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1話 異世界へようこそ

『――起動を確認』


 凛とした、けれどどこか温度のない声が響いた。

 意識が混濁した水底から引き上げられるような感覚。次に感じたのは、硬質な何かに横たわる背中の感触と微かに漂う古い木と薬品の匂いだった。


「音声は認識できるか? できるなら、目を開けろ」


 命令口調。だが、有無を言わせぬ響きがある。

 ここはどこだろう? 僕は……確か、山から落ちて……。死んだはずじゃなかった? 思考がうまくまとまらない。まるで他人の頭で考えているような、奇妙な浮遊感が付きまとう。


「もう一度言う、聴こえるなら目を開けてみろ」


 あれ?僕は目を閉じていたのか。

 言われるがままに目を開けた。と思う。


 視界に飛び込んできたのは、薄暗い室内の天井。太い梁が渡され、ランプの頼りない光が埃を照らしている。

 そして、僕を覗き込む1つの影。

 

 「……!」


 思わず息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、魔女、としか形容しようのない女性だった。

 艶のある長い黒髪。その上に鎮座する、つばの広い尖り帽子。深い夜の色を映したようなローブは、使い込まれているのか、襟元が少し緩んで白い肩が覗いている。歳は……若く見えるけど、妙に古風な装束なのでギャップがある。

 あと何より印象的なのは、その瞳だ。ランプの光を反射しない深淵のような黒い瞳が無造作に僕を見据えている。

 

「よし。聴覚機能あり……っと。目は見えるな?」

 

 魔女は、手に持った古めかしいクリップボードに視線を落とし、羽ペンで何かをカリカリと書き込みながら尋ねてきた。

 状況が全く飲み込めないまま、僕はこくりと頷く。自分の首が妙に滑らかに、カクンと動いた気がした。

 

「……運動機能、問題なし、と。なかなか上出来だな」


 魔女は満足げに頷き、クリップボードに書き込む。その横顔は驚くほど整っていた。だが、その人形めいた美貌にはやはり感情の色が薄い。


 改めて周囲を見渡す。壁も床も使い込まれた木材でできた、山小屋のような部屋。棚には怪しげな瓶や古書が並んでいる。

 ――死んだはずの僕が、見知らぬ場所で、魔女のような人に色々と尋ねられている。

 この状況……お決まりのパターンがある。まさかとは思うけど……いや……でも……。


「あの……すみません」か細い声が出た。自分の声なのに、どこか聞いたことのない声だ。


「ほう、発声機能も搭載されていたか」女性は少しだけ目を見開いて、僕の顔をまじまじと見つめた。


「これってもしかして異世界転生ですか!?」


「…………」


「…………」


 訪れる沈黙の時間。


 わかってる。わかってるんだ。僕がおかしいことを言ったってことは。でもね、ほら、こういう状態ってそういうパターンが常じゃないですか。

 何かに影響された発想だとはわかっているんですけどね。冷静になってなんか勘違いしているんじゃね的な気分になってきたんだけど。

 早く何かリアクションしてくれないかなぁ。


「君の居た国の名前は?」


 ようやくこの推定魔女が口を開いた。その質問の意図を考えずに即答する。


「日本」


「なるほど、ニホン産か……」

 

 女性は小さく呟きながらクリップボードに追記した。


「よし、じゃあ次は触覚があるか確認だな。よし、少し触るぞ」


「いや、なに次に行こうとしてるんですか!」


「え? 検査の続きをだな……」


「先に僕の質問に答えてくれませんか!?」


「ああ、なるほど。既に伝えた気持ちになっていたよ」


 この人聡明そうな顔立ちしているが、実際はそうでもないのか?


「えっと、異世界転生だったか?その質問にはイエスと答えるのが正解だと思う」


 やっぱり当たってた!さすが僕だな! 完璧な理解能力だ!

 やっぱり本を読むと賢くなるんだなぁ。こんな状態でも対応はバッチリだ!


