第三章 素質
一年が経過して、イリヤが時折不穏な行動をとるようになった。
どうやら、リョウとサーヤに少しでも早く冒険者としての訓練をしたいようだ。シャン達による知育は継続しつつ、今は文字の読み書きや簡単な数字について勉強もしている。それに加えて冒険者としての教育を始めるとオーバーワークになりかねない。
そんな心配と共に様子を見ていたのだが、こちらの視線に気が付いているイリヤは中々動けずにいた。
「……リョウ、サーヤ。ママと遊ぶ?」
「あそぶ!」
「あそぶ!」
俺との約束もあった為、イリヤは二人に遊びながら訓練を行うことを思いついたのだった。二人を連れて裏庭に移動したイリヤは、遊びと称してサンドバックに似たものを作り、それを木剣で叩かせてみたり、水面に魔力で波紋を作って魔力操作の訓練をさせたりしていた。
「……リョウは剣が得意そう。サーヤは魔術の方が向いてるかも」
二人の遊ぶ様子を見て、イリヤは真剣な顔でそんなことを呟く。
気配を消してその背後に立ち、口を開いた。
「約束……」
「ピャッ」
低い声で呟くと、イリヤはビクッと背筋を伸ばして固まった。獣の耳はペタンと横に倒れ、尻尾が股の下に隠れる。
「れ、れれれ、レン……」
涙目で振り替えるイリヤに、溜め息を吐きつつリョウとサーヤの方向に目を向ける。二人は楽しそうに剣を振るっていた。
「……遊びなら仕方ない。とはいえ、二人に無茶はさせないようにね?」
そう告げると、イリヤはホッとしたように尻尾を通常のポジションに戻した。
「分かった。任せて」
教育への許可が出たと判断したのか。イリヤは鼻息荒くそう呟くと、二人の下へ向かう。
「リョウ。こう振った方が強い。サーヤは腰を落とした方が早い」
「はーい!」
「わかった!」
イリヤが助言を送ると、二人はすぐにアドバイスを取り入れて木剣を振った。親目線のせいか、二人の動きは初心者とは思えない気がした。
「……イリヤ。剣の練習はいつからしてるのかな?」
何となく気になってイリヤに尋ねた。すると、イリヤはこちらを振り返らずにビクッと背筋を伸ばして固まった。その獣の耳と尻尾を見て、後でお仕置きをしようと決めたのだった。
ドタバタとした日々を過ごしている内に、リョウとサーヤは四歳になっていた。本来なら冒険者としての教育がスタートする予定の年齢だが、何故か既に剣術と魔術は基礎をマスターしていた。何故だろうか。
「パパ、しょうぶ!」
「おう、良いぞ」
木剣を振り回しながら笑顔で戦いを挑んでくるリョウに軽く返事をして木剣を手に取る。こちらが了承すると、リョウは木剣を上下に何度も振りながら走り回った。嬉しそうである。
「さぁ、打ち込んでこい」
そう告げると、リョウは嬉しそうに頷いて走り出す。
「うん!」
返事と同時に、リョウは一足飛びに突撃してきた。走り込みながら剣を振る。これは意外にも簡単なことではない。重心の移動と膝から腰、肩から腕に至るまでの体の動きを走る速度に合わせて連動させる必要がある。
だが、リョウはそれをあっさりと高い練度でやってみせたのだ。その威力は子供とは思えない重さとなる。受け流すように防がなければ木剣を折られてしまっていただろう。
「やるじゃないか」
褒めながら反撃すると、リョウは木剣を立てて防ぎながら後方へ跳ぶ。体重が軽い為、リョウは想像以上に遠くへ弾き飛ばされた。
それを見て、椅子に座って紅茶を飲んでいたイリヤが血相を変える。
「強すぎる!」
慌てて魔術を使って弾き飛ばされたリョウの向かう先に水球を作り出すイリヤ。水球に飲み込まれて衝撃が吸収されたリョウは、水球の中を両手を動かしてもがき、すぐに出てきた。ぼてっと地面に転がり、涙目になる。
「……びちゃびちゃ」
リョウがそう呟くと、イリヤが走ってそばに行き、火と風の魔術を使って大急ぎで乾かす。
「リョウの身体能力なら大丈夫だ。心配し過ぎだろ」
そう言って二人の方へ行くと、イリヤがジト目でこちらを見上げてきた。
