの扱いは手馴れたものだった。
勇希は、買い物袋へ人参や玉葱を詰めながら店内を見渡した。
同級生や知り合いの一人や二人くらい、いつも見かけるものなのに見当たらない。時間帯がいつもと違うせいか、休みに浮かれて遊びに行ってるせいか、心当たりはいくつかあった。
望はというと、隣でパイプオールガーンのお菓子の箱を、いち早く拾い上げ眺めていた。
「持っててもいいけど、失くすなよ?」
「うん!」
ほんとかよ。
いつも返事だけは良い弟を横目に、空になったカートを押し始める。出口へと向かい、流れるようにカートを片付けた。
そして、見るからに熱気が立ち込める、外の世界への自動ドアを潜り抜けた。
この先は、まさに地獄。
勇希の足が、冷房の効いた天国から灼熱の大地へと降り立った。




