紡ぎて繋がり
この世界に召喚されてから早いもので50日。
1年が12ヶ月、1ヶ月が30日、週は無くて、2ヶ月毎に1日の祝祭日が有り、1年は366日。1年は祝祭日で始まり、12ヶ月目の30日まで。時間感覚は同じなので違和感は少ない。
今日も良い天気。農業日和です。
さて、初めてのダンジョン攻略を終えた後、色々困惑する事も有りましたが、ダンジョンが消えたら外に出るしか有りません。強制退場なので。
天の声の後、外──入り口の有った場所に戻り、周囲に浮遊する戦利品を回収し、何よりも真っ先にステイタスの確認をしました。
ジョブが【豪農】にクラスチェンジした事とかは後回しにして、“領主”という事に付いて。
勿論、言葉の意味は判ります。自分の認識では、一定範囲の領地の主・支配者・統治者、という事。異世界でも国や領地は有るそうなので一般的には、同じ様な認識だと思います。
しかし、自分達の解釈とは何か違う気がしたので面倒な事になる前に、と思った訳です。
結果から言えば、認識としては間違いではなく、しかし、それ以上でも有りました。
この島を中心に半径10キロ圏内が自分の領地。領地の中では自分を傷付ける事は不可能で、領内に存在する全ての存在が絶対服従。領内の全てを把握する事も出来ます。
そして、領内であれば、自分は自由自在に転移で移動したり、転送する事が可能。
はい、帰宅は一瞬でした。
ただ、島なので周囲は海です。【水生の福音】が有るので海中も平気ですが、移動の度に濡れるのは嫌ですし、水上に立つ事も出来ますが、見られたら面倒臭いだけですから遣りません。
あと、周辺の海中探索を少しずつ遣っています。今の所、成果は海産物系のみですが。それはそれで嬉しい収穫なので何も困ってはいません。
それから、領主となった事で勇者としての能力が消失する事が無くなりました。だからと言って別に悪事を働こうとは思いません。平穏が一番です。
ただ、領内ではモンスターに襲われない為、楽に狩りが出来る様に成り、畜産も可能に。
食肉用ではなく、卵や乳等の生産が目的です。
スキル【加工】では、ポーションは作製出来ず。まあ、そうですよね。
そう思っていましたが、サブジョブ【調合師】のアビリティ【調合】で作製出来ました。
尚、サブジョブは想像通り。しかし、複数持てる仕様ではないみたいなので、戦闘職の方が良かった気もしましたが、今は【調合師】万歳です。
【加工】は食材は勿論ですが、木材・石材を使う大工仕事等も可能。でも、鍛冶は出来ません。
【熟成】も短時間で完成し、月・年単位を要する長期熟成も数日で可能に。早くチーズを作りたい。領主の能力で島内に存在するモンスターを把握し、搾乳が可能な“ホルタウンカウ”を見付けて小屋を建てて飼育しているので待ち遠しいです。
あと、“ウーコッコ”という食用卵を産む鳥も。雄の居る小屋は繁殖用で、雌のみの小屋は産卵用。ただ、食用肉には適さないので規模は小さ目です。何故って思いますが、異世界だから、そういう物と思うしか有りません。
エクストラスキルの【合成】は【調合】とは違い二つ以上の対象を融合させ、別の物にするスキル。対象の特性や効能を活かしたり、混ぜ合わせる事でポーション等の作製が出来る【調合】とは根本的に違うという訳です。
試しに島で採取した野草や石など【合成】により融合してみたしたが……取り扱い要注意だと判明。その辺の石ころが凶悪な投擲アイテムに成るなんて誰が想像出来ます? 無理ですよね?
まあ、自重さえして使えば凄いスキルだという事なのは間違い有りません。品種改良の様な使い方も出来ますしね。有難いです。
戦利品である【勇壮の武衣】は自分のイメージに合わせて変化する機能を持った衣服で、鎧や装甲を上から装備する事が可能なので防御力は二つ分に。単純計算でも大きな効果だと言えます。
【双鬼刃・朧神楽】は日本人男性であれば少しは憧れた覚えが有るかもしれない刀。名前からすると二刀流の対刀と思いきや一振り。ただ、反転機能を持っていて、属性を切り替えられます。基本となる黒刃時は闇・雷、反転した白刃時は光・氷に変化。戦闘に関係無く興奮したのは不可抗力です。
勇者としての力の永続化とは別に気になったのが一緒に言われた“独立”の部分。最初は何の事かと考えましたが、気付きました。
勇者となる者は異世界から召喚される訳ですが。自分は勿論、他の誰もが召喚に応じた訳ではない。だから、勇者となる者には色々と制約が設けられ、悪事や怠慢によっては力を失う訳です。
その制約が、召喚者──国か王との契約的な事と考えたなら、それは一種の雇用契約の様なもので。その契約下からの独立と思えば、理解出来ます。
それと同時に、召喚者に対する敵意・悪意を持つ事が無い様にする最低限の抑止力の様な効果も付随しているのかもしれません。
まあ、そうだからと言って自分から関わろうとは思いませんけど。其処までの怨恨は有りませんし、色々と遣って貰えましたから。それが向こうの保身から来る事だったとしても、事実ではあるので。
今後、勇者の力を失う可能性が消えた事も有り、出来ればレベルも上げたい所ですが、ダンジョンは島内には他に存在していません。
可能性が有りそうな【迷宮核】は用途不明。
その名前からするとダンジョンを構成する中核。本に記載が無いので未発見の可能性も有りますが。仮に、発見済みだとしても秘匿されている可能性は高いでしょうから。何故なら、新たなダンジョンを人為的に作り出せるのだとしたら。これまで勇者専用だったダンジョンを勇者以外が入れる様に設計・設定する事が出来るかもしれないから。
