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 この世界では滅多に無い地震から始まった一連の騒動でしたが、取り敢えずは無事に片付きました。ウンフィ峰が変貌した事は話題に為りましたけど、それが地震と結び付き、人々は納得。

 まあ、地震のメカニズムとか知らないと、自分の知識の中で結び付く事が有れば、その真偽を問わず納得してしまうのが人の思考ですからね。

 それに、態々間違いを指摘してまで人々の不安を高める様な真似はしません。終わった事なので。


 ──とは言え、事の中心に居た俺とシエルさん。だから、何もしなかった訳では有りません。


 順を追って説明すると。

 思考停止(フリーズ)から、再起動──しての気絶(ショート)

 取り敢えず、気絶したシエルさんに、今度は俺が膝枕をして気が付くのを待ちました。

 ……悪戯はしていません。ちょっと髪と頭と頬を撫でただけです。疚しい事は何も有りません。


 しかし、何事も経験ですね。この目で赤面気絶を目の当たりにする日が来ようとは。

 はい、実際に目の前にすると可愛いとか思う前に滅茶苦茶慌てるものなんだと知りました。

 でも、その反応は思い出しても可愛いです。


 そして、気が付いてからのシエルさんも可愛い。滅茶苦茶、可愛い。照れて慌てる姿が堪りません。ああ、御願い(プロポーズ)はOKでした。


 話が纏まった所で、改めてシエルさんに説明。

 クルモワクヨモ王国によって召喚された勇者で、戦力外とされたのでモモクヤイズ島で一人暮し中。冒険者になった理由に嘘は有りませんが、島の外でダンジョンを探す為でも有ったという事。今の俺は召喚された勇者としての使命から解放されていて、魔王討伐を頑張る気は無い、という事を。

 その上で、地震の事を話し、ギルド長に訊いて、ハルトバルトの魔竜の事を知り、ウンフィ峰に居る可能性の高いシエルさんの事が心配で──といった一連の流れだった事を。


 「そんな訳で……どうしましょうか?」と相談。


 メイランスンのギルド長に俺は覚えられてるし、シエルさんの事も気にされている筈なので、二人で姿を消すと色々と騒動(問題)になるのでは、と。

 魔竜と結び付いている訳ですからね。放置したらテッネタショケ国と冒険者ギルドが動きます。

 状況によってはヨノゥマキッコ王国側もです。


 シエルさんの提案で先ずはヨノゥマキッコに行く事になりました。伝手が有るので魔竜の件の確認を含めた話を出来るそうです。

 流石は先輩。頼りになります。


 幸いにも【空渡の天翼】の登録先にギシャールが残ったままだったので、直ぐに転移しました。

 「…………え?」って驚くシエルさんでしたが、直ぐに切り替えて先導。一々深く考えるのを止めた様ですが、何も言いません。立場が逆だったら俺も同じ様に割り切ると思いますから。


 先ずはギルド──と思っていたら、シエルさんは真っ直ぐに王城に。門兵さん達がシエルさんを見て姿勢を正していたので、大物貴族の御令嬢とか?

 違いました。第二王女様でした。

 「え? 何で冒険者に?」と訊いたら、どうやら縁談が嫌で出奔したんだそうです。勿論、この国の王女として生まれた以上は国の為に尽力する意志も覚悟も今でも有るそうですが、問題は縁談の相手。来る話、来る話、碌な相手が居ない。有望な相手は既に婚約者が居る。つまり、余り者は碌でもない。そんな相手と結婚する位なら、冒険者になる、と。成る程、気持ちは判ります。

 ただ、俺としては感謝です。だって、その御陰で出逢えた訳ですからね。

 そう言ったら、顔を真っ赤にするシエルさん。

 うん、こんなに素敵な女性を妻に出来るんです。碌でなしな貴族にも感謝もしますって。


 因みに、その際に王位継承権を放棄している為、結婚しても王族には含まれないと謝られましたが、俺としては気にしません。寧ろ、嬉しい情報です。俺に王族なんて務まりませんから。


 それと、シエルさんがヨノゥマキッコの王女だと知ったので魔竜の封印が解けた事にも納得。

 元々、封印自体が弱まっていたんでしょうけど。最終的にはシエルさんが受け継いだ血こそが封印の要であり、鍵だった。

 その為、複数の要因が重なって、魔竜が封印から解放されるに至った、と。

 そういう事なんでしょうけど、口にはしません。シエルさんに責任は有りませんからね。


 勝手知ったる我が家な訳ですが、シエルさん?

 何の説明も無しに、国王陛下の執務室に直行は、どうかと思います。ええ、家族でもです。

 ほら、滅茶苦茶驚かれてますよ? 俺もです。


 シエルさん、娘に激甘な父親で良かったですね。はい、普通は叱る所です。国王の執務中ですから。せめて、来賓室とかで待って、誰かを介して時間と都合の確認をして貰うのが一般的です。

 はい、急用なのは確かですが、そういった手順も必要な予備連携なんです。次からは考えましょう。ええ、次からで構いません。


 そんな遣り取りをして待っている間に、国王陛下には御自身の仕事を片付けて頂き、同時に執事的な人を呼んで貰い、今回の一件の話を一緒に聞くべき人達を集めて貰います。

 ……陛下、此方等をチラチラと見ていないで今は仕事に集中して下さい。進んでいませんから。


 滅茶苦茶綺麗な所作のメイドさん達が遣って来てシエルさんに挨拶をしながら御茶を用意してくれ、シエルさんに「おめでとうございます」と祝福。

 間違ってはいませんが……あの、何処かで誰かが聞いたか見たかしていましたか?

