最終章 楽しき我が家
まるで槍の刃先のように鋭く尖った山が並ぶ山脈と、光も遮る深い森が広がる広大な土地。通称、竜の棲み処と呼ばれる場所である。山は高いものになると八千メートル級となり、常に頂上部は雪と氷で覆われた凍てつく過酷な空間となっている。そして、深い森の奥深くには巨大な湖があり、竜の水場になっている、と言われていた。
街道から少し外れた森や山々は小型、中型の魔獣が多く、冒険者達はそういった魔獣を主に討伐している。極稀に街道まで出て来る中型、大型魔獣は冒険者だけでなく騎士団も討伐することもある。
だが、そういった魔獣と戦ってきた者たちも、まず竜の棲み処には立ち入らない。何故なら、魔獣の多くが中型以上となり、それを捕食する竜が山の上を飛翔する姿が何度も確認されている。つまり、下手をすれば竜と戦闘になる可能性がある危険な地なのだ。
その山の麓、深い森の中をリョウとサーヤは楽しそうに散策していた。
「お、その岩の奥は小川が流れているぞ。落ちるなよ?」
「大丈夫!」
「落ちたら、乾かすよ?」
俺が後方から注意の言葉を投げかけるが、リョウは元気いっぱいに大きな岩の上に飛び乗り、サーヤは得意げに杖を掲げてみせた。一年も冒険者をしていると、リョウとサーヤも自信を持ち、あまりこちらの注意を真面目に聞かなくなってきた。
二人は言葉の発音が良くなり、言葉による意思疎通も一年前よりずっと良く出来るようになった。しかし、せっかくこちらの細かな指示を理解できるようになったのに、聞かなかったら仕方がない。むしろ、調子に乗った状態だとミスをしたり、怪我をしやすくなるというものだろう。
とはいえ、怒鳴りつけたくはない。理想としては、怪我をしない程度の失敗をして反省をしてもらいたいところである。
そんなこちらの思惑とは裏腹に、リョウとサーヤはさくさく依頼をこなしてしまっていた。
「あ、角鰐」
「え? どこ?」
リョウが岩の上で魔獣を発見し、サーヤは足取り軽くリョウの下へと走って行く。
角鰐は竜ほどではないが、それでも十分な脅威となる大型魔獣である。なにせ、口を開けば家を噛み砕けそうなほどの巨大な口を有した鰐だ。体長は成体であれは二十メートル越えもあり得る。その表皮にはびっしりと鋼鉄並みの硬度を誇る鱗で覆われている。通常の装備や戦闘方法であれば、冒険者十名以上、騎士団であれば平野で包囲するなら同様の十名で、森の中であれば十五名は必要になるだろう。
一応、すぐに援護出来るように態勢を整えつつ、二人の方へ向かった。
一方、リョウとサーヤは目を輝かせて岩の上から小川の奥を見つめている。二人の隣に立ち、視線の先へ目を向けると、そこにはその辺りの岩より大きな角鰐の姿があった。
リョウとサーヤが傍に立てば、恐らく牙一本と同じ大きさだろう。とんでもない相手だが、既に同クラスの魔獣を何体も討伐したリョウとサーヤのコンビに何を言うでもないだろう。
二人の頭頂部を見下ろして、問いかける。
「角鰐の鱗は硬い。それにあの図体でかなり早く動ける。騎士が剣を振るより早く噛みついてくるだろう。どう戦う?」
そう尋ねると、リョウが手を挙げた。
「はい! 横に移動して手足を攻撃します!」
「あ、じゃあ、私は魔術でお腹を……」
リョウの言葉にサーヤも負けじと自分の考えを述べる。どちらも間違いではない。
「そうだな。前方は牙、後方は尾だ。横が一番危険ではないだろう。腹に魔術で攻撃するのも正解だ。背中の辺りは表皮が最も硬いからな。口の中や目を狙って動きを止めるか、腹から質量のある攻撃を仕掛ける方が良いだろうな」
二人の提案を評価すると、リョウとサーヤは目を輝かせた。問題がないと判断して、鼻息荒く自分たちの武器を手に握りしめている。
「じゃ、僕が一番に行くね!」
「わ、私も魔術を……」
二人揃ってすぐに攻撃を仕掛けようと動き出した。そのせっかちな様子に苦笑しつつ、二人の頭に手を乗せる。
「もう少し良い方法があると思うぞ」
「え?」
一言告げると、リョウが顔を上げた。サーヤも不思議そうにしている。その二人に笑いかけ、角鰐の方を指差した。
「今、あいつはこちらに気が付いていない。いや、気が付いているが、警戒を向けるほどではないという感じか」
そう言うと、サーヤが「あ」と声をあげた。
「分かったか?」
尋ねると、サーヤが頷く。
「今のうちに詠唱して、魔術で攻撃する。驚いてるうちに、リョウが斬る?」
「おお、正解だ」
サーヤの模範的回答に驚いて拍手を送った。すると、サーヤが照れ笑いをする。
