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第六章  パパとママ

【カクタス】


 おかしな親子だとは思っていた。態度から黒髪の父親も獣人の母親も冒険者だろうとは思ったが、小さな子供を連れてギルドなどに現れるのはおかしい。奇妙というより無謀だ。


 なにせ、子供は明らかに幼い。せいぜい五、六歳。間違いなく十歳未満だ。そんな子供を連れて、というだけでも驚くべきことだが、まさか冒険者として登録するつもりだとは思わなかった。


「おい、カクタス。正気か? 子供の面倒を見ながら森を探索なんて、どう考えても護衛依頼よりきついだろ」


「もう少し依頼料はもらって良いんじゃないか?」


 仲間たちからもそんな意見が出た。それには流石に申し訳ない気持ちになる。


「……悪いな。まぁ、放っておけば死んでしまいそうだしな。それに、あまり金も持ってなさそうだからな」


「無自覚な自殺志願者ってか」


「確かに、あの子達が死んだら可哀想だよな」


「そうそう。めちゃくちゃ良い子だよ」


 気の良い仲間達は苦笑しながらも了承してくれた。冒険者を続けていく上で、気の合う仲間と組むことは最も大切なことの一つだ。俺は良い仲間に恵まれた。


 そんなことを思いながら、おかしな親子の護衛依頼を開始する。


 確か、レンといったか。父親は安っぽい剣を一つ腰に下げて現れた。鎧も大したものは付けていない。そして、イリヤという獣人はローブ姿だ。こちらは高級なアージシープ製のローブである。杖も随分と良いものを手にしているようだった。


 そして、問題の子供達だ。リョウとサーヤだったか。動きやすいだろうが、防御力が高いとはいえない革の鎧と白いローブを着ている。見た目は派手な武器や杖を持っているが、あんな幼い子供に高価な武器を渡すことはないだろう。常識的に考えるなら、武器よりも防具に金を掛けるべきだ。


 だが、レンの恰好や雰囲気を見る限り、そんな余裕はあるまい。


「あれ、普通の鉄の剣だよな?」


「革の鎧も街で手軽に買えるやつだな」


 仲間達もレンの装備をそう評した。それに同意して頷くと、仲間の一人が半笑いで口を開く。


「嫁さんの装備は高そうだったからな。頭が上がらないのかもな」


 そう言って笑う仲間に、他のメンバーも釣られて笑う。


「ははは、よくある話だな」


「綺麗な嫁さんだからな。俺も尻に敷かれたいぜ」


「お前は結婚できねぇよ」


 仲間たちは笑いながらそんな会話をしていた。


 そうして、森に入って皆で陣形を決めて周囲を警戒しながら森の中を進んだ。リョウとサーヤは楽しそうに森の中を歩き回り、レンとイリヤに見つけたものを報告したり、小さな小川で水に手を触れて騒いだりしていた。これが街の中での光景なら和むところだが、ここは魔獣もいる森の中だ。


「……あ、これ」


「ん?」


 二人の傍で考え事をしていると、不意に質問をされた。二人が見ているものは何かと腰を落とし、視線を下げる。


 雑草の中に、少し背の高い葉がぎざぎざになった草があった。中心には細長い実があり、先の方でくるりと渦を巻いている。特徴的な草だが、中々生えておらず、雑草に紛れて見逃してしまいがちな薬草だ。


「おお、珍しいな。良く知っていたな」


 そう答えると、サーヤが目を輝かせて立ち上がった。気が付けば周りに他の仲間達も集まってきていて、二人が見つけた薬草を見下ろし口を開く。


「おお、そりゃアデット草じゃないか」


「まじか、珍しいな」


 仲間たちがワイワイ騒ぎ出すと、サーヤは更に目を輝かせる。


「パパ!」


 父親に褒められたいと思ったのか、サーヤは尻尾を揺らしながら薬草を大事そうに抱え、レンの下へと走って行った。その後ろ姿に仲間達も顔を綻ばせる。


「可愛いな」


「子供か……」


「なんだよ、お前」


 笑いながら話していると、リョウが羨ましそうにレン達に褒められるサーヤを見ていた。短い付き合いだが、何となくリョウの考えていることは分かった。


 恐らく、冒険者になりたいという想いはリョウの方が強い。サーヤはそのリョウの想いに引っ張られる形で同行していると思われた。だが、先に冒険者としての結果を出したのはサーヤの方だった。リョウは絶対に負けられないと思っていることだろう。


