表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

2話 何から聞きたい?

「これでよしっと」

 

 魔女が気絶していることをいいことに、見つけた縄で椅子に縛り付ける。これで目が冷めても何もできないだろう。これは自衛策であり、決してやましいことはない。


「とりあえず、服を探しますか……」


 部屋を見渡すとタンスを見つけたので漁る。言い訳しようのないぐらい完全な強盗行為だが、勇者だってタンスを漁るのだ。異世界転生者の僕にだってその権利はあるだろう。勇者≒異世界転生者なところあるし。そんな怪しげな理論で自分を納得させる。


「まずは下着ですよね……」


 タンスにある布を適当に掴んで取り出した。

 えっとこれはドロワーズって言われるものだったかな。確か昔の時代の下着だったっけか。

 あの魔女はこれを履いたことがあるんだよな。いや、考えるな。考えるんじゃない。


 ゴクリとツバを飲んで覚悟を決める。亀のほうがまだ早いんじゃないのか?と思えるような速度でゆっくりとドロワーズを履いた。

 それにしてもこのドロワーズ……少し……大きいのか? なんか結構ぶかぶかする。いや、もしかしたら元々こういうものなのかもしれない。初めて履く僕には区別できない。


 それにしても住人を気絶させて下着を盗んでその下着を履く。

 なんだよこれ。完全に変態行為だ。

 もうどう言い訳の仕様がないぐらい変態だ。羞恥で顔が赤くなっているのが感覚でわかる。


「次は服ですね……」


 タンスから出てくるのは怪しげな魔女みたいな服しかない。

 いや、着られるならば別に問題はないのだが、ズボンじゃないというのが男として抵抗がある。今は女の子だけどさ。


「ジーパンとかあればよかったけど仕方がないか……」

 

 異世界だもんね。そう自分に言い聞かせて魔女の服を着る。

 明るい夜のような色のローブだ。おもったよりスラリと着ることができたが、裾が余っていて歩きにくい。


「ん……うぅ……おーい、自動人形(オートマータ)よ。一体これはどういうことなんだー」

 

 完全に覚醒したらしい魔女が、じろりと僕を睨みつける。縛られているというのに、その態度は妙にふてぶてしい。


「目が覚めましたか?」


「ああ、お陰様でぐっすり寝ることができたよ」


「それはよかったです」


「おや、服を着たのかね。なぜ裸のままじゃない。もったいないだろう」


「もう変態を隠さなくなりましたね……」


「純粋に芸術的観点から判断しただけだ。私の薄汚れて汚い服を着ているより、裸の君のほうが美しい」


「なんとも口が回りますね」


「そうそう、1つ聞かせてほしい」


「なんですか」


「人を殴って気絶させ、縄で縛り上げ、その間に服を盗み着る気分はどうだね?」

 

 ニヤニヤという効果音が聞こえそうなぐらい憎らしい顔で魔女が喋った。

 くっ、なんで縛られているのにこんなに余裕そうなんだこの人は!


「どぅした?どういう気分なんだね?ん?ん?」


「恥ずかしいに決まってますよ!!」


「変態の世界へようこそ」


「うるさいですよ!勝手に仲間入りさせないでください!」


 うう……こんな服を着るんじゃなかった。いや、着ないともっと恥ずかしいか。

 女体化してすぐこんな変態の相手とは、ちょっとハードモード過ぎませんか。

 あとそのニヤニヤをやめろ。僕の反応を見て楽しむんじゃない魔女。

 

 そんな感じで睨んでいると突如ノックが鳴り響く。

 その瞬間魔女の顔がこわばる。

(おい、静かにしろよ)と小声で僕に伝えてきた。


『おーい、うるさいぞー』

 ドア向こうから幼なげな女の子声が響く。


「すまん、姫様。研究中の人形が暴れてしまったのだ」


『人形があばれてる?なにをいってんだ?人形はうごかないぞー』

 

「おっと、失礼した。確かにそうだ」


『じゃあきをつけてくれよなー』

 そういって声の主がドア前から離れていくのが気配でわかった。


「ふぅ、ドアを開けられなくて助かった。こんな光景見せられるか」


「今のは?」

 

