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3話 できるだけ、一緒にいますよ

「ガルルルルル」

 

 見よ! 精一杯頑張って威嚇する僕を!これ、言葉1つでやめさせられるんだぜ。


「そう邪険にするなよサチ、何もしないから」


「嘘ですよ。マスターは絶対にスグ僕をペロペロしますよ! そんなの火を見るよりも明らかじゃないですか!!」


「ああ……マスターと呼ばれるのっていいな……想像以上にゾクゾクする」


 ド変態魔女の第二の命令「私のことをマスターと呼べ」により、望んでもないのにマスターと呼んでしまうようになってしまった。

 エゲツねぇよ……自動人形(オートマータ)ってマジエゲツねぇ……意思関係無しに命令を守っちまうんだもん。


「……変態」

 

「うーーん!!いいねぇ!!」とマスターが高らかに叫ぶ。


「ちくしょう!ぶん殴ってやりましょうか!?」


「さっきからうるさいぞ!何してるんだー!」

 

 突如、ドーンという音と共に部屋の扉が開かれた。

 そこには、陽光を反射して輝く純白の髪に、小さなティアラを載せた幼女が立っていた。

 高貴な身分であることを示す豪奢な白いドレス――しかし、よく見ると丈が少し足りていない。だが、肘上まで覆う純白の長手袋と、太ももまである同色のソックスが、肌の露出を巧みに隠している。

 

「あ、姫」

 

 魔女の口からそんな声がこぼれ落ちた。そんな姫の目に映るのはマスターを殴ろうとする僕。


「え、エウロパが襲われてるーーー!えいへい〜えいへい〜!」

 そう言って姫はどこかに走り出した。待て待て待て!誤解を解かなければ!



 * * *

 

  

自動人形(オートマータ)?なんだそれは、かしこいのか?」

 

「もちろんでございます」

 もちろん僕は賢いのだ。


 あれから姫様を必死に追いかけ、僕は悪い人じゃないのだと必死に説得した。

 外から見たら不審者かもしれない、いや実際に不審者なんだろうけど。

 我が主人(仮)はそれを見てケラケラと笑っていた。愉悦趣向がすぎるだろ。

 

「それにしてもその服、お前はもしかして魔女のでしってやつなのか?」

 

「ああ……これは……」

 

 困った。なんて説明したものか。まさかマスターを気絶させ無理やり奪ったものだと言えないよなぁ。

 と救いを求めてマスターに目を向ける。何かを察したのかククと笑いやがった。

 

「姫よ、こやつはな着せ替え人形なのだ」

 

「そーなのか!」

 え?そうなの?

 

「なぁ、サチ?」とマスターはニヤついた顔で尋ねる。

 

「着せ替え人形かぁーすごいなー!すごいなー!」 

 と姫様が無邪気に喜ぶ、おっとこれは断りにくいぞー。

 

「そうです、ワタシ、キセカエ、ニンギョウ」

 

 これが人であるというアイデンティティを自分から捨てた瞬間である。

 

「おお!じゃあ、私もサチであそんでいい?」

 

 え?どういうこと?僕で遊ぶ?人って遊ばれるものだっけ。

 

「ああ、いいぞ。どんな服がいい?」僕の権利である何かを魔女が勝手に許可した。

 

「うーんと、うーんと、可愛いのがいい!」

 

「ということだ、サチよ」

 

 ということだと言われても……僕この世界に来たばっかりだよ?服とか持ってるわけないじゃん。人権もなさそうだし。


「命令だ、脱げ」

 

「はい……って、ええ!? 脱ぐんですか!? ここで!?目の前で!?」と全力で嫌がってみるが、関係ない。

 

 甘い痺れのような感覚が体を走り、僕の意思とは無関係に手がローブにかかる。抵抗しようと唸っても、身体は命令に忠実に動いてしまう。屈辱と羞恥で顔が熱くなっているような気がした。

 ローブがはらりと床に落ち、次にドロワーズに手が伸びる。嘘だろ。

 ――そして、すべての衣服を脱ぎ終わると体の自由が戻ったので、慌てて手で体を隠す。


「女同士だろ?恥ずかしいこともあるまい?」ククと笑いながらそう言い放った。

 いつか絶対に反逆してやる。

 

「一体何がしたいんですか!」

 

「はは、すまんすまん。では、いくぞ」

 

 マスターが軽く指を鳴らす。その瞬間、部屋に満ちていたランプの光とは違う、柔らかな光の粒子が無数に現れた。

 それはまるで蛍の群れのようで、幻想的な光景だった。

 光の粒子は僕の体に吸い寄せられるように集まり、糸のように絡み合い、徐々に形を成していく。暖かな光に包まれる心地よさと、裸を見られている羞恥心が混ざり合い、奇妙な感覚だった。

 やがて光が収まると、僕の体には新しい服が着せられていた。


「どうだ? 今回のテーマはボーイッシュ・エレガンスだ。凛々しさと可憐さを両立させてみた」

 

「おお!すっげー!かわいいー!」と姫様が無邪気にはしゃぐ。

 

 可愛い可愛いと何度も言うのでなんだか照れてきた。そんなに可愛いのかボク?