 男として、リョウの気持ちは良く分かる。


「他にもあるかもしれないぞ」


 そう告げると、リョウはハッとした顔になって周りを探し始めた。その様子を見て、また仲間たちは微笑みを浮かべる。


「……ちょっと探してくるか?」


「さり気なく誘導したら見つけられるよな」


「俺、そっち側を探してくるわ」


 と、仲間たちの会話を聞き、思わず笑ってしまう。


「依頼は護衛だけだぞ」


 そう指摘すると、信じられないものを見るような目で見られた。


「人でなし」


「可哀想だと思わないのか」


「薬草見つけるくらい良いだろ」


 一気に仲間たちから文句を言われ、苦笑しながら首を左右に振る。


「なんだ、なんだ。急にリョウとサーヤの保護者が増えたじゃないか」


 そんな会話をして笑っていると、今度は薬草を探していたリョウが大きな声をあげた。


「あ!」


 その声に皆揃って声のした方向へ顔を向ける。


 リョウは草むらの向こう側を見ていた。


「何かあったか?」


 尋ねると、目を凝らすように遠くを見ていたリョウが口を開いた。


「ゴブリン!」


 その言葉に、すぐさま気持ちを切り替える。


「こっちに来い!」


 近くに隠れているかもしれない。そう思って少し焦りながらそう言った。強く言い過ぎたからか、リョウは眉尻を下げて走って来る。


 仲間たちはこちらが指示を出さずとも他にゴブリンがいないか確認に動き出していた。


 どうやらゴブリンは一体だけはぐれて歩いているようだが、奥には群れがいると思われる。それについての危険をレンと話し合ったが、ゴブリン程度なら問題ないと言われてしまった。


 依頼主はレンである。レンがやるというなら余程のこと以外は承諾するしかない。確かに通常ならゴブリン程度と思うが、ここにはリョウとサーヤがいる。危険がないとは言い切れない。


 それから森の奥に警戒しつつ、予定通りゴブリン一体を相手にリョウが剣を抜いた。


 レンが後ろで腕を組んで見ているが、すぐに駆け付ける距離なのか微妙なところだ。危ない時は自分が動く必要もあるだろう。いつでも動けるようにしておいた方が良い。


 そう思ったが、そんな心配は不要だった。


 なにせ、リョウの動きはBランク冒険者の俺でも目を見張るものだったからだ。


 素質がある。それも、尋常なものではない。


「これは……」


 口の中で小さく呟き、リョウの動きを目で追う。身のこなし、剣の扱い方。どれをとっても文句はない。惜しむらくは、まだ体が成長しきっていない為、手足が短く筋力も十分ではない点だろう。


 しかし、それでもあの動きが出来るならばゴブリンだけでなく、下手をしたらオークでも倒すことが出来るだろう。既にDランク冒険者相当の力があるかもしれない。


 一瞬危ういところはあったが、結局リョウは一人でゴブリンを討伐してしまった。


「……驚いたな」


 そう言って喜ぶリョウとレンの下へ向かう。


「まさか、ゴブリンを一人で圧倒してしまうとは」


 そう告げると、レンは得意げに笑って立ち上がった。


「もう何年も剣の特訓をしているからな。流石にゴブリンくらいは相手にならんさ。後は、緊張さえ抜ければ段々動きも良くなるだろう」


「あの年でか……」


 レンの説明に再び驚く。へんな親子だと思っていたが、それにしてもとんでもない話だ。まさか歩き出してからずっと剣を振っているわけではないだろうが、三歳から始めても二、三年程度だ。それであの実力ならば十分だろう。


 と、その時、仲間たちが声を発した。


「ゴブリンの群れが来るぞ!」


「数は三十程度だが、変異種がいる!」


 その報告に、すぐに剣を構えて森の奥へ向き直る。


 さぁ、本格的な護衛依頼の始まりだ。


「リョウに負けてられないな」


 小さくそう呟き、俺はゴブリンたちを相手に剣を振るった。


 ゴブリンナイトはいたが、それでもゴブリン三十から四十体程度だ。仲間達と協力して挑めば何ら問題は無い。


 あっさりと全てのゴブリンの討伐が完了し、討伐証明の耳を切り取ろうとしていると、レンから声を掛けられた。


「さて、時間も無いから素材の回収は俺がしておこう。カクタス達は他に魔獣がいないか捜索してくれるか?」


 などと言われて、思わず目を丸くする。


 これだけの量を一人で処理するつもりか。そう思ったが、問題ないというので不承不承頷く。依頼主がそう言うのだから、それ以上意見を言っても仕方がない。討伐証明集めよりも周囲の探索の方が楽なのだから、別に文句も無い。