「地面がぬかるんでいるから、受け身を失敗するかもしれない。怪我をしたら大変」
責められるようにそう言われて、確かにと頷く。
「……分かった。次からはもう少し力を抜くとしよう」
そう答えると、イリヤは眉を八の字にして顎を引く。どうやらあまり信用されていないらしい。大丈夫と思うんだがなぁ。
そんなことを考えていると、少し離れた場所から心配そうに見ていたサーヤが杖を片手に口を開いた。
「……けんはこわい」
と、サーヤが小さく呟く声が聞こえる。活発で好奇心旺盛なリョウに比べて、サーヤは臆病で慎重な性格である。最近では剣の練習よりも魔術の練習の方に専念するようになっていた。
そういう流れもあり、リョウの訓練は主に自分が担当し、サーヤの訓練はイリヤが担当するようになってきたのである。イリヤはリョウの髪や服が完全に乾いたのを確認してからサーヤの下へと戻っていった。
椅子に座り直し、こちらの様子を確認しつつサーヤの魔力操作訓練に戻る。
「サーヤ。コップの水を持ち上げて隣のコップへ移動。やってみる?」
「うん」
イリヤに言われて、サーヤは真剣な顔で杖を握った。うーん、と唸っていると、コップの中の水の半分ほどが浮かび上がり、空中で水球となった。それをゆっくりと隣のコップへと移動させていく。
それを眺めていると、木剣を振り回しながらリョウが戻ってきた。
「もういっかい!」
「お、やる気だな」
リョウは負けず嫌いである。十連続で負けた時は大泣きしたこともあった。とはいえ、実力は年齢を考えるなら十分過ぎるほどだ。本人にそれを伝えたこともあるが、リョウは納得しなかった。
「かつまでやる」
「お、おお」
仕方がないので、十回に一回くらいは負けてやることにした。接待試合だ。
上手く連撃が出来た時などはわざと打たれてあげた。
「ぐぁあっ!」
脛を打たれた時は本気で痛かった。連敗の悔しさからの反動なのか、俺が悲鳴を上げるとリョウは嬉しそうに笑う。
「ふふふ。かった」
サディスティックな性格にならないか不安である。
一方、サーヤは地味な練習をコツコツやることに不満を持たず、長時間魔力操作、魔術の基礎訓練を続けることを好んだ。
「上手。次は火の玉を作ってみよう」
「うん、やってみる」
イリヤに言われて、次は火の魔術の基礎を練習するサーヤ。詠唱を行い、すぐに魔術は発動した。杖のすぐ上に小さな火の球が出来上がり、それを見てイリヤが小さく頷く。
「うん、安定してる。良い感じ」
「えへへ」
イリヤが褒めると、サーヤは嬉しそうに笑った。すぐにこちらを見て来るサーヤに、片手を振って声を掛ける。
「凄いぞ。パパより魔術が上手いかもな」
そう告げると、サーヤは頬を赤くして照れた。モジモジしていると、集中力を欠いてしまったのか、魔術による火球はすぐに掻き消えてしまう。
それを見て、イリヤが不満そうな顔をした。
「集中が大事」
「あ、ごめんなさい」
魔術についてはイリヤの方が厳しかった。イリヤに一言言われて、サーヤは慌てて魔術の詠唱を行う。すぐに火の玉を作り出したサーヤに、イリヤは無言で頷いていた。
楽しく魔術の訓練が出来ているか不安になるが、サーヤは真剣に魔術に励んでいる。様子を見るとしようか。
と、イリヤの教育に不安を持っていたが、それは一年で払拭されることとなる。
一年後、まだ五歳になったばかりのサーヤが魔術による模擬戦でイリヤと戦えるようになってきたのだ。
これは、とんでもないことである。
「熱線」
「氷の盾」
極端に詠唱を省略した、最速の初級魔術による戦闘。初級魔術しか使えないというルールではあるが、サーヤはイリヤに匹敵する速度で次々に魔術を披露してみせた。それも全ての属性で、である。
「水球」
「土の壁」
「石矢」
「火球」
拳より大きな石の矢が複数飛来する中、イリヤの出した火球が同数出現して防いだ。それぞれの攻撃、防御が高いレベルで噛み合っている。双方が攻撃と防御を繰り返し、互角の戦いを繰り広げていた。中級の魔術になると流石にイリヤの方が詠唱速度が速くなり勝負にならないが、それでも五歳という年齢を考えると物凄い実力だろう。