そうなると、勇者に頼らずとも装備品等や素材を得られる事が可能となり、莫大な利益を生む。
これが入手した勇者にしか使用出来無いとしても王女や貴族の御令嬢等を何人でも娶らせて、国内にダンジョンを作って貰う方が遥かに重要。
その勇者が存命中、どんな要求をしても、国内で叶えられる事、犯罪ではなければ。その程度ならば比較するのも馬鹿馬鹿しい程の価値を持つ。
だから、必ず秘匿される。
──とは言え、それが実現していたのなら、折角召喚した勇者を、ハズレだからと手放しはしない。生活の補助という名目で何人か付けて監視させる。それ位の事は遣るでしょうから……少なくとも、まだクルモワクヨモ王国では前例は無いのかと。
そういう意味でも、独立が出来て良かったです。面倒な事には成らないでしょうから。
ただ、使用方法が判らないので死蔵中ですから。それは正直、勿体無いと思います。
──という事を考えた数日後の事です。
勇者の宿命たる相手──魔王が居るのは王国から北側であり、タァジアンフ大陸の中央部。
その為、魔王から遠ざかる方向であり、現時点で島も確認されていない領地の南西の端である海上に転移してから潜り、領地の外側になる範囲の海中を探索していたら──海底でダンジョンを発見。
勿論、攻略する為に挑みました。
そのダンジョンでは魔石と素材は得られたものの宝箱は無く、中ボスも居らず、色々調べても採取が可能な植物や鉱物といった物も無し。唯一入手した装備品はボスから得た【礫蹴の跳靴】だけでした。
まあ、コレはコレでチート性能の装備品でした。装備して何かを靴で蹴れば跳躍が可能。石ころ一つでも大丈夫。そして、空気や水などの原子を対象に跳躍する事が可能だったりします。存在していれば対象に出来る、という事みたいですから。
物品としては期待していたより残念な結果ですが嬉しい事にサブジョブ【調合師】がレベルアップ。クラスチェンジをして【鍛冶師】に。これによって金属加工が可能になりました。
でも、装備品は作れないんですけどね。世の中、其処まで甘くは有りませんでした。
【調合師】のアビリティは【調合】と【調理】で何方等も最大。エクストラスキルは【解析】。
【調理】は料理する時に技術や知識に補正効果が自動で働きますが、料理自体に特別な効果が生じるという事は有りません。ただ、薬膳料理の様な物を作る場合には料理自体の効能が高まります。
エクストラスキルの【解析】は便利なんですが、色々な分野の知識が無いと意味不明。農業・薬剤の分野なら問題無く理解出来るんですけど。
【鍛冶師】のアビリティは【鍛冶】と【鎚】で、念の為にと買って置いた農具の修理用の鎚を使って鍛冶用の鎚を造る所から。鍛冶場も必要になるので大変そうですが、【加工】が良い仕事をしてくれて大助かり。改めて【農夫】に感謝です。
その昇級先である【豪農】もクラスチェンジして【聖農】になり、アビリティ【除害】【農康食】も最大、エクストラスキル【収穫】を獲得。
【除害】は害虫や病気は勿論、雑草の除去にまで効果を発揮する農業専用の守護力の様な力。自分が手を入れた田畑や作物に対して効果が適用される。但し、元々自然に生えていた木や草花に手を入れた場合は対象外。それが農業として認定される基準の判定ラインなのでしょうね。
【農康食】は農作物を食べると回復効果が発生。料理でも大丈夫。ポーションを使わなくても食事で回復が出来るのは胃に優しくて助かります。飲食が可能な量って有りますからね。それを計算しながら食事するのは面倒なので。尚、今の所は自分が作る農作物だけなので他者の作った物だと効果に違いが有るのかは判りません。
【収穫】は範囲効果で、範囲内の収穫対象を全て一瞬で収穫し、指定した場所に集積してくれるので便利です。収穫対象は一度に一種類のみのですが、ちゃんと意識した状態の収穫に適した物だけなので見落とす事が無くなり、集積先も【空蔵の鍵環】を指定すれば、その状態で保存出来ますから。
【聖農】のアビリティは【育成】と【聖属性】。【育成】は農作物に限らず畜産の方にも効果有り。その御陰で飼育するホルタウンカウとウーコッコの健康管理や成長の促進が可能に。
【聖属性】は文字通りに、自身の攻守を問わずに聖属性が追加されるというもの。追加なので元々の属性はそのまま。例えば【ファイアー】なら、火属性と聖属性に。はい、それってつまりは聖火です。【ウォーター】なら聖水。
「……え? それでいいの?」と思わない訳では有りませんが。そういうものだと思う事にします。考え過ぎても疲れるだけですから。
尚、海底のダンジョンをクリアしても、新しくはスキルやアビリティを得られず。この島に存在したダンジョンが特殊だったのかもしれません。まあ、詳しい事は判りませんけど。
「う~ん……大丈夫なんだろうけど、怖いな……」
そう呟きながら見詰める先には体長5センチ程の見た目は真ん丸で可愛らしい“スィービー”という黄色を基調に白・黒・茶の斑模様のモンスター。
「……あ、そうだ、養蜂も遣ろう」と思い付き、勢いで巣箱を作り、花畑等を用意し、島に棲息する蜂のモンスターを探した訳ですが。思っていたよりサイズが大きくて吃驚。でも、遠目から見てみると養蜂の風景だから大丈夫……な筈。
まあ、【領主】の御陰で襲われはしませんから、気分的なものです。
あれからも転移が可能な領地ギリギリの場所から日帰り出来る範囲内の海底や海上を探索しましたがダンジョンは最初に見付かった一つだけ。未発見の島も無く、島の西側・南側には見える範囲に陸地は見当たらない。覚悟を決めて本格的な探索をすれば見付かるかもしれませんけど。
