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第四章  五歳で冒険者?

 ある日、リョウとサーヤが食事の際に自らの要望を口にした。


「せーの」


「ぼうけんしゃになりたい!」


 タイミングを合わせて、二人で同時にそんなことを言い出す。これには流石に俺も眉根を寄せてしまった。


「……まだ六歳にもならないのにか?」


 六歳の誕生日まで半年近くある。五歳の冒険者など聞いたこともない。そう思っての発言だったが、イリヤは真顔で頷いた。


「冒険者は大変。命賭け。出来る?」


「うん!」


 イリヤの問いかけに、明らかに何も考えていないリョウが笑顔で答える。その回答を聞き、イリヤはサーヤを見た。サーヤも無言で頷く。それに口の端を上げて、イリヤは首肯する。


「絶対に無茶をしないと言うなら、冒険者になっても良い」


 そう言ったイリヤの額に素早くデコピンをした。


「痛いっ!」


 パコンとかなり良い音がしてイリヤが両手で額を押さえて呻く。それを半眼で眺めつつ、溜め息を吐く。


「良いわけあるか」


 そう告げると、リョウとサーヤが不満そうに頬を膨らませてこちらを見上げてきた。


「ぼうけんしゃになりたい」


「なりたいです」


「まだ早い」


 二人の要望を秒で却下する。それに更に頬を大きく膨らませる二人。


 と、今度はイリヤが頬を膨らませて訴えるような目を向けてきた。


「……どう考えても危ないだろう」


 そう告げると、イリヤは不満げに口を開く。


「実力は十分。薬草採取に簡単な下級魔獣の討伐なら大丈夫」


「それはそうだろうが……」


 イリヤの言い分に眉根を寄せて短く息を吐いた。確かに、リョウもサーヤも十分な実力だと言える。本人たちが天才的な素質を持つことに加え、装備も超一級品である。それらを考慮すればCランク相当の力があると思う。


 しかし、年齢は五歳である。依頼を選ぶのはともかく、様々な危険があると考えたのだ。


「心配なら、私たちも一緒に行けば良い」


「え?」


 イリヤの言葉に、思わず生返事をして振り向いた。すると、イリヤは不敵な笑みを浮かべて自分の顔を指差す。


「最高の冒険者が付いていく。完璧」


「いや、イリヤが付いていく方が不安なんだけど」


 思わず本音が口から洩れた。すると、イリヤは一気に険しい顔になって睨んでくる。


「……何故? 理由は? 私の実力を知らないとでも?」


 イリヤの背後に獰猛な虎が見えるようだった。その様子に苦笑いを返しつつ、両手を前に出して首を左右に振る。


「いや、別にイリヤの実力を疑っているわけではない。だが、五歳の子供を二人見ながら戦闘をするのは危ないと思ってだな」


 苦しい言い訳を口にしつつ、冒険者時代の時の記憶が脳裏を過る。イリヤのお気楽な提案により、幾度危険な依頼を引き受けてきたことか。イリヤの好奇心で予定外の大型魔獣に襲われたこともある。


