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ハズレ勇者の気まま暮らし  作者: 桜惡夢
~a legendary life~
8/18

季は移り行き


 楽しい時、充実している時、幸せな時というのは時間が経つのが早く感じられるもの。

 以前の日常と、この世界に来てからの日常とでは時間の経ち方が明らかに違っています。


 まあ、与えられる事が殆どだった状況と、全てを自分で遣らなくてはならない状況とでは、集中力や必死さというのは大違いですからね。そういう意味でも差が有るのは当然だと言えます。

 日々を生きるだけで精一杯だと余計な事を考える余裕も無くなりますから。

 ただ、そこで真面目に働きもせずに楽になる様に悪知恵を働かせてしまい勝ちなのが人間ですから。結局は法律や刑罰というのは必要になる訳です。


 話が逸れましたが、要は今の自分にとって時間はあっと言う間に過ぎる様なものだという事です。

 はい、この世界に来てから1年が経過しました。


 振り返ると色々と有った激動の1年でしたけど、やはり、シエルさんとの出逢いが一番大きな事だと個人的には思います。結婚もして子供も出来たし、アンナ達という家族も出来ましたからね。

 最初がアレだったので、普通なら腐りそうな所をポジティブに考えて行動出来た自分の結果ですが。人の幸せとは、人との繋がりからしか生じない事も気付かされた1年でした。


 まあ、シエルさんと結婚してからはイチャイチャしているばかりだった事は言わずもがな。だって、新婚なんだから仕方が無いんです。会社や御近所の付き合いが有る訳でもないですしね。関わる相手も妻の身内ばかりで、皆さん良い方々ばかりなので。親戚付き合いも苦になりません。

 今の俺は間違い無く人生の勝ち組でしょう。


 1年と経たず、この世界での新年も迎えました。時期的には以前と差が無い為、其処までの違和感は有りませんでしたけど。

 年末年始は陛下達は御忙しそうでしたが、俺達と会う時は普通の家族として、という事だったので、一泊二日で慰労の意味も含めて島の方へと御招待。来客用に新しく別館を建てる位は朝飯前なので。

 御風呂や食事を楽しんで貰えましたし、穏やかな家族団欒の時間を過ごして貰えたと思います。


 さて、そんな俺とは逆の立場に在る勇者達(クラスメイト)

 ゼインセサン王国内のダンジョンを1つ攻略し、再び魔王軍と激突。前回とは違い圧勝。その勢いでゼインセサン国境から大きく押し返した。

 それによって、勇者達と各国の連合軍の間で話し合いが行われた結果、他の国々の戦地を押し返す事によって魔王軍の支配域を削る事に。

 ゼインセサンに一番弱い1パーティーを残して、3パーティーは各国に分かれて戦う事に。

 ゼインセサンに残るパーティーは防衛戦力であり残るダンジョンを攻略しながらレベルを上げる。

 勿論、他国に向かう3パーティーもダンジョンに挑戦してレベルを上げたりもします。遣らない理由なんて有りませんから。


 西側方面担当のパーティーはゼインセサンの西に隣接するユギィウセチ国に移動。ゼインセサン側を押し上げた結果、此方等の戦力にも影響が出た様で魔王軍が立て直す前に一気呵成に攻めて勝利。

 防御態勢を整えた後、勇者達はユギィウセチ内のダンジョン2つを確認し、1つを攻略した。


 因みに、ユギィウセチに有ったダンジョンの数は全部で4つ(・・)。発見時には、2つは未確認だった為、そこは早い者勝ちという事で俺達が攻略しました。まだシエルさんが産休(・・)に入る前の事です。


 それから、ユギィウセチの北西に有る大国であるダノケナ帝国に勇者達は移動。その国土は西側では最大ながらも四分の一が魔王軍との戦地。その為、少しでも押し返したい帝国の要望に応えて勇者達は直ぐに参戦した──のだが、皮肉な事に装備品等の消耗が激しく、多少優勢に出来た程度で撤退したが一時的ではあるが効果は有ったと言えた。

 現在は帝国南部に有るダンジョンに挑戦中。


 東側方面担当の2パーティーは、ゼインセサンの東に有るヨダッケチト王国に向かって直ぐに参戦。此方等もゼインセサンでの押し返しの影響で勝利。戦力的にも上回った為、大きく戦線が北上した。