転移が出来て、襲われる心配も無い為、領地内の探索は概ね完了。完全自給自足生活という意味では思い付く限りでは完成形だと思える状態。
そうなると、自然と外に意識が向かっていく。
ただ、そうすると行き先は人が居る場所に。
クルモワクヨモ王国には行かないとして、隣国も万が一を考えて避け、勇者達が進んだ可能性の有る場所も避けると……タァジアンフ大陸の西部域。
「領地から転移して、怪しまれない場所は……」
簡易的な大陸の地図を見下ろしながら、この島の位置から人差し指を滑らせて行った先に有ったのは情報の少ない2つの国。
西部の南域に東西に並んでいる二国は、自領地の境界線からも、そう遠くはない。遠目も遠目だが、水面から顔を出して見た限りでは漁村っぽい場所は確認出来なかったし、自然が多かった印象なので、沿岸部で生活する人は少ないそうな気がする。
何方等にも行けるが、目撃される可能性を考えて少しでも人目に付かない様に動くのなら──西側。その南には自分の住む島しかなく、海流も強い為に航路に使われてもいない。海路は東と北の隣国との間のみ往き来する2~3キロ程のみ。更に西は海が広がっているだけ。未確認なだけかもしれませんが現時点では何も無し。
領境まで転移し、小舟に乗って上陸するのなら。目立つ可能性は低い筈だから──此処に決まり。
準備は念入りにしてからになりますが。
「こうなってくると、何か怖くなるなぁ……」
この世界に来てから70日目の今朝。島から転移によって北西の海中に移動し、ゆっくりと水面へ。周囲に人気が無い事を確かめてから、用意していた小舟を取り出して乗り込み、身仕度を整え、北上。何事も無く近付き、見えた陸地は好都合な海面から30メートル以上有る断崖絶壁。素早く小舟を収納したら【礫蹴の跳靴】で空を蹴って駆け上がった。
着地した目の前には高さ5メートル巨岩が有り、其処にダンジョンが。当然、入りましたとも。
レベルは上がりましたが、今回はクラスチェンジするまでには至らず。まあ、そうですよね。
でも、今回は戦利品が複数有りました。その内、装備品が3つ。【深闇なる寵愛】、アクセサリーの【隠者の秘法】と【空渡の天翼】。
【深闇なる寵愛】は真っ黒な外套型の防具です。しかし、装備すると金属系の防具が装備不可能に。そのデメリットよりも、【吸魔】という装備者への害意の有る魔法を吸収し、装備者のマナを回復する能力の方が魅力的過ぎるチート品。防御力は皆無でアクセサリーっぽいですが気にしません。幸いにも防御力は【勇壮の武衣】が補ってくれるので。
【隠者の秘法】は金属糸みたいな素材で編まれた腕輪で、固有魔法【インビジブル】が使用可能に。対象は自分と、自分が触れている人。姿の透明化に加え、完全な気配遮断・消音・消臭・熱源隠蔽が出来る。但し、見えないだけで其処には居るし、移動すれば足跡等は残るので要注意。悪用はしません。
【空渡の天翼】は耳飾りで転移能力を持つ逸品。ただ、転移先は事前に登録が必要で、何処からでも転移出来るけど、何処へでもは転移不可能な仕様。それでも十分です。
登録出来る場所は三ヶ所まで。先ずは巨岩の前を登録し、一旦、海に向かって空中を疾走し領内へと戻ったら自宅前に転移し、登録。【空渡の天翼】の転移で巨岩の前に戻って来ました。順調過ぎます。
因みに、登録場所の変更は可能ですが、丸一日が経過しないと駄目みたいです。
それから、固有アビリティ【呪痕刻刃】も獲得。これは物理・魔法に限らず攻撃が当たりさえすれば対象にランダムで状態異常を確定で引き起こすので戦闘が楽になるので嬉しい。
ただ、何になるのかは判らない為、場合によって状況が悪くなる可能性も有るので楽観的に喜ぶ事は出来ませんが。要は遣り方次第ですから。
──といった感じな訳で。改めて考えてみると、これは「魔王、倒しに行くよね?」と言外に圧力を掛けられている気もしますが。それは他の勇者達が全滅したら考えてみます。
気を取り直して上陸した場所は人の手が入らない未開地だと一目見て判る鬱蒼と茂る森。視界を遮る様に聳える岩山によって隔てられた断崖絶壁の岬。そんな場所だから誰も近付かないんだと思います。まあ、だからこそ好都合なんですけどね。
ただ、そういう場所だから棲息するモンスターは人を恐れず、自分の縄張りに入ってきた侵入者だと判断して襲い掛かって来ます。当然ですよね~。
まあ、今の自分にとっては脅威では有りません。有難く糧とさせて頂きます。
あと、手付かずだからこそ、貴重な植物を色々と発見・採取する事が出来たのが嬉しかったです。
普通なら、最低でも二日は掛かるだろう険しさも今の自分にとっては秒で楽々と突破。まあ、その、自然の苛酷さに申し訳無い感じはしますけど。
あと、態々頂上を目指す必要は有りませんけど、高山植物とかも有るので。そういう労力は惜しまず頑張れるから人の欲って凄いと思います。
そんな頂上から見下ろす景色は絶景の一言です。眼下──岩山の北側に広がっている森の向こう側、東西に有る湾に挟まれる平野に聳える大きな御城を中心にした街が見えます。
「アレがヨノゥマキッコ王国の王都のギシャール。クルモワクヨモ王国の王都のメーダメッダも大きな印象だったけど、パッと見でも倍以上有るかも」
総国土としては、少しヨノゥマキッコ王国の方が上回るが大差ではない。ただ、立地や地形の関係、隣国との関係、国としての歴史等の様々な要因から違いが生じているのだと思う。まあ、そんなに歴史自体に詳しい訳ではないんですけど。
視線を左──西に向ければ湾と森に挟まれる様に存在する町──いや、村かな? それが見えるので先ずは其方に行って情報収集をしようと思います。何も予備知識が無いのは不安なので。