 ……メイドの嗜み? そうですか。


 現実逃避する様に御茶を頂きながら、待ち時間を使ってシエルさんと質問し合います。何だかんだで御互いに知らない事ばかりなので。

 俺は今は14歳ですけど、元の世界と比較すれば1ヶ月半で15歳になります。シエルさんは先月に誕生日を迎えたので16歳。1歳差なので、正しく理想の姉さん女房ですね。

 ああ、姉さん女房というのはですね──


 ──といった感じで話していたら、綺麗な女性が遣って来られました。シエルさんの御母さんです。つまりは王妃様。うん、遺伝みたいです。

 続いてきたシエルさんの御姉さん、第一王女様も御立派に御育ちでしたから。有難う御座います。


 しかし、この世界の女性って美人が多いですね。そして、王公貴族の中には整形したんじゃないかと思ってしまう様な妙齢の美女が多い。

 まあ、総じて魔法の才能に秀でている事からも、マナが何かしら関係しているんでしょうね。

 …………あれ? そうなると俺も? 正直、男の俺としては素直に喜ぶ気にはなれません。

 若く見える事とショタなのは別物ですから。

 まあ、現状から若返る事は無いでしょうけどね。振り(フラグ)じゃ有りませんから。


 そうこうしている内に陛下の仕事も終わり、人も集まったので、シエルさんから話して貰います。

 現地に居て、一番状況を把握していますから。


 シエルさんの話を聞いた陛下達の表情は真剣で。しかし、魔竜の話題になると顔を青くし、俺により倒された事を聞くと安堵。滅茶苦茶感謝されるのは想像していましたけど、大事にはしないで下さい。パレードとかパーティー等は絶対にしない方向で。はい、目立つ気は無いので。


 既に魔竜は封印から解放され、討たれた訳なので極秘にしていても無意味という事で確認をしたら、ヨノゥマキッコの方でも代々の国王夫妻とギルド長だけには伝えられていたんだそうです。

 まあ、テッネタショケ(他所)の事だから知りませんとは言えませんよね。隣国なので。

 テッネタショケが滅べば、次はヨノゥマキッコが魔竜から狙われる可能性は高い訳なので。何しろ、魔竜を封印した勇者と王子の直系の子孫ですから。そういう意味でも警戒は必須でしょう。


 尤も、現在は伝承こそ絶えずに続いてはいても、危機感や警戒心は無かった様です。

 ヨノゥマキッコ側は──北側の国境付近であれば揺れたのかもしれませんが、ギシャールまで地震の影響は出ていなかったらしく、街中も、城内も特に混乱や不安が人々の間に広がっているという様子は見られなかったので。多分、陛下達も含めて異変に気付いていた人は居なかったんでしょう。此処からウンフィ峰は見えませんしね。


 それで、問題となっているテッネタショケ側への報告等の件ですが、シエルさんが王女として代行。陛下とギルド長からの書状を持って行き説明する。俺の事には触れない形で……無理? そうですか。せめて、必要最低限で。はい、皆様と話す様子から判りました。シエルさん、惚気ると饒舌ですから。向こうでは自重して下さい。


 ──という事で準備して貰う間に改めて御挨拶。シエルさんと結婚する事を御報告。

 シエルさんの惚気具合からバレバレでしたけど、それはそれ、これはこれ、きちんとします。

 まあ、特に反対等もされず、即了承・祝福。

 結婚式はシエルさんの為にも挙げたいのですが、注目されたり目立つのは避けたいので……大聖堂を貸し切りにして身内のみで? 有難う御座います。はい、宜しく御願いします。


 そんな感じで順調に話は進みました。


 尚、俺の中では今回の件が終わってから、改めてシエルさんに「御家族に挨拶を」と言うつもりで。何と無く、どうしてか物凄く渋い顔をされる気が。誠意を伝えて説得。実際に会って納得──みたいな展開になるかな、と。そう思っていました。

 まあ、現実は想像以上でしたけどね。

 まさかの国王御夫妻と次期国王の兄御夫妻に会う事になるとは……無理。予想なんて出来ません。


 尚、その御兄さん、以前、ギシャールで出会った親切な爽やかイケメンだったというオマケ付き。

 世の中の狭さを思い知らされた気がします。


 でも、皆様、御優しくて、祝福してくれました。流石に爵位とかは断りましたけどね。

 立場上、下手に何処かの国に所属するのは色々と問題になりそうなので。

 ああでも、召喚された勇者で、どういった経緯で召喚された国を離れたのかは話して有ります。

 自分は兎も角、家族に影響が及ぶ事になったら、他に助けを求められませんからね。そういった時の為にも説明しておく事は大切です。


 それから、【空渡の天翼】の事を話すと、王都に小さめの屋敷を用意してくれる事に。自分の家なら登録先に出来る為、管理等は王家の方で秘密厳守の人を選出してくれるので雇用し、任せる形に。

 俺には、この世界に頼れる肉親等が居ませんから何か有った時に頼れる家族が居るのは助かります。妊娠・出産・育児の経験は有りませんから。


 陛下達の書状が出来たら直ぐにシエルさんと共にメイランスンに転移します。

 陛下達が実際に見てみたいと仰有ったので人払いして貰った中庭から。どういう反応をされたのかは見られませんでしたけどね。


 シエルさんとギルドに向かい、ギルド長に会う。流石に此方等では手順を踏む事に対し安堵したのはシエルさんには内緒です。

 驚くギルド長でしたけど、事が事なので、直ぐに自身も支度を整えて共に王城に。

 ギルド長の御陰で俺達は一冒険者といった感じに見られているみたいでラッキー。

 出来れば、このまま実は王女であるシエルさんの護衛役みたいな勘違いをしてくれれば嬉しいけど。世の中、そう都合良くは行きませんよねー。

 此方等の現国王御夫妻と一人娘である王女様と、一緒に来たギルド長には俺の事情を説明。ちゃんと秘密にしてくれる事になったので良かったです。

 まあ、伝説の魔竜を倒した訳ですからね。下手に不仲になったり、不評を買う真似はしませんよね。敵対したら、嫌って相手じゃ済みませんから。

 そう帰り道でシエルさんに言ったら、少し怒った表情をして軽くデコピン。捻くれ過ぎ、と。

 国の、民の、大恩人に不敬な真似なんてしない。それだけの責任を背負うのが、王族や組織の長と。そう言われてみると確かに、そうなんですけどね。ほら、最初が最初だったので……。

