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6話 犯人について聞きましたか?

 王城の医務室は、緊迫した空気で満たされていた。

 普段は薬草の匂いが穏やかに漂うこの場所も、今は慌ただしく動き回る侍医たちの足音、抑えられた声、そして微かな金属器具の触れ合う音に支配されている。


 部屋の中央に置かれた寝台には、青白い顔をした姫様が横たわっていた。腹部に巻かれた分厚い包帯には、まだ新しい血が滲んでいる。侍医たちが懸命に治療にあたっているが、その表情は一様に険しい。


 当然だ。姫様の呪いはまだ残っている。姫様が弱った影響か呪いの効果は薄まっているが、それでも――残っている。

 その影響で治療する侍医たちが治療しては倒れる、また一人、また一人と倒れていく。

 それでも懸命に直そうとするその姿には感謝の言葉しか思いつかなかった。


 僕は、部屋の隅で壁に背を預け、ただその光景を見つめることしかできなかった。自動人形である僕には、涙を流す機能はない。だが、もし人間だったら、きっと嗚咽を漏らしていたはずだ。

 自分の無力さが、鉛のように重くのしかかる。あの時、僕がもっと注意していれば。僕が、もっと強ければ。後悔の念が、思考回路を焼き切るように巡る。僕の手には、まだ姫様の血の感触がこびりついている気がした。


「サチ!姫は大丈夫か!?」

 

 ふとドアが蹴破られる。あまりにも慌てたマスターがそこにいた。

 

「マスター静かにしてください」

 

「何を言う!私は至って冷静だぞ!騒がしくもない!騒がしいと言うのならばサチの方が騒がしい!」

 

 そのうるささに侍医にジロリと睨まれた気がした。

 ああ、これはダメだ。僕は尊敬――あくまで尊敬――の念を込めて、マスターに腹パンをした。

 

「ぐえ……」マスターは呼吸困難に陥る。苦しそうだ。

 

「失礼しました」そう言って医務室を後にしたのだった。


 医務室を出たところで、マスターの呼吸が回復する。

 

「サチよ!何をする!」

 

「『静かにしてください』を直接腹に伝えただけですよ」

 

「なに!?どういうことなんだ姫は?姫は大丈夫なのか?むしろ無事は姫なのか?」

 

 ああ、自分よりも混乱している人を見ると落ち着くと言うのは本当なんだなぁと思った。

 

* * *


 しばらくして、朝日が昇る頃、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。

 治療にあたっていた筆頭侍医が疲れた顔でこちらに歩み寄ってくる。

 

「エウロパ様。峠は……越えました。出血も、なんとか。ですが、予断は許しません。しばらくは、絶対、安静です……」

 そう言い放って地面に倒れ込む。呪いの影響だろう。

 

「……ありがとう」

 

 マスターは短く応え、深く息を吐いた。ほんの少しだけ、冷静さを取り戻したようだ。

 筆頭侍医の助手達が倒れた彼を背負いどこかへ歩いていくのを見届けて、僕は口を開く。


「マスター落ち着きましたか?」

 

「うん?私はもとより落ち着いていたが?」

 

 本当にこの人ってやつは……

 

「マスター……姫様は……」

 

「わかっている。危険な状態だ。傷もそうだろうが……それよりも問題は……」

 

 マスターは言葉を切り、苦々しげに顔を歪めた。

 

「誰がこんなことをしたのか?ってところだ」

 

「犯人について聞きましたか?」僕は掠れた声で尋ねた。

 

「庭園には何の痕跡も残っていなかったそうだ。まるで、影のように現れ、影のように消えた、と」

 マスターの口調には、抑えきれない怒りが滲んでいた。

 

「そんな訳があるか。ここは王城だぞ!」

 

「それってつまり……」

 

「……言わすな」

 

 犯人はこの城の中にいる。そういうことだ。


「姫の呪いは成長する。どこまででもな。それを危険視する輩は多い」


「誰が犯人でもおかしくないと……」


 マスターはコクリと頷いた。


「姫が目覚めるまで私がそばにいよう。これ以上姫に何かがあると危ない。サチ、お前は……自由にしろ……わかるな?」

 

「了解しました、マスター」

 犯人を探し出せ、という意味なのだろう。


 

* * *

 

 

 内部の人間が犯人なら僕たちの手の内が知られている。ならば、正攻法で調べても証拠を挙げるのは難しいだろう。

 ならば、犯人の想定外の方法を使って調査する必要がある。そう、イレギュラーな何かで。

  

「と言うことでホズミさん。何か手がかりはありませんか?」

 

「なんでウチにきたっすか」

 人払いを済ませた地下牢でホズミは静かに疑問を呈した。

 

「だって確実に部外者じゃないですか」

 

「部外者って……ひどい言い草っすねー。ウチだってサチさんの友人っすよ?」

 

「え、そうだったんですか?」

 

「ひどっ!」


 いや、実際、友達かと言われるとまだNOよりじゃない?

