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第五章  冒険者ごっこ

 カクタス、五人の冒険者を格安で雇い、まずは近場の森へ向かうことにした。本来なら中級者が行く深い森だが、浅いところならばどうとでもなるだろう。


 森の奥からはぐれて出てきたゴブリンやビッグボアといった小型の魔獣を狩って練習することにしたのだ。当初は反対していたカクタスだったが、森の浅い部分限定ということで納得した。


「……気を付けろ、ガキども。この森の奥には俺よりでかい熊や緑色の巨人がいるんだ。見つかったら死ぬまで追いかけられるぞ?」


「は、はい……!」


「わ、わかりました……」


 カクタスの脅しにリョウとサーヤは不安そうな顔で何度も頷く。もしかしたら良い冒険者の先生を見つけたのかもしれない。今後はちょこちょこカクタス達を雇うとしようか。一人銀貨一枚なら全く問題ないだろう。


「良い冒険者と知り合いになれたな」


 リョウとサーヤを先導しながら森の中を散策するカクタス達を眺めながらそう口にすると、イリヤが満足そうに頷いた。


「うん。格安の冒険者、最高」


「いやいや、冒険者の先生としてだ。まぁ、格安で護衛してくれているのは助かるが」


 イリヤの言葉に苦笑しながら答えていると、奥でサーヤが声をあげた。


「あ、これ……」


 何かを発見したらしい。サーヤのその声に、皆の視線が集まる。


「おお、そりゃアデット草じゃないか」


「まじか、珍しいな」


 上級の回復薬の材料となるアデット草を発見したらしく、カクタスの仲間たちがサーヤの周りに集まって騒いでいる。サーヤは皆に騒がれて照れながら笑っていた。対して、リョウは目の色を変えて周囲を見回している。他にもアデット草があるかもと思っているのだろう。


 その様子に苦笑していると、サーヤがアデット草を持ってこちらに走ってきた。


「パパ!」


 満面の笑みで走ってきたサーヤの頭を片手で撫でて、両手に持ったアデット草を見る。


「凄いな、サーヤ。良く見つけた。中々見つからないんだぞ」


 褒めると、サーヤは照れながらも得意げに頷いた。


「え、えへへ……ほんをみて、おぼえてた」


 サーヤのその言葉に、何故かイリヤがドヤ顔で鼻を鳴らす。


「サーヤは天才。流石は私の子」


「……イリヤは薬草ぜんぜん見つけられないのにな」


 ドヤ顔になるイリヤに呆れつつそう答えるが、全く聞こえていないようだった。イリヤは照れるサーヤに抱き着いて可愛がっている。


 その様子を見て笑ってから、リョウの方を見る。負けず嫌いなリョウのことである。必死に薬草を探しているのは間違いない。


 そう思って視線を巡らせると、小川の向こう側で草むらを両手で掻き分けながら頭を左右に振っているリョウの姿を発見する。その後ろにはカクタスが無言で立っており、リョウの周りを警戒してくれていた。


「終わったら追加報酬を払うとするか」


 面倒見の良いカクタスの姿を見て、小さく呟く。


 剣、魔術の訓練や、魔獣に対する知識、サバイバル技能などを学ばせてきたが、実践形式のこの冒険者ごっこはとても良い勉強になっている筈だ。金貨一、二枚くらいの働きをしてくれていると判断している。


 そんなことを考えていると、リョウが草むらの中から声をあげた。


「あ!」


「お、何かあったか?」


 リョウの声に、カクタスが近づいていく。


「ゴブリン!」


 大きな声で言われたその言葉に、カクタスは素早く長剣を抜いて腰を落とす。


「こっちに来い!」


 カクタスがそう怒鳴ると、リョウは渋々といった様子で戻ってきた。


「……ひとりだよ?」


 と、リョウは呟く。まだ一体とも一匹とも言えない為、リョウはゴブリンでもウルフでも一人、二人と言う。それに苦笑しつつ、もし群れが来たら危ないかと思ってそちらに移動した。