 その勢いで東隣のニミッキィジ国の西側の領境を回復する事にも成功。そのまま北東部の領境を含む隣国との共同戦線を押し返したかったが、此方等も装備品等の消耗が足止めを余儀無くさせた。

 ヨダッケチトの2つのダンジョンを攻略した後、ニミッキィジのダンジョンに現在は挑戦中。


 ヨダッケチトには更に1つダンジョンが有るが、それはゼインセサンに残るパーティーに残す。西に有る為、移動するのにも時間が掛かる為にね。


 ──とまあ、そんなこんなで実際には1年以上。もう2ヶ月で1年半になる所です。

 いや~、本当に月日が経つのって早いものです。でも、シエルさんの御腹を見れば実感もしますよ。もうね、見るからに大変そうですから。


 さて、そんな我が家では今、10人(・・・)が生活中。

 はい、俺達に加えて新たに5人増えました。

 言って置きますが、奥さんが増えたという様な訳では有りません。シエルさんの為の増員です。


 増えたのは女性ばかりであり、全員が助産経験が豊富で、3人以上の子供を産み育てた経験の有る。何より、既婚者(・・・)という精鋭。

 ……念には念を入れた人選の条件ですが何か?


 彼女達はメイドとしても経験豊富なので家事等も分担してくれているので助かります。

 ただ、楽をする為の増員では有りません。


 一回り上の従姉が居たのですが、彼女が結婚して子供が生まれてから会った時に愚痴っていたのが、産休・育休制度が有ろうが育児そのものの大変さが緩和される事は無い、と。

 その様子からも大変な事は感じましたし、彼女に御小遣いという形で買収され、一晩だけでしたけど子育ての一端を実際に体験してみて判りました。

 想像していたものとは違う、という事を。


 子供──赤ちゃんにが悪い事なんて有りません。しかし、親が悪い訳でも有りません。

 問題が有るとすれば、環境なんでしょう。


 昔は家族や御近所という助けてくれる人が周囲に多かった事や、仕事や生活の形態が違っていたから子育てに時間を割けていた事が大きかったけれど、それが現代では難しくなっている。

 親──祖父母になる家族との関係や距離感の事、御近所との付き合い方、自分達の事を優先する風潮という社会の変化が、子育てをし難くしている。

 その結果、少子高齢化を招いている訳ですけど。まあ、それは今は関係無い話でしたね。


 従姉の子供を介して、子育ての大変さを知った。その経験が有るからこそ、増員には前向き。

 だから、日常生活という事ではメイドさんですら雇うという考えは有りませんが、妊娠・出産・育児では頼れる人には頼る事にしています。

 苦労するのが自分ではなくて、シエルさんの方に比重が傾いてしまう事だけは避けられませんから。男女の性質上、どうしても男には出来無い事は有る訳ですから。それを第一に考えます。

 他の出来る事を遣るのは当然にしても、日常的な仕事も有りますし、柵や規則の少ない自営業ですが遣らなけばならない事も少なくはないので。

 人を頼り、負担を減らす事は大事だと思います。まだまだ子育ては先が長い事ですから。


 まあ、その皆さんはシエルさんとも顔見知りで。小さい頃の話とかも聞けたのは嬉しい副産物。

 照れて拗ねていたシエルさんも可愛いです。



シエル(・・・)~、此方向いて」


「もぉ……また撮る(・・)の?」


「今だけだからね」



 そう言って構えるのは自作したカメラ(・・・)

 この世界での記録──姿絵を見て、出来る事なら思い出としても、しっかりとした物を残したい。

 そう思って試行錯誤(行動)した成果です。

 まあ、カメラが出来たのって、実はシエルさんと出逢う前だったりしますけどね。

 はい。だから結婚式の写真も有りますし、他にも色々と撮りましたから軽く一万枚以上は有ります。同じ写真は無いですが、似た様な物は少ないですが有るのは仕方の無い事です。被写体が魅力的なので撮りたくなってしまうから。

