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3.強いられた謀反と運命の歯車

 (すい)()では丞相の孫が亡くなった事は瞬く間に知られ、雄王は兵符を召し上げられて、冀燕との国境にある連州に刺史として赴任させられた。

「よりにもよって(ちょう)()(ほう)を殺してしまうとは……、厄介な事になった……」

 雄王・(しん)(てき)は二番目の皇子で武勇は有名だったが、政治には疎く、朝廷で勢力を広げている太子を陥れようと苦心していた。

「全て臣の誤算です。……しかし、まだ機会はございます」

 側近の1人・(こう)(れつ)が雄王の背後で跪いていた。

「兵権も取り上げられ、こんな辺境で何ができる」

「この地には、皇妃様のご実家があられます」

「ふん、たかが富豪の外祖父に何ができるというのだ? 朝廷に出仕もさせてもらえない外戚など意味が無いではないか」

 秦適は変わらず苛ついている。

「殿下、戦には兵力はもちろんですが、金も必要ではございませんか」

 康烈とともに跪いていたもう1人の側近・()(きん)が口を開いた。

「連州の軍備は少ないですが、近隣の州から金で買い求めれば、問題ではございません。逆に堂陽から離れているのが準備するには最良です」

「軍備も徴兵も全てにおいて金は欠かせません。既に皇妃様から信書を賜っております。すぐにでも外祖父様にお会いください」

 二人は口裏をあわせていたかのように言葉を重ねた。

「そうか、では会いに行くとするか……」

 そういうと秦適は刺史府から供の者数人を連れて出ていった。


 顧府は連州から翠魏全国に商道を擁する大富豪。

 皇妃・顧氏は幼い頃から各地の連鎖店舗を往来する生活を送っていた。

 翠魏建国の立役者は秦家と張家だが、裏で支えたのが顧家主の()(すい)であった。

 そんな顧府の門構えは京城にも負けず劣らず立派だ。

 門番が近づく馬車の旗を見て急いで門を開けて、家の者に秦適来訪を伝えた。

 止まった馬車から降りた秦適は門をくぐると直接、前堂に入り、高座に座った。

「外祖父様はまだかな?」

「……どこの悪童(わるがき)が飛び込んできたんだ?」

 奥から老齢ながらも張りのある声が堂内に響いた。秦適は後ろを振り向くと、白衣を纏った仙人風な老人の顧垂が立っていた。

「外祖父様ですか……?」

 老人は秦適に近づき手を差し出して顔を触った。

「小適なのか……?」

 どうやら目が見えないらしい。

「外祖父様、その目は……」

「あぁ、気にするな。年を取ると誰でもこうなる。……それよりもどうしてこんな田舎に来た。何かあったのか」

 さすがに皇妃を育てた人物。推察力は眼が見えなくても衰えていないようだ。

「不甲斐ない外孫をお許し下さい。……皇太子の暗殺をしくじってしまい、張丞相の孫を殺めてしまいました……」

 顧垂は膝から崩れ落ち、そのまま椅子に座り込んだ。

「……陛下はそなたを都から出したのか。……皇妃は無事なのか?」

「はい、冷宮に下されましたが、太后の庇護により無事です」

 固唾を呑んだ顧垂は落ち着きを取り戻し、秦適の手を取った。

「何が必要だ?金か?兵か?」

「外祖父様、私には退路がありません! 社稷をこの手に入れなければ、命も無くなってしまうのです」

 顧垂は少しの間、天を仰いでから秦適の手を強く握り返した。

「……失敗は許されないぞ」

 腹の奥底から響く暗い声だった。

「存じております!」

「ならば、ワシとともに準備じゃ」

 そう言って、二人は奥の部屋に入っていった。


 顧垂の持つ財力は、翠魏一で兵を集めるのも造作なく、ほんの三カ月で六千人余りの死士を集めた。

 秦適は蘇欽に命じて死士を率いて早急に都へ送り、皇城を制圧する為に配備した。

 秦適と顧垂の計画は天衣無縫であったのは間違いない。

 しかし、太子側には張舜がいたのが、予定を狂わせた。

 張舜がいかに社稷を重んじていても孫を亡くしたと知れば、太子との関係は悪化すると秦適は高をくくっていたが、張舜は孫の死を利用することを選んだ。

 蘇欽が率いる死士たちは主要な顕貴の邸宅を包囲してから、康烈が残りの死士を率いて皇城を包囲して攻め入ろうとしたが、司馬門(皇帝の宮殿前にある門)に差し掛かると太子側の伏兵に包囲された。