 そのイリヤが同行したところで、リョウとサーヤの安全が確保できるとは言い難いだろう。むしろ、危険が増したと判断する方が堅実だ。


「……分かった。それなら、俺が二人に同行する。それで良いな?」


「……不満」


 妥協案を口にしたのだが、何故かイリヤが不満を口にした。だが、リョウとサーヤは嬉しそうに椅子を蹴って立ち上がる。


「パパといっしょ!?」


「やったぁ!」


 二人が大喜びで飛び上がる姿を見て、イリヤは口を噤んだ。そして、恨めしそうにこちらを見る。


「……ずるい」


 イリヤからそう言われるが、二人の為にもここは引くことが出来ない場面である。苦笑しつつ、イリヤの不満を宥めようと口を開いた。


「まぁ、どうせ初級の依頼だけだ。いずれ中級の依頼も受けるようになったら一緒に行ったら良いさ」


 そう告げると、イリヤは耳を左右に倒した。


「……ずるい」


「……お土産も買ってくる」


 暫くイリヤのご機嫌取りに苦労したが、どうにか納得してもらうことが出来た。


 こうして、リョウとサーヤの早過ぎる冒険者デビューが決まった。


 デビューすると決まったからには、二人の装備を整えなければならない。そう思い、早速翌日の朝から街の武具屋へとリョウとサーヤを連れて出かけた。


「うわぁっ!」


「すごい!」


 二人は店に入って店内の様子に目を輝かせていた。剣や槍、鎧に盾。綺麗に並べられている武具の数々。超一級品というほどではなくそれなりの品々だが、子供からすれば十分過ぎる迫力だろう。店内を楽しそうに見て回り、鎧を突っついて遊ぶリョウとサーヤを注意しつつ、店主に声を掛けた。


「軽装で小さめの鎧はないか? 厚手のブーツも欲しい」


「小さめ、ですか? まさか、そちらのお子さん用ではないですよね? はっはっは」


 笑う店主に複雑な気持ちで頷く。


「その通り。この子たちの装備だ」


「はっはっは……え? 本当ですか?」


 冗談だと思って肩を揺すって笑っていた店主が、徐々に真顔になっていく。楽しそうに剣や槍を見て会話するリョウとサーヤに、店主は眉根を寄せて唸った。


「……傭兵団の子、ですな? いや、やはり厳しい稼業ですなぁ。よし、それならば軽くて動きやすい最高の鎧を準備いたしましょう。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」


「……頼む」


 何か勘違いされてしまったようだが、お陰で店主は並々ならぬ決意を持って最高の装備を準備すると宣言してくれた。あえて否定せず、その決意に甘えさせてもらおう。そう思い、深く頷いて応えたのだった。


 店主は腕利きの鍛冶師に知り合いがいるらしく、一週間ほどで二人専用の装備を整えてくれるとのことだった。金額を聞いたが、なんと通常の鉄の鎧やらと同等の価格にしてくれた。


「……幼い子らが命を落とすのは、あまりにも悲しいことですからな」


 店主が遠い目をしてそう呟いた際には、流石に罪悪感を感じた。とはいえ、二人の装備が良いものになるのなら何よりだ。


「……助かる」


 とりあえず、否定も肯定もせずそれだけ答えておいた。


 装備が整う前に、冒険者として登録しておくべきか。


 そう思い、次の日は冒険者ギルドに二人を連れて行くことにした。


「冒険者ギルドには私も行く」


 イリヤのその言葉に関しては流石に断ることも出来そうになかった為、二つ返事で了承をしておいた。


「ああ、そうだな」


「ふふん。天才魔術師のイリヤ様が同行すれば、もしかしたらCランクからスタート出来るかもしれない」


「いや、それは無いと思うぞ」


 調子に乗るイリヤに苦笑を返しつつ、そう答えておいた。


 次の日、昨日の夜からテンションが最高潮になってしまって眠れなかったリョウとサーヤを無理やり起こし、いつも通り朝に弱いイリヤも合わさり、寝ぼけた顔の三人を連れて冒険者ギルドへと向かう。


「……別に、朝一番でいかなくて良い」


 イリヤが苦情を申し立てるが、朝の準備に時間が掛かったせいで既に昼前である。どう考えても朝一番とは言えない。


「人が少ない時間帯に行きたかったんだよ」


「むぅ」


 不満そうながら押し黙ったイリヤに笑いつつ、船を漕いで二度寝しそうなリョウとサーヤを見る。これなら馬車での移動ではなく、歩いて移動した方が良かったかもしれない。


 そんな反省をしつつ、冒険者ギルドへと移動した。


 この街の冒険者ギルドは他の街と比べても大きく、所属する冒険者の人数も多かった。その理由は簡単で、近くに竜が棲むと言われる深い山脈があるからだ。大型の魔獣も時折出現する為、一流の冒険者も拠点にしているほどである。


 久しぶりに冒険者ギルドの前に立つと、自分自身も気分が高揚する気がした。見た目はただの石造りの三階建てで、入口は大きな両開き扉である。総じて驚くような建築物ではないが、不思議なものだ。


