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第八章  試験と本部の思惑

【ラ・ライカ】


 冒険者ギルドは大きくなり過ぎた。いくつかの国に収まっている内は良かったが、様々な国に大きな支部が幾つも出来た。そうなってくると、各都市に冒険者がいることが当たり前となり、冒険者による素材の供給や護衛、大型魔獣の討伐が常に行われる。そこで得られる物や安全を求めて多くの商会、行商人が訪れるのだ。


 結果、経済の流れの中に冒険者は無くてはならないものとなった。


 そうなってくると冒険者への依頼は増え、下手をしたら貴族よりも富や名声を得る冒険者まで現れる。危険なことは承知で、冒険者になりたいという者も右肩上がりで増えている現状は仕方がないことだと言えた。


 なにせ、今や冒険者は貧乏人が夢を叶える最も現実的な近道だと言われているのだから。


「それにしても……」


 受け取った報告書を取り出して、もう一度文面を確認する。


「……五歳。いくら何でも冗談だろう?」


 そう呟くと、同じ馬車に乗った細身の男が苦笑しながら振り返った。


「まぁ、その子供達の親はあのAランク冒険者パーティー、精霊の弓の元メンバー二人だ。あそこのギルドマスターはメトロ氏だろ? どうせ強く言われて断れなかったんだよ」


 男のその言葉に、思わず舌打ちが漏れる。


 これも、冒険者の立場向上の結果がもたらす悪い部分であると言える。高ランクの冒険者は、言うならば自由に動ける騎士団長や宮廷魔術師長と同じだ。その戦力は一人で百人、二百人にも匹敵する。そんな恐るべき力を持つ高ランク冒険者達の中には、名声や富だけでなく、精神的にも貴族と同等以上に増長してしまった者がいた。


 そういった傲慢な冒険者は、時折冒険者ギルド相手にも無茶を口にすることがある。内容を見る限り、今回もその傲慢な冒険者が関与している可能性が高いと思われた。


 今、馬車は街道を進んでおり、もうすぐ目的地へと着く予定となっている。同行者である細身の男、ウォールバンガーは王都の冒険者ギルド本部の人間だ。まだ三十歳になる前でありながら大きな街の支部でギルドマスターになれるだけのエリートである。


 対して、私はいずれAランクに昇格すると言われた冒険者だったが、パーティーの全滅によって冒険者を引退してギルドの試験官となった身だ。俗にいうギルド子飼いの元冒険者と呼ばれる存在である。


 高ランクの冒険者は、私のようなギルド付きの元冒険者を馬鹿にしている者が多い。


「……今回の試験は、面倒なことになりそうだ」


 溜め息を吐き、小さく呟いた。


 やがて馬車は街へと到着し、御者が冒険者ギルドへと馬車を移動させる。


「ここが地方最大の都市、リアムの冒険者ギルドか」


 王都から西部を主として活動していた為、リアムに来たことはなかったが、王都も驚くほどの賑わいだ。流石は、冒険者が最も集まる街と呼ばれるだけある。そう思って眺めていると、ギルドの中から受付嬢らしき女が一人現れた。


「本部から来られた方ですね。こちらへどうぞ」


「分かった」


 簡単なやり取りをして、馬車を支店の脇に停めてギルドの中へと移動した。すると、中には数人の冒険者がおり、カウンターの前には中年の猫背の男と他の受付嬢が立っていた。


 男と女はこちらを見て一礼して口を開く。


「やぁやぁ、ようこそ! 私はこの支部でギルドマスターをしております。メトロ・ポーロと申します」


「メトロさん。お久しぶりです。ウォールバンガー・ラグンです」


 ウォールバンガーがメトロに笑顔で挨拶をすると、困ったような笑顔が返ってきた。


「ああ、ウォールバンガーさん。久方ぶりですねぇ。それで、彼女が?」


 そう言って、メトロはこちらを見た。それにウォールバンガーが微笑み、私を紹介する。


「試験を担当するラ・ライカ氏です。彼女は元Bランク冒険者であり、何度も試験を担当してきた実力のある方です」


「ラ・ライカと申します」


 名乗って一礼を返すと、メトロは愛想笑いをしながら歩いてきた。


「おお、若そうなのに凄いですね。ああ、ライカさん! その赤い髪と真っ白な鎧! 今、思い出しました。いやぁ、凄い方に試験をしていただけて幸いです。うちの期待の新人さんですからねぇ。はっはっは……」