「どうだ。他に魔獣はいるか?」


「奥が怪しいな。大型魔獣の歩く振動があるらしいぞ」


「ああ。もうちょい奥に行けば足音も聞こえるぜ」


「多分、トロールだな。二本足の大型魔獣だからそれくらいだろ」


 仲間たちの報告を受けて、慎重に確認に向かう。


 予想通り、奥には三体のトロールがいた。


「森の奥に……」


 急いでレンの下へ向かって報告しようとしたが、異変に気が付く。あれだけ大量に転がっていたゴブリンの死体が見当たらなかったのだ。身体に巻き付けていたボロ布も手に持っていた石槍すら消えてしまっている。


 どういうことだ。


 そう思ってレンと話をしたのだが、はぐらかされてしまった。まさか、古代の遺物か。それとも特殊な魔術か。そんなことを考えたが、答えは教えてもらえないだろう。どちらにしろ、相当珍しい代物だ。


 そして、トロールの件を報告すると、レンは再びとんでもないことを口にした。


 なんと、トロールを討伐するというのだ。いや、正確にはトロール討伐を決定したのはイリヤなのだが、どちらにしてもなんて親だ。


 幼い子供二人を連れてどうやって複数のトロールを討伐するのか。そう思っていると、レンは簡単な作戦を口にした。


 それは、要約すると先に二体のトロールをレンとイリヤが討伐し、残った一体をリョウとサーヤが協力して討伐する、というものだ。無茶だと進言したが、俺たちにはリョウ達が危ないと思ったら手助けしてほしいと言われた。つまり、トロール討伐を止める気はないということだろう。


 仲間たちにそのことを伝えると、俺と同じ反応が返ってきた。


「……やっぱり、自殺志願者か」


「Aランク冒険者でも凄腕じゃないと一対一は厳しいぞ」


 そんな感想に深く頷いて様子を見ていると、森の奥からトロールが出てきてしまった。その巨大で分厚い体は何もせずとも周囲に威圧感を与えている気がする。


 やはり、とてもではないが、子供を守りながら戦える相手ではない。


 そう思っていたのだが、レンが一人で虚空に手をかざし、何かの魔術を行使した瞬間、様々な心配が脳内から吹き飛んだ。いや、何も考えられなくなったというのが正しい。


 光が走り、気が付けばレンの手には見たこともない見事な剣が握られていたのだ。見ただけで普通の剣ではないと理解できるが、あれは何なのか。突如として現れたのだから魔法剣の類か。そんな国宝級の代物を持つとは、レンはいったい何者なのか。


 様々な疑問が頭の中に浮かんでは消えていた。


「お、おい……」


「なんだ、今の?」


「剣が現れたぞ」


 仲間達も驚愕と共にそんなことを口にしている。レンに近付こうとするトロールの姿は見えているが、今は何が起きたのか理解しようとするだけで精一杯だった。


 だが、何が起きたのか理解する前に、さらに予想外のことが起きた。


 まだ離れた距離にいるはずのトロールが、胴から真っ二つになって崩れ落ちたのだ。見れば、レンが剣を片手で振ったような恰好をしている。しかし、どう考えても剣が届く距離ではない。


「何が起きた!?」


「どういうことだ!」


 混乱する仲間たちの言葉に答えることもできず、トロールの死体を見つめる。トロールは何が起きたのかも分からず死んだことだろう。本来なら、一定の血液が流れるまで生きているはずだが、真っ二つになったトロールはピクリとも動かないでいた。


 その時、二体目のトロールが現れたが、もう心配も何もしていなかった。レンのしたことは理解できないが、トロールを倒したのがレンであることは分かる。あのトロールも、レンが討伐するに違いない。


 そう思ったのだが、全く見ていなかったイリヤが口を開いた。


「……氷の銀嶺ホワイト・グラント


 聞いたことのない魔術名を口にした瞬間、二体目のトロール周辺に白い靄が出現する。そして、突然地中から氷の山が出現した。地面が割ける激しい轟音と大地を揺らす振動が足から伝わる。


