第二章 双子の成長
「パパ!」
「パー!」
一歳を迎えて、リョウとサーヤの二人は少しだけ喋るようになっていた。いや、それまでも奇声を発したりはしていたのだが、意味のある言葉を発するようになったのだ。
「パパ。パパね」
二人の頭を撫でてそう言うと、リョウが楽しそうに笑う。一方、サーヤは不思議そうに首を傾げて口を開いた。
「パー?」
「パーパ」
言い直すが、サーヤは更に不思議そうに首を倒す。
「パー、パー」
頑張って同じように言おうとしてくれているのかもしれない。そのいじらしさに思わず頬が緩む。
二人はメイドが作ったお揃いの衣装を着ていた。動きやすく、かつ体調を崩さないように厚手の柔らかな布地で作られた真っ白な衣服だ。髪は肩近くまで伸びている為、二人とも女の子に見えてしまう。一応、違いが分かるようにリョウには青い腕輪を、サーヤには赤い腕輪を装着している。
「リョウ? 走ったら危ない」
と、一階に降りて来たイリヤが声を掛けた。すると、リョウとサーヤが嬉しそうに階段の方へ向かう。
「あ、ぶ、な、い」
イリヤは目を三角にしてそう言うが、二人は一切聞こうとしていない。サーヤはまだ走ることは出来ないが、リョウはここ数日で走ることを覚えてすぐに走り出そうとするのだ。それにイリヤともども心配しているのだが、楽しくして仕方がないようで全く聞かない。
すると、通路の方から見守っていたメイド二人がリョウとサーヤの方へ向かった。
「大丈夫ですよ、奥様」
「私たちがお世話いたしますので」
二人がそう言うと、イリヤは黙って頷く。イリヤが妊娠したと分かってから雇ったメイド二人である。二十代前半のメイドはリズ、二十代後半のメイドはマーゼという名だ。僅か二年で二人はすっかり家族のようになっていた。
「旦那様。お食事の準備が整いました」
その時、奥から青い髪のメイドが姿を見せた。年齢は二十四歳だったか。少しドジなところもあるが、骨身を惜しまず働いてくれる素晴らしいメイドだ。一応、リズとマーゼの先輩メイドとして威厳を見せようとしているが、あまり上手くはいっていない。
「旦那様。お食事の後はお二人のお勉強をしようかと思うのですが」
すると今度は二階から執事のシャンが現れた。
「知育で良いからね。遊びながら楽しく教えてあげてね」
そう告げると、シャンは真面目な顔で頷く。
「分かっております。簡単なパズルを用意しましたので、今日はそちらで遊びながら学習をと思っております」
「素晴らしい」
シャンの提案に大きく頷いて了承した。シャンは俺たちに対する恩を感じている為か、リョウとサーヤの教育方法を熱心に模索していた。だが、スパルタで勉強をさせるのは良くないと思っている為、知能の発育に良いと思われる遊びを勉強と称してシャンに教えておいたのだ。
結果、それらを研究したシャンが様々な勉強方法を立案してくれた。
「二人が普通より早く言葉を喋れるようになったのはシャンのお陰かもしれないね」
そう告げると、シャンは深く頭を下げる。
「……勿体ないお言葉です。より、精進いたします」
「ありがとう。ほどほどで良いからね」
生真面目なシャンに苦笑しながらそう答えると、イリヤが胸を張って不敵な笑みを浮かべていた。
「そろそろ、魔術師としての訓練を始めても良い」
「え? もう?」
イリヤの言葉に驚いて振り向くと、イリヤは鼻息荒く頷く。
「……普通は何歳くらいで始めるの?」
「私は四歳から始めた。でも、私の考えでは言葉を理解していたら訓練を始められるはず」
イリヤはウキウキした感じでそう言ったが、それなら微妙ではないかと首を左右に振る。
「いや、ちゃんと言葉を理解しているわけじゃないと思うよ。だから、もうちょっと会話が成り立つようになってからにしようか」
「……不満」