 カクタスは真面目な顔で草むらの奥を睨みながら首を左右に振って口を開く。


「ゴブリン一匹でも一人で相手するのは危険だ。気配を消すのが得意な魔獣もいる。一匹だからと前に出れば、周囲を囲まれて終わりなんてこともあるぞ」


 カクタスが低い声でそう言うと、リョウは無言で顎を引いた。


 悔しそうだが、それでも大人の言葉に素直に頷いて言われた通りにするリョウに、カクタスはフッと息を漏らすように笑った。


「さて、ゴブリンは本当に一匹か?」


 カクタスがそう呟いて草むらの奥へ向かった為、交代するようにリョウの傍に移動する。


「魔獣と戦ってみるか?」


 そう尋ねると、リョウは小さく頷いた。視線は草むらの奥へ向かったカクタスの背中に向いている。サーヤに負けたくないのか、それとも自分の力を試したいのにカクタスに駄目と言われたからか。まぁ、どちらにしても悔しさからだろうと思う。


「よし。それなら、一緒に行くか」


「……うん!」


 リョウの意向を聞き、それならと歩き出す。リョウは負けないように隣に並んできた。歩幅が合わないので小走りに付いて来る様子が可愛らしい。


 草むらの奥に行くと、大きな木々が並ぶ間からカクタスが顔を出した。


「ちょっと待て……確かに近くにはゴブリン一匹だが、奥の方には群れで行動している気配がある。まぁ、かなり遠くだが、大きな音を出して戦えば集まってくる可能性が高い」


 カクタスに報告を受けて「そうか」と生返事をする。


「それなら、はぐれている一匹をリョウが倒すぞ。他のが来たら俺たちが相手をするとしよう」


「……一匹とはいえ、子供一人で相手をするだと?」


 カクタスが目を見開いて疑問を口にする。それに頷き、リョウを見た。


「ゴブリン一匹くらいなら倒せると思う。まぁ、傍で見守っておくさ」


 そう答えると、カクタスが微妙な間を空けてから頷いた。


「……分かった。それなら、他のメンバーを呼んでおくぞ」


 カクタスはそう口にして、仲間たちがいる方向に向かって無言で手を振る。その合図に、カクタスの仲間たちが頷いてすぐに集まり始めた。


 経験豊かな中級以上と扱われるBランクの冒険者なだけあり、動きはスムーズかつ効率的だ。即座に対応できるように一定の距離を保ちつつ集結し、それぞれが別々の場所を警戒している。


「正面にゴブリンだ。百歩以上離れているが、その奥にもゴブリンの群れがいるようだな」


 カクタスが仲間たちにそう告げると、皆が静かに頷く。


「中々連携がとれているな」


「当たり前だ」


 静かに返事をして、皆に手と指を使って指示を出すカクタス。その様子に頷き、ゴブリンに気が付かれないように移動していく。あの図体でよく隠密行動がとれるな。


「……よし。それじゃ、ゴブリンに挑むぞ?」


「う、うん」


 準備が出来たと判断してリョウに声を掛けると、緊張感が籠った返事があった。見ると、剣を持つ手が震えている。


「……大丈夫だ。肩の力を抜いて、気楽にやれ」


 そう言ってリョウの頭を片手で撫でると、心配そうな顔で唸った。それに苦笑して、腰を落として視線の高さを合わせると、リョウと一緒にゴブリンを見る。


「安心して思い切りやれ。パパがついてるぞ」


 フッと息を漏らすように笑い、そう告げた。それにリョウの目つきが変わる。


「……うん! いってきます!」


 元気よく返事をして、リョウが剣を両手に持って地を蹴った。草むらから飛び出していき、ゴブリンに向かって走り寄る。


 ゴブリンは気配を感じてすぐにリョウの方へ振り向き、耳障りな声で叫んだ。手には原始的な石槍が握られているが、それほどの脅威ではないだろう。ゴブリンには多くの種類がおり、中には人間と同等の大きさの上位種や魔術を使う存在もいるが、あのゴブリンは中位のホブゴブリンと下位のゴブリンと間くらいの存在だろう。


 知能指数が上がったゴブリンが群れると、下手をするとかなり危険な存在になることがある。それに、百を超える数のゴブリンの群れの中には、ほぼ確実に上位種が存在するのだ。そうなったらBランク冒険者のパーティーであろうと、一旦ギルドに戻って緊急討伐依頼を発令してもらうのが通常の流れだ。