 そう言うとシエルさんも閉口。そうですよね~。困りますよね~。

 まあ、色んな人が居る訳ですから、知らないからという理由だけで一括りにはしない様にします。


 そんなこんなで無事に魔竜の件は秘密裏に決着。秘密にするので報酬等も生じません。利害の一致。都合の良い言葉だと思います。




 それからは結婚に向けた準備。主に衣装関連と、俺が作法等を知らない為、その勉強です。

 シエルさんではなくて、王妃様達が教師役なのは何故なのでしょうか? ……俺を甘やかすから? あの父親にして、この娘有り、と。納得です。

 でも、少し密着感(スキンシップ)が多い様な……。


 魔竜騒動から10日後。

 俺達は結婚しました。


 シエルさんの本名はルクミュシエル・リンゼス・ド・ヨノゥマキッコ。

 結婚後はルクミュシエル・リンゼス・ヤスハラに変わりました。

 アンバランスな気もしますが、誰も気にしない。多分、そういう事に対して考え過ぎなんでしょう。尊重し受け入れれば何も問題は無い訳ですから。


 ギシャールの屋敷も整い、其処から島に転移。


 シエルさんを連れて家に戻り、結婚する事に伴い船家から引っ越し、新居を建てる事に。自分で。

 船家は収納。場所を内陸部に移し、シエルさんと間取り等を相談しながら設計。建築は一日でした。島でなら俺は無双出来ますから。


 ──で、二人で島に戻って、新婚生活スタート。あっと言う間に日々が過ぎて行きます。

 もうね、毎日が楽しくて、充実しています。



「…………ん…………おはよぅ……んっ……」



 シエルさんの寝顔を見ながら幸せを感じていたらシエルさんが起きて──目覚めのキス。

 キスだけでは済まないのが若さであり、新婚さ。それも込みの早起きって早起きなのかな?


 贅沢に朝風呂に入り、二人で朝食作り。メイドを雇う話も有りましたが、色々考えて断りました。

 将来、子供達が勘違いしても困るので──なんて思った事は、その場では言わず。後でシエルさんに伝えたら苦笑されました。

 でも、大事ですから。父親は奔放勇者で、母親は奔放王女様な訳ですから。そう言って二人で笑う。はい、そんな他愛無い会話ですら輝いています。

 恋って、愛って、凄いですよね。最高です。


 シエルさんは王女様だから料理が苦手なのかとも思っていましたが、滅茶苦茶手際が良いので吃驚。冒険者になったからには、自分の事は自分で遣る。当たり前ですけど、御金を払えば誰かがしてくれる事でも有るから商売・職業として成り立つ訳なので御金で解決する人も珍しくは有りません。冒険者は定住者が少ないですから尚更でしょう。

 その冒険者なのに家事等を一から学び身に付けたシエルさんは努力家。そして、一緒に暮らしてみて判ったのが、その面倒見の良さと献身さ。本人には自覚は無いみたいですが、俺は尽くされる側だから判るんです。嬉しいんですけどね。頑張り過ぎには気を付ける様にしましょう。


 朝食が終わると掃除と洗濯を分担して片付ける。俺が掃除で、洗濯はシエルさん。夫婦であろうともシエルさんとしては自分の衣服──特に下着を俺が洗濯するのは抵抗が有るそうです。

 でも、下着を買う時とかは俺に意見を聞いたり、選ばせたりする訳で。その辺りは不思議ですよね。判らない訳では有りませんけど。


 家の事が終わると農作業等に。

 これは俺の趣味と仕事なので一人で遣るつもりで居たんですけど、シエルさんが興味を示した結果、今では一緒に遣っています。



「改めて勇者や装備品の力って凄いと思うわ」


「まあ、魔王を討つ為ですからね」


「それも有るけれど、こうして生活に関わる方向に力が向くと、此処まで違うとは思わなかったわ」


「魔王やインベーダーと戦う事に必死に為り過ぎて誰も想像もしなかったんでしょうね」


「そうね……そう考えると何だか虚しいわね……」



 そう言いながら、収穫したてのトマトを服で軽く拭いてから、かぶりつくシエルさん。美味しそうに笑顔で「ん~~っ!」と食べる姿を見ると、作った此方まで幸せになります。

 おっと、口元に付いてますよ。此処です、此処。そう言ってキスをします。勿論、舐め取りつつね。誰も居ないから遠慮無くイチャイチャ出来ますから二人暮らしって良いものです。


 それはそれとして。シエルさんに言われてみて、確かに戦闘ではなくて、生産方向に傾いた勇者の力というのは一種の革命。現在の技術では不可能な事だろうと出来ますからね。

 だからこそ、俺は目立たない様にしてきましたがシエルさんからすると、それは魔王討伐とは異なる価値と形で魔王やインベーダーと戦う各国にとって大きな意味を持つ存在になる、と。

 要は、戦わない勇者だけれど、人々を守り支えるという意味では他の勇者とは一線を画するのだから直ぐに称えられる様になる、との事。

 生きていく上で食事は不可欠ですもんね。其処を改善する事が出来る勇者。成る程、歓迎されます。大事にされない理由が有りませんね。



「こう言っては何だけれど、クルモワクヨモ国王は勇者を一人の人としてではなく魔王を討ち倒す為の武器の様にしか思っていないのでしょうね。だから貴男の力の真の価値に気付かなかった。愚かよね」