大型魔獣を相手に隙を突けるなら、必ず狙った方が良い。特に詠唱時間を必要とする中級、上級の魔術で先制攻撃が出来るのはとてもありがたい。
魔術で攻撃し、更に視界を奪う。初動が遅れた相手が動き出す前にトドメを刺す。それが奇襲での討伐の基本である。大型魔獣を相手に毎回思い付きで戦闘をしていたら流石に生き残れなかっただろう。有利な状況を作ることが最も大切なのだ。
リョウは話を聞き、少し不満そうに頷いた。
「……じゃあ、サーヤが魔術を使ったら攻撃する」
「そうだな。一番大事なのは自分達が怪我をせずに魔獣を討伐することだ。真正面から力づくで捩じ伏せていく戦い方は怪我をするどころか、命を落とす可能性もある。気を付けて戦うんだぞ」
優しく諭すようにそう言うと、リョウは深く頷いた。
たった一年だ。たった一年で、リョウもサーヤも表情ががらりと変わった。まだまだ子供らしさがあるが、子供なりに真剣な表情をするようになった。
やはり、我が子は将来、俺以上の冒険者になるだろう。
サーヤの氷の魔術が炸裂し、角鰐が動けずにその場で咆哮を上げてもがく。尾は近くにあった木々を薙ぎ倒しているが、リョウは素早く暴れる角鰐の方へ走り寄った。
一撃で角鰐の前脚を切り裂き、反撃されないように一気に距離を取る。その間に、サーヤが次の魔術を展開して攻撃に移った。
「氷の弾丸」
サーヤの魔術は角鰐の目や口の中目掛けて次々に打ち込まれていく。人の頭より大きな氷の塊が高速で衝突し、角鰐は視界を奪われた。
「えい!」
その隙を突き、リョウが角鰐の足の付け根から首まで斬り裂く。最上級の剣を使うリョウの一撃は、驚くほど綺麗な切り口で角鰐の首を半ばまで斬ってしまった。
もちろん、凶暴な大型魔獣とはいえ、ほぼ即死の状態である。
「やった!」
後方へ跳ぶようにして距離をとり、リョウは喜びの声をあげた。サーヤはまだ角鰐の様子を窺っていたが、すぐに動かないと判断し、リョウの方へ走る。
「やったーっ!」
リョウと手を叩き合って喜ぶサーヤ。そんな二人を見て笑いながら、角鰐の巨体を魔術で収納した。一日中森を散策した為、すでに中型以上の魔獣を五十体ほど収納している。流石にこれ以上は無理だろう。
「おーい、そろそろ帰るぞ」
跳び上がって喜ぶ二人に声を掛けると、リョウとサーヤも揃って嬉しそうに走って来る。
「はーい!」
「お腹空いたーっ!」
二人は嬉しそうにそう言って抱き着いてくる。
そんな二人の頭を撫でて、笑いながら頷いた。
「帰ったら何を食べるかな」
「今日はいっぱい倒したから、高いやつ食べたい!」
「お肉が良い!」
そんな会話をしながら、森の中を歩いて帰る。途中で追加で何体か倒したが、容量はどうにか足りたようだ。
その日は冒険者ギルドに寄らず、家に帰った。帰宅するとすぐにリョウとサーヤがイリヤの下へ走る。
「ママ!」
「魔獣いっぱい倒したよ!」
二人がイリヤに飛びつくようにして抱き着くと、イリヤは嬉しそうに頷いた。
「流石はリョウとサーヤ。最強」
「サイキョーっ!」
「えへへ」
イリヤに褒められて喜ぶ二人。それに笑いながら、俺は温かい我が家へと足を踏み入れた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「お疲れ様でございました」
シャンやメイド達に労われながら、イリヤの下へ向かう。
「ただいま、イリヤ」
「おかえり、レン」
二人を抱きしめるイリヤと挨拶をかわし、どちらともなく笑い合う。
その時、二階から懐かしい声が聞こえてきた。
「おお、おかえり。レン」
「おかえりなさい」
声の主、ラングとヒルドは優しく微笑みながらこちらを見ていた。
「なんだ、二人とも! 久しぶりじゃないか!」
「ふふふ、ちょっと時間が出来たんだ」
「リョウ君とサーヤちゃん、大きくなりましたね!」
旧友との再会に素直に喜ぶ。すると、シャンが恭しく自らの胸に手を当てた。
「ランヴェイグ様、スーヴァンヒルド様がいらっしゃいましたので、本日はいつも以上に腕によりをかけて晩餐の準備をさせていただきました」
「そうか。それは楽しみだな。よし、さっそく食堂へ行こう」
「はい」
シャンの返事を聞きながら、皆揃って食堂へと移動する。今日も、楽しい我が家だ。
これにて完結となります!
十四話、お読みいただきありがとうございました!
短いと言いつつ十万字以上ありましたが、いかがだったでしょうか……
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