 結果、トロールは突如として現れた氷の山の先に貫かれ、絶命する。氷の山は高さ十数メートルほどだが、頂部が槍のようにとがっており、トロールは背中から胸までを貫かれていた。あまりにも凶悪で恐ろしい魔術だ。とてもではないが、普通の魔術師に行使できるものではない。


「……なんなんだ、あの二人!?」


「名前は聞いたことがないと思うが……」


「俺たちがこの辺りを拠点にしたのは数年前だ。もしかしたら、十年くらい前に活動を止めてしまったのかもしれんぞ」


 そう告げると、皆は揃って二人の背を見た。


「……ってことは、元Aランク冒険者、か?」


「まじかよ」


「いや、そうとしか考えられんな」


 そんなやり取りをしていると、傍で見ていたリョウとサーヤが嬉しそうに二人を見ていた。


「パパもママもすごい!」


「つよい!」


 大騒ぎして喜ぶ二人に、乾いた笑い声が仲間たちの方から聞こえてくる。


「強いなんてもんじゃないんだが……」


「あれなら、今までの余裕ある態度も納得だよ」


 苦笑とともにそんな会話をしていると、最後の一体が現れた。仲間の死体を見て引き下がるかと思ったが、トロールは興奮した様子で咆哮を上げ、自分よりも大きな木を根元からへし折った。恐るべき怪力だ。トロールはへし折った大木を振ってイリヤの作り上げた氷の山を打ち砕く。


「お、おおきい……」


「ど、どうする?」


 リョウとサーヤが怯えたような表情でトロールを見上げる。まだまだ離れているが、それでも見上げなければならない巨体だ。子供なら怖がって当然である。


 しかし、そんなリョウとサーヤにレンが驚くべき言葉を掛けた。


「どうする、二人とも! やるか? もし戦うなら、サーヤは氷の魔術を使って足止め、リョウは足の裏側を狙って斬れ」


「二人にやらせるつもりか!?」


 レンの言葉に思わず大きな声を出す。いくら元Aランク冒険者の二人がいるとはいえ、幼い子供にあのトロールを相手にさせるのは無謀以外の何物でもない。


 それは仲間も同意見のようだった。


「あ、安心しろ! 俺が牽制をして注意を引いてやるよ!」


「それじゃ、俺も矢を使って援護するぜ」


「リョウ、あんまり前に出るな。俺が攻撃を防ぐから、安全だと思ったら斬れ」


 皆でリョウとサーヤを助力しようと声を掛ける。しかし、リョウは真剣な目で首を左右に振る。


「ぼ、ぼくとサーヤ、ふたりでやってみる」


「う、うん……!」


 リョウの言葉にサーヤも眉根を寄せて強く同意の言葉を口にした。


 それに唖然としていると、リョウが突然走り出した。いつの間に覚悟を決めたのか。一息吸うと同時に地を強く蹴ったリョウの突進は、俺たちですら驚くほど速かった。


「わ、わたしも……!」


 残されたサーヤはリョウの背中を目で追いながら口を開き、詠唱を始める。


 その詠唱を聞き、驚く。


「中級魔術!? 嘘だろ……」


 仲間の魔術師はサーヤの詠唱から魔術のレベルを知り、驚愕すると同時に衝撃を受けていた。なにせ、自分が主に使う魔術が中級中位の魔術だ。中級上位の魔術や上級の魔術も多少は出来るが、あまりにも詠唱が長くなってしまう為、ほぼ使うことはない。


 詠唱自体は少し長いかもしれないが、それでもこんな幼い子供が自分と同じ中級魔術を扱っているのを見て自尊心に傷がついたのかもしれない。


「おい、リョウが接敵するぞ!」


「あ、ああ」


 サーヤの魔術に気を取られていた。リョウは既にトロールの攻撃範囲内に入っている。それに気が付いているトロールは、レンとイリヤを横目に自分に向かってくる新手の敵の方を警戒した。


 トロールから見ればレンやイリヤと同じく、リョウも揃って小さき者だろう。子供だからと侮ることもなく、全力で手にした大木を片手で振り下ろした。


 信じられないような膂力から繰り出された、必殺の一撃だ。あんなもの、俺であってもまともに受ければ重傷は免れない。幼いリョウが受ければ、即死である。


「避けろ、リョウ!」


 慌てて叫ぶが、もう遅い。あの特大の一撃を避けるには、俺の声を聞いてから動くのでは遅い。先に回避を前提にして動いていれば問題ないが、それも本人の判断次第だ。

祈るような気持ちでトロールの攻撃に向かって行くリョウを見つめる。すると、リョウの体が斜めに崩れるようにブレた。


 リョウは、きちんと相手の攻撃を予測して動いていたのだ。トロールが振り下ろす大木を予測していたように、全力で右奥へと跳んで回避した。


 リョウのいた地面に大木が叩き付けられる。枝もそのままに振り下ろされた大木は葉や土、岩まで周囲に弾き飛ばして風を巻き起こす。大地が揺れ、その場で立つこともままならないほどの衝撃が周辺に広がった。