「でも、その御陰で今が有る訳だし、其処は愚かで良かったと思います。個人にはね」


「ふふっ、そうね。そういう意味では感謝するわ。貴男と出逢い、結婚する事が出来たのだから」



 何気無い会話でも惚気が含まれ、イチャつける。きっと、「今だけだからな」と思う人が多いんだと思いますけど、俺達は俺達です。その人達とは違う訳ですから、一緒にされても困ります。まあ、その嫌味自体が嫉妬等の現れなんでしょうけど。

 はい、以前は「リア充死ね!」「爆発しろ!」と思っていた1人でも有ったから判ります。

 抑、負け組だって思っているだけで、実際の所、勝負すらしていない事が殆どだったりしますから。そう、勝負の前に諦めているんです。だから結局、他者に負けるんじゃなくて自分に負けているのが、自称・負け組の実態だったりします。

 それも今の自分だから言えるんですけどね。


 農作業が終わると家畜の世話。これには冒険者で慣れている筈のシエルさんも戸惑っていました。

 飼育して、食べる。

 食料として飼育するのだから当然なんですけど。情が入ると「折角、育てたのに……」といった様な躊躇いが生じてしまうのも仕方が無い事です。

 俺は、その辺は割り切れていますから平気です。シエルさんも今は割り切れていますけどね。


 ただ、同じ様に養殖している海産物に関しては、そうは思わないから不思議ですよね~。魚を育てて食べるのに「可愛いから無理!」って人は、そうは居ないと思います。少なくとも自分は知りません。

 そう考えると、人って水生生物を捕食対象としか見ていないんでしょうね。家畜を家族と思うのに。身勝手と言うか、都合が良いと言うか。人の思考は可笑しく、面白いものだと思います。


 一通りの事は午前中に終わります。

 特に用事が無ければ、二人でまったり、のんびりしていたい所ですが……大体はギシャールの屋敷に移動している事が多いです。


 その理由が農作物の販売。

 俺は外に出すつもりは殆ど有りませんでしたが、シエルさんが「絶対に売れるわ!」と推したから。生活費云々ではなく、良い物を知って貰う事により農業の発展・向上を促したいんだそうです。


 確かに、ヨノゥマキッコに限らず、何処の農地も品質よりも量が重視されている農業でしたしね。

 食べる為には料理をするのだから、味は料理人の技術であり、分野。そういう認識です。

 だから、収穫したての野菜の味を気にする事など先ず有り得ない話な訳で。当然、品質の向上なんて考える農業従事者は居ません。


 しかし、それは不可能な訳では無い。

 俺の場合は、勇者の力や装備品によるものですが他の人が何も出来無い訳では有りません。

 畜産業・水産業とは違い、農業は既存の生産業で基本的な部分は確立されている訳ですからね。

 一から確立するのではなく、改善・発展なので、そう難しくは有りません。


 ──という話を、自家製の野菜等を食べて貰った陛下達に熱弁したシエルさんの意見が通ったから。一応、俺からの協力の条件として俺やシエルさんが関わっている事は伏せて貰っています。

 金に成ると判ると人が群がってくるものなので。そういった面倒事は先に可能性自体を潰します。


 俺達が表立って関わらない為、表向きの管理役を引き受けてくれたのが、御義姉さん──第一王女の方の御夫婦です。

 その為に俺が創ったのが【収納の荷袋(ストレージ・バッグ)】。

 これは【収納の腰袋(アイテム・ポーチ)】の逆版。ダンジョン由来の物は一切収納出来ず、ダンジョン内では使用不可能という仕様。半専用品として、鍵代わりの装備品の指輪をセットで創り、その指輪を装備していないと使用出来無い様にして有ります。

 これを御義姉さん御夫婦と、実働役となる人達の分とを合わせて十組。万が一、紛失・盗奪されても使用不可能な様に直に手渡し、登録設定。俺以外が設定変更を出来無い様にして有ります。


 今の所は、問題は起きていません。

 評判も良く、「農業界に衝撃が走った!」という話を御義姉さんが興奮気味に話してくれましたよ。まあ、「だから、どんどん作って頂戴ね」と続いた辺りが強かだと思わずには居られませんでした。

 最初に上限を決めて置いて良かったです。



「ねぇねぇ、アイクくん。この前、貰ったパンって此方等でも作れるのかしら?」


「パンですか?」


「ほら、あの、ふわふわしていたの」


「ふわ……ああ、食パン(・・・)の事ですね」


「“食パン”というの? 高級品なのよね?」


「向こうの世界──自分達が生まれ育った国では、一般的に流通している物ですよ」


「一般的なのっ!?」


「はい、家でも普通に食べていますよ」


「姉様の驚く気持ちは判ります。私も食パンを家で初めて食べた時の衝撃は忘れられません。だから、ついつい食べ過ぎてしまいます」



 あー……シエルさんって細いけど大食いの人って事じゃなかったんですね。黙って置きましょう。

 美味しく食べられるのは良い事ですから。



「アイクくん!」


「え~と……技術や材料等の前に、パンを焼くのに使っている窯を見てみないと……」


「そういう物なの?」


「窯の内部温度で焼き上がりも時間も変わるので。自家製で焼こうと思うと窯からになります」


「へぇ~」



 ──なんてシエルさんと話す側では御義姉さんが自家の執事さんと何かを話しています。聞こえないのではなくて、聞かない様にしていますが何か?