「じゃあ、ここは日本じゃないというわけですね」


「ああ、まぁそうだな。君にとってはここは異世界だ。君のように別世界から来たって言う人は特に珍しくない。いや、珍しいといえば珍しいが……」


「しかし君は"転生"と言ったか?えーと、つまり一度死んでこの世界に来たのか?」


「はい、一度。死んだと思います。あの状況で生きてるはずがありませんから」

 

 重力に逆らうこともできず、無慈悲に地面に激突するあの瞬間を思い出す。


「だとしたら、相当に珍しいな。異世界人は多くとも異世人で転生者というのは聞いたことない。クク……、これは面白いものを拾ったな」

 

 これは経験則だが、カ行を笑い声にする人にマトモな人はいない。この魔女もおそらく例外ではない。


 魔女が「ああ、そうだ」と小さくつぶやき、帽子を脱ぎ深々と頭を下げ挨拶をする。


「異世界へようこそ。私の名前はエウロパ。君を歓迎するよ」


「あ、ありがとうございます」


「こんなものでいいか?他に気になることがあるなら後にしてくれ。早く君の検査をしたい」


 正直聞きたいことはたくさんあるが、今の僕にはこの人しかいない。

 強く逆らうのはまだ避けた方がいいだろう。


「あとでキチンと教えてくれますか?」

 

 それはそれとして確約はもらっておこう。


「ああ、約束するとも。じゃあ、次の検査だが体は動かせるな?少し立ってみてくれ」

 

 わかりました。そう言って僕は立つ。立ってから、さっきまで椅子に座っていたことに気がついた。

 この非現実感は早くどうにかしないとな。自分の身体がどうなっているのか分からないと言うのはおもしろくない。


「ふむ、いい身体だな。どれ」


 そう言って魔女は僕の()をガッツリを揉みしだいた。



「なかなかモミ応えのある……」


「わぁへゅっ!?!? えっ……!? あ、ああああああああああああああああ!!??」


 悲鳴が部屋に響き渡った。


「うわっ、びっくりした。なんだ、胸触っただけで叫ぶな。()()()()だろ」


 いや、びっくりしたのは僕の方だ!!


 え!? 何どういうこと!?


 胸についているこの2つの大きな物体。まさかこれは!?


 いやそもそも__


「なんで僕は裸なんですか!!」


「減るもんじゃないし、別にいいだろう?」


「うるさぁあああい!!!」



 * * *


 

「そろそろ私のベットから出てきてくれないか?」


「ガルルルルル」

 

 見よ!この他人のベットに潜り込み、身体をすっぽり隠して威嚇する情けない姿を。

 これが僕だとは信じたくない。


「だ、第一! なんで僕はこんな無防備な格好なんですか! せめて何か一枚……! それに、いきなり人の胸を揉むなんて!」


「そこまで怒ることはないだろう。女性同士で胸を揉み合うのはこの世界の挨拶みたいなものなんだ。誤解させてしまったら申し訳ない。邪心があったわけではない。本当だ」


「嘘ですね! 絶対に嘘だ!」


「失敬な。まあ、君はこの世界の流儀に疎いのだろう。無理もない」魔女は鷹揚に頷く。「それに、邪心は一切ない。誓って」


「その割には、なんだか……触り方がいやらしかったですけど!」

 自分で言ってて猛烈に恥ずかしくなってきた。なんで僕がこんなセリフを……!


「いやらしいとは君の主観だろう? いいか、これは文化交流であり、健全なボディチェックなのだ。普通のことだ、普通」


「そんな普通があってたまるか!」

 チッという舌打ちが聞こえてきた。おい、魔女野郎。


「人の胸をもんで何が悪い!!」

 魔女は堂々とそう叫んだ。ある種の自信に満ち溢れた顔である。

 一体どういう心境ならそんな表情でこんなセリフを言えるんだ!?


「ついに本性を出しましたね!」

 ド変態魔女ってことわかってしまった。やはり、カ行で笑う人間にまともな人はいない!