まだ早すぎると思っての発言だったが、イリヤは不服そうに不満を申し立ててきた。何故そんなに焦るのかと思ったら、シャンが教育をしているからのようだ。いわばライバル心である。
「もし間違えて魔術が発動しちゃっても困るし、イリヤと同じ四歳からで良いんじゃない? ほら、天才イリヤの子供なんだから、四歳からで十分だよ」
そう告げると、イリヤは「なるほど。確かに」と小さく頷いて納得したのだった。
それから一年。二人は二歳になった。二歳にもなると二人とも活発に歩き回り、それなりに自分の意思を言葉にして示せるようになったと思う。
「やさい」
「そうそう。これはセミア」
「せみあ」
「せみあきらい」
小規模ながら畑を耕し、農作物の栽培をしているのだが、二人からすると砂遊びが出来る場所でしかない。雑草を抜いて作物が良く育つように手入れをしていると、二人は畑に残ったホウレンソウに似た味の野菜を見てそんなことを言っていた。最初は良く分からず出されていたものを食べていた二人も、徐々に特定の野菜や肉類が自分の好みではないと判断し始めている。
幼い頃に食で苦労していたらしく、イリヤは厳しく何でも食べろと怒っていた。とはいえ、自分自身は幼い頃かなりの偏食だった記憶がある。なんなら緑色のものは一切食べなかったほどだ。なので、リョウとサーヤにあまり強く言えなかったりする。
「パパ、セミアすき?」
そう聞かれた時は流石に大人な対応として笑顔で答えた。
「おお、大好きだぞ」
「むぅ」
父親の回答に不満だったのか、二人が微妙な顔で唸る。それを横目に笑いながら雑草をむしっていると、ようやく終わりが見えてきてホッとする。
その時、二人が何かに気が付いて顔を上げた。それを感じて、釣られるようにそちらに振り返る。
すると、こちらにむかって真っすぐ歩いて来る一行が目に入った。一頭立ての馬車が一台と、剣や弓を携えた鎧姿の男女のようだ。一目で昔の仲間だと分かり、立ち上がって手を振った。
「おお! 久しぶりだな!」
笑顔でそう言って手を振っていると、リョウとサーヤも何となくといった様子で立ち上がって馬車の方向を見る。
三人で眺めていると、馬車の前を歩いていた二人の男女がこちらに向かって走り出した。街の人が振り返る勢いの全力疾走である。鎧を着ているというのに、元気なものだ。
「レン!」
「久しぶりですね!」
現れたのはこの街では極めて珍しいエルフ、ラングとヒルドの二人だ。二人は嬉しそうに手を振りながら走ってきた。この二人に最初に会った為、エルフというのは総じて人懐こい性格なのだと思い違いをしてしまったことを思い出す。
「二人とも変わらないな。流石はエルフだ」
そう言って笑っていると、ヒルドが鎧姿のまま肩を叩いてきた。金属の小手が痛い。
「レンも全然変わってないですよ!」
「ははは。実はレンもエルフだったのかな?」
二人はそう言って笑い、次にリョウとサーヤに気が付く。
「あれ?」
「この子たちって、もしかして……」
二人が腰を落としてリョウとサーヤに目線を合わせると、二人は俺の後ろに隠れてしまった。目だけ出してラング達を見る二人に、ヒルドの頬が緩む。
「か、可愛い……っ!」
頭を撫でたいのか、抱きしめたいのか。両手の指をわきわきと動かすヒルドにリョウ達は警戒したように更に身を隠す。もはや頭の一部と尻尾しか出ていないが、それが更にヒルドの表情をだらしないものにする原因となった。
ラングも興味津々といった顔で眺めていたが、ヒルドほど暴走はしていないようである。二人の反応に苦笑しながら、頷いて応えた。
「俺とイリヤの子だ。リョウとサーヤ。双子でな。二歳になったばかりだ」
「二歳!」
「黒髪の獣人って珍しいんじゃないかな?」
顔が目も当てられないほどだらしなくなっているヒルドと、心配そうにそう尋ねるラング。ラングは頭が良い。すぐに、双子の希少性から狙われる危険性があるのではないかと判断したようだ。