 メトロは腰の低い男だった。そんなことを言って笑うメトロに若干苦手意識を持ちつつ、この性格ならば高ランク冒険者に逆らえなかったというのも納得だと判断する。


「……例の冒険者はどこにいますか?」


 そう尋ねると、メトロの代わりに受付嬢が口を開いた。


「あ、リョウ君とサーヤちゃんは今日は中型魔獣の討伐依頼で出ています。午前中に出たので、恐らくもうすぐ帰ってくるかと思いますが……」


 その言葉に、思わずウォールバンガーと顔を見合わせる。


「……その五歳の新人冒険者が、二人で?」


 聞き返すと、メトロが慌てて両手を振った。


「ああ、いや、Aランク冒険者のレンさんとイリヤさんが同行していますよ」


 メトロにそう言われて、ウォールバンガーが深い溜め息を吐く。


「……なるほど。その二人が倒して、子供の手柄に? いや、答えなくても結構ですよ。まぁ、お互い冒険者ギルドで働いていれば思ったように動けないこともありますよね。心中をお察しします」


 ウォールバンガーがそう告げると、メトロは目を瞬かせた後、困ったように笑った。


「いや、ははは……そんなことはありませんよ。レンさんもイリヤさんも見ているだけで、リョウさんとサーヤさんが二人で依頼を達成しているんですよ」


 と、メトロが口にする。それには流石に嫌気が刺す。メトロという男は、完全に高ランク冒険者の言いなりだ。恐らく、この街の支部では高ランク冒険者達が我が物顔で闊歩しているのだろう。この街は近くに深い森や険しい山がおり、多くの大型魔獣が出没する。それ故、この街を拠点にする冒険者達は多く、Cランク以上の冒険者も他の街よりはるかに多い。ギルドの空気は実力者に支配されても仕方がないことかもしれない。


 しかし、ギルドマスターは毅然とした態度で冒険者達と接してほしいものだ。高ランクの冒険者を優先したり、贔屓するギルドマスターは最低である。


「……あれ? 何故か、あっという間にすごく嫌われたような……」


 メトロはこちらの顔を見て乾いた笑い声を上げながらそんなことを言った。本当に情けない男だ。話をするのも嫌なくらいである。


 そう思って視線を逸らすと、受付嬢の一人が支部の出入り口の方を見た。


「あ、帰ってきましたよ!」


 その言葉に振り返ると、出入り口の扉を両手で開ける二人の子供の姿があった。黒い髪。そして頭の上には黒い毛の獣の耳を生やした獣人の子達だ。可愛らしいが、高そうな鎧とローブを着た少年と少女である。尻尾を揺らしながら笑顔で走って来る二人の姿に、受付嬢達が歓声を上げて歩み寄る。


「ただいまーっ!」


 二人は楽しそうに受付嬢達の下へ走ってきた。そして、こちらに気が付いて笑顔で挨拶をする。


「あ、こんにちは!」


「はじめまして!」


 明るく、元気な挨拶だ。純粋な瞳で真っすぐに見つめられて、思わず挨拶を返してしまう。


「あ、ああ……はじめまして」


 挨拶を返すと、子供たちはにっこりと微笑む。本当に可愛らしい、太陽のような子達だ。だが、この二人が例の冒険者に違いないのだ。ここは心を鬼にしなくてはならない。


「私が、君たちの試験を担当するラ・ライカだ。宜しく」


 少し厳しい声でそう告げると、二人はハッとした顔になり、背筋を伸ばしてこちらに向き直った。


「よ、よろしくおねがいします」


「が、がんばります」


 二人が真剣な顔でそう言うと、後ろで受付嬢達が両手で拳を作って何度も頷いていた。あの二人が親か姉のようだが、そうではあるまい。


 なにせ、出入り口には気が付かない内に新たに二人の姿があったからだ。細身ながら、良く鍛えられた様子の人間の男と、ローブを着た獣人の女だ。とても子供がいる年齢には見えないが、冒険者の場合は若くして結婚する者も多い。恐らく、若くして結婚して、二人はまだ二十代だと思われた。


