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7.謀反の火種

 郢州城に赴任してから()(ほう)は頻繁に起こる小さな紛争を平定しながら、地方統治を学びながら太守としての責務を果たしていた。

 半年を過ぎた頃、『(ちょう)(しゅん)が危篤』という一報が都城からもたらされた。

 梨鳳はすぐに都城へ戻ろうとしたが、報せをもたらした三兄・(ちょう)(ねい)は都城の雲行きが怪しくなっている事を梨鳳に伝え、祖父の意志を詳しく伝えた。

「お爺様の容態は確かに芳しくないが、あくまで皇室に対して危篤に見せているから、お前は郢州に留まれとさ。それに堂陽も巡回の兵が多くなってる。都の外から来た者は必ず調査されるようになったんだ」

「宮中で何かあったのですか?」

「実は陛下もお加減が芳しくなく、太子が承制しているが、政務は袁卓が代行している。袁卓は凡才だがまだ太子が直接政務を執るよりマシな状況なんだよ」

「陛下も重篤なのですか?」

「そこまでではないみたいだが、ここ最近は朝議もされていない。奏書だけを東宮が処理している状態だが、陛下の容態が悪くなったのは、数日前に太子を召して、次代の丞相はお爺様に世襲を認めたと伝えた後かららしい。そこから太子も東宮に籠もるようなったと聞く」

「世襲の件は、俺の存在までは太子に知られていないと言うことなんですね?」

「当然だろ。太子は即位するまで血盟書の内容を知ることはできないのだから。誰に世襲するのかわからずに戦々恐々としているのだろう。長兄も次兄も太子に目をつけられないよう慎重にしているよ」

 梨鳳は、張寧との会話で堂陽の状況を理解した。

「俺の存在が知られるのも時間の問題ですけど、その前に手を打つ準備は進めています。兄上たちもその時になれば内応していただきたい」

「馬鹿を言うな。お爺様からも社稷を第一に考えろと言われているだろ」

「その言葉には従わないと決めたし、お爺様にも伝えてあります。だから、こんな辺疆に甘んじているんですよ」

 張寧は梨鳳の肩を掴みながら語気を強めた。

「お爺様から話は聞いているが、古来から反乱は九族を誅される大罪だとわかっているだろ。それも女の為に反乱など青史に残すにも値しない汚点だぞ!」

「失敗すればの話でしょ。俺は失敗しないので!」

 張寧は梨鳳の右頬を勢いに任せに殴りつけた。

「目を覚ませ! お前は軍を指揮した経験も無いに等しいではないか。雄王の失敗を見てみろ。二の舞になるぞ」

「あれはお爺様の力添えが無ければ、太子だって止められなかったでしょう」

「なぜ、そこまで執着するんだ」

「俺の命の恩人なんだ。それに互いに心意を交わした人なんだよ」

「それでももう太子妃となって半年も過ぎているのだ。今世では縁が無かったのだ」

「誰に何を言われようとこの半年間、力を蓄えてきたのは事実。それに隠し立てするつもりもありませんよ。陛下の容態が良くないのも、太子が東宮に籠もってるのも全て天意ですから、先手必勝あるのみ」

