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4話 不思議な魔道具売りの狐耳屋っす!

 それから僕は正式に王城で雇われることになった 。

 役職は宮廷魔術師補佐官 兼 姫様専属侍女だ 。

 『侍女』というワードに思うところがないわけではもないが、否定もできないので認めるしかない 。マスターが国王陛下にどう説明したのかは知らないが、「姫の呪いに影響されない稀有な存在」であり「宮廷魔術師エウロパの所有物でもある自動人形」という点が決め手になったらしい。正直、人権どこ行った感は否めない。


 かくして、僕の奇妙な二重生活が始まった。


 午前中は、主にマスター……エウロパの研究室で過ごすことが多い。補佐官とは名ばかりで、実際は雑用係兼実験体だ。「サチ、この装置の上に乗ってくれ、なに体重を測るだけだ」「サチ、この電気に触ってみてくれ。まぁ感電するかもしれんが」「サチ、ちょっと身体の内部構造を見たいから分解させてくれ」などなど、無茶苦茶な命令が飛んでくる。もちろん最後の命令は全力で拒否するが、「命令だ」の一言で身体が勝手に動くので油断も隙もあったもんじゃない。


「マスター、いい加減にしてください! 僕だってプライバシーとか……」

 

「人形にプライバシーなど無い。それに、君の体は学術的にも非常に貴重なのだぞ? 協力したまえ」

 

 マスターは相変わらずの調子で、僕の反応を見てはククと笑っている。時折、男だと知っているはずなのに、わざと「いやー、サチは可愛いなぁ。この肌、この曲線美……」などと言いながら妙な手つきで触れてこようとするので、そのたびに飛び退く羽目になる。セクハラとパワハラの権化だ、この魔女。


 そして午後は、姫様の専属侍女としての時間が待っている。

 こちらはこちらで、また違った意味で気が抜けない。


「サチー! 今日は何して遊ぶー?」

 

 僕が姫様の部屋を訪れると、姫様はいつも満面の笑みで駆け寄ってくる。そして、ためらいなく僕に抱きついてくるのだ 。その度に、小さな体温と、初めて触れ合える喜びが伝わってきて、僕の心も少しだけ温かくなる 。


「今日は、お庭でお花でも見ますか?」

 

「うん! サチと一緒ならどこでも楽しい!」


 姫様の侍女としての僕の仕事は、主に話し相手と遊び相手だ。着せ替えごっこは初日ほど頻繁ではなくなったものの、時折マスターが用意したタンスから新しい服を出してきては「これ着てみて!」とせがまれる 。メイド服やら、騎士風の鎧やら、果ては踊り子の衣装まで……。そのたびに羞恥心で爆発しそうになるが、姫様の嬉しそうな顔を見ると、強くは拒否できない 。完全に絆されている自覚はある。


 他の侍女たちは、僕のことを遠巻きに見ている。「呪われた姫様に触れても平気な不思議な人形」として、好奇と少しの恐怖が入り混じった視線を向けられることが多い。彼女たちは姫様に直接触れることができないため、必然的に僕が姫様の身の回りの世話――手を取って歩いたり、髪を整えたり(人形の僕にそんな技術はないので、真似事だが)――をすることが多くなった。


「いいなぁ、姫様と手を繋げて」

 

 ある日、年配の侍女がぽつりと言った。その声には、羨望と、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。姫様がいかに周囲から愛され、同時にその呪いによって孤立しているかを改めて思い知らされる。


  

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 僕がこの世界に来てから幾日か過ぎた夜――

 自室(マスターの研究室の一角に仮設された、カーテンで仕切られただけのスペースだが)に戻ると、奇妙なお客さんがやってきていることに気がついた。

 

(だれだ?)