「この城の姫様だ。とても高貴でとても愛くるしいお方だ」

 ここって城だったんだ……というか姫様?そんな身分の方とタメ口で話せるこいつは――


「私はこの城で宮廷魔術師をやってる。言っておくが王族の次に偉いからな?」


「それでひれ伏すほど僕はこの世界にまだ馴染んでませーん」

 というか先にセクハラしてきたのそっちだし。


「くぅ、どこまでも反抗的な人形だな」


「人形じゃないですー人間ですー」


「いや、現実を見ろ?心臓が動いてない癖に」

 くぅ痛いところを突いてくる。


「ところで、だ。この縄を外してくれはしないか?」


「条件があります」


「人を勝手に縛り付けておいて、条件がありますとは盗っ人猛々しいな。いいぞ、言ってみろ」


「教えてくれませんか?この世界のことや……僕のことを。ついでにあなたのことも」


「……むふ。それは最初から教えるつもりだったし構わない。何から聞きたい?」


「この世界にってどういうジャンルのやつですか?」


「ジャンル?まぁ、かなりと漠然とした質問だな。ふむ、この世界か――」

 ジャンルという言葉にピンとこなかったようだ。この世界がSFかファンタジーかそれともスチームパンクか?簡単にカテゴライズしてくれたら助かるのになぁ。僕がこんなことを考えているうちにも魔女は言葉に詰まり続けてる。

 まぁ世界のことを急に説明しろって言われても困るよなぁ。ワールドスケールだ。

 

「えっと、魔物はいますか?」


「いる」


「魔法はある?」


「ある」


「冒険者はいる?」


「いる」


「完全に理解しました」


「本当か!?もっとこう色々あるだろ!世界ってそんな一部分だけじゃなくないか!?」

 

 なるほどねーそういう系か〜

 

「次の質問です。僕はなんで、おんなの……いや、えっと、人形になっているんですか?」


「ああ……それは……いや、私も全然わからん。宝物庫に忍び込んだら超絶スーパーウルトラ可愛い自動人形が転がっていたから、勝手に起動しただけだ。まさか魂が宿っているとはな」


「……泥棒さんですか?」


「知的好奇心のためには仕方がなかった!」

 

 この魔女の株が一向に上がらない。喋れば喋るほど『駄目』って感じがする。


「自動人形がみんな誰かの生まれ変わりって訳じゃないんですか?」


「ああ、君は特別だよ。通常自動人形は意識があっても意思は持たない存在だ。自動人形の意思は主人の命令によって決められる。つまり主人の命令に絶対服従の道具みたいな存在だな。なのに君は主人の命令を無視するどころか、主人を縄で縛り付けている。学会の連中が聞いたら泡を吹いて倒れるだろうな」

 

「ああ、よかった……命令に絶対服従じゃなくて本当に良かった……」

 

 それはつまり、僕は他の人形とは違う、特別な存在だ。 それはほんの少しだけ嬉しい情報かもしれない。いや本当に。自由意志最高。


「私は命令に絶対服従じゃなくて心底がっかりしたよ。絶対服従なら今頃は……グヘヘ……」

 

 もうキャラ崩壊がひどいことになっているぞこの魔女。最初の知性はどこに消えたんだ?


「ド変態……」


「なんとでも言うがいい、むしろもっと言ってくれたまえ。新しい扉を開きそうだ」


「進化する変態……」

 

 僕はそう吐き捨てても何か喜ぼうとしている魔女の姿をみて、僕はただただドン引きすることしかできなかった。


「そういえばだ、まだ君の名前は聞いていないな。今更だが君の名前を教えてくれないか?」


「ああ、僕の名前はサクラバ コウタロウです」



 一瞬の沈黙。



 


「は?」




 

 

 魔女が意識なく言葉を出し、その口を開けたまま固まる。理解が追いついていないという感じだ。

 一体どうしたんだろうか。僕の名前に特別な意味があるというのだろうか。普通の名前だと思うけど。



 「……え? 今……コウタロウ、と……?」


 「はい、そうですけど」


 「…………も……もしかして……お……男か?」


「え、はい。男ですけど……それが何か?」

 

 魔女の目がぐるぐる廻り、顔はどんどん赤くなる。


 ああ、そういうことか。


「もしかして、僕が女性だと思っていたとか……?」


「ひゃ、ひゃい!?」

 

 緊張からか裏返った声を出している。

 ほとんど別人だこれ。凄くキャラが変わりすぎている。


 「は、へへへ……?本当にコウタ……、お、男の人なんですか……?」

 

 魔女の声が可愛くなる。今までの威厳が台無しだ。いや、元から威厳なんて欠片もなかったけどさ。

 今の魔女はなんていうか乙女そのものに見える。


「はい、そのとおりですよ」


「ああ……あああ!!」


「し、信じられない……嘘だと言ってくれ……」

 ぶつぶつと何かを呟いている。完全にパニック状態だ。


「もしかして~?もしかしてですけど~~?僕が女の子だから同性のノリで変態トークしてたんですかぁ?」

 

 よ〜し!反撃チャンスだ〜〜〜!


