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2.血盟と復活

 (ちょう)(しゅん)は翠魏の太祖皇帝とともに乱世を生き抜き、建国元勲にして丞相となった。その名声は都・(どう)(よう)だけじゃなく、地方でも知らない者はいない。

 そんな家の子弟はもちろん多く、梨鳳は最年少だった。

 幼少期から兄や姉たちに付き従い宮中にも出入した。そんなある日、次兄とともに太子・(しん)()の侍読になるよう勅命が下った。自慢じゃないが学問は、からっきしダメな梨鳳がなぜ選ばれたかわからない。

 後で聞いた話だが、張舜が丞相の孫が学問も碌に修めていないのは恥だと、皇帝に願い出たらしい。そして太子も太傅の授業を逃げ回っていたようで、皇帝もちょうど良い機会と今回の勅命になった。

 秦祜とは歳が近いせいか、すぐに仲良くなった。日々、武芸や勉学など侍従のように太子のそばを離れなかったので、16歳の若さで太子舎人として東宮に仕えた。

 これが今生の最悪な縁になるとは、この時はまだ思ってもみなかった。


 寧慶三年五月、東宮に仕えてしばらく経ったある日、秦祜とともに狩りへ出かけた。

「なぁ、梨鳳。今日は()(太子が自らを指す呼称)の勝ちだな」

「殿下の腕はますます上達しております」

 秦祜は今回、子鹿を射止めた。ご満悦なのも当然だ。

「母后が病に臥せって数ヶ月だから、この鹿肉で体力をつけてほしいな」

「皇后様もきっと喜ばれます」

 他愛もない話をしながら馬を駆けていると、前方から砂煙が立ち込めてきた。

 梨鳳は即座に剣柄に手をかけ、秦祜の馬の前に飛び出した。

「殿下、お下がりを!」

 言うやいなや、矢が風とともに飛来した。なんとか抜刀して切り落とした。

「防陣!」

 秦祜の同行者は梨鳳を含め十人。全員が掛け声ひとつで盾を持って秦祜の前に防壁を成した。

 矢は次第に豪雨のように降り、地鳴りが近づいてきた。

「梨鳳、なにか見えるか?」

「数は多くはない、、、50人ぐらいかと思いますが覆面で顔は見えません」

「左の森へ入るぞ」

 秦祜は馬を飛び降り森へ全速力で走った。

 梨鳳が殿(しんがり)となってゆっくりと後退した。

 近づく敵から声が聞こえた。

「囲い込め!」

「二手に分かれろ!」

 ――敵の動きに見覚えがある。……わかったぞ!