「本部のギルド員か?」


「あ、レンさん。はい。本部から来たウォールバンガーさんと、試験を担当する元冒険者のラ・ライカさんです」


 メトロはそう言って男の質問に答えると、こちらに顔を向けた。


「ウォールバンガーさん、ライカさん。彼らがレンさんとイリヤさん。元精霊の弓のメンバーであり、それぞれがAランク冒険者のお二人です。目立ちたくないというレンさんの意向により、あまり個人の実績などは出回っていませんが、レンさん一人でドラゴンと戦えるという世界屈指の冒険者で……」


「……は?」


 メトロの言葉に、思わず生返事が出る。信じられない言葉を聞き、レンの方をまじまじと見てしまった。すると、レンが面倒臭そうに片手を左右に振る。


「メトロ。パーティーでの実績だ。そうだろう?」


「あ、そうでした。パーティー四人でドラゴンを何頭も討伐した実績があります……いや、申し訳ありません」


 レンが訂正すると、メトロはまた困ったように笑いながらそう答えた。それに呆れつつ、何故かホッと胸を撫でおろす。


 そもそも、四人でのドラゴン討伐ですらまず聞かない話だ。成竜を単独で討伐するなど、伝説に残るほどの偉業だろう。もちろん、私は現役時代にも一パーティーでドラゴンを討伐した冒険者達に会ったことは無い。


「……まぁ、良い。どちらにしろ凄腕の冒険者だろう。とはいえ、試験は公正にさせてもらう。異論は認めない」


 咳払いをしつつそう告げると、レンとイリヤが揃って腕を組んで頷いた。


「ああ、もちろんだ」


「余裕で合格。ありがとう」


 自信満々でそんなことを言う二人に、自然と眉間に皺が寄る。


 この自信は何だ?


 そう思ったが、レン達の傍で困ったように気弱な笑みを浮かべるメトロを見て全てを察した。


 メトロとは、裏でもう話が付いているのだ。いくら貰ったのかは知らないが、試験終了後にメトロが我々にも金銭を支払って合格させようとしてくるだろう。そうなった場合、ウォールバンガーだけだったら、もしかしたら合格になっていたかもしれない。


「……余裕で合格、か。それは楽しみだ……」


 鋭くレンとイリヤを睨み据えて、そう告げた。


 今回の試験を担当するのは私だ。金で動くことは無い。どんな脅しにも屈しないつもりだ。彼らの思惑通りにいくことはないと断言できる。


「あ、ライカさん……」


 メトロから声を掛けられて顔を上げる。すると、メトロが愛想笑いを浮かべて口を開いた。


「その、ほどほどに……怪我をしたら大変だし、ね?」


 と、あまりにも気の抜けた台詞を吐かれた。それに、カッと頭に血が上る感覚を覚える。


「ふざけるな! 冒険者とは命を賭けた危険な仕事だ! 試験だからと気を抜くような者に務まると思っているのか!?」


「あ、いやいや、そうではなくて……」


 メトロが慌てて訂正しようとするが、それをレンが遮った。


「メトロ、気にするな。確かに、試験官の言う通りだ。リョウとサーヤも冒険者になれば自分で自分の身を守らなくてはならない。怪我をしない試験だと気を抜くようでは先が思いやられるしな」