「……!そうだ!! まさかまさかその見た目で殿方だと思わんだろうが!! まさかすぎるわ!!」

 

 顔真っ赤のまま逆ギレされた。


「最初から"僕"って言っていたじゃないですか」


「僕っ娘だと思っていたんだ! 内心”僕っ娘めちゃかわえぇ~”とか思っていたんだよ! 男なら一人称を"俺"にしろ! この半端者!だいたい、貴様はなんで"僕が女!?"みたいな分かりやすいリアクションしないんだ! もっと内面を外にだせ! 自らを曝け出せ!」


「変態が何を言ってるんですか!?」


「うるさい! よくも騙したな!」


「勝手に貴女が誤解しただけですよ!」


「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 魔女がヒステリックに叫んだと思うと、糸が切れたかのように静かにうなだれた。

 それでいて妙な圧を感じる。正直不気味だ。


「だが……だがしかし……コウタロウ……男か…………クク……」

 よくわからないけど大丈夫じゃなさそうだ。


「どうしましたか……?」


「貴様のその身体は、まごうことなき"美少女"だ。ならば、その魂が男であろうと、現実に合わせて美少女として生きるのが道理だろう!お前は女だ!」


「そんな横暴な話がありますか!?」


「ある! そもそも前世が男だからって今も男である必要はないだろ!貴様は生まれ変わったのだろう?だったら現世を受け入れて女として生きるのが正しい道だと思うがね!」


「その理論はおかしいですよ!」


「いいや、正しい! いつまで過去に縛られているんだ!? いい加減前に進もう! さぁ今こそ一歩前に踏み出すときだ!」


「なに名言みたいな雰囲気をだして言っているんですか!」


「今の貴様は全世界の女性が羨む最強のボディを持っているんだぞ!?人形みたいな娘どころか人形そのものなんだからな! 可愛い!劣化しない!傷つかない!可愛い!柔らかい!最強! 無敵!」


「そんなに可愛いんですか僕は」


「鏡を見たら貴様にもスグに分かるだろう! 間違いなく世界一可愛い!」


「そ、そんなに……?」


「ああ、私の言語能力で表せないほどに可愛い! 自信を持て!」


「そっか~そんなに可愛いのか僕~」

 やっべ、なんか少しうれしい。


「あっ、いまの表情、ヤバイ、劇カワ、写真撮りたい」


「もっと自分のキャラを大切にしませんか!? 最初の知的なイメージはどこに行ったんですか!?」


「私なんてどうでもいいだろ。今は君の可愛さが全てだ!くそ、なんでこの見た目で名前がコウタロウなんだ……可愛さの神に対する冒涜だ……」


「……そうだ、名前を変えろ」


「え?」


「異世界人はこの世界へ来た際に名前を変えるのが習わしだ。もう生まれ変わったのだからな」


「そうだな、今日からお前は『サチ』だ」


 「そんな急に言われて____」


『――個体名認識。音声パターン照合。コマンドを受理。"サチ"を正式名称として登録します』


 え? なんだ今の?

 謎の機械音声が場に流れた。どこから?自分の身体からだ。


『次にマスターの設定を行ってください』

 マスターの設定……? よく分からないが嫌な予感がヒシヒシとする。


「ほほ~う?」

 魔女が最大限にあくどい笑みを浮かべる。

 これはまずい。脱兎の如く逃げ出す!これは絶対にまずいって!


「遅いわ! 貴様のマスターはこの魔女エウロパだ!」


『コマンド受理。私のマスターは”エウロパ”様でよろしいですか?』

 

 謎の機械音声がまたしても流れる。ヤバイ。これはヤバイ。

 とにかく逃げる! 逃げないと!声の聴こえないところまで!


「もちろんYESだとも! さぁ、私に従えサチよ!」

 

「あーーーーーああーーー何も聞こえなーーーーいーーー聞きたくありませーーーん」


『コマンド受理。マスターを"エウロパ"として登録。初期設定を完了します』


 無慈悲な機械音声が流れた。


「あ……あ……」

 

 瞬間、身体の奥底で何かがカチリと音を立てて繋がったような感覚。

 そして、理解してしまった。

 僕は、この変態魔女の所有物になったのだ、と。

 僕の意思に関係なく、彼女の「命令」には逆らえなくなったのだ、と。


 ああ、神様。せっかく異世界に転生したのに奴隷からスタートってそんなことありますか?


 「くく……貴様は主人に反逆できる特別な自動人形(オートマータ)なんぞではなく、ただ主人の設定がされていなかっただけだったのだな! こりゃ傑作だ! クククク……クハハッハハハハハ!」


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ただただ、絶望に任せて絶叫をする。


「さて、サチよ……最初の命令だ……」

 

 魔女の声が、甘く、そしてねっとりと響く。これから何をさせられるのか……想像もしたくない。ゴクリと唾を飲む。


「この縄をいい加減に解いてほしい……実はとても辛い……痛いし……」


 それは確かにごめんなさい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