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8.廬陽山の役

 廬陽山に配備された警備隊が襲撃されたと郢州城に報告が届いた。

「公子、偵察を出されたらいかがでしょうか?」

 (がく)(えい)が指示を仰いできた。

「襲撃されたのは冀燕方面部隊ではないのだろ」

「ええ、どうやら涼夏の方らしいです」

「あんな辺鄙な国がどうして……。考えても仕方ないか偵察部隊を出して調べろ」

 偵察部隊は出立から1週間後に再び殲滅の報が届いた。

「何かの罠なのは確実ですが、不穏な状況を放ってはおけません。臣が見てきます」

「二度もやられるとは、翠魏軍も舐められたもんだ。このままやられ続けるのは癪だし、そろそろ実戦を体験しておかないと。お前は城を守れ、俺が行く」

 ()(ほう)は私兵たちに正規軍の軍装をさせ、自ら百人を率いて出陣した。


 廬陽山の砦を占拠した涼夏軍は、梨鳳の軍を見ると砦から出て周辺に埋伏した。

 梨鳳は砦まで進むことなく麓に布陣して周辺を探索させた。

 すると、砦の中から十数人が鉄騎で山を駆け下り迫ってくるのを見つけて、迎撃の態勢をとった。

 突進してきた敵軍は弓兵の射程ギリギリで進行方向を変えた。

 梨鳳は二十人を割いて追撃させると、自ら残りの兵を率いて砦に進軍した。

 砦に到着すると門は開け放たれていて、中には人影も人の気配もなかった。

「空城の計をするほどの広さがある砦じゃないが、念のため調べてみるか」

 そう言って十人ほどが砦の門をくぐると扉が裏から突然閉まり、四方八方から矢の雨が降ってきた。

「結構な人数のようだな! 防陣っ!」

 かけ声一つで梨鳳を取り囲むように盾を天に掲げる兵士たち。密着して一つの鉄の山のようになった。

 すると、遠くから声が聞こえた。

「翠魏の人間が弱いのは確かなようだな!」

 その言葉のあとに従うように、周辺から笑い声が聞こえた。

「奇襲しかできない涼夏の人間に言われたくないな!」

 梨鳳の言葉が気に入らなかったのか、一騎の鉄騎に跨がった大男が林の中から出てきた。

「盾の甲羅に首をすくめる負け犬が。顔を見せろ!」

 梨鳳は盾を開かせ、中から歩き出た。

「涼夏には野蛮な馬鹿しかいないようだな」

 梨鳳はあからさまに挑発的な言葉を叫ぶと、大男が鉄騎を走らせて突撃してきた。

 梨鳳は瞬時に槍を地面に突き刺してから、地面の土をかち上げて目くらましを行い、馬の脚が止まった瞬間に槍を支えに飛び上がって、敵の脳天に向けて反転させた槍を振り下ろした。

「もらった!」

 しかし、振り下ろされた槍先は馬の鞍を打ちのめしただけで、大男は甲冑の重さを感じさせない速度で、馬の背から転がり降り、反転して梨鳳の脇腹めがけて剣を突き刺してきた。