「もし、お前が堂陽に兵を率いて逼るなら一族総出で止めるぞ」

 そう言い捨てて、張寧は太守府を出ていった。


 太子妃として半年が過ぎた惠玲は、東宮にて静かに暮らしていた。

 太子・(しん)()は彼女の賢く気立ての良さを気に入り非常に愛していたが、婚礼初夜から理由をつけて同寝する事を拒まれていた。

 それでも、秦祜は彼女を喜ばせようと心を尽くしていた。

 政務を処理しながら秦祜が呆けていた。

「佳玲はどうしたら孤に心を開いてくれるんだろうか……」

「もう嫁がれて半年が経過しておりますし、お身体は健康そうですけども……」

 (てき)(えつ)が言葉を書簡をまとめながら相づちを打った。

 そこに(えん)(たく)が書斎に入ってきた。

「殿下、しばらくは政務に励まれるのが得策です。もちろん、後嗣を儲けるのも重要ですが、陛下と丞相が指名する次代丞相が誰なのか判明してからでも遅くはありませんぞ」

 太子承制とは聞こえはいいが、秦祜が政務を見るなど民を害するに等しく、袁卓が奏書を下見して、問題ないものに承制印を押すだけで、その中身を考えることもしなかった。

「どうせ、嫡男が継ぐんだろう。別に気にする必要も無い。詩賦もろくに詠めない凡才だ」

「なぜわざわざ血盟をしたのでしょうか?」

 秦祜は袁卓の問いには答えず、茶を一口すすった。

「どうせ、他の奴らと同じで、老い先短いから後嗣を決めて安心したいのさ。それにここ最近は、朝議にも出てこないではないか」

「丞相府から漏れ聞く噂では、丞相は病で起き上がれないのだそうです」

 狄越の言葉に秦祜は「ほらな」と言わんばかりに袁卓を鼻で笑った。

「どうも、気になるのです。こちらで引き続き丞相の周辺を探ります」

 袁卓は捺印された奏書を持って書斎を出ようとして、背後から秦祜が言葉をかけた。

「太傅も考えすぎず無理をしないでくださいな」


 ある日、皇后に呼ばれた惠玲が後宮に出向いた。

「皇后陛下、皇太子妃がいらっしゃいました」

 皇后付きの女官が報せてから、惠玲は宮殿に入った。

「母上、ご挨拶申し上げます」

「佳玲や、嫁いできて半年が過ぎたが、こちらの生活には慣れたかえ?」

「はい、食べ物も美味しく、殿下もやさしく接していただいてます」

「そうかい。仲睦まじいのは良いことだけども、聞いたところでは同寝してないそうじゃないか」

 惠玲は少し返答に詰まったが、言葉を選びながら返答した。

「殿下は承制されてからお忙しく、日夜政務に励まれておりますので……」

「そなたは皇太子妃なのだから、忙しい太子を癒やすことが役目ではないか。今はまだ側妃がいないから良いが、遅かれ速かれ後宮の女は増えるのです。今のうちに子を産んでおくのです。それがそなたの身を扶ける事になるから今夜にでも一緒に過ごしなさい」

「母上からのお言葉、心に刻みます。では、今夜から殿下にお仕えしたいと思います」

「そうしなさい。何度も言うけれども、今のうちに自分の立場を固めるのですよ」

 惠玲は皇后の忠告を真剣に聞き入れたように装いながらも、心中ではすぐに対応策を考えた。

 二人は他愛ない世話話を終えると、惠玲は東宮に戻った。

 自室に戻ると蒼花を呼び、夜に秦祜を呼ぶよう伝え、食事に冀燕の古酒を出すように準備させた。

「公主様、あの酒は常人が呑めば昏睡してしまいます」

「分かっています。ですから水で薄めるのです。太子を害するつもりはありませんよ。私の言う割合で薄めてちょうだい。一緒に寝れば周りはしばらく黙るでしょ」

「しかし、ますます太子に口実を与えることになりませんか?」

「何度も同じ手は使えないでしょうけど、陛下の容態が安定しない今なら彼も色欲にかまけていられないでしょ」

「そうでしょうか。婚礼をあげてから今まで袁卓殿が口うるさく言ってなければ、公主の拒絶は不敬罪に問われるところでしたよ」

「袁卓殿には私からお願いしたのよ。私が身体を養生していると伝えててね。養生が終わるのが一年って伝えてて、それが終われば子を儲ける準備ができると言っているのよ」

「どおりで……。それでも、私は心配です。東宮の下人たちも太子の為人を噂する者が少なくないのです」

 蒼花は心配なまなざしで惠玲を見ながら言葉を止めた。

「いつまでも引き延ばせないのは分かっていますし、あの方は都を離れたと聞いたわ。でも、心の整理がつかないの……」

「もし何かあれば私がお守りしますので、ご安心ください」

 惠玲は蒼花に笑顔を見せた。

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