ディナモナン村は人口1000人強で、王都から森や海のモンスターを狩りに遣って来る冒険者向け商売で生計を立てている。その為、余所者が居ても全く怪しまれない。寧ろ、初顔だと判ると何処でも親切にしてくれます。リピーターを増やす為の努力なんでしょうけどね。有難いので文句は無し。
当初の目的は先ず冒険者ギルドで冒険者登録して身分証としても使える冒険者証を手にする事ですが王都ではなく、ディナモナン村の冒険者ギルドでの登録は悪目立ちしそうなので宿に泊まるだけにして村の様子や冒険者達の様子を観察する事に。
幸いにも、手切れ金として貰った御金が有るので島の外に出ても困りません。
この世界の御金は全国共通で白金貨・金貨・銀貨・銅貨の四種類。銅貨1枚が1イェーン。馴染みの深い音なので違和感が少なくていいです。
銅貨100枚と銀貨1枚が同価値で、100枚が貨幣の種類が変わる目安です。
村の宿の場合、素泊まりで一泊200イェーン。日本で二千円位だと考えれば、1イェーンが十円。物価的には同じ位だと言えます。
因みに、夕食付きの場合は250イェーンから。はい、食事のグレードや追加項目で変化する辺りが馴染みが有り過ぎて、逆に違和感が有ります。
今回は素泊まりです。軽く観光と食事を済ませて宿の部屋に入ったら、【空渡の天翼】に登録をして自宅に──あれ? 登録出来無い?
…………あっ、もしかして、他人の家や敷地だと登録出来無い仕様なのかも。悪用防止だと考えれば常識的な制限が有っても可笑しくはないしね。
そうなると村で宿を取ったのは失敗だったかも。いや、これが判っただけでも価値は有ったんだし、良かったと思う事に。自宅には明日の朝一で戻れば問題有りませんからね。
そして、遣って来ました、王都ギシャール。
この世界で知る中では今の所は最大の都。
都は王城を中心にして整備・発展しているのが、この世界の主流。町や村は異なります。
尚、貴族は居ますが、領地持ちは無し。国土とは全てが国の所有であり、王の所有。その為、国民は住まわせて貰っている事への税を支払う。家賃だと考えれば判り易いです。そして王都と町や村とでは税の額が大きく異なるのにも納得。その結果として税の易い地方で農業や冒険者向けの商売をする人を確保し易くしている訳です。
さて、問題は事前知識が無く、冒険者ギルドにはどう行けばいいのか、という事。
もし、これが他人事だったら「ディナモナン村のギルドで訊けよ!」と思うんだと思います。所詮は他人事ですからね。
でも、実際には村の出身者でもなく、誰かを頼り遣って来たといった訳でもないので、知らない方が怪しまれます。勿論、教えてはくれるでしょうが、無駄に印象に残る可能性が高いので避けました。
まだ田舎者に見られた方が楽なので。
そして、ふとした事で日本って親切だったんだと気付かされます。観光地でなくても彼方等此方等に案内地図や看板が設置されていましたからね。
そういった当たり前に有る物が無い事によって、改めて如何に恵まれた環境に居たのかを知ります。そういう日本を造り上げてきた人達に有難う。
まあ、今は目の前の問題なんですけど。何処かの御店に入って訊いた方が早いかな。別にコミュ力が壊滅的な訳ではないですし。
「どうかしたのかな?」
そう声がして、自分かと思って振り返ってみたら爽やか長身の金髪イケメンが笑顔を浮かべていたら貴方はどうしますか?
「イケメン死ね!」と拳を放った貴方は異世界に遣って来ても社会不適合者です。
「あ、実は冒険者ギルドの場所が判らなくて……」
「ああ、それなら通り道だから案内してあげるよ、付いておいで」
「有難う御座います!」
親切なイケメンの御兄さんの御陰で無事に冒険者ギルドに到着。だから御礼をしようとしましたが、イケメンらしく「君も困っている人を見掛けたら、どうか助けてあげて欲しい」と。マジでイケメン。本物は外面だけの紛い物とは違います。
「此方等がアイクさんの冒険者証です。冒険者証の再発行には1万イェーンが掛かりますので、簡単に無くさない様に御注意下さい」
「はい、有難う御座います」
王都の冒険者ギルドで登録を済ませ、女性職員の説明を受けて冒険者証を受け取る。尚、初回に限り発行費用は1000イェーン。気を付けましょう。
そんな冒険者ギルドの中にはモンスターの素材や食材の買い取り所が有ります。目立ち過ぎない様に低ランクの物を怪しまれない程度の量を持ち込んで買い取って貰います。
全部で21700イェーン。これが自分にとって働いて稼いだ初収入。ちょっとだけ感動します。
その後、ギルド内に有る資料室を利用。有料の。そんなに高くはないんですけど、無料ではないので利用者は少ない。ゆっくり出来るのでいいです。
モンスター等の依頼に関する情報だけではなく、歴史や文化等に関する資料も有るので助かります。王都のギルドなので結構な量も有り、何日か通って覚えたり、メモらないと無理そうです。
王都に宿は取らず、毎日通います。村を出てから知ったんですが、冒険者って野営する事も多いから宿を取るのは、本当に休息が必要な時だけだとか。料金の安い地方は別にしても王都では、という話。王都の宿を利用するのは商人が多いんだそうです。知れば納得ですが、知らないと悪目立ちしますから知識って大事だと改めて感じます。
王都から次に向かう先は東の隣国ルィーヤンク。ヨノゥマキッコで活動し続けてもいいんですけど、外に出た目的はダンジョンを求めて、ですからね。一通り探しましたが無かったので移動します。