 そう言うとシエルさんに照れながらキスされて、イチャイチャし始めます。

 バカップルみたい? 自分達が幸せであるなら、他人が何と思おうが気にしません。抑、自分の家でイチャついて何が悪いと言うんですか。


 ──なんて事を考えながら、生まれてくる子供が将来見る事になるアルバム作りをする。

 「これが、お母さんの御腹に居る時で……」と。見ながら話してあげられる様に。

 尤も、このアルバムの意味が判るのは、その子が自分自身も結婚する様になってからでしょうけど。その辺りは俺達も承知の上です。

 誰かと共に歩み、繋がり、紡いで行く。

 それを理解出来る様になるには、それ相応の時と経験が必要ですからね。求めたりはしません。


 ただ、その大切さを自覚するのは遅くなっても、小さい頃から実感が出来る家庭にはしていきます。教育の根幹は家庭ですからね。家庭の在り方次第で子供の成長は良くも悪くも成ります。

 注意点としては貧富の問題ではない、という事を親や家族が理解しているのか、でしょう。

 其処で間違っていると、根本から歪みますから。大事なのは愛情であり、子供と向き合う時間です。簡単ではないでしょうけど、それが子育てなので。それを面倒だとか手間だとか思う様な者が親として正しい訳が有りませんからね。


 そうは言っても、人とは慣れるし、楽をしたがる生き物ですからね。誰しもが間違ってしまう事も、気付かない内に歪んでしまう事も有ります。

 だから、誰かと話したり、意見を聞く事によって確認し直す事が重要になってきます。


 子供にしても、同じでは有りませんから。

 一人一人、この世に唯一つの存在です。

 同じ筈は無く、比較するべきでも有りません。

 ──が、人は他者に認識される事でしか、自らの存在の意義や価値を見出だせないのも確かです。

 そういった意味では、比較とは人間という存在の社会性の基軸となる事だとも言えます。

 だから、「比較をしない」とは言えません。

 それによって、自身の個性や可能性を見出だし、伸ばしたり学んだりする方向を定める訳なので。


 その上で、比較と差別の違いを教えられるか。

 恐らくは、この道徳心の有無こそが、教育の中で最も重要であり、難しい事ではないでしょうか。


 だって、自分が、どう遣って身に付けたかなんて判りませんし、明確に、具体的に説明出来ません。知識や技術の様に身に付ける事ではないので。

 だからこそ、それは家庭に有るのだと思います。親を、兄弟姉妹を、祖父母を、親戚や御近所さん、関わる全ての人々の影響によって培われ、養われ、形成されてゆくのでしょうから。


 しかし、繰り返しになりますが正解(・・)が存在しない事ですからね。

 成功例は他人事です。人真似が通用するのならば世の中に優劣は無く、犯罪者も生まれません。

 そうではないから、人の社会は問題を常に抱え、是正し、改善し、学ぶ事を必要とします。

 それを怠ると、問題は深く広く大きくなるだけ。そして人の手には負えなくなっている訳です。

 結果、人だけの問題ではなくなる。

 環境問題などが、その代表的な実例ですからね。それを考えると、人間って本当に学ぶ力が有るのか疑わしくなりますよね。


 ──っと、ネガティブな思考に引っ張られると、嫌な気持ちなり過ぎるので切り替えます。

 シエルさん達の写真を見て。癒されるぅ~。



「旦那様、そろそろ御時間で御座います」


「了解。有難う」



 写真を見ながら1人で若気ていただろう所に声を掛けられて我に返る。恥ずかしさは有りません。

 写真やアルバムを片付け、身仕度を整える。

 少し前、陛下達から頼まれた事──冒険者ギルドを通した依頼としてですが。それで王国の北西部で大きな被害を出していたモンスター……正直な所、アレをモンスターに入れていいのかは悩み所ですがモンスターだったので、モンスターなんでしょう。俺の個人的な意見なんて関係有りませんから。


 そのモンスターを1人で狩った訳なんですけど。その関係で王国が主催をするパーティーに招待され参加しなくてはならない事に。

 正直、面倒臭いし、嫌なんですが、陛下達に頭を下げられてしまうと断れません。家族として色々と助けて貰っていますから。


 そのパーティーが今日、開かれる訳です。

 シエルさんは参加不可能ですし、奴隷という事でアンナ達も基本的には参加するべきではない、と。ふと、それを理由にして途中退席しようかな、とか考えていたらシエルさんに見透かされました。