「さて、ゴブリンはどれくらいいるかな」


 カクタス達が奥のゴブリンたちを警戒してくれているから、最悪の事態だとしても逃げることは十分に出来るだろう。まぁ、ゴブリン如きで考えすぎても仕方がないか。


 リョウとゴブリンの戦いはもう始まっている。二人は剣を振れば届くほどの距離にまで接近し、同時に攻勢に出た。ゴブリンはただ無我夢中で石槍を振り回して迫り、リョウは横に跳ぶように大地を蹴って方向転換した。


 その動きは俺から見ても滑らかで手慣れたものだった。何百回と繰り返した動作だから当然だが、それを初めて見る者は目の前から消えたように見えるだろう。


 事実、ゴブリンは石槍が空を切ってしまったことに驚き、首を傾げて周りを見ていた。対して、リョウは姿勢を低くしてゴブリンの後方へと回り込み、剣を斜め下から斬り上げる。


 耳に突き刺さるような絶叫。少なめの血が空中へ舞い、ゴブリンの足元には大量の血が零れ落ちる。とても良い一撃だったが、少し浅い。


「リョウ! もう一回だ!」


 声を掛けると、気が緩みかかっていたリョウがギョッとした目でゴブリンを見た。ゴブリンは手から石槍を落としていたが、そのまま拾うこと無く飛び掛かろうとしている。


 リョウは顔色を変えて後ろにステップバックしたが、それは悪手だ。


「う、うわ!」


 後ろに引いた分、ゴブリンは助走距離を稼いで勢いを増す結果となった。一気に距離を詰められて焦るリョウと、血を流しながら必死に喰らいつこうとするゴブリン。これはまずいか。


「加勢するぞ!」


 カクタスも同じことは思ったのか、そう言いながら走り出した。だが、ゴブリンが迫る中、リョウはまだ諦めていなかった。剣を持った手に力を籠めて、腰を落としながら重心を前に戻す。


「カクタス、大丈夫だ」


 そう告げると同時に、リョウはゴブリンに頭上から振り下ろした剣をお見舞いした。今度は間違いなく致命傷だ。ゴブリンは鋭い斬撃を受けて地面に倒れ込む。


「や、やった……」


 肩で息をしながら、リョウが小さく呟く。


 それを見て、カクタスはホッと息を吐いた。それに苦笑しつつイリヤの方を振り返る。イリヤはサーヤと一緒に魔術の準備を終えていた。どうやら、リョウが危ない時はいつでも攻撃できるようにしていたらしい。


 イリヤに片手を振って笑い、リョウへと向き直る。


「パパ! みてた!?」


 リョウが剣を振りながら走って来る。


「おお、見てたぞ」


 大興奮の様子に思わず微笑みつつ、振り回す剣を片手で受け止めてからリョウの頭を撫でた。


「凄いじゃないか」


「へへへ」


 褒めるとサーヤとはまた少し違った形で照れ笑いするリョウ。


「驚いたな」


 と、そこへカクタスも合流した。


「まさか、ゴブリンを一人で圧倒してしまうとは」


 カクタスのその言葉に、フッと笑いながら立ち上がる。


「もう何年も剣の特訓をしているからな。流石にゴブリンくらいは相手にならんさ。後は、緊張さえ抜ければ段々動きも良くなるだろう」


「あの年でか……」


 驚きを隠せない様子のカクタスが呻くように呟く。


 その時、カクタスの仲間たちが声を発した。


「ゴブリンの群れが来るぞ!」


「数は三十程度だが、変異種がいる!」


 その報告に、カクタスと同時に森の奥へ向き直る。


「イリヤ、援護してくれ!」


「はーい」


 後方からイリヤの気の抜けた返事が聞こえてきた。いつものイリヤである。ドラゴンとも戦ったことがあるだけに、イリヤは緊張感に欠けているようだ。


「リョウは後ろに下がってろ。もしゴブリンが抜けたら斬るんだぞ」


「う、うん!」


 先ほどよりは肩の力は抜けたようだが、それでも少し緊張した返事だった。まぁ、そう簡単には場慣れなど無理だろう。


 仕方ない。ここは大人の力を見せてやるとしようか。


 そう思って剣を抜いたのだが、カクタス達が思った以上に出来る奴らだった。


「正面は二人であたる! 左右から弓と魔術で攻撃しろ!」


「おう!」


「任せとけ!」


 そんな短いやり取りだけで、カクタス達はゴブリンたちを包囲して殲滅していく。ゴブリンどもは全員が武器を手に向かってくるが、カクタスともう一人が前衛を担当してきっちりと防いでいる。そして、動きが止まったゴブリンの群れに矢と魔術による攻撃が降り注いだ。