 

「とまぁ、何か犯人を見つけるための魔道具はないかなと思いまして」とダメ元で聞いてみる。

 

「……そうっすねぇ。そんな都合の良い魔道具があるかと言われると何ともっすねー」

 

「やっぱり、そうですか……。やはり僕が犯人の顔をきちんとみていれば……」

 

 僕が肩を下ろしていると、ホズミが「あっ」とつぶやいた。

 

「サチさんって確か一応自動人形(オートマータ)っすよね?」

 

「ええ、まぁ。人形をやらせてもらっていますけど」

 そう言って手首を360度回転して見せると、「おお本当に人形だったんすね」と驚かれた。


「だったら!もしかしてアレが使えるかもしれないっすね〜」

 

 そう言うとホズミは巨大なバックパックを魔法で呼び出した。そしてその中に潜る。

 ガサゴソとガサゴソとうごめくバックパックからホズミが吐き出されると、その手には小さく四角い物体が握られていた。


「USBメモリ?」


 僕の記憶の中で最もその形状に近い単語をつぶやいてみる。

 

「これは『記憶拡張パッチ』というやつらしいっす。何でも自動人形の記憶力を向上させる機能があるとかって噂っす」

 

 ……それってソフトウェア的な?え、僕ってそういう機能あるの?そんなMacみたいな存在なの?


「これを使ったら犯人の顔が思い出せるんじゃないっすか?」

 

「……!それを譲ってください!」

 

「タダで譲るわけないじゃないっすか!ウチは『魔道具売りの狐耳屋』っすよ?」

 

「人命がかかってるんですよ!」

 

「そんな言葉よりも聞きたい言葉があるっすねー?」

 そう言ってホズミはUSBメモリ(仮)をひらひらさせる。

 くそぉ憎たらしいが言っていることも一理ある。姫様の大事だというのに。

 

「……えっと〜」

 僕は狐耳屋と交渉できるようなものを何も持っていない。どうしたらいいんだ……?

 

「サチさんのコスプレ写真集」

「!?」


「なんだかわからないっすけど、とても需要がありそうな気がするんっすよねぇ」

 

「……後払いでいいですか?」

「もちろんっすよ!」ほんといい性格してるよこの狐は!


 僕は握手と共にUSBメモリ『記憶拡張パッチ』を受け取った。

 

 

「そんで、どうに使うんですかね?」

 

「ああ、それは自動人形(オートマータ)の首の後ろに……おっ、あったっすね」

 

 その発言と共に僕の首に『記憶拡張パッチ』が差し込まれる。



 

 「うおおおおおおおおお」

 

 瞬間、脳の調子が一層クリアになった気がした。

 まるで曇っていたガラス窓が一気に磨かれたように、視界、いや、思考そのものが鮮明になる。今まで靄がかっていたような記憶の断片が、パズルのピースがはまるように次々と繋がり、像を結び始めた。


「ど、どうっすか? サチさん? 何か思い出したっすか?」

 

 ホズミが期待と不安の入り混じった顔で僕を覗き込む。地下牢の薄暗い明かりが、彼女のぴこぴこ動く狐耳を照らしていた。


 僕は目を閉じ、意識を集中させる。あの夜の庭園。月明かり。姫様の無邪気な笑顔。そして――突如現れた影。


(そうだ……あの時、僕は確かに見たはずなんだ)


 拡張された記憶領域にアクセスする。断片的だった映像が、スローモーションのように再生される。

 影。人影。庭師だと思い込もうとした、あの姿。

 違う。庭師なんかじゃない。黒い布で口元を隠している。


 月明かりに一瞬照らされた横顔。その冷徹な目は……。


 

「こら! ホズミまた脱獄しておったか!」と突如、牢屋の入り口から衛兵さんがやってきた。

 

「ちがうっすよ!今回はサチさんが出してくれたっすよ!?ね?」


「ああ、いいんですよ衛兵さん」


 ――その冷徹な目はこの衛兵とそっくりだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 なにかがあった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あれ、ここは?」

 

 月明かりが静かに差し込む病室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。聞こえるのは寝台で眠る姫様の、か細く、しかし規則正しい寝息と、部屋の隅で山のような書物に埋もれるマスターの時折かすかに響くページをめくる音だけだ。


「サチか?」

 

「はい。そうですよ?」


「サチよ。ご苦労だった」

 何かがおかしい。まるで記憶が飛んだかのような――


「一体何が……?」

 

「お前に自分の記憶を消すように命令した。お前に頼まれたからだ」


「え……?なぜ?」

 

「さぁな、何か忘れたい事をやってしまったんだろう」

 

「忘れたいこと……」心当たりはある。僕はあの衛兵に……

 

「だが暗殺未遂の犯人はお前のおかげでわかった、衛兵だ。勤続30年、忠臣として名高い、とても真面目なあの衛兵だ」

 

「ということは……」


 とある可能性に思考が届き、言葉を失う。

 

「ねぇ……寒いよ……」

 姫様の声が室内に響く。どうやら起きたわけではなく、うわごとのようだ。

 

「パパ……?ねぇ……だっこして……」

 

 訪れる一瞬の沈黙。

 そうか姫様が本当に会いたいのは――

 

「……マスター、僕たち以外の見舞いに来た人はいましたか?」

 

「誰も来ていない」

 

「やっぱり、そうですか……」

  

 マスターはただ静かに、姫様の寝息に耳を澄ませているようだった。

 その背中が、今はとても重く、何かを守るために耐えているように見えた。


 ならば僕が、変えなければ――だってそれが異世界人の責務でしょ?


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