「……何年ぶり?」


「七年ぶり、じゃないか?」


 そんな会話をしながら、冒険者ギルドの扉を開けて中へと入る。しっかり二度寝してしまったリョウとサーヤは目を擦りながら付いてきた。


 中に入ると、依頼が貼りだされた掲示板の前に何人かの冒険者がいた。奥にあるカウンターの向こう側には二人の受付嬢が立っており、誰も来ないことを良いことに雑談に花を咲かせていた。


 カウンターの前まで行くと、片方の受付嬢がこちらに気が付いて笑顔で振り向く。


「あ、いらっしゃいませ! この街のギルドは初めてですか?」


 と、愛想よく質問される。イリヤが不満そうな顔をするが、どう見ても二十歳前後ほどに見える。俺たちのことを知らないのは仕方がないと言えるだろう。


「いや、久しぶりに来ただけだ。今日は、別の手続きで来たんだ」


 そう言って冒険者証ライセンスを取り出して受付嬢に渡す。ミスリル製の青みがかった銀色のライセンスは一流の冒険者であるAランク冒険者の証だ。これには二人の受付嬢も居住まいを正してこちらに向き直った。


「こ、これは、レン・トウヤ様。イリヤ・リリヤ様! 失礼いたしました!」


 ライセンスに書いてある名前を見て慌てて謝罪する受付嬢に、イリヤが満足そうに頷いて自分のライセンスを指差した。


「今はイリヤ・リリヤじゃなくて、イリヤ・トウヤ。結婚した」


「え? そうなのですか?」


「あ、それでは、すぐにお名前の変更を致します!」


 二人は「それで何年も……」などと言いながらイリヤのライセンスを持って作り変える為の書類の作成を始める。どうやら、久しぶりにAランク冒険者が現場に復帰すると思って手続きを素早く完了しようとしているようだ。


「ああ、今日来たのは新規冒険者の登録で来たんだ」


 二人の勘違いを訂正しようと思ってそう告げると、受付嬢達は目を丸くしてこちらに振り返る。


「新しい冒険者さんの登録、ですか?」


「も、もしかして、お二人の御弟子さん?」


 期待の籠った目でそう聞き返されて、苦笑しながら自分の足元を指差す。すると、二人は釣られるように視線を落とし、カウンターの陰に隠れて見えていなかったリョウとサーヤの姿に気が付く。