 苦笑交じりにそう言うレンに対して、メトロが困り顔で自分の頭を片手で掻く。


「そうじゃないんだけどなぁ……どうする?」


 メトロが心配そうに受付嬢達を見ると、リョウとサーヤと話していた二人が振り向いた。


「せっかくだから、しっかりと試験してもらった方が良いと思います」


「きっと大丈夫ですよ、ギルドマスター」


 二人にもそう言われて、メトロは深い溜め息を吐く。


「……はぁ、仕方ない。それでは、さっそく試験をしましょう。リョウさんとサーヤさんも問題ないですか?」


「は、はい」


「できます!」


 二人は目を輝かせて返事をした。ウォールバンガーは興味深そうにそれらのやり取りを眺めた後、小さく唸ってこちらに顔を向けた。


 そっと顔を寄せて、他の者に聞こえないように小さな声で話しかけてくる。


「……ライカさん。最初の一手、二手くらいは様子見をお願いします。動きや、その場の判断も確認しておきたいので」


 ウォールバンガーのその言葉に、色々と勘繰りそうになるが、すぐに首を左右に振って答える。


「……分かった。それでは、まずはこちらから簡単な牽制を行って反応を見ることにしよう」


「助かります」


 ウォールバンガーの返事を聞きながら、メトロに案内してもらってギルドの奥にある練習場に向かった。ウォールバンガーがメトロと密約を交わしている可能性を懸念したが、そんな時間は無かったはずだ。まさか、試験担当者である私に依頼がくる前から話を通していた、などということはあるまい。それをするには関係者全員がグルでなくてはならないからだ。そこまで冒険者ギルドが腐っているとは思っていない。


 練習場に到着すると、そこには十人以上の冒険者達がいた。その光景は予想外であり、思わず目を瞬かせてしまう。冒険者達は我々が入室したことなど気が付かず、壁の近くに設置してある練習用の的や人形を相手に剣や槍、弓の練習をしている。魔術師は瞑想し、詠唱短縮や魔力操作の訓練をしているようだった。


「……この街の冒険者達は、驚くほど勤勉だな。普通、あれくらいの実力の冒険者達は自信がつき、毎週依頼をこなして飲み歩いているような者が多いものだが」


 そう言って練習をする冒険者達を見ていると、受付嬢達がリョウとサーヤの頭を撫でながら答える。


「つい最近までは一人か二人くらいでした。でも、最近はリョウ君とサーヤちゃんが依頼をこなす姿を見て、自分達も負けていられないと練習する人が増えてきました」


「良い影響ですよね。ギルド内の雰囲気もとても良くなってきたと思います」


 二人の受付嬢が揃って嬉しそうにリョウとサーヤのことを語り、褒める。それに照れ笑いを浮かべて笑う二人。


 冒険者同士でライバル意識を持つ者やランクで差別をする者などもいる為、冒険者ギルド内は争いが絶えないこともあった。殺伐とした空気のギルドの方が馴染みが深いくらいである。


 そう思って眺めていたのだが、メトロが声を掛ける前に冒険者達の方が気が付き、声をあげた。


「お? ギルドマスター」


「なんだ、なんだ? 大所帯だな」


「あ、リョウじゃん。サーヤも」


 冒険者達は練習を中断し、徐々にこちらに歩いて来る。


「いやぁ、皆さん。申し訳ないのですが、今からリョウさんとサーヤさんの特別試験を行うこととなりまして……」


 メトロがそう説明すると、冒険者達は目を見開いてこちらを見た。


「まじかよ」


「もう昇格試験か?」


「最短で最年少Eランク冒険者? やばいな」


 ざわざわと騒ぎ出す冒険者達。それに苦笑しつつ、メトロが両手を合わせて声を掛けた。


「ちょっと違いますが、まぁ良いです……それでは、とりあえず壁際に移動をお願いします」


 メトロがそう告げると、冒険者達は素直に従って壁の方に並ぶ。その辺りにも違和感を感じながらも、とりあえず練習場の中心に向かって右足を前に出した。


 歩いて行くと、緊張した面持ちでリョウとサーヤも付いて来る。


「……手加減はしないぞ?」


 小さくそう言うと、リョウとサーヤは力を込めて返事をした。


「は、はい!」


「が、がんばります!」


 初々しいその姿に微笑みつつ、自らの緩みつつある気持ちを引き締める。こんな子供が親の意向で冒険者になったとしても、実力不足で不幸な未来を迎えてしまうに違いない。


 そんなことが起きないように、通常以上の厳しい試験をしなくてはならないのだ。それが、元冒険者の身で試験担当者となった私の役割である。


「……それでは、早速だが冒険者本部による試験を実施する。試験官は私、ラ・ライカが行う。問題ないな?」


「はい!」


 練習場の中心でそう尋ねると、リョウとサーヤが並んで返事をした。


「リョウ君、サーヤちゃん! 頑張ってーっ!」


「緊張しないでね!」


 受付嬢達が声援を送る。どうやら、この支部でレンとイリヤは相当な発言権を持っているようだ。まぁ、Aランク冒険者ならば間違いなくこの支部でトップの冒険者だろう。誰も逆らえなくてもおかしくはない。