 大丈夫です。ちょっと考えただけで遣りません。アンナ達の立場も悪くなりますらかね。


 尚、「仮面や全身装備は有り?」と聞いてみたら駄目でした。マナー的に可笑しいって判ってますが少しだけ期待してしまうのは仕方の無い事です。

 それから服装は兎も角、マナー関連で教育係りを派遣されて指導されていました。王都の屋敷の方でだったのでシエルさん達に甘えられもしませんから精神的に少し辛かったです。

 全く出来無い訳ではないんですけど、どうしても馴染みの無い文化や仕草等は有りますからね。

 一応、冒険者という事で大目に見てくますけど、陛下達に恥を掻かせる訳にはいきませんから。

 頑張った俺をシエルさん達が癒してくれたのは、言うまでも有りません。


 ああ、それと最近ではシエルさんとは敬語無しで話せる様になりました。もう直ぐ親にも成りますし小さな事ですが、大きな違いです。

 ……まあ、自分の中では、まだ敬語なままなのは仕方が無いんです。どんなに力を得ていようとも、中身は平凡な小市民ですから。




 これが普通のなのかもれさないけれど。自分にはザワザワと騒付いているかの様に必要以上に会話の声や息遣いまでもが際立って聞こえるし、距離的に離れている筈なのに周囲に居る人々の気配を殊更に大きく感じてしまう。

 別に緊張しているという訳ではないんですけど。やはり、嫌な事(・・・)だから、なんでしょうね。

 取り敢えず、不機嫌な様に見えてさえいなければ上出来だと思う事にしましょう。

 ……ちゃんと出来てますよね?



「え、ええ、大丈夫です」



 そう答えてくれるのは、ギシャールのギルド長。三十代後半の顔に歴然の傷を持った少し強面の男が俺よりも緊張しているという笑える状況。

 いや、そうじゃない。貴男、陛下達や貴族達とも面識が有る筈でしょう? ギルド長なんだし。

 ……え? 普段会うのは男ばかりだし、女性達も既婚者ばかりだから気も使わないけど、今日は結構未婚の女性が多いから、粗相が無い様にしたい?

 …………その手に持っているのは? ……水? 水なら仕方無いですね。頑張って下さい。


 …………………………使えねえなぁっ!


 ──ふぅ~……頼れる相手が居なくなりました。どうしましょうか。

 俺の事は勿論、シエルさんの事も伏せているので身内は頼れませんし、下手に親しくして勘繰られて調べられたりするのも困りますからねぇ……。

 だから、来たくはなかったんです。


 まあ、だからと言って酒に逃げる訳にもいかず、頑張るしか有りません。酔って迂闊な言動で問題を作ったら笑えませんから。

 ああ、この世界では未成年に御酒を飲ませない、という様な習慣や考え等は有りません。基本的には本人が飲みたいなら何歳からでも飲んでも大丈夫。当然、自己責任ですけどね。

 普通は家族が見ているものなんだそうです。

 そういう話を、幼いシエルさんの可愛い失敗談と共に聞きましたから。



「そうそう、クルモワクヨモの勇者様方の御活躍を御聞きになられましたかな?」


「おお、勿論ですとも。此処暫くは劣勢でしたし、良くても膠着状態でしたからなぁ……それを思えば目覚ましい御活躍だと言えましょう」


「世界の悲願、魔王討伐も夢では有りませんな」



 そう言って嬉しそうに笑いながら手に持った酒の入ったグラスを傾ける壮年の男性達。服装等からも貴族だと判るんですが……人任せ感が凄い。

 いやまあ、魔王を倒せるのは勇者だけらしいから仕方が無いと言えば仕方が無いんでしょうけどね。どうしても、他人事にしか聞こえません。


 事実、他人事なんですけどね。

 必要が有れば、勇者に協力は惜しまない。それが各国に共通している事であるとは言っても、各国は独自に行動しているのが現実です。


 魔王・インベーダーという全人間に共通の脅威が存在しているのに、意志統一されていないのだから人間の社会性というのは可笑しなものです。

 本来なら、既に国という枠が無くなり、大陸中の人々が協力するべき──なんですけどねぇ……。


 まあ、勇者の召喚権が各国に有る、という辺りに統一させない様にする意図が窺えるんですが。

 それは流石に考え過ぎでしょうかね?