「わぁ、可愛い!」


「黒い髪の獣人の子? 珍しい……って、え? 新規冒険者の登録って……」


 二人はリョウとサーヤを見て騒いだ後、こちらに視線を戻した。驚いた顔の二人に頷き返し、リョウとサーヤの頭に手のひらを乗せた。


「この二人を冒険者として登録したい」


「りょ、リョウです」


「……サーヤ、です」


 二人は事前に打ち合わせしていた通り、背筋を伸ばして受付嬢達に自己紹介をした。がちがちに緊張しているが、ちゃんと挨拶できたので良しとしよう。


 満足して二人の頭を撫でていると、受付嬢は目を瞬かせてリョウ達の顔を順番に見る。そして、困ったように顔を見合わせた。


「……ど、どうしましょう?」


「流石に、ギルドマスターに怒られると思う……」


 二人の反応に、イリヤが腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。


「大丈夫。ギルドマスターには二人の実力を見せれば良い。バッチリ合格」


 自信満々でそう言うイリヤに、受付嬢達は曖昧に笑いつつ、建物の奥へと向かった。


「ちょ、ちょっとお待ちください」


「ギルドマスターを呼んで参ります」


 そう言って二人が揃ってギルドマスターを呼びに行く。二人で行く必要があるのか。そんなことを思いながら待っていると、リョウとサーヤが不安そうに顔を上げた。


「……冒険者なれない?」


 リョウがそんな質問をしてきたので、微笑みを返して肩に手を乗せる。


「リョウとサーヤの実力を見れば、ギルドマスターも冒険者になってくださいってお願いされるかもな」


 そう告げると、二人はホッとしたように笑顔になった。その笑顔に釣られて笑っていると、掲示板を眺めていた冒険者達がこちらに気が付く。


「おお?」


「子供がなんで冒険者ギルドにいるんだ?」


 背の高い筋肉質な男たちが首を傾げながら向かってくる。その巨体にリョウとサーヤが委縮して隠れてしまった。壁代わりにされた俺は苦笑しつつ冒険者達に視線を向ける。


「俺の子だ。あまり怖がらせないでくれ」


 そう告げると、一人の冒険者が眉根を寄せた。


「怖がらせるつもりはない。だが、お世辞にも治安が良いとは言えない場所だ。子供を連れてくるのはどうかと思うがな」


 意外にも常識的な忠告をされてしまった。これには何も言えず、苦笑いするしかない。


 しかし、イリヤは違った。自分の二倍くらいありそうな大男を見上げて、腰に手を当てて鼻を鳴らして見せる。


「今日はこの子たちを冒険者として登録に来た。何も変じゃない」


 イリヤがそう言ってドヤ顔すると、大男は顔を引き攣らせてこちらを見る。


「……本気か? 悪いこと言わないから、辞めた方が良い。せめて十五歳くらいになるまで待ったらどうだ?」


 本気で心配されてしまった。この大男は見た目は怖いが優しい奴のようだ。その反応に苦笑しつつ、頷く。


「そうだな。まぁ、冒険者になりたいと言うから連れてきたが、冒険者になっても薬草採取とかの安全な依頼しかしないつもりだ。それなら危険は少ないだろう?」


「ふぅむ、なるほど……困ったら俺たちに護衛依頼をするが良い。俺はこう見えてもBランクの冒険者、カクタスだ。依頼料も格安にしておいてやる」


「それは助かる。覚えておこう」


 カクタスと名乗った大男の提案に笑いながら返事をすると、納得したようにリョウとサーヤを見て頷いた。


「……怖がらせて悪かったな」


 少し残念そうにそう言って踵を返したカクタスの背中を見て、人は見かけによらないな、などと思って静かに頷く。


「……おこられた?」


「ぼうけんしゃになるって、わるいこと?」


 リョウとサーヤが再び不安そうにそんなこと言ってくる。それに笑いながら、片手を振った。


「悪いことじゃない。ただ、もしかしたら二人がもう少し大きくなるまでは難しいかもしれないな」


 そう告げると、二人は悲しそうに眉尻を下げ、話を聞いていたイリヤが腕を組んでムッとした。


 その時、奥の扉が開いて受付嬢達が戻ってくる。そのすぐ後ろには、痩せた茶色の髪の中年が付いてきていた。


「あ、レンさんとイリヤさん! いやぁ、お久しぶりです!」


「ギルドマスター」


「メトロ、ちょっと老けた?」


 久しぶりに見るギルドマスターのメトロは少し痩せた気がした。がたいが良いわけではないので、少し痩せただけでも目立つのかもしれない。俺たちの反応に、メトロは苦笑しながら頷く。


「いやぁ、冒険者ギルドも大変なんですよ。それで、今日は新規の冒険者候補を連れてきてくれたって聞いたんですけど、お二人のお子さんって冗談ですよね?」


 苦笑いでそんなことを言うメトロに、小さく息を吐いて首を左右に振る。


「いや、本当だ。俺とイリヤの子だ。リョウとサーヤという」


 そう答えると、メトロはカウンターに両手をついて身を乗り出した。そして、小さなリョウとサーヤを上から見下ろす。


「お、おお……すごく可愛い子たちですね。そ、それで、今は何歳?」


「二人とも五歳だ」


「ご……っ!?」


 年齢を告げると、メトロは絶句した。どうやら受付嬢から俺とイリヤの結婚と、二人の子供が冒険者になりにきた、とでも聞いたのか。メトロは何故かカウンターにしがみ付いて隠れるようにしてリョウとサーヤを見つめた後、顔を上げてこちらを見た。