 そんなことを思っていると、リョウとサーヤは既に剣と杖を構えていた。本人たちはもう準備が出来ているようだが、この距離で始めるわけにもいかない。


 私でも三歩以上の距離。近接戦をするには一呼吸では届かない位置にまで移動した。一定の距離をとり、二人に向き直る。扱いやすい手の長さ程度の直剣を抜き、ウォールバンガーの方を見た。


 それを合図として受けとり、ウォールバンガーが頷いてから片手を挙げた。


「……それでは、試験を始めましょう。リョウ・トウヤ殿、サーヤ・トウヤ殿。お二人とも、持てる力を存分に発揮してください。試験を担当するライカは元Bランク冒険者。お二人が本気を出しても問題ないだけの実力を持っております」


 ウォールバンガーがそう告げると、リョウとサーヤは黙って深く頷いた。既に、集中力を高めていっているらしい。気持ちの切り替えがこの年齢で出来ていることに驚く。


 ウォールバンガーは二人を見てどう思ったか分からないが、小さく笑みを浮かべてから口を開いた。


「……冒険者ギルド本部による特別試験、開始!」


 ウォールバンガーがそう宣言した直後、右手側へ走り出したリョウに向かって牽制を行う。


 投擲専用のナイフだ。鍔は無く、柄も金属そのままである。投げやすいサイズと重量で作られており、かなりの威力を発揮する。ただ、今回は試験用に刃の部分をわざと潰し、刺さらないようにしていた。


 力も抑え、半分ほどの威力で投擲する。それでも通常の新人冒険者ならばまともに受けてしまう速度だろう。この牽制を剣や盾で弾くことが出来るなら満点だろう。


「シッ!」


 そう思っての投擲用ナイフでの牽制だったが、投げた瞬間予想外のことが起きた。


 リョウは小柄な体に似合う素早い動きで横に移動している。その向かう先に向かってナイフを投げたのだが、こちらの投擲を見た瞬間に更にリョウは地を蹴った。その瞬間、リョウの姿がブレたような気がした。


「えい!」


 気が付けば、視界からリョウの姿は消えており、すぐ傍で気合の籠った声が聞こえてきた。


「くっ!」


 息を呑み、声のした方向と反対に跳んだ。ただの勘だ。一切何も考えることが出来ず、ただ自分の経験や反射神経を頼りにした回避行動である。それでも、幸運なことにリョウの剣を避けることが出来た。


 風を切る音が傍で聞こえ、ヒヤリとする。地面を転がりながら距離を取りつつ、リョウの方へ振り返った。


「すごい! じゃあ、もっとはやくうごくよ!」


 リョウは視点が低くなった私を見て、素直に賞賛してくれた。だが、興奮した様子で剣を構え直すリョウがとんでもないことを口走った気がした。


「もっと、早く……?」


 自分が冷や汗を流していることに気が付き、思わずそう呟いていた。すると、リョウは笑顔で首肯して答える。


「うん!」


 そう言って、リョウは地を蹴った。


「……シッ!」


 長年の冒険者としての経験が体を動かす。リョウは右足で地を蹴った。直前の姿勢を考えれば向かう先は私の左手側だ。今度は、全力で動く。


 投擲用のナイフを三本、連続で水平に投擲していき、走った。リョウから距離を取りながら剣を構えて気配を探る。


 ナイフが一本弾かれた音がして、すぐにそちらに体の正面を向ける。


 その時、離れた場所で魔術が発動したことを知覚した。明らかに魔術師らしきサーヤの行動を全く警戒することが出来ていなかった。


氷雨フロストレイン


 それほどの詠唱時間を与えたつもりはなかった。だが、発動したのは中級上位の氷の魔術だ。そのことに驚愕しつつ、次に起こるであろう現象を想像して跳びあがった。


 一瞬の判断で跳躍した為、高さはそれほどではない。しかし、それでも大半の攻撃を回避することに成功する。足に迫る氷の礫は剣で受け流す。いくつか足甲に当たってしまうが、仕方がない。直接生身で受けることは何とか防いだが、激しい衝撃に足が弾かれて空中でバランスを崩してしまった。