ルィーヤンク王国は貿易業の盛んな国で、王都のレンディマーリャで流通している物品も多種多様。店の数も種類も多いし、商品の入れ替わりも頻繁。毎日巡っても数日で変わるので飽きません。
ただ、奴隷商も有る事には正直、驚きましたが。一応は勇者なので無関係の話です。はい、勇者って奴隷を買えないし、所有出来無いんですよ。でも、よくよく考えれば当然だと言えます。人々を救い、世界を繋ぐ勇者が奴隷を所有するというのは外聞が悪いですからね。不可能な方が常識的でしょう。
まあ、個人的には残念な気もしますが、此処では犯罪者が奴隷になるので、人としては終わった者が奴隷だと言えますから。そんな奴隷を買って一緒に暮らすとか危険なだけですから無しです。
それから、ルィーヤンクだからという訳ではなく男として気になるのが所謂、娼館なんですけどね。この世界では娼婦だけでなく、娼夫も普通に存在。比率としては娼婦が多く、利用者も男性が多いのは仕方が無いのかもしれません。
其処に知り合いが居る訳でもないので開き直って入ればいいんですけど……ヘタレだと言われても、言い訳も出来ません。
あと、ルィーヤンクを治めているのが若い女王様なんですが、滅茶苦茶エロかったです。偶々、姿を見る事が出来たんですけど。もし、あの人が召喚者だったら男勇者は殆どが言いなりになっている筈。それ位に別格。美女も上には上が居るものです。
そんなルィーヤンクでのダンジョン探索ですが、過去にダンジョンが有ったという場所へ。
薄々、そんな気はしていましたが、やはり過去に勇者が召喚された前例は有り、それは自分達を召喚したクルモワクヨモ王国に限った事ではないのだとヨノゥマキッコの資料を見て確信しました。
だから、過去の記録も参考になります。
まあ、空振りでしたけど。
ただ、当初の説明通りに、ダンジョンが出現する傾向としては勇者が召喚された地から魔王の所へと導く様になっているみたいです。
また、魔王領に近い国である程に、ダンジョンの出現数も増加するらしいです。
そうなると、自分が発見したダンジョンは何れも魔王からは遠い場所に存在していました。だから、海底ダンジョン以外は1つの国・領域に1つだけ。その可能性は高いと思える。
そう考えた場合、ルィーヤンクで魔王領から見て一番遠いのは…………南西の海岸。
実際に行って探してみましたが、出入口は無し。2時間サスペンスのラストシーンに使われてそうな打ち寄せる波の激しい、断崖と岩場が目を引くが、人が来ない場所ではないので有れば気付く筈。
所詮、仮説は仮説か──と思いながら、見ている人が居ない事を確認して、海の中へ。
はい、海中洞窟が有り、その奥にダンジョンが。これは見付けられませんよね。まあ、逆に言えば、誰にも見られないので安心なんですけどね。
そのダンジョンですが、出入口を抜けたら広さがドーム球場位は有る大空間。しかし、先に進む為の横穴は見当たらず、天井にも穴は無し。振り返れば通って来た筈の出入口も消失。
「……あ、コレ、殺る気満々だ」と思った瞬間。此方の思考を見透かしていたかの様に、大空間中に出現し始めるクリーチャー達。
慌てて右手に【肥耕の鍬】を取り出し、左手には【双鬼刃・朧神楽】を持っての即席二刀流で身構え問答無用に突っ込んで来たクリーチャーと戦闘開始。
以前の水中戦を彷彿とさせる敵数ですが、此方も色々と変わっています。【礫蹴の跳靴】等によって動き回っていると、バトルハイに。
開始から1時間と経ってはいないと思いますが、全滅させ、一息吐く──暇も無く、空間が大揺れ。経験から、「また落下だろ?」と身構えていたら、揺れが更に大きくなって──空間が大回転。
空中に放り投げられ、「──え?」ってなってる所に向かって飛来してくる巨大な黒い球体。それを靴底で受け止める様にして──蹴跳ばす。
こういった使い方は思い付いたら普段から色々と試しているので偶然でも打付け本番でもない。
だから、自分は軸足で空を蹴った反動を利用して自分が受ける運動エネルギーを上乗せし、倍返し。迂闊に飛び込んで来るからです。
今も尚、回転し続ける空間の壁にぶち当たって、跳ね返らずに壁にメリ込み、磔になった様に見えるボスなのだろうミノタウロスっぽい黒革の牛頭人。体長は3メートル程でムキムキのマッチョ。全身がゴムっぽいから、その弾力を活かした突進型かも。でも、壁から遠心力で空中に放り出される──所にダーツの様に鋭い一撃を、体重を乗せて叩き込む。容赦なんてする訳が有りません。そのまま壁の中に押し込む様に連撃を繰り出し──変身しても無視。何もさせずに倒し切りました。
《ダンジョンの攻略達成により、【エリクサー】が贈られます》
《特殊条件:【クリーチャー全9999体を2時間以内に出現させ、尚且つ、殲滅する】達成により、装備品【軽快な聖鎧】が贈られます》
《特殊勝利条件:【単独で挑み迷宮主を完封】達成により、装備品【真絆の愛環】が贈られます》
《特殊条件:【踏み入れてから1時間以内に1度も外に出る事無く攻略】達成により、固有アビリティ【痕吸魔牙】が贈られます》
戦利品を回収すると、転移させられて海底洞窟に戻されます。確認や考えるのは後回しにして帰宅。今日は既に時間も遅いので。
【エリクサー】は全治の万能薬。それも一瞬で。そのチート性能が故に、魔王討伐の必須アイテムと言われているそうですが、タダで渡しはしません。手に入れたのは俺なので。
【軽快な聖鎧】は聖属性・装備者の浄化能力付きという全身鎧。しかし、その最大の特徴はこの鎧を含めた装備者の全装備品の重量がまるで羽毛の様な軽さになるという事。勿論、攻撃時等の重さは別。見た目が重量級なのに素早いとか反則ですもん。