「おっと、すまん。鏡がないとわからないよな。創造〈ミラー〉」

 

 マスターがそう言うと再び光の粒が集まり、目の前に鏡が生成された。

 そこに写っていたのは――


「え、可愛すぎ」

 

 茶髪のショートボブヘヤーに見れば見るほど魅入るブルーの瞳。質のいい人形のように汚れ1つない白い肌、頬には少し桜色がかかっていて可愛い。まさに昔見たことのあるブランド物の人形そのものだ。いや、それ以上かもしれない。こんな可愛いものがこの世の中に実在するとは……。

 

 それに顔だけじゃない。服装も似合っている。

 紺色のショートパンツに、ダブルボタンの白いブラウス。胸元には上品なリボンタイ。膝下までのニーソックスと、クラシカルなブーツ。仕上げにキャスケット帽が被せられている。

 透き通るような白い肌、少しつり目がちの大きな青い瞳、短く切りそろえられた茶色の髪。中性的でありながら、人間離れした精巧な美しさにその装いは何よりも似合っていた。


「……これ、が……僕……?」


 自分の腕を上げてみる。鏡の中の人形も同じ動きをする。信じられない。こんなにも「完成された」存在が、自分だなんて。


「ほらな、私の言った通りだろう? 超絶可愛い。いや、もはや美しいと言うべきか。この身体を創り出した職人には敬意を表するよ」


「だなーかわいいなーー!」


「ついでに他の服装も用意してやるか。ほれ」

 

 またもやマスターが軽く指を鳴らす。今度は前と比較にならないほど大量の光の粒子があわれた。そして徐々に四角く集まってきたかと思うと目の前にタンスができていた。

 姫様が思いっきりタンスを開けると、中には様々な服が仕舞われていた。まさか、さっきの魔法でこれを全部作ったのか?


「おおーすげーー」


「じゃあなサチよ、あとは姫様の相手をしてくれ」

 

 そう言ってマスターは扉を開けて出て行った。え、相手?

 それはつまり……着せ替え人形になれって……こと?

 男の僕が?幼女に遊ばれろと……?


「サチよ〜あそぼー!」

 と屈託のない笑顔で誘うその顔は天使にも悪魔にも見えた。


「ついでに言っておくがな、不敬があってはならんぞ?姫だからな?」と僕の逃げ口を塞ぐ声がドア向こうから聞こえてきた。


「……姫様あそびましょーね!」

 ええい、どうにもなれー。

 

 * * *

 

「うわー!たくさんあるー!どれにしようかなー!」

 

 姫様は目をキラキラさせながら、タンスの引き出しを次々と開けていく。中には、フリルのついたドレス、活動的なパンツスタイル、異国の民族衣装のようなものまで、ありとあらゆる種類の服がぎっしりと詰まっていた。マスターの魔法、恐るべし。一体どんなセンスをしているんだ。


「まずはこれー!」

 

 姫様が最初に選んだのは、淡いピンク色の、レースとリボンがふんだんに使われた、いわゆる「お姫様ドレス」だった。見るからに甘々で、僕の好みとは対極にある。


「えっと、姫様……それはちょっと……」

 

「似合うよ!絶対!サチ、かわいいもん!」

 

 そう言って、姫様は僕にドレスを押し付けてくる。いや、待て。僕は男だぞ。いくら見た目がこうなってしまったとはいえ、精神は男なのだ。こんなフリフリを着るなんて……!


しかし、僕の抵抗も虚しく、「姫様に不敬があってはならんぞ」というマスターの言葉が頭をよぎる。そして、姫様の期待に満ちたキラキラした瞳。……断れない。断れるわけがない。


「……わかりました。着てみます」

 

 諦めてドレスを受け取る。さっきボーイッシュな服に着替えたばかりだというのに、また着替えるのか。しかも今度は自力で。

 姫様は僕が着替えるのを、ソファにちょこんと座って待っている。その無邪気な視線が痛い。


 ごそごそとキャスケットを脱ぎ、ブラウスのボタンを外し、ショートパンツを下ろす。そして、あの甘ったるいピンクのドレスに袖を通す。自分で着ているのに、まるで誰かに無理やり着せられているような屈辱感があった。


「じゃーん!どうかなー?」

 

 着替え終わり、姫様の前に立つ。自分で自分の姿を見るのが怖い。


「わー!やっぱりかわいいー!お姫様みたい!」

 

 姫様は手を叩いて大喜びだ。その純粋な反応に、毒気を抜かれるような、なんとも言えない気持ちになる。可愛い、か。確かに、鏡を見なくても、この身体なら似合ってしまうのだろう。それがまた、腹立たしいような、少しだけくすぐったいような……。


「次はねー、これ!」

 

 姫様の着せ替えは止まらない。次は、ぴったりとした黒いレザーパンツに、銀の飾りがついたベスト。まるで冒険者のような服装だ。かと思えば、次は巫女さんのような和装が出てきたり、メイド服が出てきたり……。