 地面に叩き付けられそうになるが、片手で先に地面に落ち、その勢いを受け止めないように体を回転させて肩、背中と衝撃を散らしていく。


 上手く受け身が取れて、すぐに立ち上がることが出来た。


「すごい!」


「つ、つぎです!」


 私の身のこなしにリョウが目を輝かせて歓声を上げ、サーヤが杖を握りなおして表情を引き締める。これはまずい。


「ちょ……」


 ちょっと待て。そう言おうと思ったのだが、すでにリョウは走り出していた。幼い子供とは思えない、機敏な動きだ。足が速く、小回りが利く。至近距離であれば簡単に見失ってしまうだろう。


「くっ!」


 一度、剣を当てて防御させて動きを止めなくてはならない。そうしなければ、話をする余裕すら与えてもらえないだろう。


 剣を構えて振り返り、的を絞らせないように地を蹴った。今度はサーヤの魔術を常に意識しながら動く。


「……土槍アーススパイク


 その注意は即座に功を奏した。まさかの詠唱破棄である。僅か一、二秒程度で魔術は発動し、周囲の足元がぐにゃりと歪んだ気がした。


「ちっ!」


 舌打ちをして更に一気に距離を取るべく走る。直後、地面から次々と土の槍が出現した。威力はほどほどだろうが、生身の部分で受ければ怪我では済まない。


 というか、槍の数も尋常ではない。


「やり過ぎだろう!?」


 地面から突き出てくる槍の数は既に二十以上。槍を避ける為に走りながら、リョウの姿を見失わないように目を向けていたが、すぐに限界がきた。


「すきあり!」


 リョウの姿が見えなくなったと思った直後、鋭い声がすぐ傍で聞こえてきた。


 剣を縦に構えて、全力で攻撃を防ぎにいく。もし、足元を狙われたら終わりだ。だが、あのリョウという少年の戦い方を見ていれば、まず上半身を狙うだろうと判断できる。いや、そうであってほしい。そうでなければ負ける。


「し、信じているぞ、リョウ!」


 叫び、身体を固くして衝撃に備えた。


 そして、本気で防御の姿勢でリョウの剣を受けた。祈りが神に届いたのか、リョウの剣は私の持つ剣に強かに打ち付けられた。甲高い音が耳のすぐ傍で鳴り響き、一瞬何も聞こえなくなる。リョウがすぐ傍で剣を打ち付けた格好のまま何か言っているのは分かるが、このタイミングを逃がすわけにはいかない。