「そうだな……まぁ、奴隷商人どもが手を出せないくらい強く育てるさ」
そう答えると、ラングは一瞬目を丸くして、すぐに吹き出すように笑い出した。
「は、はははは! 流石はレン! 確かに、イリヤとレンが育てれば相当な強さの冒険者になるのは間違いないね。あ、もしかして、貴族に仕官とかも考えてるかな?」
ラングは楽しそうにそう言ってこちらを見た。腕を組み、それも面白いかと考えるが、すぐに首を左右に振る。
「……いや、やっぱり冒険者になれるように育てておこう。冒険者として単独でも旅が出来るくらいになっていれば仕官出来るくらいの実力にはなる。後はそれなりの礼儀作法さえ覚えておけば十分だろう」
「その時の状況で判断するってことかい?」
ラングに聞き返されて、苦笑しながら頷く。
「判断するのはこの子達だがな。自分の人生だ。何になりたいか、何をしたいか。自分で考えて決めてもらうとしよう」
そう告げると、ラングとヒルドは成程と揃って首肯した。
「レンらしい考えですね」
「良いと思うよ」
二人とそんなやり取りをしていると、ようやく馬車が到着した。商人風の男が御者をしているが、見覚えは無い。
「その馬車は?」
尋ねると、ラングが微笑んで答えた。
「実は、この前大きな依頼を達成したんだ。その時に持て余すくらいの報酬をもらったからね。パーティーメンバーにも分配しようかと思ってさ」
「おいおい、それはもらえないだろ」
ラングの言葉に驚いて遠慮を伝えたのだが、ヒルドが再び背中を叩いて馬車を指差した。
「もう買ってしまったのですから、受け取ってくれないと困ります!」
「押し売りみたいになってないか!?」
ヒルドの謎の言い分に突っ込みを入れると、ラングは笑いながらリョウとサーヤに手のひらを向けた。
「子供たちは予想外だったけどね。でも、レンの話を聞く感じだと丁度良かったのかもしれないよ」
と、ラングは意味深な発言をして笑った。良く分からないが、とりあえず立ち話もなんだからと自宅へ案内することにした。
「広いです」
「すごいお屋敷だね」
二人は屋敷に入って早々広いロビーに驚いていた。ふふふ、そうだろう。なにせお手伝いさんまでいる高級住宅だ。
そう思っていると、すぐに執事のシャンが現れた。
「いらっしゃいませ。旦那様、お二方はもしかして……」
シャンは挨拶と共に恭しく一礼をした後、何かを期待したような表情でそう口にした。それに笑って頷き、二人を紹介する。
「二人とも。我が家の執事長であるシャンだ。シャン。こっちがエルフのランヴェイグ・トルンとスーヴァンヒルド・トルン。二人とも俺とイリヤと冒険者として旅をしていた仲間だ」
紹介すると、シャンは深く頷いた。
「旦那様より伺っていた通りの美しさですので、すぐに分かりました。ランヴェイグ様もスーヴァンヒルド様も最高の冒険者であるとお聞きしております」
シャンがそう言うと、二人は苦笑しつつ顔を見合わせた。
「随分と高く評価してもらっているようですね」
「レンに言われるとむず痒いね……僕らにとって最高の冒険者はレンだったから」
そんなことを言う二人にシャンが顔を上げて何か言おうとする。その時、二階からイリヤの声が聞こえてきた。
「おお、ラングとヒルド。久しぶり」
数年ぶりというにはあっさりとしたイリヤの声。その声に微笑みながら、ラングとヒルドは顔を上げた。
「やぁ、イリヤ。久しぶりだね」
「イリヤ。元気にしていましたか?」
二人が返事をすると、イリヤが足取り軽く階段を下りて来る。尻尾が上機嫌に揺れていて可愛らしい。
「何か用事? もしかして、パーティーメンバー募集?」
何かを期待したような顔でそんなことを質問するイリヤ。それにラングが首を左右に振って俺の後ろに隠れたままのリョウとサーヤを見た。
「そうしたいのは山々だけど、イリヤはまだ暫くは動けないでしょ?」