「ボスがいるぞ!」


「ゴブリンナイトだ!」


 弓使いと魔術師が奥に立つボスに気が付く。それを聞き、カクタスが大振りに剣を振って寄り付くゴブリンを弾き飛ばした。


「遠距離で狙え!」


「おう!」


 カクタスの指示に魔術師が答え、詠唱を開始した。さて、間に合うか。いや、間に合わずともこれだけ形勢が決まっていれば問題なく勝てるだろう。


「……すごい」


 リョウが次々にゴブリンを倒していくカクタスの背中を見て、そう呟いた。リョウの尊敬を受けるカクタスに微妙に嫉妬してしまいそうになる。


 よし、次は俺が前に出て戦うところを見せよう。


 密かにそんな決意をしていると、軽装の鎧を着こみ、鉄の剣を手にした大きなゴブリンが走ってきた。ゴブリンは上位種になればなるほど賢くなる。恐らく、戦闘が不利になっていると判断して自ら攻め込んできたのだ。


 そんなゴブリンナイトを、カクタスは冷静に処理した。振り下ろす剣を弾き、無防備になった首を右から左に剣を振って斬り飛ばす。


「終わりだ」


 決め台詞まで言いやがった。


 予想通り、カクタスの実力を見てリョウが目を輝かせてしまう。


「カクタスさん、つよい!」


「ふふん」


 ゴブリンたちの殲滅を確認したカクタスは剣を肩に担いで戻ってきた。得意げな顔をしている。


「お疲れ」


「まぁ、大したことでもない」


 そんなことを言うカクタスに苦笑しつつ、倒れたゴブリンナイトに視線を移す。


「さて、時間も無いから素材の回収は俺がしておこう。カクタス達は他に魔獣がいないか捜索してくれるか?」


「ん? お、おう。任せてくれ。しかし、結局ゴブリンは三十体以上いたぞ? 大丈夫か?」


「問題ない」


 片手を挙げてそう告げると、カクタスはこちらを気にしつつ仲間たちに指示を出しに行った。それを確認してから、リョウを呼んだ。


「さて、素材を集めるとするか」


 そう口にすると、タイミング良くイリヤとサーヤも来た。


「手伝う?」


「ち、ちだらけ……」


 普段通りの反応のイリヤとゴブリンの死体の山を見てドン引きのサーヤ。二人の反応の違いに笑いつつ、魔術を行使した。


回収アーモリー


 詠唱を破棄して一言で魔術を発動する。魔術の力で、対象となる物全てがその場から掻き消えた。まるで最初から存在しなかったかのようにゴブリンの死体が消失する。


「え!?」


「き、きえた……?」


 リョウとサーヤが驚きの声をあげる。イリヤは二人を見て微笑み、奥に行ったカクタス達に目を向けた。


「浅い部分だと魔獣が少ない」


「そうだな。時間もあるし、もう少しだけ探索してみるとするか」


「うん。どうせならオークキングくらい討伐する」


「普通のオークだな、普通の」


 イリヤと軽く方針を話し合い、もう少し探索することに決めた。苦笑しつつ、リョウとサーヤを見る。


「二人は大丈夫か? 疲れたなら帰るぞ?」


 尋ねると、二人は首を左右に振る。


「まだやりたい!」


「が、がんばる!」


 リョウとサーヤは興奮気味に答えた。まぁ、初めての冒険でテンションが上がっているのだろう。その気持ちを察することくらいは出来る。


「おーい! 奥に……」


 と、その時、森の奥からカクタスが戻ってきて何かを言いかけて動きを止めた。


「どうした?」


 聞き返すと、カクタスは周りを軽く見回して、己の目を片手で擦り、もう一度周囲を確認した。そして、こちらに視線を向ける。


「……ゴブリンはどこにいった?」


「回収したぞ」


「か、回収……?」


 片方の眉を上げ、カクタスは不思議そうな顔で唸った。それに苦笑を返し、顔を上げた。


「それで、森の奥に何を見つけた?」


 もう一度尋ねると、カクタスは腕を組んで不満そうに口を曲げる。


「……森の奥に大型魔獣であるトロールを確認した。トロールは三体。悪いが、今日の探索はこれで終了だ。幸いにもトロールは別の方向へ向かっている。今引き下がれば遭遇することはないだろう」