「合格……っ! 合格だ!」


 怒鳴るように叫ぶ。すると、リョウが目を瞬かせてから剣に込めていた力を抜き、軽く跳躍して後方へ離れた。


「……ごうかく?」


「ご、合格だ! 良かったな!」


 聞き返されたので即座に返事をする。すると、リョウは跳びあがって喜び、レンとイリヤの方へ走り出した。すぐにサーヤも歓声を上げてリョウの後を追って走り出す。


 二人が飛びつくようにしてレンとイリヤに向かって行くと、レン達は笑顔で子供たちを受け入れる。


「良かったな、二人とも!」


「流石は私の子」


 レン達が子供たちを褒めると、嬉しそうな笑い声が聞こえた。その様子を冒険者達や受付嬢の二人が和やかにレン達親子の様子を眺めている。


「良かったな!」


「すごかったぞ!」


「二人ともおめでとう!」


 拍手と歓声がレン達親子を包み、練習場はすっかり宴会場のように賑やかになっていた。


 痛みと疲労で動けずにいると、私の立つ方へウォールバンガーとメトロが歩いて来る。


「お疲れ様です」


「いやぁ、お見事でした。正直、リョウさんとサーヤさん相手に良い勝負すると思っていなかったので、驚きました」


 メトロが苦笑しながらそんなことを言ってきたので、思わず睨んで文句を口にしてしまう。


「……二人の実力を知っていたなら、先に教えてほしい」


 そう告げると、メトロががっくりと肩を落として項垂れた。


「い、言ったじゃないですか……二人で中型の魔獣も討伐しているって……」


 メトロにそう言われて、そういえば最初にそう紹介されたかと思い直す。だが、どうにも納得できない。それに、ウォールバンガーも同様だ。


「……牽制をして様子見するどころじゃなかったぞ。もし次に二人と戦うことがあるなら、最初から全力で挑む必要がある」


 そう言って睨むと、ウォールバンガーが苦笑しながら肩を竦めた。


「いえ、私もあれほどの実力だとは思っていなかったので……とはいえ、ライカさんも凄かったですよ。あれは、他の試験担当官だったら防ぐことは出来なかったでしょう。気配察知の技術か何かですか?」


 ウォールバンガーからそんな質問をされ、すぐに口を噤むこととなった。まさか、ただの勘で防いでいたとは言い難い。


 じっと何も言わずにウォールバンガーを睨んでいると、溜め息が返ってきた。


「……と、とりあえず、リョウさんとサーヤさんは冒険者として正規登録されます。正直、今後の為にも落とすべきだと思っていましたが、あれだけの実力を見せられてはそれも出来そうにありません。むしろ、通常はFランクから始めるべきですが、お二人はEランクから初めても良いのではと思うほどです」


 ウォールバンガーがそう言うと、メトロが困ったように笑いながら頷く。


「そうですね。まぁ、他の冒険者達は幼い新人冒険者に負けないように必死になっていますが、それが良い刺激になっている反面、無茶をして怪我をする者もいるような悪い面もあります……できたら、リョウさんとサーヤさんは早めに高ランク冒険者になってもらいたいところですね」


 と、メトロが苦笑交じりにそう言った。反論したいところだが、今の私には発言権が無い状態だ。それに、リョウとサーヤの年齢を考えると子供ということで侮る輩もいることだろう。Cランク以上の冒険者証を持てば、冒険者ギルドが認めた実力者だと知れる。


「……リョウとサーヤはどれほど実績を積んだ? Eランクから昇格するにはそれなりの依頼をこなす必要があるぞ」


 場合によっては手伝うべきか。そう思っての発言だったのだが、メトロは乾いた笑い声をあげて片手を左右に振る。


「一か月でDランク昇格相当の依頼をこなしていますよ……お陰で支部としては嬉しい悲鳴ですね。依頼達成率も上がっていますし、利益も十分過ぎるほどです」


「そ、そうか……本当に、何者なんだあの二人は……」


 リョウとサーヤの話を聞けば聞くほど冒険者としての常識が崩れていくような気がした。なにせ、私は十五で冒険者となり、十七でCランク冒険者までになった。そして、二十歳でBランクとなったのだ。それでも当時はかなり早くに昇格したことで話題になったほどだ。しかし、リョウとサーヤの場合は遅くとも十歳までにBランクに至ることだろう。


 五歳で冒険者として登録されることも異例だが、十歳でBランク冒険者になるのも異例だ。


「……いったい、どれだけの実力になるのだろうな」


 そう呟いて、大騒ぎする者たちに目を向ける。


 レンとイリヤに頭を撫でられて喜ぶリョウとサーヤ。周りでは自分のことのように喜ぶ受付嬢や冒険者達が笑っている。


 リョウとサーヤは年齢に見合った雰囲気で嬉しそうな笑顔を見せていた。その純粋で輝くような笑顔を見ていると、自分でも気が付かぬ内に芽生えていた嫉妬や不満といった負の感情が洗い流されるような気がした。


「……もしかしたら、私は歴史に名を遺す偉人の相手をしたのかもしれんな」


 そう呟き、口の端を上げる。メトロやウォールバンガーはリョウとサーヤの試験結果について議論しているが、二人とも半笑いで冗談交じりに会話をしていた。


「……だから、本部で納得してもらうだけの資料を……」


「どうせ信じてもらえませんからね」


「なんなら、Dランク昇格試験を本部で実施しますか」


「はっはっは、それは良いですね!」


 そんな会話を聞き、思わず吹き出して笑ってしまう。


 リョウとサーヤ。将来が楽しみな冒険者の誕生だ。





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