 既に御義姉さんの性格は判っているつもりなので何を言われるのかも想像が付きます。

 寧ろ、こういう話題ではなく、全く関係無い事を話している時の方が要注意です。不意打ちで唐突な事を訊かれたりしますからね。怖い怖い。



「アイクくん、宅の窯を見て貰える?」


「構いませんよ。ただ、新しく造るにしろ、既存の窯を改修するにしろ、此方等で事前に用意してから持ち込む形になりますけど?」


「大変じゃない?」


「そうしないと材料の選別や調達からになるので。此方等──と王城の方にも設置するとなると自前で用意をした方が楽なので。それと、その窯を参考に他の所に造る分には自由にして貰って構いません。抑、自分が研究したりして成した事ではないので」



 この世界では創始者みたいな感じだったとしても元々は誰かが頑張った成果の真似をしているだけ。それを出し惜しみしたりはしません。

 実例・実物さえ有れば、この世界の職人さん達が頑張ってくれるでしょう。そうすれば、食文化でも確かな発展が期待出来る筈ですからね。

 何より、シエルさんが俺の農作物を外に出す事で実現しようとする食料事情の改善。其処に少しでも貢献する事が出来るのなら本望です。

 そこまでの俺の意図を汲んで、御義姉さんからは御礼を言われ、シエルさんには抱き付かれます。

 俺にとっては、シエルさんの笑顔の方が、遥かに価値が有りますからね。

 ──なんて思っていたら、御義姉さんにニヤニヤされて恥ずかしくなりました。

 やはり、イチャつくなら二人きりの時ですよね。俺には人前でイチャつくのは難しいです。

 無意識に遣ってしまうのは別にとして。


 そんな感じで新婚生活は順調そのもの。だけど、全く不満が無い訳では有りません。


 シエルさんからは「夫婦なのに敬語なの?」とは言われていますが、こればかりは時間を経てでしか変わらないと思います。

 何しろ、出逢って2回目で告白・求婚し、結婚。一気に形が変わり、距離感を掴むよりも先に夫婦に成ってしまいましたからね。

 夫婦の営みの時には感情や本能が昂り、無意識に砕けてはいるんですけど……普段はね。まだ照れも有りますし、徐々に、という事で。

 「大好き」とか「愛してる」という気持ちの面は意外と照れずに言えるんですけど。何ででしょう。自分でも不思議に思います。


 俺の方はシエルさんに対しては特に有りませんが何だかんだで目立ち、顔を覚えられてしまった為、ちょっと印象や記憶が薄れるまでは島に引き籠って存在感を消したいんですけどね。

 ただ、色々と関わっている為、そうは出来無い。それが、もどかしい所であり、難しく、悩み。

 まあ、遣ると決めた以上は責任を持って遣るので手抜きや途中で投げ出したりはしません。






「──え? そうなんですか?」


「もしかして知らなかったの?」


「はい、初耳です」



 何気無い会話の中、勇者と召喚の事が話題になり話していたら、驚きの事実を聞かされました。


 シエルさんの話によると、勇者の召喚は神により各国の国主に与えられる力であり、召喚に際しては必要となる物が有るんだそうですが、それは様々。多分、媒介──呼び水(・・・)なんだと思います。

 召喚自体の術式(システム)が同じなら、召喚媒介となる物を変える事で違いが生じる。

 数式の形は同じでも、数字が違えば答えが変わるという風に考えると解り易いでしょう。


 違いを意図的に作る事で、召喚される勇者の質を必然的に変化させている。まあ、当然でしょうね。魔王討伐を失敗した勇者と同じ様な勇者を喚んでも意味が有りません。その為の媒介の違いと思えば、神の意図も判る気がします。


 でも、それにシエルさんも気付いた様子は無い。恐らくは、誰一人として、そんな考えを持たない。だから、気付く方が異質(・・)なんでしょう。

 その御告げ(アナウンス)を聞いて、誰も疑わないから。

 これは話さない方が良い事なんだと思います。


 それとは別に、その勇者召喚の条件について。

 召喚される勇者の人数は定かでは有りませんが、召喚が出来る国主は1人だけ。

 召喚された勇者が全滅すると次の国主が選ばれ、新たな勇者の召喚が可能になる。そういうシステムらしく、この辺りは予想の範疇です。

 ただ、勝った魔王側に優勢となる勇者の不在期間が殆ど無いに等しい事には吃驚です。

 それなのに、勇者を鍛える(・・・)という手間の掛かった方法なのは、どうなのか?

 そう思いもしますが、神に与えられた強力な力で魔王討伐を成し遂げても何の意味は無い、という事なんでしょうね。神からすると。


 そういった訳で、勇者は必ず何処かの国に属す。勇者を有する国は常に1つだけ。

 俺は“前代未聞の勇者”という事ですね。

 その上で、の話ですけど。俺達の前任の勇者達は召喚から僅か1ヶ月程で全滅したそうです。

 「……え?」って思いますよね? 「弱っ!?」と思いますよね? 「早くないっ!?」と思う筈。

 つまり、どんなにスキルやジョブを授かろうが、勇者自身の強さは、この世界での歩みによるもの。決して、与えられた力で決まりはしない訳です。


 因みに、ヨノゥマキッコは7回前、4年前に勇者召喚を行ったそうで、召喚されたのは5人の勇者。半年で魔王領に踏み入れたそうですが、魔王にまで辿り着けずに全滅だったそうです。

 勇者一行をサポートする為に同行していた兵士が全てを見て、生きて戻り、報告したそうなので。


 何と言うか……回転率が高いのは確かですね。

 はい、普通にコメントに困ります。

 あー……でも、そういう意味でなら、まだ全滅はしていないから、現勇者達(クラスメイト)は頑張っている訳ですか。

 二度と会う事は無いと思いますが、魔王を倒せる事を願っています。ファイト~。


 それと、話は少し逸れますが、勇者ハルの事で。彼女の本名はハル・ヤノ。当時のヨノゥマキッコに召喚された勇者の1人。ただ、元々、身体が弱く、他の勇者達とは一緒に行動が出来ず、単独行動に。その間に単独でダンジョンを攻略して強く成るも、身体が丈夫になる事は無く、国内と近隣での活動。魔竜戦は彼女の勇者としての最後の戦いになった。その後、恋仲だったバルト王子と結婚し──と。


