5.思わぬ再会と決意
梨鳳が丞相府に戻ってから一週間ほど経った頃、都城内に太子大婚の日程が告知された。
その報せは丞相府にも届けられた。
「佳玲様は会った事はないけど、惠玲と似てお美しいのだろうな」
そんな事を思いながら府外にも出ず修練に励んでいた梨鳳の元に、樂榮が市で配られた太子と太子妃の肖像画を持って来た。
「これが冀燕公主なんですね。お美しい方だと思いませんか」
肖像画を見た梨鳳は手に持った剣を落としそうになった。
「……冀燕公主って言ったか?」
「はい、街中では皆そう言ってましたが、何か?」
――この姿は惠玲に間違いない。どうして……。
梨鳳はすぐ樂榮に仔細を調べに行かせた。
「……太子、……俺との怨恨に惠玲を巻き込むとは」
梨鳳は苦々しく、肖像画を手の中で握り潰していた。
数日後に変装した梨鳳は市場で買い出しをしていた蒼花を見つけて、呼び止めた。
「蒼花さん!」
呼び止められた蒼花は聞き覚えがある声に思わず振り返った。
「……梨鳳様? あっ……」
梨鳳はすぐ彼女の手を取って、人が少ないところに移動した。
「蒼花さん、あなたがどうして堂陽にいるんです?」
「……そ、それは公主について陪嫁する為でございます……」
「惠玲についてきたのですね」
「な、何を仰っているのです……。太子に嫁ぐのは佳玲様です」
「この肖像を見てもまだ嘘をつかれますか」
梨鳳は懐から肖像画を取り出して蒼花に見せた。
「ど、どこで……これを……」
「そんな事はどうでもいい。なぜ惠玲が堂陽に来ているのですか?」
「佳玲様と惠玲様は双子のように似ているのです……。見間違うのも、ご無理なないかと……」
「……あなたがそこまで言われるなら、……わかりました。では、これを公主様に渡してください。新婚祝いです。私は婚礼には参列できませんので」
そういうと小さな箱を蒼花に渡して、梨鳳は足早にその場をあとにした。
蒼花は買い出しを終えて、後宮に戻って惠玲に梨鳳と出会った事を伝えた。
「これを公主に渡してほしいと……」
蒼花は梨鳳から渡された小さな箱を惠玲に手渡した。
「蒼花、私の身分のことは伏せたのでしょう?」
「はい、しかし、信じていただけたかどうか……」
惠玲は小さな箱を開けると、中には冀燕でしか取れない玉石で作られた手鐲(ブレスレット)が入っていた。
更にブレスレットの下には小さな手紙が入っていた。
君がこの手紙を見ていると信じて記す。
どうして君がここに来ているのか、俺にはわからないが、太子は信用に値しない人間なのは、俺が言った通りだ。
どうしたら君を助け出せるか、教えてくれ。
最悪、私兵を動かしてでも、君を助け出すから。
どうか丞相府に連絡をしてほしい。
惠玲は玉石の手鐲を左手に付けて、手紙を箱にしまった。
「蒼花、この箱を前の手紙と一緒にしておいて」
「はい、惠玲様」
蒼花は箱をしまった。
「……梨鳳様は命を奪われそうになり、太子とは不倶戴天の因縁となってしまった。どうしたら怨念を平らげることができるのかしら」
惠玲は梨鳳と秦祜の事情を知りながらも、二人の和解させる可能性を考えた。
「愚考しますに、命を奪われそうになった相手を許すなんて神仙でも難しいと思います……」
「でも、このままでは梨鳳様はまた危険に曝され、再び命を落としかねないわ」
蒼花は黙って惠玲の言葉を聞いた。
「天命とは残酷なもの。私がどこまで人事を尽くせるのかしら……。少なくとも内乱が起こらないようにしないといけない」
「いくら梨鳳様でも、そんな事なさるでしょうか?」
「最悪は想定して損は無いわ。でも、そんな事が起こらないのが一番だけど」
惠玲は窓から見える景色を見つめながら溜息をついた。
婚礼の日取りが四日後と公布され、いよいよ梨鳳は樂榮に部衆をかき集めるよう指示した。
「なんとしても惠玲を救い出す!」
「なりません! 梨鳳様、どうか冷静になって下さい。今はまだ梨鳳様が生きている事を皇室に知られる訳にはいきません」
普段であれば、樂榮は何も言わずに梨鳳の指示に絶対従うのだが、この日ばかりは身を挺して制止してきた。
「樂榮、ここで何もしなかったら、俺はもう生きる意味を失ってしまうんだ!」
「なりません! 手勢を動かせば、必ずや皇室に命を狙われることになります」
梨鳳は止める樂榮の首に剣先を突きつけた。
「ならば、お前の屍を越えていく事になるぞ」
「どうぞ……、梨鳳様に救われたこの命、いつでもお返しいたします! しかしながら、行かせる訳にはまいりません」
「……なんでだ。どうしてそこまでして止める!」
そう吐き捨てると剣を樂榮に投げ渡し、梨鳳は自室に籠もった。