 誰が答えてくれる訳でも有りませんけど。


 そんな事を考えていたら──着飾った御嬢様方に囲まれていました。

 「いや~、モテ過ぎて困るな~」なんて暢気には思えません。餓狼の群れに囲まれた羊の気分です。其処まではギラギラした感じは無いんですけどね。被害者意識は、そういうものなので。事実や客観性とは異なる事は珍しく有りません。

 ──で、どうしましょうか。困った。

 誉め称え、話を強請り、憧憬と好奇心を宿す瞳で見詰められると悪い気はしませんが……う~ん。



「御久し振りです、アイク様」



 適当に対応するのも難しいので悩んでいた所で、そう言って挨拶をしてくれた1人の少女。

 一瞬、人違いか、その手(・・・)の常套手段かと考える。

 だが、少女の顔──左右異色(オッドアイ)を見て思い出す。

 確か、半年程前に助けた商人の娘(・・・・)だった筈。

 稀に生まれるんだそうですが、俺にとってみれば初めて会いましたし、珍しかったので、印象深くて覚えていました。


 しかし、今日のパーティーに参加が出来るだけの大物という事ではなかった筈ですけど──と思った事を察したのか、少女が改めて自己紹介を。

 はい、ヨノゥマキッコ王国の伯爵令嬢だそうで、あの時は社会勉強──という名目での御忍び中で。ちょっとした息抜きだったそうです。

 通りで、シエルさんが直ぐに彼女の事を気にして声を掛けていたりした訳です。

 顔見知りであり、ある意味での同志(・・)

 “御令嬢あるある”という所でしょうか。

 そんな俺の思考を察してか、少し恥ずかしそうに照れ笑いを見せる彼女。雰囲気が似ているからか、ちょっとドキッとします。



「今日は奥様(・・)は御一緒ではないのでしょうか?」


「ええ、妻は出産が近いもので」


「まあ! それはおめでとう御座います」



 そう言って然り気無く俺が既婚者であると示し、他の御嬢様方に見えない牽制球。

 シエルさんの事を知っている上で、ですからね。そこには此方等だけでなく、御嬢様方を助ける様な意味も有るんでしょうね。不興を買わない様に。

 助かりましたが、気を遣わせてしまいましたか。後で、御義姉さん経由で御礼を贈るとしましょう。


 しかし、そんな気遣いを物ともしない猛者である一握りの御嬢様方はグイグイと来ます。

 流石に、彼女に頼ってばかりはいられないので、程々に場を盛り上げる事にします。

 上手く喋れるかは判りませんけど。






「アイク様は、とても御強いのですね」


「素敵です」



 うっとりと、熱っぽい視線を向ける御嬢様方。

 …………あれ? 何処でミスった?

 困りながら頼みの視線を伯爵令嬢に向けてみたら彼女も何処か遠くを見ている様な感じに。

 はい、詰みました。シエルさん助けてーっ!!



「世の中は勇者様方の御活躍で持ち切りですけど、勇者様が御越しにならなくても私達にはアイク様が居らっしゃいますもの。安心ですわ」


「その通りですね。頼もしい限りです」


「まるで勇者様みたいですわね」



 そう言って盛り上がる御嬢様方。

 あー……その勇者です。正確にはクルモワクヨモに召喚された勇者の内の1人です。

 そう言いたくなりますが……我慢。伯爵令嬢にはシエルさんも話してはいない筈。飽く迄も夫婦だと伝えているだけでしょうから。飲み込みます。


 そして、何事も無く終わる事を祈ります。

 だから腕を抱き締めたり、身体を寄せて来たり、会場から移動しようと誘わないで下さい。






「旦那様、一旦退出して下さい」


「……え? 手を握ってたりするんじゃないの?」


「? ああ、成る程。彼方等では、そういった事も為されるのですね」


「──という事は……」


「此方等では出産時は男性は立ち入り禁止です」


「……判りました」



 「ハウス!」と言われてゲージに戻る犬の如く、言われて素直に退室します。その前にシエルさんの手を握って「頑張ってね!」と声を掛けます。

 これ位は許してくれるみたいです。でも、1分も居させて貰えませんでしたけどね。


 部屋を追い出──ゴホンッ……出る様に促され、出産が終わるまでは待ちになります。

 アンナだけは後学の為に付き添っています。次に俺との子供を産む事になるのはアンナですからね。ポーチェ達は、もう少し先です。身体への負担等を考えても15歳に成ってからです。だから、此処で御強請りなんてしない。俺との子供を望んでくれる気持ちは素直に嬉しいですけどね。