僕はそのたびに、「えええ……」「まじか……」「もう好きにしてくれ……」と内心で叫びながら、言われるがままに着替えていく。姫様はどんな服を着せても「かわいいー!」「かっこいいー!」「似合うー!」と大絶賛してくれるので、だんだん羞恥心も麻痺してきた。


「ねぇサチ、サチはお人形さんなの?」

 

 一通り着せ替えが落ち着いたのか、姫様がふと尋ねてきた。ソファに隣同士で座り、さっき着せられたメイド服のスカートの裾をいじりながら、僕は答える。


「えっと……まあ、そんなようなものです」

 

 もはや否定する気力もなかった。マスターには「着せ替え人形」だと言われ、実際にこうして着せ替えられて遊ばれているのだから。

 しかし、今がチャンスだ。このままおしゃべりをしよう。着せ替えごっこが終わるかもしれない。


「えっと、姫様の名前ってなんていうんですか?」

 

「名前ー?そんなのないぞー?姫は姫だぞー?」

 

 え?名前はない?この世界では役職で呼ぶのか?いや、マスターにはエウロパって名前があったよな。


「?それはどういうことなんですか?」


「えっとなー私は聖女なんだけど、呪われた聖女だからさー名前もらえなかったー」

 名前をもらえない……?そんなこと……あっていいのか?

 

「呪いって……なんですか?」


「あんなー私が手でふれるとなーこうやって」

 

 姫は長い長い白い手袋を脱いで、マスターが作ったタンスに素手で触れる。――その瞬間タンスは跡形もなく消滅した。


「え?」

 

「私なーどうやら魔力を吸い取る力があるらしくてなーふれると魔法は消えてしまうんだー。だから避けられてるんだー」

 

 その声は明るく振る舞っているようでもなく、暗くなっているでもなく。ただ、ただ当然だというような口調だった。

 

 僕は、僕の胸の奥で何かがチクリとした。

 このあどけない顔の向こうにどれほどの苦しみを抱えているのか。考えるだけで辛かった。

 その苦しみを癒そうと僕は姫様の小さな手を握る。


「あ、わたしにふれるとだめ!!!――ってあれ?……なんで気絶しないの?」

 

「?姫様?」

 

「あれ、サチは、ふれても……だいじょうぶ……なの?」

 

 僕がどういうことかと困惑していると姫様が言葉を紡いだ。

 

「私が触れた人間は……みんな……魔力すいすぎて……眠っちゃうんだ……でも……」

 

「……僕は人間じゃなくて人形ですから姫様」

 

「そっか!じゃあ触れても大丈夫なのか!そっか!そっか!」


 姫様は堰を切ったように僕の手をぎゅっと握り返してきた。さっきまでのどこか諦めたような、達観したような表情は消え、年相応の、いや、それ以上に純粋な喜びがその小さな顔いっぱいに広がっていた。


「すごい!すごいよサチ!あったかい!サチの手、あったかい!」


 ぶんぶんと僕の手を振り回しながら、姫様はきゃっきゃとはしゃいだ。その勢いに僕はよろめきそうになる。メイド服のスカートがふわりと揺れた。


「ちょ、姫様、落ち着いて……」

 

「だって!だって!初めてなんだもん!誰かの手に触れるの!お父様も、侍女たちも、誰も触らせてくれなかった!エウロパは前まで触れたけど、最近は布越しじゃないダメなんだもん!」

 

 次々とあふれ出す言葉は、今までどれだけ寂しい思いをしてきたかを物語っていた。呪いのせいで、一番基本的な人との触れ合いすら許されなかったのだ。その孤独を思うと、僕の胸は締め付けられるようだった。さっきまでの着せ替えの屈辱なんて、どこかに吹き飛んでしまった。


「……そう、だったんですね」

 

「うん……でも、サチは大丈夫なんだ!ね!もっと触っていい?」

 キラキラと輝く瞳が、僕をまっすぐに見つめる。断れるはずがない。


「……はい、どうぞ」

 

 僕が頷くと、姫様は嬉しそうに僕の腕を取り、自分の頬にすり寄せた。くすぐったいような、温かいような感触。そして、そのままぎゅーっと抱きついてきた。小さな体全体で初めて得た温もりを確かめるように。


「わー!サチ、柔らかい!本物のお人形さんみたい!」

 

「……まあ、人形ですから」

 

 またその言葉か、と内心でため息をつく。でも、今はそれでいいのかもしれない。この子の孤独を少しでも癒せるなら、僕は「触れる人形」でいよう。男としてのプライドとか、元の人間に戻りたいとか、そういう気持ちは一旦脇に置いて。


「ねぇ、サチ、ずっとここにいてくれる?」

 僕の手に抱きついたまま姫様が不安そうに尋ねる。


「え?」

 

「だって、サチがいなくなったら、私、また一人になっちゃう……。エウロパは最近、時々しか来てくれないし……」

 

 その声は震えていた。初めて得た繋がりを失うことへの恐怖。


どう答えるべきか迷った。僕はマスターの所有物になってしまった。ここにいるのも、マスターの気まぐれかもしれない。でも、この子のこんな顔を見て、無責任なことは言えない。


「できるだけ、一緒にいますよ」

 

 まぁいっか!なるようになれー!


 

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