「ふふふ、サーヤは天才」
魔術による模擬戦を終えて、イリヤは得意げにそう言った。それにサーヤは頬を赤くして照れつつ、こちらを見上げる。
「そうだな。凄いぞ、サーヤ」
そう言って頭を撫でると、サーヤは嬉しそうに目を細めた。最近、イリヤと似た感じで耳と尻尾が揺れるようになった為、小さなイリヤのように見えてきた。
「えへへ」
小さく笑うサーヤに、こちらも釣られて微笑みを浮かべる。対して、負けず嫌いのリョウが木剣を振り回しながら自分の存在を主張した。こちらは自分を大きく見せようとしているのか、耳や尻尾が上にピンと立つことが多い。
「ぼくは? ぼくは?」
木剣を振り回しながらそう聞いて来るリョウに、苦笑しながら頷く。
「ああ、リョウも天才に違いない。凄い剣の腕だぞ」
そう言っておだてると、リョウは得意げに胸を張った。
「ふふふ。きょうもかつ」
サーヤに触発されたのか、リョウはそう言って木剣を二度三度と振ってみせた。
冗談抜きに、軽く振られたその剣を見て、素晴らしい才能だと感じている。いや、親馬鹿と言われるかもしれないので口には出さないが。
「……良し。それじゃあ、そろそろ本物の剣を使ってみるか?」
「え!? いいの!?」
真剣を使った訓練を提案すると、リョウの目が物凄く輝いた。新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだが、内容は玩具ではなく武器である。まぁ、男の子だから武器に憧れを持つ気持ちも分かるが。
そう思って苦笑していると、隣に立つイリヤが眉を八の字にして顔を上げた。
「……早くない? 危ない気がする」
心配そうにそう言うイリヤ。それに笑い返し、興奮した様子で木剣を振り回しているリョウに視線を向けた。
「大丈夫だ。リョウの才能は本物だよ。それは、イリヤだって分かるだろう?」
そう答えると、イリヤは顎を引いてリョウを見つめる。完全に頷いてはくれなかったが、反対もしなかった。
その様子に苦笑しつつ、倉庫へと向かう。倉庫にはこれまでの旅で得た武具や装飾品が並んでいたが、今回はそれではなく、何年か前に来てくれたラングとヒルドが持ってきた武具を使うことにする。
ちょうど良いことに、イリヤ用の短剣などがリョウにはぴったりなサイズだった。
「これが良いかな?」
珍しい装飾の短剣を手に取って状態を確認する。美しい細工の短剣だった。透明感のある、空の色に近い青の鞘。なんと、鞘を抜いて刀身を確認しても真っ青だったのである。青い両刃の剣に、白い線が入り、美しい紋様を描いているのだ。
「上級貴族も持っていないような宝剣だが、幾らしたんだろうな」
短剣にラングとヒルドの笑顔が見えた気がして苦笑しつつ、青い剣を持って倉庫から出る。自分の剣は旅をしている時に使っていた長剣だ。優れた魔術反射能力があり、一流の魔術師の魔術であっても剣で斬り割くことが出来る。
「ほら、凄い剣を持ってきたぞ」
倉庫から出て、青い剣を片手にリョウの下へ行く。すると、リョウの興奮が限界を迎えた。
「うわぁ! うわぁ!」
青い剣を受け取り、飛び上がって喜びを表現する。それを見て、サーヤが羨ましそうな顔をした。イリヤもちょっと羨ましそうな顔をしていたが、サーヤの表情に気が付いて顔を上げる。
「よし、私もサーヤの杖を取って来る」
「ん? 一人前になるまでは木の杖で練習するんじゃなかったのか?」
「リョウだけ凄い武器貰ったら、サーヤが可哀そう」
と、イリヤはそれだけ言い残して足早に倉庫に向かって行った。暫くして、サーヤが杖を抱えて戻ってきた。手には明らかにサーヤには大きなミスリル製の杖が握られている。
魔力の伝導率が重要な杖の素材は、木、鉄、銅、銀、金という順番でより良い杖に向いた素材であるとされている。そして、最高レベルと称される素材が抜群の魔力伝導率を誇る青銀色の金属、ミスリルの杖である。