 うん、多分、勇者ハルは俺に近い感じでしょう。健康面に難が有るから勇者としての活躍は少ないが能力が低いという事は無い筈です。

 シエルさんは氷属性魔法を得意としていますが、それは勇者ハルから受け継がれた血に宿る力です。しかも、歴代の王族の中でも屈指の才能と実力と。これを運命と言わず、何と言うのか。愛してます。俺達の出逢いも運命的ですよね。


 話を戻して。彼女は勇者としては独立したから、その力を後世に伝え、残した可能性が高いです。

 魔法関連は勇者とは無関係かもしれませんけど、それはそれで血統的に遺伝し易い事なのかも。

 そうなると、俺達の子供達には、俺と勇者ハル。独立を果たした勇者二人の血と力が受け継がれる事になる訳ですから…………うん、自重は難しいから頑張れっ、子供達っ! 御父さんも御母さんも皆を愛し育てますから。






「……これが勇者を勇者たらしめる力、と言うべきなのかしら……ジョブというのも非常識ね……」



 そう呟くシエルさんの視線の先には広範囲に丸々氷漬けにされたモンスター達の姿が。

 魔法【アイシクルプリズン】による範囲攻撃にてBランクのモンスター達が一撃(・・)で瞬殺。

 しかし、以前のシエルさんの実力では不可能な事でしたが、不可能を可能にした理由がシエルさんの左手に有る【真絆の愛環】。結婚指環です。

 魔竜を倒した事で解放されたチート効果が、装備対象者にジョブを発現(・・・・・・)させる、というもの。

 この効果に因って、勇者ではないシエルさんにもジョブが発現しました。当然、レベルもです。


 シエルさんのジョブは【魔法剣士】。勇者ハルと同じなんだそうで、シエルさんが感動してました。スキルが無いので、どういった基準なのかは不明。ただ、勇者の血統が関わるのなら、俺の血に連なる子孫達はジョブが【農夫】の可能性も有るのかも。嬉しいかは判りませんけど。俺達の手記とか遺してあげるべきなんでしょうかね。


 さて、その【魔法剣士】のアビリティなんですが当然【魔法】と【剣】が有ります。少し手合わせをしてみて判りましたが、シエルさんは強い。能力や装備品頼りの自分とは違い、本当に強い。夫婦喧嘩だけはしないと決意しました。

 それと【魔装剣】というものも。検証した結果、魔法を付与──装纏して戦う技術が効果対象の様で二人で彼是と考え、試行錯誤を繰り返して実用化に成功したので大喜び・大興奮。だって、魔法の関連技術で、スキルではない為、俺も使用可能ですし、普通に格好良いですから。

 才能──マナ保有量や魔法適性が大きく影響する技術なので誰でも、という訳では有りませんけど。歴史に刻まれるべき大発見であり、実現です。


 勇者ハルも【魔法剣士】だったみたいですけど、それらしい伝承や逸話が無いのは負荷──疲弊等も大きい為、あまり使用しなかったのかもしれない。バルト王子も愛する妻の事を思えば無理をさせない為にも他言しなかった可能性は高いでしょう。

 そう考えれば、公式な記録に残る使い手は俺達が最初という事になる訳で……目立ってしまう!

 今更、「目立つから秘匿しよう」とは喜ぶ愛妻に言えませんから……諦める事にします。


 そして、そんなシエルさんを更に強化する存在が魔竜討伐で獲た装備品の【天蒼の聖杖】です。

 杖という名前ですが、その形状は細身の片手剣。見た目だけではなく、ちゃんと剣として使えます。其処だけを見ると「紛らわしいな!」とツッコミを入れたくもなりますが、気にしたら負けでしょう。寧ろ、剣に杖の性能を持たせた物と考えれば納得。装備品作製の参考にも為りました。


 ──といった訳で、氷漬けになったモンスターを回収します。試し撃ちの為にモンスターを狩る事は有りません。島のダンジョンが有りますからね。

 回収したモンスター達は俺達が引き受けた依頼の対象で、今回は駆除──間引き(・・・)の御仕事です。

 普段は貴重な食料・素材であり、収入源でもあるモンスターも増え過ぎてしまえば自然災害と同じ。だから、そうなった時には人為的に減らす訳です。他のモンスターや自然環境にも影響しますから。


 頻繁に有る依頼という訳ではないんだそうですが今回はシエルさんの実績──と魔竜の件からの指名依頼なんです。ええ、メイランスンのギルドからで断り難かったんです。表向きはシエルさんに対する依頼でしたしね。上手く遣られた感じです。

 まあ、そうそう便利遣いされる事は有りません。ヨノゥマキッコと対立する事に成りますからね~。こういう時、後ろ楯の有無の大きさを感じます。



「……今、ふと思ったのだけれど、貴男は冒険者のランクは上げないの?」


「あー……正直、中級までしか考えてませんから、上級までは上げないと思います。飽く迄も、素材や食材としての余剰分を売る為のランク上げなので」


「まあ、目立たない様に、と考えると、その辺りで十分と言えば十分ではあるものね」


「はい、だから、あの地震や魔竜の事が無かったら今も目立たない様にしていたと思います」


「私の事も?」


「それは別です。初めて逢った時から、忘れる事が出来無かったから、あの時もメイランスンのギルドに遣って来ていた訳なので」



 そう言うとシエルさんは照れながらも嬉しそうに微笑み、近付いてキスしてくれます。

 ……一旦、帰りますか?

 そう言外に示すと「駄目よ」と苦笑。その代わり終わったら、沢山しましょうね、と。

 それでは、さっさと片付けましょうか!