「……その、冒険者ギルドって各支部と密に連絡を取り合ってるんですよね」


「ん? ああ、知っているぞ」


 突然変な話を始めたメトロに首を傾げながら返答する。それに頷き返して、メトロは頬を引き攣らせた。


「それこそ先月です。なんと、十歳の少年を冒険者として登録するという連絡が入りまして……これは余程の逸材なのだろうと思いはしましたが、すぐに本部の職員が確認に行きました。そして、冒険者としての実力には若干足りないという評価になり、冒険者証は無かったことに……」


「ふむ。それは、実力が足りなかったなら仕方ないよな。それに、危険な目に遭う前にライセンス取り消しになって良かったじゃないか」


 何も考えずにそう答えると、メトロは乾いた笑い声を発した。


「はは……それで、その冒険者を登録しようとしたギルドマスターですが、ちゃんと能力を見極めることが出来ていないということで、ものすごい怒られた上に各ギルドに連絡がいって……ギルドマスターとしては最底辺の扱いに……」


 と、メトロは冷や汗を片手で吹きながら答える。どうやら、冒険者になることを認めた場合、何かあったらそれを認めたメトロにも何らかの罰が下るようだ。


「別にギルドマスターとしての評価なんて落ちるほど高くないでしょ?」


 イリヤがとんでもない発言をして、メトロはその場でがくりと肩を落として項垂れた。勢いよく項垂れたせいでカウンターテーブルの表面に頭突きしてしまう。激しい物音に、リョウ達がビクリと驚いて震えた。


「い、イタタタ……」


 涙目で片方の目を擦るメトロを冷めた目で眺めて、受付嬢の一人が口を開いた。


「……ギルドマスターの評価はともかく、一般的に見ても流石に若過ぎます。冒険者として認めたという話が伝わるだけでも、下手をしたら監査が入るかもしれません」


「……監査?」


 久しぶりに聞く単語に、思わず眉根が寄る。この世界に来る前に、時折耳にしていた言葉だ。会計監査は関係が無かったが、業務監査と内部監査でよく苦労させられた記憶がある。特に、他部署の話だが監査での指摘に対応する為に業務が滞り、業務量の増大で大変なことになったという話には戦慄したものである。


 そんな恐ろしい事態が、このギルドに襲い掛かるかもしれないということか。


「はい……監査をされても大丈夫なようにしっかりと運営出来ていると思いますが、一週間から二週間の監査を受ける間、この支部は半分程度しか機能しなくなってしまいます。ちなみに、ギルドマスターは監査後に対応をしたという証を持って本部へ出向く必要があります。それに関しては支部の運営に影響はありませんが、数カ月ほどギルドマスタ―が不在になってしまいます」


「酷い! 監査よりも影響があるよ、多分!」


 受付嬢の言葉にメトロは涙を流して抗議した。そのやり取りを聞いて、イリヤが不満そうに腰に手を当てて口を開きかけたが、その前に片手を振って頷く。


「分かった。皆に迷惑を掛けるのも忍びないし、今回は登録を延期するとしよう」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 メトロが嬉しそうに返事をした。その素直な反応に苦笑しつつ、イリヤの肩に手を置く。それで言いたいことが伝わったのか、不服そうながらもイリヤは顎を引いて口を噤んだ。


 皆を連れて冒険者ギルドを後にすると、建物から出てすぐにリョウとサーヤに服の裾を引っ張られた。


「ぼくたち、ぼうけんしゃになれる?」


 見るからにガッカリしてしまったリョウの言葉に、なんとも言えない寂しい感情を抱く。二人を喜ばせてあげたいが、ギルドのことを考えたらそれも難しいだろう。


 どうしたものかと考えていると、イリヤが口を尖らせてこちらを見上げてきた。


「リョウとサーヤが可哀想。どうにか出来ない?」


 母親らしい言葉に、笑って頷く。


「そうだな……よし、冒険者になった時の為に、パパとママと一緒に冒険者ごっこでもするか」


「冒険者、ごっこ?」


 イリヤが不思議そうな顔で聞き返してきた。リョウとサーヤもそれを聞いて首を傾げている。リョウとサーヤの頭に手のひらを乗せて、イリヤを見た。


「ああ。俺とイリヤがいたら多少の依頼はこなせる。常時募集してある依頼なら討伐証明か決まった品物の納品で完了になるからな。冒険者としてはいずれ登録するとして、冒険者として簡単な依頼をこなすことは出来るだろうさ」