 輝く山吹色の髪、ぴこぴこと動く愛らしい狐耳、ふさふさとした三本の尻尾を持つ……まさしく『狐っ娘』と呼ぶべき少女だった。そして、さらに気になるのはその服装。紅白のコントラストが鮮やかな巫女装束。

 一目で只者ではなないと察することができた。

 

「どーも、どーもっす!ここがエウロパさんの研究室っすか?」

 

 狐っ娘は僕に気がついたのか妙に明るい声で話しかけてくる。

 

「そうですけど、あなたは?」

 

「はい!"ガラクタと名品は紙一重、不思議な魔道具売りの狐耳屋"っす!」

 

「商人?」

 

「端的にいうとそうっす!エウロパさんは留守っすかね?留守なら留守でいいんっすけど、会いたいわけじゃないし」

 

「えーとアポの予約は伺ってないですけど」

 

「そりゃあ許可なんてとるわけないじゃないっすか」

 

「衛兵さーん!衛兵さーん!不審者ですー!!」僕は大声で王宮内の衛兵を呼ぶ。

 

「ちょっと!?なにやってるんっすか!?や、やばいっす!」

 

 そう言って狐っ娘は窓の外に飛び出して行った。押し売りセールスは追い出すに限る。

 


* * *


 

「サチさん、ひっとらえましたよ!」

 

「くっそーつかまったっす」

 

 衛兵さんに連れられてやってきたのは、王城の地下にある牢屋、いわゆる地下牢というやつだ。

 その鉄格子の中に、さっきの狐っ娘――狐耳屋と名乗った少女が、不貞腐れた顔で座り込んでいた。ふさふさの三本の尻尾は力なく垂れ、ぴこぴこ動いていた狐耳も今はしょんぼりと項垂れているように見える。


 「むー……こんなところに閉じ込めるなんて、ひどい扱いっすよー! 人権侵害っす!」

 

 狐っ娘は僕と衛兵さんに気づくと、鉄格子にがしっと掴みかかりながら抗議の声を上げた。まだ元気そうだ。


「不法侵入者の言うセリフか」

 

 衛兵さんが呆れたように呟く。まったくもってその通りだ。


「だからー、侵入じゃなくて、商談っすよ! 商談!」

 

「アポなしで忍び込むのを商談とは言わん」

 

「うぐぐ……」


「何を遊んでるんだホズミよ」

 声の方を向くとマスターが呆れた顔で立っていた。


「エウロパさんどうなってんっすか!?こっちは呼ばれたから来たっすからね!?」

 

「いや、どうもこうも普通アポぐらいとれよ。王城だぞ?」

 

 そう言い捨てるとマスターは衛兵さんに出ていくようジェスチャーをした。それに従って衛兵さんは外へ出ていく。


「えーと、お二人はどういう関係で?」

「腐れ縁だ」「親友っす」

 うーん、なるほど分かりやすい。


「確かに手紙で来て欲しいとは伝えたが、来る日ぐらい教えてくれなければこちらも対応できんぞ」

 

「めんどくさいっすねー」

 

「っと、サチにも紹介しておくか。こいつは、ホズミ・リンゴ。商人 兼 転移の魔女だ」

 

「転移の魔女?」

 

「こういうことっす!」そう言い終わるのが早いか、ホズミの姿はだんだんと消えてゆく。


「ど、どこ行きました?!」

 

「後ろっすよ」

 振り向くと2つの狐耳がピコピコと動いているのが見えた。


「とまぁ、こんな風にワープにまつわる魔法が使える奴なのだ」

 

「どーもっす!」

 

「す、すごい……!」

 

 だから研究室に誰にも気づかれずにくることができたのか。

 

「むっ!私の方がすごいからなサチよ!私は"かの"創造の魔女だからな!」

 

 かのって言われても、どのなのか知らないし……マスターの魔法は何度も見ているから目新しさはない。

 

「ふーん」

 

「サチよ!私に辛辣すぎないか!?」

 

「それで商談のほうはどうなってるっすか?」


「あーそうだったな。1つ商品を売ってくれないか?魔道具を仕入れてるのだろ」

 

「魔道具ってなんですか?」

 

「魔道具ってのは何かしらの魔法が込められた、またはテクノロジーを粋を集めた道具の総称のことっす!」

 