「……? シエルさん、アレ、何ですか?」


「ん? 何れ?」


「彼処です。あの大きな二股の枯れ木の右奥の方でモゴモゴと蠢いている(・・・・・)地面です」



 経験者であるシエルさんが「これ位で大丈夫」と判断したので、最後となったモンスター達の回収を済ませた所で。ふと、目に付いたのが、ソレ。

 モンスターによるものかとも思ったんですけど、何と言うか……はい、変なんです。こう……地面が泡立つみたいな感じで動いているんです。だけど、地面が泡状になっている訳ではなくて。飽く迄も、泡立っている様な動きをしているんです。



「──っ! 嘘っ!? まさか、ラビリンスッ!?」



 一目見て──驚愕するシエルさん。同時に興奮を含んでもいますが──その一言で納得しました。


 “ラビリンス”とは、自然形成されるダンジョンみたいな存在です。ある意味ではダンジョンよりも発見される事が稀な自然現象(・・・・)

 魔法の源であるマナは自然界にも存在していて、人々のマナとは性質──純度が異なる為、扱う事が出来無いというだけで世界中に存在します。

 通常は、移動・循環している訳ですけど、極稀に自然のマナ溜まり(・・・・・)が出来る事が。

 其処に何かしらの条件(・・・・・・・)が加わると、ラビリンスが形成される、という事なんだそうです。

 きちんと解明されてはいない事なので、飽く迄も通説・推論でしかないですが。


 そんなラビリンスを目の前にしたら、シエルさんではなくても吃驚するし、興奮もしますよね~。

 ……俺? 俺はダンジョンで慣れていますから。珍しい事は判りますが、「へぇ~、これが」という感じです。冷めている訳ではなくて麻痺していると言った方が感覚的には近いのかもしれませんね。


 そんなラビリンスとダンジョンの違いですけど、色々と有ります。

 先ず、ラビリンス内にクリーチャーは居ません。出現後、モンスターが入ったり、住み着く事が有るそうです。ただ、出現したばかりのラビリンスには最初の間だけ存在するという特殊なモンスターが居るみたいですが、詳しい事は不明です。

 殆どのラビリンスは発見された時点で、そこそこ時間が経ち、外部からモンスターが入っている事が多く、その存在は消えている為です。

 ただ、その事から考えると大して強くはないか、ある種の警備員みたいな存在なのかもしれません。不要になれば自然消滅か、他のモンスターに捕食。その為、目撃される事が無い、という感じかと。


 次に、ダンジョンみたいに宝箱は有りませんし、魔石類の獲得も有りません。

 しかし、逆にラビリンスからしか入手の出来無い素材等も多数存在しています。ただ、ダンジョンはクリーチャーからの獲得が中心ですが、ラビリンスの場合は採取出来る量は有限。早い者勝ちです。


 そして、一番の違いは誰でも入れる事でしょう。だからこそ、冒険者にとっては1つの憧れであり、一度は夢見る冒険と挑戦、一攫千金のチャンス。

 シエルさんは金銭目的ではないでしょうけどね。昂る気持ちは理解出来ます。俺も最初のダンジョン攻略の時は不安が有りながらも、それ以上に純粋な未知への挑戦と探求心が勝りましたから。


 その一方で、違いが有れば、似た所も有ります。ラビリンスにもダンジョンと同様にボスが存在し、倒すとラビリンスが消滅します。

 ただ、ダンジョンと違って、ラビリンスは活動を停止してからは枯れる様に、緩やかに消滅します。それを感じると住み着いていたモンスターは一斉に去って行くので、モンスターの居ないラビリンスは攻略済みという事に為ります。


 他にも細々とした相違点・類時点は有りますが、目立つ所で言えば、その形状でしょうか。

 ダンジョンは人工物・自然物の両方が有りますがラビリンスは自然物だけです。環境等は様々ですが人工的な造りの物は存在しません。


 ──とまあ、そんな事を考えている間に、地面の蠢きが緩やかになり──停止。

 大きな岩の隙間に出来た洞穴みたいに、出入口が出現しました。


 尚、少数ですが出現の目撃例が有ります。冒険者ギルドも長い歴史が有る各国と連携する組織なので蓄積されている情報量も多いんです。

 しかし、目撃者は全て勇者以外(・・・・)。その為、出現の直後に奥まで調査した記録は有りません。

 秘匿された可能性も無い訳では有りませんけど、採取・獲得した素材等を売却する事を考えたなら、何も言わない、という事は難しい筈。その場合な、ギルドや国が共謀(・・)している事に為ります。

 ですが、それを遣ると他国との関係や他のギルドとの連携にも支障が生じますからね。そこまでして秘匿・独占する価値は無いと言えます。

 そういう意味では俺達の存在は例外ですけどね。勇者の独立なんて公表されたら困る事ですから。


 それは兎も角として。目の前に現れたラビリンスをどうするか──ああはい、攻略ですね、了解。

 目を輝かせて、ちょっと鼻息の荒いシエルさんを一目見れば判ります。「一旦、出直しますか?」と言う事すら出来ません。気落ちする姿が容易に想像出来ましたからね。

 まあ、大して疲労も無いですし、消耗も無いし、予定という予定も無し。はい、行かない理由なんて特には有りませんね。行きましょうか。






「何と言うか……ダンジョンと変わりませんね」


「そうなの?」


「ええ。まあ、自然型の構造のダンジョンと比べてという事には為りますけどね」


「へぇ~…………ねぇ、今の私ならダンジョンにも入れるのかしら?。あ、(貴男)の以外でね」


「んー……シエルさん一人だと駄目だと思います。ダンジョン自体が勇者の為の存在なので、ジョブを得てもシエルさんは勇者ではないですから」


「やっぱり、そうなるわよね……」


「はい。でも、俺と一緒なら入れるとは思います。この指環って【同志の証輪(パーティーリング)】と同じみたいなので」


「……さらっと凄い事を言わないでくれない?」



 驚いた後、小さく溜め息を吐いたシエルさんから人差し指で頬を突っ突かれます。

 何処でもイチャつけるって凄いですよね~。


 まあ、それはそれとして。

 【同志の証輪】というのは装飾品(アクセサリー)の装備品。

 5つ一組で、装備者の5人を1パーティーとして括る事が出来る物で、ダンジョン内や、スキルにはパーティー扱いである事で1対象として判定される場合が有る為、勇者には重宝される物です。