【真絆の愛環】は二環一対で、左手専用の指環。はい、所謂“結婚指環”という事です。その効果は自分が入手した専用装備品を伴侶も装備可能という意外な効果。死蔵する装備品を有効活用出来るのは予想外に嬉しい事。まだ相手が居ませんけど。
固有アビリティ【痕吸魔牙】はその方法を問わず相手にダメージを与えると、そのダメージ分マナを相手から奪い取り、吸収する。常時発動ですけど、常にマナを回復出来るのは最高です。試した感じ、過剰回復する心配も無いので。
何より【痕吸魔牙】が有る為、装備を回復優先で考えなくても大丈夫になるのは戦闘面での自由度が高くなるので助かります。
ジョブは共にレベルが90台に入っていますから次のダンジョンで、という感じ。アビリティは既に最大に達しているので先が有るか否か、でしょう。現在の【聖農】は最上級っぽいですから。
さて、次に目指す場所は、ルィーヤンクの北西、ヨノゥマキッコの北に隣接するテッネタショケ国。ルィーヤンクの北東には大国であるダノケナ帝国が存在しますが、魔王領と隣接している為、避ける。同様にルィーヤンクの東、ツグビ湾を挟んだ対岸のユギィウセチ国も勇者が来ている可能性が有るので近付かない様にします。
先ずはテッネタショケの王都のメイランスンにて情報収集。これまでの傾向から考えてダンジョンが在りそうな場所の見当は付いていますが、それとは別に知りたい事も有りますから。
テッネタショケは北東にダノケナとの国境、北にボイケヘワ公国との国境が有り、山に囲まれた立地という事で王都の側の海岸以外は陸路の利用が中心なので中継地となる町や村が多い。ルィーヤンクと比べてしまうと田舎という印象ですけど、四カ国を繋ぐ重要な場所では有ります。
特徴としては雄大な山々を含めた豊かな自然故に強力なモンスターが多く、それを目当てに実力者の冒険者が多い事でしょう。
だから、これまでの二ヵ国の冒険者ギルドよりも低ランクの、しかも単独の自分に向けられる視線は色んな意味で増えた様に思います。
メイランスンだから、という訳ではない筈。
……これ、ちょっと失敗したかも。まあ、大半は心配してくれているみたいですけど。それが実力を隠す自分にとっては複雑な心境。悩ましい所です。
「──ちょっと、いいかしら?」
「……え?」
貼り出されている依頼書を見ながら、「これなら中級辺りに上げた方が良いのかな?」と考えていた所に声を掛けられて振り向き──思わず見惚れた。
淡い金の長髪に、凛とした翡翠色の眼。白磁器の様な透明感の有る肌に健康的な赤み。160後半の身長とスラリとした手足。ルィーヤンクの女王様と比べると逆方向の魅力に溢れた物凄い美女が居た。だが、どうしても男として目が行くのが目立ち難い服の上からでも判る自己主張の凄い大きな膨らみ。二つの山ではなく、一つの山だから尚更に凄い。
「…………っ!? す、すみません!」
「ああ、別に構わないわよ、男の子ですものね」
慣れているのか、ガン見した事に頭を下げたら、美女は苦笑しながら赦してくれる。心も広い。
それはそれとして、滅茶苦茶ドキドキする。緊張しているのは勿論だけど、好み過ぎる。
以前であれば、現実には存在しない様な魅力的な女性達が、この世界には沢山居る。その出会った、見てきた中でも、一番。自分の理想が具現化したと言ってもいい位なので。
「え~と……それで何か御用でしょうか?」
「貴男、此処は初めて?」
「はい、今日着いたばかりです」
「そうなの? ああ、私はシエル、ランクはBよ。貴男のランクを訊いても良いかしら?」
美女──シエルさんは胸元──と言うか、四次元みたいな狭間から冒険者のランクタグを取り出して見せてくれる。
Bランク冒険者の銀のタグ。ギルド内で偽造品を見せる様な真似はしませんから本物なんでしょう。いや、疑っている訳では有りません。
ただ、Sランクは勇者相当とされ、Aランクでも大陸に数人で全員が各国の軍にも所属する兼任者。その為、純粋な冒険者としては実質的にBランクが最上位だと言えます。
そのBランクのシエルさん。多分、歳上ですが、其処まで離れてはいないと思いますから十代後半。その若さで……と考えると違う意味で緊張します。ええ、失礼が無い様に気を付けましょう。
初めての事なので不恰好になりますが、同じ様にランクタグを見せながら名乗ります。
フルネームではなく、冒険者として登録している名前だけですが。そういうのは珍しくはないという話ですし、確認もされません。尚、偽名の場合には何か問題が起きた時に困るので遣りません。
因みに、アイクという名前は珍しくはないそうでクルモワクヨモの兵士の中にアイクという人が居て気安く接してくれました。
「アイクと言います。Hランクです」
「冒険者になって何れ位?」
「え~と……1ヶ月と少し、位です」
一瞬、「半年程です」と言おうとも思いましたが万が一にも調べられたら直ぐにバレる様な嘘なので正直に言う事にしました。知られて困る様な事でも有りませんしね。
「1ヶ月でH? ヨノゥマキッコ出身でHランクに成れるだなんて貴男、優秀なのね」
「…………え?」
「あら? もしかして知らないの?」
「え~と……」
「ほら、ランクタグの飾り模様が有るでしょう? これって冒険者登録した国毎に違うデザインなの。私達のタグは模様が同じでしょう? だから直ぐにヨノゥマキッコ出身だって判ったのよ」
「そうなんですね。初めて知りました」
うん、ギルドの職員に「ちゃんと教えて!」って文句を言いたくなりますが、シエルさんと会話する切っ掛けになったので飲み込みます。見た目に加え声まで魅力的だとか……尊いが過ぎます!