「……木から物凄くグレードアップしてないか?」
そう告げると、イリヤは鼻息荒く杖を両手で掲げてみせた。
「大丈夫。サーヤは天才。もう使いこなせるはず」
そう言ってから、サーヤを見て再度口を開く。
「サーヤ。この杖はミスリル製で、使われている魔石も魔力の指向性を高めるレッドラグーン。これ以上の杖は神話に出てくるものしかない。最高の杖」
イリヤのその言葉に、サーヤは目を輝かせて杖を見上げた。まぁ、本人が喜んでいるので良いとは思うが、明らかにオーバースペックだ。練習中の身で持つのはどうかと思う最高の杖である。
「がんばる」
サーヤは杖を両手に持って力強くそう口にした。最高の杖を手にして勇気が湧いてきたのだろうか。そういえば、サーヤは文字の読み書きができるようになってすぐに読書を始めた。五歳にして読書家である。特に俺とイリヤの冒険譚を聞いていたからか、神話や過去の偉人による建国記などを好んで読んでいた。もしかしたら、物語の主人公になったつもりなのかもしれない。
無邪気に喜ぶ二人を見て微笑んでいると、イリヤが杖を持って前に出た。いつの間にか愛用のミスリル製の杖を手にしている。
「……せっかくだから、二人まとめて相手にしてあげよう」
「え? イリヤが?」
「そう。母の偉大さを教える」
聞き返すと、胸を張ってイリヤがそんなことを言った。珍しいイリヤの言葉に、リョウとサーヤも目を輝かせる。
「ほんとう?」
「ふたりでいいの?」
サーヤはイリヤの本気の魔術を見ることが出来ると喜んでいるようだが、リョウは二人ならイリヤに勝てると思ってワクワクしていそうな雰囲気だった。
その単純な様子に苦笑しつつ、イリヤに対して口を開く。
「手加減はしろよ、イリヤ」
「任せて」
イリヤはそう言って、二人の方へ歩いて行った。
普段の訓練と同じ距離に立ち、イリヤがリョウとサーヤに対して杖を構える。すると、慌ててリョウが剣を構え、サーヤが重そうに杖を両手で立てた。
イリヤが二人の準備が整ったと判断し、こちらを一瞥する。それに頷き、合図を送った。
「模擬戦を開始する!」
そう告げた瞬間、イリヤが笑みを浮かべて詠唱を開始する。
「氷の弾丸」
発動したのは速度を優先した中級魔術だ。大玉のスイカよりも大きな氷の塊が十数個も空中に出現し、高速でリョウとサーヤに向かって飛んでいく。
いやいやいや、どう考えても当たったら怪我では済まないだろう。慌てて剣を抜いて氷の塊を斬り払おうと走り出す。
しかし、それよりも早くリョウとサーヤが動き出した。
「岩の壁」
「シッ!」
サーヤは素早く二人の前に岩の壁を出現させ、リョウは氷の塊を避けるべく右手へと地を蹴って移動した。サーヤの魔術だけでも十分防げただろうが、リョウは自分自身で攻撃を回避する為に動いていたようだ。
岩の壁がしっかりとした頑丈なものであると判断したイリヤは、すぐに回り込もうと走るリョウへ視線を向けた。
「水流の牢」
リョウの身のこなしを見てすぐに、イリヤは広範囲の魔術を選択した。相手の動きを捕らえることに適した水の魔術だ。自分ですら回避することが難しい広範囲でありつつ、圧倒的な水量である。
目の前に迫る水の壁を見て、リョウは焦った表情で地を蹴って飛び上がる。空中ならば水に捕まることはない。そう思ったのだろう。
しかし、それはイリヤの狙い通りの行動だ。
「水牢弾」
空中に飛び上がって思うように動けなくなったリョウに向かって、大きな水の球が飛んでいく。これは勝負ありか。
立ち止まって勝敗が決するのを見守っていると、なんと、リョウが空中で剣を構えた。そして、迫り来る水球に向かって真上から短剣を振る。
苦し紛れの一撃。だが、対魔術に適した武器であればその行動は正解だろう。自分と同じような戦い方が向いているかもしれない。リョウの行動に感心しながら様子を見ていると、驚くべきことが起こった。