「そもそも君にも非があるのだぞ? その身体……その完璧な造形美! これはもはや人類の、いや、世界の至宝だ。これを前にして平静を保てと言う方が酷だろう。制作者の魂が『愛でよ!』と叫んでいるのが聞こえんか?」


「え……?僕の体が……?」


 そんなにすごいのか、僕の身体。純粋に気になってしまう。

 しかし、布団に潜ったままではよく見えない。魔女に気づかれぬよう、そっと毛布の中で自分の体をまさぐってみる。

まずは腕。……なんだこれ、すごくスベスベしてる。産毛一本ない、磨かれた陶器のような滑らかさだ。生きている、というより精巧に作られた感じ。触れているだけで心地いい。

 次に、問題の胸部。……なんだこの、マシュマロ? いや、もっとこう……とにかく、あるはずのない柔らかさがそこにある。なんでこんなものがついているのか。……薄々気がついているけども。

 最後は下だ。……無い。ナニがとは言わないけど、ナニが無い。代わりに__


「おい、何してる?」


「ヒャッ!!」


 慌てて身体から手を離す。

 

 おかしい、男だったはずの『僕』はどこへ行った? この体との埋めがたいズレに、眩暈がするほどの混乱が襲う。

 僕は一体何に変わってしまったのだ?だって……滑らかな肌、身に覚えのない柔らかな感触。これは、本当に……?

 いや、もう十分だ。もう十分に分かってる。分かってるはずなんだ。


「自分で自分をまさぐるなんて非生産的なことはやめて、私に触らせたらどうだ?」

 

 ヤバい。この魔女、マジで思考回路がヤバい。初対面の相手に言うセリフじゃない。

 こんな危険人物にこの身体を委ねるわけには断じていかない! 絶対に変なことされる! 僕の第六感が警鐘を乱打している!


「ガルルルルルルル」

 

 僕は全力で威嚇をし身を守るのだ。


「わかった、わかった。私が悪かった。悪かったから、な? とりあえず出てきて検査をさせてほしい」


「……どういう検査をする予定なんですか」


「まず、隅々まで触って触覚の検査。これは大事だから念入り__」


「変態!!変態!!」


「いやいや、これは学術的に必要な検査なんだ。我慢してくれ」


「なんで、そんなことをしないとだめなんですか!学術をセクハラの言い訳にしないでください!」


「セクハラ? 馬鹿を言うな。君は『ヒト』ではないだろう?」

 

 魔女の声のトーンが、ふっと変わった。


「君は――自動人形(オートマータ)なのだから」


自動人形(オートマータ)? 何ですかそれ?」


「自分のことなのに分からないのか?まぁ、自動人形(オートマータ)というのは名前の通り自動で動く人形のことだ。つまりだ、君の身体は機械仕掛けなのだ」


「僕が機械……?」

 

 え? そんなことある? 全然そんな気がしないんだけど。


「ああ、そうだ。疑うなら、自分の心臓の音を聞いてみるがいい」

 

 言われて、恐る恐る左胸に手を当てる。柔らかな感触の下……生命の証であるはずの鼓動が、ない。どれだけ耳を澄ませても、どれだけ強く胸を押さえても、何も聞こえない。何も感じない。

 ……嘘だろ? これってつまり……僕は……。


「動いてないだろ?」


 ハハ、乾いた笑いが出てくる。僕はどうやら女の子型ロボットに生まれ変わったらしい。

 つまり僕は男どころか人間ですら無いのだ。少しでも深く考えると頭がどうにかなりそうだった。


「……僕は人間じゃないんですか?」

 

 僕の声が無意識に震える。思考が現実に追いついていないのだ。でも僕の無意識はしっかりと理解していて__


「ああ、君はただの人形だ。だから身体を見られても恥ずかしくないんだ」

 

 そんな僕の弱みに付け込むように、魔女が妖しく囁く。


「僕は人形だから身体を見られても恥ずかしくない……?」


「人形は触られても恥ずかしくないんだ」

 

「僕は人形だから触られても恥ずかしくない……」


「人形はペロペロされても問題は無い」


「僕は人形だからペロペロされても問題は無い……」


「だから好きにさせたまえ!!」

 魔女がベットにダイブする。


「そんなわけあるかぁ!!」

 見事に僕のキックが顎に決まった。


「僕が人間だろうか人形だろうが僕は僕だ!! この恥ずかしいという気持ちは嘘じゃないんだ!!」


「フフ……その言葉が聞きたかった……」

 そう言い残して魔女は満足そうに気絶した。


「え? なにその『実は君の意思を確かめてました』的な……」


 嘘くさい。

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