「テッネタショケの出身なら兎も角、モンスターが然程強くはないヨノゥマキッコだと、Hランクには半年位は掛かるのが普通なのよ。だから、1ヶ月でHランクというのは凄いわ」
「因みに、テッネタショケだと何れ位で?」
「上級者パーティーに入って1~2ヶ月位かしら。貴男は一人みたいだけれど……」
「あっ、はい、一人です。気儘に旅をしてみたくて冒険者になったので」
「あら、気が合うわね。私も似た様な理由よ」
そう言って笑ったシエルさん。その笑顔の魔法に掛けられて──気付けば小一時間が経過。
うん、何か軽い感じで楽しく御茶していましね。迂闊な事は言ってはいなかったとは……思います。一目惚れって有るだと知りましたし、本当に惚れた相手を前にすると舞い上がる気持ちも判りました。もう、疑ったりはしません。
そのシエルさんですが、先輩冒険者として新顔の自分の事を心配してくれて声を掛けてくれたそうで本当に優しい女性です。大好きです。
……あ、これは駄目だわ。気持ちが溢れてくる。さっさとダンジョンを探しに行きましょう。
因みに、この世界の情勢的に旅人は少ないそうで一般的には変わり者や道楽者とされるみたいです。それはそうですよね。魔王やインベーダーといった明確な脅威が居る訳ですから。物流関係は仕方無い事だし、他国を挟んで距離が有るとしても安全面の保証は何も有りませんからね。
まあ、そういう動機から冒険者になる若者は結構居るみたいですけど、経験と年月を重ねれば自然と何処かに落ち着くものなんだとか。
シエルさんは今はテッネタショケに居ますけど、将来的には判らないんだそうです。
……彼氏? 訊ける訳が無いでしょ! 滅茶苦茶訊きたかったけど! でも、居たら失恋になるから訊きたくない気持ちも有る! 恋は我が儘です。
──なんて事を考えながら到着した目的地ですがヨノゥマキッコとテッネタショケの国境の一部にも含まれているガコサゴコイ大連山。時計の長短針が3時を示す様に真北と真東に延びている形。
その間──内側の角に当たる場所にはガシテサ湖という観光・避暑の名所が有ります。モンスターも強くないし少ないので人は多い。
ただ、ガコサゴコイ大連山は大陸西部でも屈指の険しさと標高という事で踏み入る人は皆無。季節は夏なんですが、三合目以上は雪山。吹雪いていないというだけで寒いものは寒いので防寒具は必須。
備え有れば憂い無しです。
はい、そういった場所だからこそ、ダンジョンも未発見のまま存在している訳です。いざ。
出入口を抜け、ダンジョンに一歩踏み込んだら、直ぐに引き返したくなりました。
だって、此処、氷洞のダンジョンなんですよ?
ゲームなら、定番の滑る床や床割れとかで進行を阻まれるという感じなんでしょうが、現実となると笑えません。罠として優秀過ぎますから。
しかし、この前のダンジョンには特殊条件としてダンジョンから1度も出ずに攻略するという内容が有りました。
まあ、前回に限れば、一定時間が経過で出入口が再出現し、脱出が可能になる、といった仕様だったのかもしれません。確かめる術は有りませんが。
だから、特殊条件達成の可能性を直ぐに放棄するというのは流石に躊躇います。勿論、目の前に死が迫っている状況なら迷いもしませんが。
…………不安ですが進みます。【礫蹴の跳靴】も有りますから。多分、何とかなる筈です。
「──なんて思った自分を殴りたいぃぃ……」
メジャーな罠や仕掛けには問題は無く、出現するクリーチャーも今までの攻略を思えば余裕も有る。ただ、如何せん広い。兎に角、広い。
氷という特性を生かしていて、鏡の迷宮みたいな空間とか、隠し通路や扉が多い事とか、立体交差で方向感覚や位置情報を狂わされたり、彼方等此方等に施された装飾等に無駄に芸術性が有ったり、と。簡単に攻略させるつもりは無いのが判ります。
これが何処かのテーマパークとかなら、滅茶苦茶人気が出るし、流行るんでしょうけど。残念ながら此処はダンジョンですから人は来ません。
ダンジョンに入ってから半日は経過していますがマッピング出来たのは現時点で13%。
最初に倒したクリーチャーが残した宝箱から得た専用魔道具【足跡之書】は本型で、所有者の歩みを刻み込む自動記録地図機能付き。
まあ、ダンジョン限定なので攻略したら、記録は全てリセットされる仕様みたいですが。地図無しで攻略出来る気はしませんから、文句は言いません。親切な事に達成率も判るので。
ただ、判るから100%にしたい。
そう思う様に思考が誘導されている気もします。考え過ぎだったらいいんですけどね。
《装備品【生命の神秘】を入手しました》
そんな事を考えながら倒したクリーチャーの宝箱から現れたのは首飾り。
ちょっと意味深な名前ですが……あ、そういう。効果は簡単に言えば“環境適応”。装備してみると直前まで感じていた寒さが嘘の様に消え、快適に。成る程、確かに適応進化って生命の神秘ですから。この装備品の有無はダンジョンでは大差でしょう。自然界の環境よりも極端なので。
「だけど、攻略優先だったら見付けられない辺りに意地の悪さが滲んでるよなぁ……」