「誰かが『魔法と科学の見分けがつかないのなら、もうまとめて魔法として扱ってしまおう』と言ったのがきっかけで大きく広がった名前だったはずだ。便利な言葉万歳だな。エンドユーザからは魔法か科学なんてどうでもよいのだ」

 

「たとえば、デジタルカメラとか知ってるっすか?あれも魔道具っすよ」

 この世界デジカメあるのかよ。


「それで何が欲しいっすか?」

 

「『手鏡』はあるか?」

 

「ちょっと待ってくださいっす」

 

 そう言うとホズミの後ろに巨大なバックパックを持ってきた。ホズミの体と比べてもそれよりも圧倒的にデカい。

 はち切れんばかりに中身が詰まっているのが一目でわかる。ちょんと突けば火山のように内容物をぶちまけそうだ。このリュックサックの中身が商品なのだろうか。ぐちゃぐちゃにシェイクされた弁当箱のようになっているのが容易に想像できて怖いな。

 

 「『手鏡』あったっすかねぇ」

 

 そう言って狐耳屋はバックパックの中に潜り込んでいった。

 その行動自体も驚きだが、バックパックにまだ人一人入るスペースがあることに驚いた。限界は超えるためにあるのだと思い知らされる。彼女が中で何かを探しているのか、バックパックがガサゴソとうごめいている。まるで何らかのモンスターのようだ。

 うごめく商人袋、勝手に名付けてみる。うごめく商人袋がうごめなくなると、狐耳屋が上の口から吐き出された。よかった、まだ消化はされていなかったようだ。


「はい『手鏡』あったっすよ」

 

 その手元には手のひらサイズの、装飾が施された鏡が握られていた。


「これって何に使うものなんです?」

 

「登録した人の日常を覗き見ることができるっすよ!」

 

「犯罪だ!!!どう考えても犯罪にしか使えない奴だ!!」

 

「ククク……これさえあれば……サチのあんな姿やこんな姿を……ふふふ……」

 

「しかも僕に使う気なんですか!?」

 

「当然であろう?」



「なぜそこで胸を張るんですか!? 僕のプライバシーはどうなるんです! ホズミさん、こんな危険なもの、売らないでください!」

 

「そりゃあ、ちゃんとした対価を支払ってくれるなら売るっすよ。商売なんすから」

 ホズミはあっけらかんと言った。

 

「残念だったなぁ、サチぃ?」マスターが憎たらしい顔で笑う。うっわー、本当に腹が立つ!

 

「それで、対価はどれくらいなんだ?」

 

「けっこう貴重な品っすから〜そうっすね〜金貨30枚は欲しいっすね〜」

 

「ふーむ、サチのパンツじゃダメか?」

 

「ダメに決まってるでしょ!」「ダメっすよ!」

 僕とホズミの声が綺麗に重なった。

 

「そ、そうか……。ふむ、思ったよりも高いな……。こういう時は……そうだ、創造〈金塊〉」

 

 マスターがそう呟くと、目の前に鈍い金属光沢を放つ金の延べ棒が出現した。

 

「贋金じゃないですか!」

 

「何を言う! これは正真正銘、本物の金だぞ! ただ魔法で創り出しただけだ!」

 

 この魔女、しれっと禁忌を破ってくる! 倫理観はどうなっているんだ!

  

「そもそも、エウロパさんは知ってるはずっすよね? ウチは現金取引はしないんすよ。物々交換がポリシーなんで!」

 

 不便じゃないのだろうか、そのポリシー。

 

「おっと、そうだったな。すっかり忘れていた。じゃあ、この金の延べ棒は後で姫に消してもらおうか」

 

 マスターはあっさりと言って金の延べ棒を地面に捨てた。

 

「しかし困ったぞ。金貨30枚と釣り合う物なんて持ってないが……」

 

「そうっすよねぇ、『賢者のペンダント』まだ持ってるっすよね?それなら、十分以上に釣り合うっすよ。でもまぁ……」

 

「……! あれはお師匠様の唯一の形見だぞ? 渡せるわけがなかろう」

 

「そりゃあそうっすよねぇ……じゃあ、そこのサチさんはどうっすか?」

 