 梨鳳は前に向き直って秦祜を追いかけた。

「殿下、雄王の手の者かと」

 秦祜は振り返らず、答えた。

「梨鳳、半数は斬れ、残りの半数は動けないようにすれば良い」

「拝命しました」

 梨鳳は五人を連れて敵を迎え撃った。

 梨鳳一人で二十人ほど斬り倒し、残りの五人も二十五人ほど斬り倒したところで、残りの者が逃げ出した。

 梨鳳たちが太子に追いついて合流した。

「殿下、追っ手がまた来る前に急ぎ堂陽に戻りましょう」

「……あれぐらいじゃ無駄だったな」

「雄王の手下にしては、あっさり過ぎますが……、また追っ手が増えたら払いのけるのも難しいかと思いまっ……!」

 言い終わる前に梨鳳の腹には秦祜の剣が突き刺さっていた。

「な、な……ぜ……」

「悪く思うなよ。これで太子の座が安泰になるんだ……」

 秦祜の言葉が終わる前に、梨鳳は膝から崩れ落ちた。


 梨鳳が倒れたのを確認した秦祜は、自身も襲撃で怪我を負ったのを偽装する為に短刀で両脚を自傷してから馬を走らせ東宮へ戻った。

 数日後に秦祜が負傷した報せは、皇帝・(しん)(れん)の耳に入ると、すぐさま偏殿に召された。

 脚を引きずりながらも偏殿に到着した秦祜は跪こうとしたが、秦蓮の叱責により制止された。

「逆子!」

 秦祜は慌てながら土下座する格好となった。

「畏れながら……」

「黙れ! お前たち兄弟はとんでもない事をしでかしたのだぞ!」

「しかし、これ以上は譲れないのです!」

 秦蓮は卓上の奏書の束を秦祜に投げつけた。

「何が不満だ! そなたは太子なのだぞ。社稷を守る者が自らそれを崩壊させようとしてどうする!」

 秦祜は地面に額をこすりつけながらも声をこわばらせた。

「兵権が雄王の手にある限り、太子位は有名無実です。障壁を取り除けるなら、どのような事でも致します!」

「虚け者! 短見すぎる。太子のお前が兵権を持とうというのか。そんなにこの帝位が欲しいか! 朕はまだ耄碌しておらんぞ! ……これでは先帝に会わせる顔がない!」

 秦蓮は秦祜に背を向けると、側仕えの宦官に書庫からある書簡を持ってこさせた。

「これを張丞相に渡すのだ」

 秦祜はやっと身体を起こして書簡を受け取った。

「こ、これは……」

 秦蓮は秦祜を睨みながら説明した。

「お前の免死牌だ。丞相に見せれば、社稷の崩壊は防げる……が、まさかお前の愚行で使うことになるとは……」

「丞相を忌憚しすぎに思うのですが……」

「愚か者! 翠魏の社稷は我が秦家のものだが、張家なくしては手に入らなかったのは知っているだろう。先帝が張家と社稷の均衡を守る為に作った盟約書簡だ」

 秦祜が封印の蠟を割ろうとしたのを帝は制止した。

「その蠟を割ったら、社稷を失うことになるぞ」

 秦祜は手を止めた。

「……これより丞相府へ伺います」すぐに秦祜は偏殿をあとにした。


 秦祜により丞相府に梨鳳の死報がもたらされた。

 父母は既に世を去っていたので、老齢になった祖父母と兄弟姉妹たちがみな梨鳳の為に哭泣してくれた。

 前堂にて張舜は秦祜に梨鳳の死因を問いただした。

「殿下、下手な弁解はご自重くだされ。梨鳳がそう簡単に死ぬようなタマでは無いので」

 秦祜は跪いて蝋で封印された書簡を捧げた。

「丞相には社稷の安寧をお考えいただき、孤を助けていただきたい!」

「殿下、社稷を守るのは張家の務めではございますが、梨鳳を権力争いには参入させないと陛下と約定したのですぞ」

「孤の不徳の致すところですが、全ては雄王の仕業です。こうなった以上は罪を償わせます……」

「皇家の争いに興味などありませんが、それに孫を巻き込んだ説明をしていただきたい」

「孤には大義名分が必要だったのです」

 張舜は龍杖の先を地面に叩きつけて席を立った。

「大義名分だと? くだらない闘争に孫を利用したのか!」

 秦祜は書簡を再び祖父に差し出した。

「この書簡に免じ、どうか力をお貸し下さい!」

 張舜は声をこわばらせた。

「血盟書まで持ち出すとは。陛下も愚かな……。これが無ければ、殿下の首が身体から離れていますぞ! ……梨鳳よ、祖父の不甲斐なさを許せ!」

 秦祜は額を地面に三度叩きつけた。


 ――何故、このような事を。雄王などこの手で仕留められます。

「……で、殿下っ!」

 手を伸ばした先には何もなかった。

「……起きられましたか」

 隣から静かに問いかける声が聞こえ、梨鳳は目を開いた。

「あなたは……」

「名乗るほどの者ではございません……」

 目がまだかすれ、姿はボケていたが女性という事はわかった。

「あなたが……助けてくださったのですか……」

「死にかけていましたから助けましたが、今は何も思慮されないのがお身体の為です」

 言葉を聞き終える前に梨鳳の意識はまた遠のいた。

 数刻後に目を開けた時、梨鳳はまだ身体を起こせなかった。

「うっ……」

 すると、再び声が聞こえた。

「動けないですよ。息をしているだけでも奇跡なんですから」

「そうですか……助けていただき……感謝します……」

 梨鳳は感謝の言葉を伝えるので精一杯だった。


 数日後、梨鳳はやっと立てるようになった。

 ゆっくり歩きながら部屋の大きな窓に近づいて木窓の片側を開けた。

 自分がどこにいるか瞬時に分かった。

 気候が寒々しい北の地・冀燕。翠魏とは商人の往来だけの交流だったので、実際にこの地に来たのは初めてだ。

 辺りには雪が少し積もっていた。

「雪なんて子どもの頃以来だな……」

「……もうお立ちになって大丈夫ですか?」

 背後から聞き慣れた女性の声だ。

 梨鳳はゆっくりと振り返った。

「まだあなたのお名前をうかがってませんでしたね。何とお呼びすれば……」

「……惠玲です」

 そういうと手に持った薬の椀を机に置いた。

「薬です。もう自分で飲めるでしょ」

「あぁ、今まで煩わせて申し訳なかった……」

 椀を手にとって飲み干し、そのまま彼女に手渡した。

「まだ、静養していてください。傷口は塞がりましたけど、過度に動いたらまた開きます」

「あ、あぁ、ありがとう」

 そういうと彼女はテクテクと部屋から出ていってしまった。


 部屋を出た惠玲の前に侍女が進み出て椀を受け取った。

「公主様がわざわざ為さらずとも、この奴婢がやりますのに……」

「良いの。私の医術がどれぐらいの効果なのか自分の目で見たいから」

「公主様が医術だなんて、王殿下に知られたら……」

「黙ってなさいよ。あと、お姉様にもね……」

「言いませんよ。佳玲様はただでさえお忙しいのですから」

「そうね、翠魏の太子妃になるんだものね……」

 惠玲は天を見上げて考えた。

 ――私が医術の力を証明できれば冀燕だって、野蛮な国だと言われなくなるわ。

「惠玲様、あの方は翠魏の方ですよね。身なりを見るに高貴な身分に見えますが……」

「探索はやめましょう。でも、もしそうだとしたら姉様が嫁がれた後に少しは助けになる人がいる事になるかもしれないわね」

 二人で談笑しながら歩いて行った。

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