 パーティーのリーダー用となる中核の指環(メインのリング)は必ず入手者──所有者である勇者用ですが、それ以外の4つは勇者以外でも装備可能。それにより、勇者に同行して勇者以外がダンジョンに入る事が可能に。ただ、特に恩恵は無い為、勇者以外の同行者は魔法要員である場合が多いそうです。


 シエルさんのみですが、【真絆の愛環】にも同じ様にパーティー扱いとなる効果が有ります。これでダンジョンにも入れる訳です。



()のダンジョンだと鍛練には為っても、ジョブのレベルは上がりませんからね。でも、折角ジョブを得たんだから、シエルさんのレベルも上げるべきか悩んではいたんですよ。魔王討伐はしないにしても手付かずは勿体無いかなって……」


「そうね……色々と公表は出来無いにしても、私も正直に言えばダンジョンには興味が有るの。普通は縁の無いままで人生を終える存在だもの。だけど、そう簡単に見付からないでしょう?」


「それなんですけどね、ヨノゥマキッコの情報網で現勇者の動向って調べられませんか?」


「可能とは思うけれど……会いに行くという様な訳ではないのよね?」


「ええ、知りたいのは、クルモワクヨモから何処を通って、どういう行動をしているのか、です」


「何だか、素行調査みたいね」


「ははっ、そうかもしれませんね。行動を辿る事で行動範囲が判ります。其処以外を探せば、未発見のダンジョンが見付かる可能性は有ります」


「詳しい事は話さない方が良いわよね?」


「そうですね。万が一にも接触しない為に、動向を知って置きたい、という感じで大丈夫ですか?」


「ええ、それなら特に疑われはしないでしょうね。ふふっ……何だか、ちょっとだけ悪い事をしているみたいで楽しくなってきたわね」


「二人だけの秘密ですね」



 そう言って笑い合い──イチャイチャする。

 敵らしい敵も居ませんからね。勿論、気を抜いて油断する様な事はしてはいませんけど。


 ダンジョンの話は一先ず置いておくとして。

 今は入っているラビリンスの事です。

 シエルさんが「それも大概な代物よね」と自動でマッピングしてくれる【足跡之書】を見て苦笑。

 冒険者として地図作製技術や記憶力を身に付けたシエルさんからすると反則みたいな物でしょうね。勿論、使える物を使っているだけですから、誰にも文句を言われる筋合いは有りませんけど。


 ダンジョンに限らず、普段からでもマッピングが機能しているので心配はしていませんでしたけど、記録されたマップを見ると、ラビリンスの大きさに驚かずにはいられません。

 異空間に存在するダンジョンとは違い、その地に根付く様に形成されるラビリンス。その多くは地中となる事は、ある意味では必然でしょう。

 その為、ラビリンスは巨大な巣の様に成っている場合が殆どであり、人工的ではない為、入り組み、複雑に交錯していたりもします。それなのに規則性というものは有りませんからね。マッピング無しに攻略は勿論、一度入ると出る事も難しくなります。ラビリンスの未帰還者の多くが彷徨った末の餓死が主な死因だったりしますから。


 それでも人々が挑む理由が有る訳です。

 既に、それなりの数・量を採取していますけど、何れも初見の物ばかり。植物系は勿論、鉱石や宝石といった類いの物も多いです。

 ただ、不思議なのは、何故、魔石類に近い物質が存在しないのか、という事。

 ラビリンスがマナ溜まりから生じるのであれば、魔石類に属する物質が有ってもいいのに。まだまだ世界は謎に満ちている、という事ですね。


 ──と、俺達は同時に足を止め、顔を見合せる。ラビリンスに入ってから初めて聞く異音(・・)

 その正体を確かめようと、通路の角から見えない様に気を付けながら、そっと先の様子を覗く。

 すると、目にしたのは何とも奇妙な物体──否、生物…………生物? ……動いているから動物の方が正しいのか?

 取り敢えず、ラビリンスで初めて遭遇する存在。恐らくは、コレが例の特殊な存在なんでしょうね。そうとしか思えませんから。


 それはスライムの様に半透明な身体で、しかし、影や幽霊であるかの様に薄っぺらく、だけれども、其処に実体(・・)は在るという意味不明な印象。

 シエルさんと顔を見合せますが、御互いに的確な表現や類似例を挙げられず、無言で悩む。

 まあ、悩んでいても仕方が無いので仕掛けます。観察して終わり、とはいきませんから。


 それで、その特殊な存在──便宜上“影スラ”と仮称しますが、影スラはシエルさんの放った魔法を受けると吸収(・・)。動揺するシエルさんに飛び掛かるが即座に庇い、【光咲の護盾】を取り出して防御。

 薄っぺらいのに、ベタンッ! と大盾越しにでも伝わってくる衝撃と重み(・・)

 身の危険を感じて直ぐに跳び退く──その序でに物は試しの【クリーンナッブ】!

 魔法だから駄目元で遣ってみただけなんですが、まさかの一撃でした。


 …………え~と……結局は何だったの?


 残されたのは、そんな俺達の微妙な雰囲気だけ。これをどうしろと?

 取り敢えず、残っていた石灰岩の欠片みたいな石を拾って先に進みます。

 色々と疑問は有りますが、情報が不足し過ぎてて何れだけ考えても納得の出来る気はしませんから。シエルさんも同意してくれいますしね。




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