「ほう、サチを……。それは……」マスターが一瞬考え込むような素振りを見せる。

 

「僕、売られようとしてる!? だ、ダメですよ、そんなの!」

 

「ということだ。許すわけないだろう、 私の所有物だぞ」

 

「ちぇっ、高く売れそうっすのに!」

 ホズミは残念そうに唇を尖らせた。そもそも人を売買しようとするな。 

 

「まあ、冗談はここまでにしておいて」マスターが咳払いをして、真面目な顔つきになる。


「本題だ。頼んでおいた例の本、きちんと手に入れているだろうな?」

 

「もちろんっすよ」そう言って、ホズミは巫女装束の袖の中から、古ぼけた一冊の本をチラリと見せた。革装の表紙は擦り切れ、タイトルは隠れて見えない。

 

「この本だ、いくらだ?」

 

「いや〜この本は仕入れるに苦労したっすよ。金貨50枚くらいになるっすね」

 

「……ふむ……『賢者のペンダント』で足りるか?あいにくこれ以上のものは持ち合わせてないのだが」

 

 え。それは師匠がさっき大切にしているって言っていた……


「ちょうど価値が釣り合うっすけど、本当にいいんすか? 自分で言っておいてなんすけど、それ、エウロパさんにとって、すごく大切なものっすよね?」ホズミが確認するように尋ねる。

 

「……まぁな、大切なものだ。とてもな」

 

マスターはそう言うと、どこか吹っ切れたような、穏やかな表情で胸元からペンダントを取り外した。銀の鎖に繋がれた、青い宝石が埋め込まれたペンダントだ。

 

「……この本、貴重なだけで、そんないいことが書かれてないっすよ?そんなアイテムのために手放すんっすか?」


 

「それを決めるのは私だ」

 

 そしてマスターは『賢者のペンダント』を渡すとともに一冊の古びた本を受け取った。

 その本の表札には『呪いの考察と解呪の歴史』と書かれていた。

 マスターまさか……


「ふむ、目的の品に間違いはないな」マスターは慈愛を感じさせる顔で静かに笑った。


「うんじゃあ、ウチは帰るっすよ、毎度ありっす!」

 

「おう、達者でなー」

 ホズミはひらひらと手を振りながら、地下牢から地上へと続く階段を軽快に登っていった。

 

(……魔法で帰らないんだな)

 僕がそんなことを考えていると、


「こらー! 貴様、脱獄したのかー!」 

「いやいや、違うっすよ! 誤解っすってばー!」

 遠くから衛兵さんの怒鳴り声と、ホズミの慌てた声が聞こえてきた。……まあ、放置しておこう。


 ふとマスターを見るとすでに本を開いて読み始めていた。

 

「マスター……その本は……」

 

「……ああ、姫の呪いを解くための手がかりだ」

 

 マスターはこともなげにそう言った。いつもの不敵な笑みではなく、どこか静かで、真剣な眼差しで古びた本を見つめている。

 僕は息を呑んだ。あの、いつも僕をからかい、無茶な実験に付き合わせ、愉悦に浸っている変態魔女が……姫様のために? 師匠の大切な形見まで手放して?


「もう少しなんだ。もう少しできっと姫の呪いが解ける……」


 マスターの口からこぼれたのは、確信に満ちた、それでいて祈るような響きを持つ言葉だった。さっきまでの僕に対する態度とはまるで違う、静かな熱意。

 その事実に、僕の胸は熱くなった。同時に、目の前の魔女に対する見方が少し揺らぐのを感じる。ただの変態で、僕をオモチャにするサディストなだけじゃないのかもしれない。いや、そうであってほしい、という願望か。


「サチ」

 

 マスターが僕に向き直る。

 

「言わなくても分かっているとは思うが……姫を、よろしく頼む」

 

 その瞳は真剣だった。

 

「決して、あの子を不幸にさせるな」

 

 マスターはそう言葉を締めくくると、本を抱え、書庫の方へと歩き去っていった。

 残された僕は、しばらくその場から動けなかった。

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