 梨鳳はなんとか上半身を拗って剣先を避けて着地した。

「面白い。やっと骨のある奴が出てきたか……」

「図体がでかい割に身軽じゃないか!」

 梨鳳は槍を構え直し、大男と対峙した。

「そんな細い槍じゃ、すぐ折れちまうぞ」

「さぁ、それはどうかな? お前の剣を粉砕するぐらいには堅い槍だぜ」

 二人はジリジリと間合いを詰めてから、それぞれの剣と槍をぶつけあい、数十合と戦ってから距離を取った。

「久しぶりに俺とやりあえる奴に出会ったぞ。おい、お前! 名前は何だ!」

「そちらこそ、先に名告るのが筋だろ!」

「俺は、()(ぶん)(れい)()だ!」

「宇文だって? 涼夏王族の者なのか。俺は(ちょう)()(おう)、翠魏の郢州太守だ!」

「ほう、太守自ら偵察に来たというのか。そうか、お前も血の気が多いんだな!」

 宇文禮貴は乗馬の鞍にある剣柄を取って、剣を収めて腰を落として構えた。

 梨鳳は抜刀術だと瞬時にわかり、槍を身体の前に突き立てた。

 次の瞬間、剣が真横に一閃した。

 槍は真っ二つに断ち切られ、剣風が梨鳳の左頬を斬りつけた。

「翠魏の辺疆ぐらいすぐに取れると思ったが、お前みたいなのがいたとはな」

 そういうと宇文禮貴は馬に飛び乗って立ち去ろうとした。

「待て! このまま見逃すかよ」

 梨鳳は短くなった槍を持ち直し、力を込めて投擲した。

 宇文禮貴は後ろを振り向くことなく、馬を横に動かしてから左手で飛んできた短槍を掴んだ。

「焦るなよ。今日は散歩のついでに砦を掃除してやっただけだ。……けど、面白い土産もできた」

 言うなり、槍を地面に突き刺した。

 すると、林の中から弓矢を持った黒ずくめの者たちが現れて、宇文禮貴の背中を守るように陣形を組んだ。

「お前はずっとここにいろよ。やっと俺と対等に戦える奴を見つけたんだ。翠魏を滅ぼすのにますます興味が湧いてきた。絶対にこの地から翠魏をぶち壊してやる」

「ふざけるな、涼夏みたいな辺疆国が翠魏を滅ぼすだと」

「そういう目が曇って腐った大国がムカつくんだよ。翠魏が覇者だった時代は終わったんだ。これからは混沌とした戦乱の時代が到来するんだ!」

「でかい口を。弓隊、構えろ! 俺に構うな、放て!」

 梨鳳が手を振り下ろすと後ろにいた兵たちは矢を一斉発射した。

 矢は黒ずくめの者たちにことごとく打ち落とされた。

「惜しいな。まだ将才にはほど遠い……」

 宇文禮貴の言葉に梨鳳は反論ができなかった。

「涼夏は混乱をもたらして何を企んでるんだ!」

「は? 国なんて関係ねぇよ。俺が天に証明したいだけさ。……天下の覇者は俺だって事をな」

 宇文禮貴の乗騎が大きく嘶くと遠くへ駆けだしていった。周辺の者たちは殿軍として梨鳳たちを睨みながら、追撃してこないのを確信すると走って宇文禮貴を追いかけた。


 涼夏軍が引くと梨鳳は兵を引き連れて砦に入り状況を確認した。

「長太守、異常はありません。涼夏軍は兵器にも手を付けていません」

「まさか本気で堂陽まで攻める気だったのか? 兵站も何も無い状況でそんな狂気が……、考えられない。どうかしてる……。城にいる樂榮に涼夏の状況を調べるように伝えよ」

 報告の兵が郢州城に走った。


 砦に五十人の兵を残して郢州城に戻った梨鳳は驚くべき情報を得た。

「宇文禮貴が率いる軍勢は千人に満たないようなのですが。その数だけで、冀燕の首都を陥落寸前まで追い詰めたそうです。冀燕王が講和条件として公主を嫁がせる事にしたみたいです」

「公主という事は本当の穆佳玲様か……。姉妹で政治の道具にされるとはな」

「そのようです。しかし、宇文禮貴の力は今まで知られていなかったのが不思議なぐらいで、涼夏王族は謎が多いのですが、一国を陥落寸前まで追い込む力があれば知られないわけがありません」

 樂榮の言葉はもっともだが、梨鳳には何かの前触れにも思えた。

「なんとかして冀燕王と面会できないだろうか……。惠玲が太子に嫁がされた理由を知りたい」

「お気持ちは分かりますが、いち太守が国王に謁見するのは簡単ではありません」

「わかっている。だが、不確定要素が門前まで攻めてきそうなのに、それを何もせずに待つなどできるか」

 梨鳳は、しばし思考して樂榮に丞相府へ戻るように伝えた。

「国難になりかねない事態をお爺様が見逃すとは思えない。それに賭ける……。丞相府に行き、正式な使節として冀燕へ行けるよう手配して貰ってくれ」

「わかりました。最善を尽くします」

 そう言うとすぐに郢州城を離れた。

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