 ……シエルさんとの2人目? それは出来た時、という事になるかな。1人目の時でも意識していた訳ではなく、自然の流れだったしね。勿論、それを望んでいたのは間違い無いけど。「頑張ろう!」と思っての結果ではないから。

 …………何? その「……え? アレで?」とか言いたそうな顔は。

 ………………まあ、確かに自分でも激しいとか、絶倫だなって思った事が有るのは否めない。いや、元々じゃなくて……だと思う。向こうに居た時には彼女──恋人は居なかったから。そう、だから俺の初めては全部シエルさん。羨ましがらない。


 ──なんて話をしていた時、響いてきた産声。

 反射的に立ち上がり、ポーチェ達と顔を見合せ、直ぐに部屋の前に移動。気持ちは焦っていますが、自分を抑え込み、走ったりはしません。走ったら、後で怒られますからね。父親になった直後なのに、御説教されるとか将来の子供への笑い話を作るのは避けたいので。でも、それはそれで有りなのかも。シエルさん達から「お父さんはね、それだけ貴方の誕生が嬉しかったのよ」とか話す場面を想像すると悪い気はしません。

 ……あー、でも、そうなると毎回遣らないと下の子供達の誕生を喜んでない事になるから……うん、落ち着いた対応の方が良いね。何と無く。


 そんな事を考えていると部屋のドアが開けられ、中に入る事を許される。

 一通りの事を終え、女性に抱かれた我が子の事は気になりますが、先ずは疲弊しているシエルさんの傍に言って「ありがとう」と伝えます。

 シエルさんと出逢い、結ばれたからこそ、現在の自分が有り、子供を授かる事が出来たのだから。

 この想いを伝えないなんて出来ません。

 出産も大変な事なんだと聞いてはいましたから。1つの命を産む。その奇跡の為の頑張りを労わない理由なんて有りませんから。


 そして──我が子との対面。


 この世界に来る事が無ければ、自分の子供を抱く事になるのは何歳になっていたのだろう。

 少なくとも結婚は大学を卒業し、就職してから。そうなると、どんなに早くても25歳かな。

 そう考えると、10歳も早いという事に。うん、凄いというか、世界が違うんだなって思います。


 現実逃避ではないんですが、感動と価値観の差に思考が逸れていたのを「何処を見てるの!」とでも言う様に我が子が声を上げる。

 その抗議に答える様に、ちゃんと意識を向ければ思っていたよりも、あっさりと泣き止んでくれる。一安心、というよりも、愛しさが溢れ出してくる。ヤバイ、何? この可愛さは。従姉の子供──姪も可愛いとは思いましたけど……別格です。宅の子は天使の生まれ変わりとか? いや、もう存在自体が天使なのかもしれない。いや、本当マジで。

 そんな風に感じながら、滅茶苦茶若気ているのが判ります。シエルさん達が笑っているのもね。

 でも、こういった幸せな笑い声は心地好いもの。気恥ずかしさは有りますが、嫌な気はしません。


 その中で、今回の助産のリーダーの女性が笑顔で祝福してくれます。



「おめでとう御座います。元気な男の子ですね」



 そう、男の子。息子。長男。長兄です。

 女の子が悪い訳では有りませんが、色々な面から男子を望まれてはいました。王家云々は無関係で。何方等かと言えば、この島の事で、です。

 【領主】としての全権は継承不可能ですが、島の所有権という意味では継承が可能。なので、確実に継承出来る様に男子を、という事です。

 性別は無関係なんですが……余計な事は言わずに話を聞いていました。自分の価値観で判断した後、違いで苦労するのは子供達ですからね。その苦労を考えると無責任な言動は出来ませんから。


 でもまあ、俺達としては、先ずは何よりも元気に育ってくれる事が一番です。




 我が子、長男・アレクシルの誕生から早1ヶ月。問題は無くとも、色々と有りました。


 母子共に落ち着いた所で王都の屋敷の方で会った陛下達は初孫にデレッデレ。家族愛が有る方だとは思っていましたが「じぃじでちゅよ~」を見た時、娘のシエルさんが溜め息を吐いていました。息子でコレですからね。娘が生まれたら……と。納得。

 それと、御祝いは有難いですが、度が過ぎます。はい、これに関してだけは俺も言わせて貰います。御義父さん、色々と気が早過ぎです!