そう呟きながら開いている【足跡之書】を見れば現在地はメインルートから大きく外れた、攻略とは無関係な入り組んだ道の行き止まり。ダンジョンの隅々まで探す習慣が無かったら見逃していますし、態々確かめに端っこまで行かないとクリーチャーが出現する事が無いので入手は困難。
「思う存分にダンジョンを満喫してくれっ!」と言わんばかりの造りだと思います。
そんな氷洞ダンジョンなんですが彼方等此方等に稀少な素材や鉱石、植物が有るので採取しないのは勿体無くて無視出来ず。時間が掛かるので時間的な特殊条件──最短時間での攻略といったものは既に諦めています。装備品やアビリティも欲しいですが全ては得られませんからね。
まあ、それを除いても宝箱の数自体は設置済み、クリーチャーのドロップを合わせれば、過去最多。装備品も多く、戦闘用ですが固有魔法・効果付きの武器・防具・装飾品も幾つか入手出来ましたから。成果としては十分でしょう。
それでも、時間は積み重なる一方。食料は有り、彼方等此方等に安地も存在するのでダンジョン攻略自体は順調で現在91%。。
よく有る事なんですが、最後の1%が埋まらないという事態に為りそうな予感が。ボス部屋は対象に含まれない仕様の為、扉を見付ければ十分ですが、後戻りするのは……ちょっと……いや、かなり億劫だったりします。ゲームでも凹みますからね。
だから、時間を掛けてでも確実に。
その甲斐も有って、ボス部屋の前に到着した時、マッピング率は100%に! 達成感が凄いです。ダンジョンに入ってから四日近くになりますから。さっさとボスを倒して帰りましょう。
「………………ぅ……ん…………もぉ朝ぁ……?」
この世界に来てから、ベッドの中で射し込む光が今日程不快に感じた事は有りません。それもこれも氷洞ダンジョンが原因です。
氷洞ダンジョンのボスは特に苦戦する事も無く、あっさりと倒したんですが……隠し条件を達成して強制的にエクストラステージが開始。ダンジョンが広いという事の凶悪さを痛感させられました。
先ず、ボス部屋に裏ボスが出現し、倒すと消滅。当然、それで終わりではなくダンジョンの何処かに再出現。それを見付けて倒す、という仕組み。
十段変身という謎仕様で都合11戦。それに加え最初の戦闘後、ダンジョンが崩壊し始めてカウントダウンのタイマーが出現。更に裏ボスが6回目以降ダンジョン内を移動するから超鬱陶しかったです。
それでも、何とかクリアし、直帰して寝ました。それなのに疲労感が残っています。まあ、畑仕事は休めないので遣りますけどね。
ジョブの【聖農】が【天農主】に、サブジョブの【鍛冶師】が【魔道師】にクラスチェンジ。
エクストラスキルは【分解】と【錬成】。
【鍛冶師】から得た【錬成】は装備品や魔道具の作製が可能なスキル。素材は必要ですが、手作業で造る訳ではないので問題無し。ただ、スキルに使用回数が有り、1日の上限は3回。シビアです。
基本的に汎用装飾品で、専用装飾品を造る場合は1日に1度となり、更に翌日から3日間はスキルが使用不可能に。性能や価値を考えれば当然なのかもしれませんが……いや、それでも凄い事ですか。
まあ、そんなに造る事は無いでしょうけど。
【聖農】から得た【分解】は、その通りに対象を原子レベルで分解。一応、非生物は対象外ですが。凶悪なスキルです。でも、これでゴミ問題は解決。【肥耕の鍬】はチートですが、肥やしに変わっても実は質量は変わりません。はい、消費し切れない量の肥やしが出来て溜まっています。
それが【分解】なら塵すら残りません。万歳!
ああ、それと【足跡之書】ですが、クリアにより解放された機能が有ります。それが天の声を含んだ自分の勇者・領主に関する記録。これにより、後で色々と確認出来る様になったのは便利です。
そして、【足跡之書】に記された最新のページ。其処に有る一文に触れると頭の中に声が響く。
《【迷宮核】の起動条件を満たしました》
《【迷宮核】が使用可能と成りました》
改めて聞き、静かに一息吐きます。
起動条件は恐らくは、入手後にダンジョンを4つクリアする事。氷洞ダンジョンが4つ目でしたから間違いではないと思います。勿論、それだけなのかどうかは判りません。事後でも説明が無いので。
ただ、【迷宮核】の使い方は判ります。名前から想像出来る通り、ダンジョンを生み出す事が可能。しかも、自分が設計・設定も出来るので凄いです。まあ、他の誰かが入る事は殆ど無いでしょうから、使い易い様にしようとは思っていますけどね。
ダンジョンは【領主】の権限が及ぶ島の中に造る事は確定。肝心なのは何処に造るのか、です。
家に近い方が便利なんですが、既に手広く広げた田畑や果樹園等が有るので難しい。普通に存在するダンジョンとは違う分、何かしらの影響が有るのか判りませんからね。場所決めは慎重に。島の元々の自然環境に影響が出ても困りますから。
……ああ、やっぱり人間って単純で欲深いんだと思わずには居られませんね。あれだけ寝起きの時は何もかもが億劫だったのに、今は遣る気で身も心も満ちているんですから。
幸せは人各々で。
その人次第なんだと思います。
そういう意味では自分にとっては島での自給自足生活というのが合っているから幸せなんでしょう。社会的な柵、人間関係の面倒といった自分の意思と行動だけでは、どうにも出来無いという事が少ないからこそ、生き安いんだと思います。