 康烈たちは兵を引きながら、太極殿にて顧垂と秦適と合流し、一気に太子の兵たちを包囲した。

 秦適はここで勝ったと過信してしまった。

 太極殿で戦った兵は囮で、都城に散っていた死士たちは張舜の率いる近衛兵により各個に殲滅されて、蘇欽が乱戦の中、奮戦して戦死した。

 再び司馬門まで進軍しようと太極殿を出た死士たちは、玄武門から入った張舜と合流した太子たちと遭遇し乱戦となった。康烈は秦適を庇い満身に矢を受け戦死した。

 秦適の反乱は失敗に終わり、彼自身は天牢に下された。

 顧垂は翠魏への反逆罪と見なされ、一族ともども市場にて処刑された。

 顧妃は冷宮へ幽閉され二度と出ることが許されなかった。

 秦祜は護駕に功ありとされ、国政の準承制が認められるようになった。

 そして、太子の地位安定と周辺国との関係維持の為、翠魏と冀燕との盟約通り公主・穆佳玲との婚礼も速やかに執り行うよう詔勅が下った。


「梨鳳様、お加減はいかがですか?」

 声を掛けられた梨鳳は剣を収めて振り返った。

「あ、惠玲どの、今日も薬の時刻ですか」

 いつも惠玲は、自らわざわざ薬の椀を持ってきた。

 この山荘に世話になってから3カ月ほどが経ち、梨鳳の調子も戻り剣を振るう事もできるようになった。

 傷を療養する間にも梨鳳は情報をかき集め、自分がどこにいて、誰に助けられたかも理解していた。

「わざわざ、公主様に看病していただけるのは身に余る光栄です」

「もう、怒りますよ。梨鳳様も完治して間もないのに剣なんて握らないでください」

 二人の関係は、この三ヶ月で恋人のようにとても近づいていた。

「ここの生活は何にも縛られず、とても居心地がいいけど、そろそろ戻らねばならない」

「医者としては認められませんわ。でも、梨鳳様にもご都合があるのでしょう。くれぐれもご無理はなさらないでください。この惠玲、梨鳳様が心配でなりません」

「安心してくれ。また君の作る羊肉餅を食べたいからな」

 梨鳳は秦祜に直接、自分を殺そうとした理由を聞かねば納得はできないと考え、急いで帰国しようとしていた。

 二人の元へ宮女が駆け寄り、惠玲に耳打ちした。

「お姉さまが?!」

 惠玲の動揺ぶりはとても大きかった。

「どうした? 宮殿へ戻られるなら、俺が送るよ」

「梨鳳様はここから出られない方が安全です。冀燕の事には関わらない方が良いですわ」

「君のことが心配だ」

「婚礼を控えた姉が遠出から戻ったので、会って来るだけですよ」

 惠玲の表情は言葉と裏腹に固かった。

 もちろん梨鳳も感じ取ったが、これ以上は冀燕の家事だと思って引いた。

「わかった。何かあれば、この鳥笛を吹いくれ。どこからでも駆けつけるから」

 差し出した鳥笛を惠玲は受け取り、梨鳳と軽く抱き合ってから足早に出かけていった。


 梨鳳は手荷物と剣を持って山荘を去り、惠玲を追いかけて宮殿の外まで来た。

 高くない外壁の外には、屋台が並んでいたので、そこで足を休めた。

「……聞いたか? 翠魏で内乱だとよ」

「あぁ、物騒な話だよな。でも膠着してるんだろ? やっぱり、張家がいる限り内乱は失敗だろうよ」

「どうだかな、孫を殺された怒りは霹靂のごとくってか」

 そんな噂話が耳に飛び込んだので、梨鳳は彼らに探りを入れた。

「そりゃ、いつの話だい?」

「あ?内乱か?もう1週間ぐらいじゃないのか? ここに話が届く速度を考えるとな」

「誰が内乱を起こしたか聞いたかい?」

「なんつったかな? 確か太子の兄じゃなかったか?」

「雄王か!」

 思わず声が大きくなった梨鳳に二人は怪訝な顔をした。

「何だ。お前、冀燕の者じゃないだろ……」

 梨鳳は慌てて取り繕ったが、二人は席を立って足早に立ち去った。

 ――俺は雄王に殺された事になってるのか。

「もうこの世には存在しない人間か。不思議なもんだ……」

 自嘲気味に呟いた。


 数刻が過ぎた後に、宮殿から馬車が出てきた。後ろには長蛇の従者が列を成していた。

 列の中に見慣れた顔を見付けた梨鳳は近づきながら話しかけた。

「蒼花さん、この行列は?」

「あ! 梨鳳様。なぜ、ここにいらっしゃるのです?」

 蒼花は惠玲の奴婢で、山荘では梨鳳の看病を手伝っていた一人。

「いや、冀燕を去る前にどうしても惠玲どのに一目会いたくて、待ってました」

「そ、……そうですか。公主殿下はまだ王宮におりまして、しばらくは外にお出になれません」

「そうでしたか……。残念です。では、手紙をしたためたのでお渡しいただけますか」

 蒼花に手紙を手渡すと、梨鳳は行列から離れていった。

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