 そう告げると、イリヤは成程とリョウとサーヤの方を見て思案するような素振りを見せた。一方、リョウとサーヤは話を聞いて目を輝かせて拳を握っている。


「ぼうけんしゃできるの?」


「ほんとう?」


 期待に満ちた様子でそんなことを言うリョウとサーヤを見て、イリヤも頷いて口を開いた。


「……分かった。それじゃあ、森に入ってオークでも狩る?」


「早いわ!」


 と、イリヤのとんでもない発言に思わず突っ込みを入れてしまった。しかし、リョウとサーヤは既にまだ見ぬ冒険を夢想して大興奮状態となっている。


「まじゅう!?」


「すごい!」


 飛び上がって喜ぶ二人。これはどうしたものか。中型の魔獣くらいならば俺とイリヤ二人で余裕だが、子供連れとなると難しい。大きな危険を排除しつつ、出来たら二人にも活躍の機会を与える……これは、かなり難易度が高いのではないか。


 困っていると、背後に何者かが立つ気配がした。


「……子供連れでオーク、だと?」


 低い男の声に振り返ると、そこにはカクタスの姿があった。


「やはり無茶をしようとしたか。気になって様子を窺っていて正解だったぜ」


 腕を組んで溜め息交じりにそんなことを言うカクタスに、苦笑しながら聞き返す。


「盗み聞きか?」


「ち、違う! こんな小っこいのが冒険者になるかもしれないと思って心配していただけだ!」


 カクタスは顔を赤くしながら怒ったようにそう言った。それに笑いつつ、カクタスの後ろを見る。そこにはカクタスの仲間らしき冒険者の男が三人立っていたが、全員苦笑しながらカクタスの背中を眺めている。


 どうやら、カクタスのお節介は良くあることのようだ。


「……良い奴だな、お前」


 そう告げると、カクタスの表情が変わる。


「お前だぁ? 俺を誰だと思ってる? Bランク冒険者のカクタス様だぞ。歳だって俺の方が年上だろうが」


「え? 俺は三十だぞ。若そうだと思ったが、年上か?」


 そう尋ねると、カクタスは目を丸くした。


「おっさんじゃねぇか」


「ぶっ飛ばすぞ、こら」


 カクタスの言葉に反射的に突っ込みを入れる。三十でおっさんはあんまりだろう。そう思ったのだが、カクタスの仲間たちもカクタスと同様の考えのようである。


「え? 三十歳?」


「嘘だろ」


「見た目が若いおっさんだな」


 ぶっ飛ばすぞ、お前ら。


 若干殺意と共に眺めていると、カクタスが再び口を開いた。


「……とりあえず、お前呼ばわりは置いておくとしよう。それで、そんな小さい子供を連れてオークを狩るつもりか?」


「いずれはな。今はもっと小型の魔獣にしようと思っているが」


 そう答えると、カクタスは鼻を鳴らして肩を竦める。


「……仕方ねぇな。特別に俺たちが護衛をしてやろう。依頼料は相場の四分の一、銀貨五枚だ。それなら問題ないだろう?」


「なに? 一人銀貨一枚ということか? 流石に安すぎると思うが……」


 カクタスの提案に驚いて聞き返すと、自らの胸を指差して笑みを返してくる。


「俺はBランク冒険者のカクタス様だぜ? 十分過ぎるくらい稼いでるってんだ。これくらい気にするんじゃねぇよ」


「そうか。それなら、一日銀貨五枚で全員を雇わせてもらおう。いやぁ、助かった」


 そう告げると、カクタスは目を瞬かせた。


「い、一日……?」


 何故か驚いたような態度に、眉を片方上げて振り返る。


「なんだ、問題があったか? 大銀貨に変更しようか?」


 心配してそう尋ねたのだが、カクタスは引き攣った顔で苦笑いを返すのみだった。





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