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10.冀燕滅びの兆し

 冀燕に翠魏使節が到着したのは、日が落ちようとした頃合いだった。城壁の周辺にはまだ戦死した兵士たちの屍が横たわっていた。

「宇文の軍は既に去っているのになぜ兵士たちを埋葬しないんだ?」

「……あの看板を見ろ」

 陸甲が陸乙の言葉の通りに近くの看板を見た。

『屍を葬る者は極刑に処す 冀燕王・(ぼく)(えき)

「とんだ、王命だこと。国の為に戦った兵たちがうかばれないな……」

「他国の事をとやかく言うな。さぁ、城に入るぞ」

 樂榮が陸甲の言葉を遮った。使節団は梨鳳を先頭に粛々と城門をくぐって入城した。


 入城後、梨鳳たちはすぐに王宮へ通され、冀燕王に謁見した。

「国王陛下、此度は突然の事で、救援もできず慚愧に堪えないと翠魏帝も仰っておりました。微力ながら、復興に力添えしたく参上した次第でございます」

 梨鳳と袁卓が使節を代表して挨拶した。

「遠路、痛み入る……。だが、既に涼夏と講和の話しがついているのだ。公主を嫁がせたら復興について協議しようと思う。まずは官宿舎にて休まれよ」

 穆繹が王座から立ち上がった。

「陛下、私は()(ぶん)(れい)()と戦いました。故にお力になれると思い冀燕まで参りました」

 梨鳳の言葉に穆繹は脚を止め、梨鳳の方を見据えた。

「宇文禮貴と戦っただと? それで無事だというのか……」

「残念ながら、無傷ではありませんが……」

 そう言って梨鳳は仮面を触った。

「それでも生きているというのが信じられない。一体、どうやって……」

「力の限り戦ったまでです。陛下も同様に城壁を守られたではありませんか」

「……孤はそなたのような武勇は持ち合わせていないのでな。娘を差し出すしかできなかったのだ」

 すると、袁卓が口を開いた。

「太子妃の妹君はどちらにいらっしゃるのでしょうか。太子妃からの手紙をお渡ししたく思います」

「あぁ……、そうか。嫁ぐ準備をしているので、代わりに受け取ろう」

 袁卓は袖口から取り出した封書を宦官に手渡した。

「太子妃がいたく心配されておりましたので、ぜひ返信を持ち帰らせていただければ幸いでございます」

「その事も本人に伝えよう。この後、宴を用意させた。しばらく前殿にて足を休めてくれ」

 そういうと穆繹は乾坤宮から出ていった。


 後宮へ続く通路を歩く穆繹は、側仕えの宦官に宇文禮貴と戦った梨鳳を偏殿に呼ぶように指示した。

 一人だけ呼び出された梨鳳は袁卓らに心配無用と伝え偏殿に向かった。

 袁卓はすぐに二人を使者団から選抜して追跡させた。


 梨鳳が偏殿に入ると、右の間に穆繹が立って、肖像画を見ていた。

「陛下、使者をお連れしました」

 宦官の言葉に少しだけ振り返り、また肖像画に目を戻した。

「張丞相はお元気かな……?」

 梨鳳は口を噤んだまま、目を見開いた。

「……陛下、どなたかとお間違えではございませんか?」

「ここには誰もいないから、気にするな」

 穆繹が梨鳳に座るよう勧めた。

「どうして私の存在を……」

「惠玲にはすまないことをした……。そなたにもな……」

「……ご存知だったのですか。であれば何故!」

 穆繹は梨鳳に茶を勧めながら、引き出しから書簡を取り出した。

「これが翠魏との盟約でな。見てみるか」

「今更ですね。太子妃となる事は既に決まっていたとでも言うおつもりですか」

「いや、本当であれば佳玲が嫁ぐはずだったのだ。しかし、盟約のままに長女を嫁がせていたら冀燕の国運はもっと早くに終わっていただろうな……」

「それは一体。どういう……」

「ここ数年の我が国は不作に悩まされ、民が各国へ流れ出てしまっているのだ。故に、どうしても盟約通りに翠魏との婚姻を終わらせたかったのだ。佳玲は蝶よ花よと育てた所為で、嫁がないと騒いだら誰の言うことも聞かなかった。そなたは太子に殺されかけたらわかるだろ。こんな未熟な公主を嫁がせたらいつ国が滅ぼされてしまう過ちを犯すか分からない。惠玲に行かせるしかなかったんだ……。成婚により食料や金銀銅が冀燕に送られ、半年でなんとか少しづつ国政の立て直しが見込めるようになったが、ここに来て涼夏の侵攻だ」

 穆繹は嘆息混じりに言葉を締めた。

「……聯姻は国事なのはわかります。私も陛下の考えに同意です……。しかし、気持ちは納得できないんです。今回も公事に託けて陛下に本当の事を聞こうと思って来たのです」

 梨鳳の真剣な眼差しに穆繹は首を横に振った。

「もう嫁いで半年になる……。そなたも仇の妻を想うのはやめなさい」

「今回は姉君を無理矢理にでも嫁がせるのですね……」

「国難に王室が先頭に立たないとな。ワガママはもう通用しない」

「しかし今度は人質も同然です。命の保証もない」

 穆繹は明らかに表情を曇らせた。

「親としては娘には幸せになってほしいものさ。しかし今の冀燕では涼夏の一軍に満たない兵力すら抑えられないのが現実なのだ」

「……それを娘の命で国を守るというのですか」

「愚かな親だと思うだろうな。しかし、これで冀燕の民が守れるなら、天命と受け入れるのみだ」

 確かに冀燕の力が問題なのは誰しも明らかで、梨鳳自身が無力なのは言わずもがな。

 穆繹は席を立ち上がった。 

「……もし、冀燕に何かあれば翠魏にいる娘はどうにか力添えをしてほしい」

 梨鳳も後をおって立ち上がった。

「本来は他国の事に手出しするべきではないのはわかっていますが、涼夏が公主を迎えに来るまでに私兵を駐屯させていただけませんか。もちろん、宇文禮貴を討ち取れるとまでは断言できませんが、退けることはできます。それに奴も国の正規軍を動員できている訳ではないようなので、翠魏から援軍を呼ぶ時間稼ぎができます。どうか、お考えください……」

「国主でも簡単には決められない……」

 すると、外から扉が敲かれ、宦官が入ってきた。

「陛下、惠玲様からお手紙です」

 穆繹は手紙を開いて中身を読んだ。

 読み終えてから手紙を梨鳳に手渡した。

「……翠魏は冀燕を見放すようですな」

 梨鳳は手紙に目を通した。

「……これが翠魏の態度と思わないでいただきたい。太子妃が本心からこんな事を書くとは思えません」

 すると梨鳳は光に手紙をかざすと、薄く透けた部分を発見。すぐに蝋燭台の上で軽く炙った。


  父上、私の手紙が誰かに書きかえられるかも知れませんのでここに追記します。

  どうか、翠魏の張丞相に救いを求めて下さい。

  ()()()が必ず力になってくれます。


 この透かし文字を見た穆繹と梨鳳は互いに視線を交わした。

「本当に信じても良いのだな?」

「公主の名にかけて、命に代えても冀燕をお守りいたします」

 梨鳳は手紙を穆繹に返すと、拝礼して偏殿を出ていった。

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