 ──とまあ、そんな感じの事がです。

 我が家の中ですと、シエルさんから御約束の様に授乳を見ていたら「パパの分は残しましょうね」と揶揄われたので挑発に乗りました。不思議な味では有りましたが、天然の栄養食みたいな物ですから、味付けなんてされていないので当然でしょうね。

 尚、出産も早々にシエルさんとの2人目を授かる事になるかもしれません。御互いに求める気持ちが昂りまくっていますから。

 それにアンナ達も感化されて激しいですしね。

 まだ可能性としてですけど、メイドの増員の話をされています……が、否定は出来ません。育児放棄なんて有り得ませんが、人数が増えると手が足りず増員する事に為りますからね。ええ、五年もしたら子供が一気に増えますから。妻四人の同時出産とか有り得ない事では有りませんから。

 う~ん……真面目に考えて先に動く様にしないと後手後手になると大変ですからね。シエルさん達と早めに相談しましょう。




 そして、月日が経つのは更に加速します。

 アレクシルが生まれて早4ヶ月。我が家の天使はハイハイするだけで人を虜にします。天然の人誑しなのかもしれません。可愛いは正義ですから。


 我が家の一番の変化はメイドの増員でしょうね。話し合った後、追加で15名が。更に執事も5名。新しく住み込む事に為りました。

 ただ、当初の教育方針──いや、生活スタイルを変える事はしないので、自分達が出来る範囲の事は自分達で遣る様にしています。

 基本的にはシエルさん達の方のサポートなので。俺が遣る事に関しては、本当に必要な時だけです。どうしても人手が必要で、だけど、シエルさん達も手伝えない、という様な時に、です。

 それを信頼・信用とするのか、甘えとするのか。其処は明確な線引きや判別は難しいので。飽く迄も判断は俺がしています。

 各々の自主性や判断に任せると、積極的に手伝う人達ばかりですから。まあ、そういう類いの仕事を長年してきた訳なので仕方無いんですけどね。


 それと……家族(・・)が4名増えました。

 詳しく話せば長くなりますが……簡単に言えば、アンナ達の一件と似た様な感じです。

 1ヶ月程前、産後の運動を──という名目での、冒険者への復帰でモンスターを狩った後、良い天気だった事も有り、ピクニック気分で一休みしていた俺達が聞いたのは悲鳴と咆哮。直ぐに動きましたが駆け付けた時には既に護衛の冒険者達は死傷。護衛対象だっただろう人達の内、殆どは死亡。襲撃したモンスターを一掃。無事だったのは子供が4人だけという惨事でした。

 その4人と重傷だったのを治療した冒険者3人とギルドに報告。

 ヨノゥマキッコではなく、ルィーヤンク王国での事だったので握り潰しは難しいと思いましたけど、其処はシエルさんの顔の広さ、という事でしょう。嘘は吐かずに上手く隠し通せました。

 まあ、女王様に会う事になった時は、少しばかり冷や汗を掻きましたけどね。気を抜いたら何かしら自分が遣らかしてしまいそうで。


 ──で、その4人の子供達ですが、襲撃で家族が亡くなって身寄りが無く、教会──孤児院施設へと預けられる事に。その時の4人の様子を見ていたら無視は出来ず──引き取る事に。当然ですが、奴隷としてでは有りませんから。


 ただ、俺と皆との間に認識の違いが有りました。

 俺は妹、或いは娘として迎えたつもりでしたが、皆は俺の将来的な側室になる娘という認識でした。シエルさんもです。可笑しくない?

 そう言ったら、きっちりと説明されました。

 こういった場合、俺の息子の側室候補になる事が普通なんだそうですが……年齢的にねぇ……。

 だからと言って、息子が成長するまで無償という形で面倒を見る事は良くないんだそうです。


 つい、以前の価値観から反論しそうになりますが皆の意見が一般的には正しいので従います。


 ──という訳で、俺の側室に。候補ではないのは余計な事を言って不安にさせない為です。つまり、彼女達に「責任は取るから安心しなさい」と言外に示す為でも有るんだそうです。