 だが、リョウは既に動いていた。


「えい!」


 十分に気合の入った、可愛らしい声が大木の影から聞こえた。


 そう思った瞬間、トロールの持つ大木が真っ二つに切断される。トロールは何が起きたか分からずに大木を持ち上げようと手を挙げたが、手には輪切りのようになった木の幹の一部が握られていた。


 まさか、今の一撃をあのリョウが放ったのか?


 俺は恐らく、あのトロールと似たような表情でリョウの姿を探していた。


 その間に、サーヤの魔術の詠唱も完了する。


「……細氷凍土ダイヤモンドダスト


 サーヤが口にした瞬間、杖を向けられた先に白い霧が出現した。きらきらと光を反射する氷の霧だ。その霧の中は極寒となり、スライムなどの冷気に弱い魔獣は凍り付いて死ぬだろう。トロールとて強い影響を受ける。動きは緩慢になり、全く動かなければ徐々に凍り付いていく。


 しかし、その中でリョウはどうするのか。


 そう思ったが、リョウは己が両断した大木に飛び乗り、トロールに向かって走り出していた。


「おお、魔術の影響範囲が……!?」


「……そうか、トロールの足元には影響を与えないように!」


「そんな緻密な魔力操作を、この子が……?」


 サーヤの魔術に驚愕する仲間達。サーヤの魔術も驚嘆に値するが、俺にはリョウの剣技や身のこなしにも驚いていた。そして、何より二人の戦闘での瞬間的な判断だ。


 打ち合わせをした様子もないのに、サーヤの氷の魔術が発動すると同時にあの動きだ。サーヤの魔術を予想していたとしか思えない。


 そして、リョウが動くと同時にサーヤも再び詠唱を開始していた。あの氷の魔術を維持するよりも次の魔術を行使した方が良いという判断だろう。確かに、リョウが時間稼ぎせずに二度目の特攻をする以上、相手の動きを遅くするだけで十分だ。それよりも、別の魔術で牽制をした方が良い。


 サーヤの魔術はすぐに詠唱が終わり、下級の魔術が発動する。


氷の矢(フロストアロ―)……!」


 サーヤが魔術を行使すると、瞬く間にサーヤの周りに氷の塊が浮かび上がった。氷の塊は大きな氷柱のような形となり、次々にトロールへ向かって飛んでいく。


 矢のように放たれた氷柱はリョウを見ようとするトロールの顔に次々と突き刺さった。うつむきがちになっていたトロールも、額や頬、鼻、顎といった顔の各部に氷の矢が突き刺されば仰け反らざるを得ない。


 耳にこびりつくようなくぐもった悲鳴を上げて背中を反らせるトロール。その視界は足元へ接近するリョウを捕らえることはなく、がむしゃらに腕を振り回して暴れている。リョウはその動きを冷静に見切り、素早く後方へ回り込みながらトロールの膝の裏を斬りつけた。


「おお! 一撃入れたぞ!」


「やるじゃないか!」


 仲間達もリョウの鋭い斬撃に歓声を上げる。


 しかし、それも束の間だった。なにせ、リョウの斬撃は鋭いの一言で済むものではなかったからだ。青い光が空を走ったと思った次の瞬間、トロールの右足は膝から切断されていた。トロールは絶叫を上げて地面へと倒れ込む。背中から崩れ落ちたトロールに対して、リョウは止めを刺そうと地面に横向きになったトロールの体の上を走り、剣を振る。


 リョウの剣は瞬く間にトロールの首を切り裂いた。


「おお!?」


「まじかよ、おい!」


「リョウとサーヤがやったぞ!」


 トロールを討伐したと判断し、仲間たちは跳びあがって歓声を上げながら走り出した。倒れたトロールは動かず、リョウもトロールの胸の上で肩で息をしている。


「やったーっ!」


 サーヤが杖を持ったまま両手を上げて付いてきていたので、片手で持ち上げて右肩の上に乗せる。サーヤは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに俺の頭にしがみ付いてリョウに向かって手を振った。