リョウの振った剣が、自分よりも大きな水球を真っ二つに斬り割いたのだ。
「は?」
思わず、目を丸くして目の前で起きた光景を眺める。まさか、リョウに渡した短剣はただの宝剣ではなかったのか。しかし、あれだけ見事な装飾がされている上に、魔術効果のある剣だとしたら、その価値は大国の国宝級である。
ラングとヒルドが悪戯っ子のような笑みを浮かべている姿を想像しつつ、水球を斬ったリョウを眺めた。水球を斬るまでは良かったが、剣を振り下ろした格好のまま落下している為、着地点に広がる水の魔術に関してはどうしようもないだろう。
今度こそ終わったか。そう思ったが、またも予想外の事態が起きる。
「氷の柱」
岩の壁の向こうで次の魔術を詠唱していたのか、サーヤの声がした。魔術の発動と同時に、地面を覆うほどの大量の水の中から次々に氷の柱が突き出てくる。その氷の魔術により、イリヤの水の魔術は凍り付いていき、やがて効果の拡大を停止した。
そして、凍り付いた氷の地面にリョウが肩から落下する。
「いたっ!」
悲鳴を上げながら地面を転がる。そして、リョウが涙目で顔を挙げた。
「サーヤ、なんでこおらせるの!?」
何故か、怒りはサーヤに向いた。その言葉に岩の壁の向こうにいたサーヤが顔を覗かせる。
「あ、ご、ごめん」
サーヤが慌てて謝ると、リョウは氷の床の上に立ち上がって腕を組んで頬を膨らませた。
「こおらなかったらたたかえたよ!」
と、怒るリョウにイリヤが半眼になって鼻を鳴らす。
「ふふん。サーヤが凍らせなかったら水に巻き込まれて終わりだった。サーヤが凍らせてくれたんだから、すぐに立ち上がって動けば何とかなった、かも」
イリヤは笑いながらリョウの考えを訂正し、サーヤの功績を認める。その言葉にサーヤの視線がリョウに向く。
イリヤの言葉を聞き、サーヤが何か期待したような目でリョウを見ていた。二人の言いたいことを察したのか、リョウは悔しそうにその場で俯く。
数秒もの間、リョウは口を開かなかった。だが、やがて悔しそうながら顔を上げて、口を開いた。
「……ごめんなさい」
その謝罪の言葉を聞き、サーヤがパッと笑顔になる。責任を感じて不安になっていたのだろう。二人の態度を見て、イリヤも優しく微笑んだ。
「うん、良い。二人とも中々の動きだった。それに、判断も悪くない。それぞれの武器に合わせた戦い方を覚えたら冒険者にもなれる」
と、イリヤが評価する。それは満点にも近い評価だった。それを肌で感じたのか、リョウとサーヤは顔を見合わせて笑ったのだった。
その日の夜、イリヤはシャンにお願いして最高の肉を手に入れてもらった。そして、調理はイリヤ本人が行った。
これは驚くべきことである。冒険者として一緒に旅をしていた間、殆どの料理をヒルドと俺が行っていた。状況によってはラングが調理をすることもあったが、殆どがヒルドと俺が担当した筈だ。
唯一、イリヤが料理をすると自ら言う時、それは大型魔獣の討伐を達成した時である。
獣人だからというわけではないが、イリヤは肉に目が無い。普段持ち運んでいる保存食を使った料理には興味がないのか、専ら食べる担当であることが多い。しかし、高難易度の大型魔獣を討伐した時だけは、イリヤが素材の一部を食用として切り出し、調理してくれたのだ。
まぁ、調理といっても肉を丸焼きにして切り分け、塩などの調味料を振りかけるだけの豪快なものだが、それでもイリヤが料理を担当することは珍しく、皆喜んで食べたものだ。
後から聞いた話だが、イリヤが育った村では大型の魔獣を討伐するのは村で最高の戦士である者の役目だ。討伐した魔獣の肉を食らい、その魔獣の力を得る。ある意味で、戦士の儀式といったものに近い気がする。
イリヤはリョウとサーヤの実力を認め、一人前であると判断して肉を焼いたのだろう。そう思って食べるイリヤの料理は、とても深い味わいがすると感じたのだった。
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