 カクタスは率直に探索の状況を報告した。


 トロールの魔獣としての脅威度はBランクからAランク相当だ。身長六メートルから八メートルほどの巨人型の魔獣で、武器は大きな岩や大木をへし折ったものが主だが、変異種や上位種になると大型魔獣の骨や冒険者が使っていたであろう大剣や大槍を枝を振るように使う者もいる。頭が良いとは言えないが、野性的な勘で戦う戦闘スタイルは侮れない。冒険者ならばトロール一体にBランク冒険者が五人以上、Aランクならば一人か二人で対応するべき相手だと言える。


 トロール三体となると、カクタスの判断も納得だ。


 しかし、イリヤは不服だった。


「駄目。せっかくだから、大型魔獣の戦いを見せておきたい」


「……子供を守りながら、か? 流石に容認できないな」


 カクタスは腕を組んでイリヤの意見を否定した。絶対に引かないぞと顔と態度に現れている。カクタスは良い男だな。


「まぁ、危なくなれば逃げることは出来る。やり方を説明するから聞いてくれ」


「やり方?」


 カクタスは俺の言葉に眉根を寄せて低い声を発した。






「……本気か? 本気でやる気か?」


 離れた場所からカクタスが何度も聞いて来る。それに笑い、片手を挙げて応える。


「おう。予定通りに頼むぞ。こっちは俺とイリヤが対応する」


「リョウ、サーヤ。ちゃんとカクタス達の言うことを聞いて」


 隣に立つイリヤがそう告げると、カクタスの横に並ぶリョウとサーヤが緊張した面持ちで頷いていた。


 そして、目の前にトロールが現れる。


 大人の男がすっぽりと隠れるような太い木々の幹に、冗談のような大きさの手が押し当てられる。指は人間と同じ五本だが、太さが全く違う。人間の胴より太い指が木々の表面を撫でるように触れた後、木々の表皮を毟り取った。


 ばらばらと生木の破片が舞う中、木々の隙間から一体のトロールが顔を出す。サーベルタイガーのように二本の牙が口から露出した凶暴な顔だ。トロールは白い湯気のような息を吐き、周りを睥睨する。


「手には丸太か。ずいぶんとデカいが、変異種でも上位種でもないな」


 そう口にしてから、魔術を行使した。


宝具召喚アルミス


 魔術名を口にした瞬間、空中に光の線が走り、まるで虚空を斬り割いたかのように光に包まれて直剣が現れる。刀身の長さは一メートル以上はある、大きめの直剣だ。両刃の剣の表面には美しい彫刻が施されており、一目で特別な剣であると知れる。


「さて、これを使うほどではないだろうが、多少は良いところを見せないとな」


 そう言って笑うと、隣でイリヤが不敵な笑みを浮かべた。


 だが、口から紡がれる詠唱を耳にして思わず振り向く。


「……ちょっと大袈裟じゃないか、それは」


 イリヤの詠唱に驚いてそう口にしたのだが、イリヤは集中していて返事はなかった。


「これは、急がないと全部持っていかれるな」


 時間制限が出来たと判断し、慌てて前に出る。トロールはまだ先頭の一体が全身を現したところであり、先制攻撃を行えることは間違いない。


 軽く屈伸をしてから背伸びをして柔軟体操をしておく。


 なにせ、久しぶりの戦闘だ。入念に準備しておかないと、せっかく勝利しても後で腰痛にでもなったら恰好悪いだろう。


 そう思い、腕や足の関節も軽く動かして口を開いた。


「それじゃ、やってみようか」


 そう呟き、剣を構えて地を蹴る。





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― 新着の感想 ―
カクタスの側でも1つの話が作れそうw
カクタスと出会えたのは双子にとって一般的な冒険者の姿と常識的判断を見せるって意味でも大正解ですねクォレハ……
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