 その4人ですが、ミーネ9歳とメイ7歳の姉妹、クラリスとグレーテの8歳の双子の姉妹。両姉妹に血縁関係は有りません。偶々乗り合わせていただけなんだそうです。仲が良かったので、身内なのかと思ったんですが……話している内に、と。成る程。子供だからではなく、彼女達のコミュ力が高いと。あっと言う間に馴染みましたしね。

 ミーネは賢く面倒見も良いのですけど甘え下手。だから、意図的に甘やかしていたら……どうしてか妻達と一緒に遣ってくる様に。いや、一線を越えた訳では有りません。何もしていない訳ではないので手を出した事には違い無いんですけど。

 それはそれとして……唆したのは誰なのかな? 怒らない──のは無理だから怒るけど必要な事だと判断しましたので。

 ………………シエルさぁぁぁん…………。


 気を取り直して。メイは大人しく人見知りですが好奇心旺盛なので、好奇心が勝れば人見知りも出ず誰とでも話したり出来ています。没頭するタイプは研究者向きなので興味が有りそうな事には積極的に触れさせてあげようと思います。


 クラリスとグレーテは……小悪魔。そう言うのが一番しっくりきます。ああ、ユーとは違いますよ。単純に悪戯好きなだけです。その悪戯も嫌がらせの類いではなく、吃驚ドッキリ系なので遣り返しても喜ばせるだけですが。まあ、賑やかになりました。宅には居なかったタイプなので。

 自主的に畑仕事や家畜の世話等を手伝ってくれて楽しそうにしている姿を見ると癒されます。其処で巫山戯たり悪戯したりはしませんから。


 変化という意味では、世界情勢も大きく動いて、記録としては百年振りらしく、勇者が魔王の居城に踏み込んだんだそうです。

 まあ、様子見だけで直ぐに引き返したそうですが魔王領の周辺国では押せ押せムードみたいですね。今は決戦に向けて勇者達(クラスメイト)も準備中。

 世間では「遂に悲願の果たされる時が!」なんて盛り上がっているみたいです。

 ええ、叶うと良いですね。


 ──なんて事を話していたら、アンナが妊娠。

 アレクシルも生後半年が経ち、俺達の方も多少は子供の居る生活に慣れてきた所なので、見計らった様なタイミングです。

 まあ、アンナに関しては妊娠しても何の不思議も有りません。シエルさんも交えて話し合い、身体の負担も大丈夫そうだから、と。そう(・・)しているので。ある意味、予定通りとも言えます。


 シエルさんも喜んでくれていますし、報告したら陛下達からも御祝いを頂きました。まだ産まれてもいないんですけどね。

 家族が増える事は慶事という事だそうです。


 そうこうしている内に──この世界に来てから、2年が経とうとしています。

 久し振りに船家を取り出して見ましたが、最初は今の様な自分を想像してはいませんでした。

 抑、当時は何時まで勇者としての力を保てるかも判らなかったし、失う覚悟の上での自給自足生活を始めた訳ですしね。

 結婚だって、「せめて、結婚はしたいな~」って思っていた程度でしたからね。結婚出来るとは全く考えてはいませんでしたから。

 ──と言うか、何れだけ生きていられるのかさえ判らない様な状況でしたから。本当にね、人生って何が有るのかなんて誰にも判りませんよね。


 ん~? どうしたアレクシル? 御前は大丈夫。お母さん似だからモテモテ人生勝ち確だ。その分、女性関係では大変かもしれないけどな~。



「何? 今から人生相談?」


「何方かと言えば男としての覚悟と責任の大切さを説いてるって感じかな」


「それなら大丈夫よ、心配は要らないわ。だって、お父さんを見てれば判るもの。ね~?」



 そう言ってシエルさんが俺が抱いたアレクシルの顔を覗き込むと「あい~」と肯定する様に笑う。

 嬉しくなる反面、「ちゃんとしないとな」と気を引き締めようと思う。


 そんな俺の腕を取り「だから今夜も……ね?」と笑顔を浮かべるシエルさん。はい、頑張ります。


 幸せな家庭を築き、穏やかな日々を送る。

 老成している訳では有りませんけど、そういった日常こそが思い描きながらも得難いと思います。


 左腕に感じる重みと、融け合うかの様にも感じる御互いに温もりに、ゆっくりと意識を沈める。

 心地好い達成感と充足感と疲労感が混ざり合って幸福感に溺れる様に眠りに就いた。































《──勇者により、魔王が討伐されました》





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