 皆でリョウの下へ辿り着くと、リョウはようやくホッとしたようにその場で座り込む。


「やったなぁ、おい!」


「凄いじゃないか!」


 全員で笑いながらリョウ達を褒めると、肩から降りたサーヤがリョウの近くに行って笑顔で杖を掲げる。


「みた? サーヤのまじゅつ!」


「うん! ぼくもけんでたおしたよ? みた?」


「みたよ!」


「えへへ」


 二人は興奮した面持ちでお互いの手柄を自慢し合う。微笑ましい光景に頬も緩む。


 その時、ようやくレンとイリヤもこちらに歩いてきた。


「よくやったな」


「上出来」


 レンとイリヤがそう声を掛けると、リョウとサーヤは飛び出すように二人の方へ走っていく。


「パパ!」


「ママ!」


 二人は同時にレンとイリヤに飛びついた。力いっぱい抱きついてくるリョウとサーヤを優しく見て、レンは顔を上げる。


「中々良い動きだったと思うが、二人はどうだった?」


 そんな質問に、呆れて肩を竦めた。


「聞くまでもないだろ」


 そう答えると、仲間達も苦笑しながら同意する。


「子供の動きじゃないな」


「下手したらCランク冒険者より強いと思う」


「俺らの仲間に欲しいくらいだ」


 そんな感想を聞き、レンは笑顔で笑ってリョウとイリヤの頭を撫でた。


「聞いたか? すごいな、二人とも」


 そんなレンの言葉に、二人は照れたように笑う。


「えへへ」


 二人とも笑いながらレンとイリヤに抱きついたまま額を擦り付ける。その様子を見て、俺も仲間も自然と笑顔になっていた。


 良い親子だ。最初は自殺志願者の一家かと思って心配していたが、今ではその認識は真逆のものになっている。


「……それで、二人は元冒険者なのか? それとも、まさか上級騎士と宮廷魔術師、なんてことはないよな……?」


 尋ねると、レンとイリヤは顔を見合わせて笑う。


「もう七年以上前から活動をしていないからな」


「まだ冒険者のつもり。勝手に引退させないで欲しい」


 そう言われて、自らの後頭部を片手で掻きながら頷く。


「いや、すまない。それで、二人でパーティを組んでたのか? まぁ、あんたらなら二人でも十分だろうが……」


 追加の質問をすると、レンは首を左右に振って口を開いた。


「いや、精霊の弓というパーティーに入っていた。今は一時的に脱退しているが」


 その回答に、俺よりも先に仲間の一人が大声を出して振り返った。


「精霊の弓!? そりゃ、この国最高の冒険者パーティーじゃねぇか!」


 その言葉に、他のメンバーも目を見開く。


「それじゃ、伝説の黒竜討伐も……!?」


「いや、大量の魔獣から村を守ったって話も……」


 次々に質問が飛び出し、レンは片方の眉を上げて唸る。


「まぁ、その二つは俺も参加したけどな。ここ最近の話はどれも関与していないぞ?」


「いやいや、十分過ぎるだろ」


「そんな凄腕冒険者が、どうして名前を知られていないんだ?」


「普通なら竜討伐者として名前が知られているはずだぞ」


 と、疑問の声が上がった。それにレンは肩を竦めて鼻を鳴らした。


「名声に興味はないんだ。目立つと貴族から声を掛けられて面倒ごとが増えるから、その辺りを避けたかったというのもある」


 自然な態度でそう言ったレンに、俺はハッとさせられたような気がした。


 英雄と呼ばれるような最高の冒険者になり、誰よりも高い地位、名誉、大金を得る。そんな人生を誰もが夢見ていると思っていた。だが、このレンという男は全く違う考え方をしていたのだ。


 それは、俺にはない考え方だった。


「……兄貴と呼んで良いか?」


 そう告げると、レンは嫌そうな顔でこちらを見た。


「は? 何を言っているんだ」


 その言葉に、俺は笑いながら両手を広げる。


「兄貴はすごい冒険者だ」


「そ、そうか。いや、もう何年も現役から離れてるけどな」


「そういう問題じゃないさ」


 困ったような顔で「兄貴はやめろよ?」と念押しするレンを見て、俺はこの凄い冒険者のことを知りたいと思うようになっていた。





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一般の冒険者としての振る舞いを見せるにはカクタス達は最高の先生っすね
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