苦笑交じりにそう言うラングだったが、イリヤは胸を張って首を左右に振る。
「大丈夫。そろそろ子供達に冒険者としての訓練を始めようかと思っていた。むしろ好都合」
「馬鹿」
鼻息荒くとんでもないことを言うイリヤの尻尾を握って叱る。すると、ビクッと背筋を伸ばして硬直するイリヤ。調子に乗せると大変なので、少し厳しく言いつけておく。
「リョウとサーヤの訓練は四歳から。まだまだ普通の勉強とかで十分だ。遊びながら運動程度なら認めるが」
そう告げると、イリヤは頭の上に生えた獣の耳を左右にペタンと倒して尻尾を股の間に入れて隠した。
「……ごめんなさい」
俯きがちに謝罪するイリヤに、ラングとヒルドが目を丸くして驚く。
「お、驚いたね」
「イリヤが謝るとは思いませんでした」
二人のその言葉に、イリヤが不服そうに眉根を寄せる。
「私だって、謝ることはある、はず」
「はずって……」
イリヤの言葉に呆れて溜め息を吐いていると、リョウとサーヤが心配そうにズボンの裾を握って見上げてきた。二人の頭の上に手のひらを置いて微笑を向ける。
「喧嘩じゃないよ」
そう言うと、二人は良く分からないといった表情で首を傾げていた。その反応に苦笑しつつ、ラングとヒルドを見る。
「イリヤは教育のことになると暴走するからな。前に話し合って方針は決めたんだけど、時々こうやって諫めないと再び暴走するんだよ」
「なるほど……でも、あのイリヤが人の言うことを聞くなんてねぇ」
「レンじゃなければ無理ですね」
二人はシュンとした様子のイリヤを見て笑ってそう言った。四人で旅をしていた頃のことを思い出したのだろう。ラングとヒルドはイリヤが子供の頃から一緒だった為、歳の離れた妹を相手にするように甘やかしていた。俺が合流した時には既にイリヤがムードメーカーとなっていたのだ。
結果、どの依頼を受けるかはイリヤが決め、多少の無茶もイリヤが望めば実行してきた。そのせいで何度死にかけたことか。だが、三人の実力は超一流であり、ラングとヒルドは百年以上冒険者を続けてきたベテランだ。俺は当初荷物持ち程度しか出来なかったが、イリヤに魔術の使い方を教えてもらって何とか付いていけるようになったのだ。
気が付けば、四人で最高ランクの依頼を幾つもこなし、晴れてトップランクのパーティーとして名を馳せるまでになったという過去がある。イリヤの無茶のお陰で最高の冒険者の名誉を得たといえば許せる、気もしないでもない。
と、そんな過去があったせいでラングとヒルドは今のイリヤの姿が信じられないようだ。その二人の反応に苦笑しつつ、リョウとサーヤを抱き上げる。右肩にリョウを、左肩にサーヤを乗せてシャンを見た。
「さぁ、皆で食事でもしようか。シャン、料理をお願いできるかい?」
「勿論でございます。すぐに準備をいたしましょう」
シャンは恭しく一礼して、すぐにメイド達を連れて厨房へと向かう。
それを見送って、イリヤに目を向けた。
「ほら、イリヤ。二人を案内してあげよう」
そう告げると、イリヤがパッと顔を上げてこちらを見上げる。微笑みを浮かべて頷くと、イリヤは花が咲いたような笑顔で頷き返した。
「分かった! ほら、ラングとヒルド。私が屋敷を案内する!」
「はいはい」
「ありがとうございます、イリヤ」
嬉しそうに尻尾を振るイリヤを見て、ラングとヒルドも笑いながら返事をする。
全員で食堂へ移動し、シャン達が用意した食事を皆で楽しんだ。その際、ようやくラング達に慣れたリョウとサーヤが食事をする風景をみせ、ヒルドが溶けそうなほど顔を緩めていたのは面白かった。
二人はすぐに帰る予定だったようだが、どうせなら泊まっていけと引き留め、三日ほど滞在して帰ったのだった。
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