侵入者
正直に言えば、ユマデェ山の、エメが居た跡地に新しく別の神殿を造るというのは時間稼ぎだった。
勿論、言った以上は本当に造るつもりではあったけど。それは数年を掛けて、というつもりでだ。
決して、村の神殿を造った後、直ぐにというつもりではなかったし、況してや並行してではない。
──が、村の皆の認識は違っていた。
いやまあ、言い分としては理解出来るんですけどね。
仕上げ作業に入ると精緻で繊細な仕事になる。
そうすると当然ながら力仕事や大まかな作業をしていた面々は見ているだけになる。
勿論だけど、日常的な仕事は別にしてでね。
うん、まあ……要するに暇な訳です。
皆で遣る大きな仕事という経験も有ってなのか、遣る気満々なんですよね。
その為、押し切られる形でユマデェ山の神殿の建造にも着手する事になりました。
まあ、遣る以上は真面目に遣りますけどね。
「こうして目の当たりにすると【領主】の権限というのは規格外じゃのぉ……」
そう言いながら隣で見上げるアルビナス。
エメが居た跡地というのは巨大な穴になっていますから再利用しようと俺は考えました。
折角なら、湖に浮かぶ神殿にしようか、と。
しかし、それだと山を登って来たら神殿に到着する。
何と無く、物足りない。
そう思った俺は【領主】の力で地形を操作。
巨穴の中央に槍の様な岩山を創り出した。
湖の真ん中に聳える巨峰。その頂上に神殿を築く。
そして、下から何ヵ所かの小殿を置き、それらを辿って上りながら神殿を目指す。
どう? 如何にも巡礼っぽくない?
「主様、正直、訊かれても困るのぉ。妾達には、その様な風習や価値観は無いからのぉ……」
…………そうでした。
でもまあ、そんな感じって事です。
尤も、湖の水面から頂上までは凡そ1キロ。
ジグザグと道を付ける予定なので単純に倍近い距離か。我ながら優しくはないな。
でも、厳しくないと意味も無いと思う。
観光客目当ての商売巡礼じゃないんだから。
「しかし……造れるとは言え、巨大じゃのぉ……」
手元の俺が描いた図面を見ながらアルビナスが呟く。
水中──水を引き、湖にして水没する部分は全て無加工なんだけど、水面から上は半分を全加工。
例えるなら、筍の形をした岩山を縦に分けて、前面側の半分だけを削っていく感じになる。
完成像は……雰囲気的には座している大仏様かな。
一番下は広く大きく。下からでも祈りを捧げられる様に拝殿も用意します。
其処からは削り出した階段を上って行く。
大仏様の頭上に神殿が有る、というイメージ。
実際には大仏様を彫る訳ではないんですけどね。
まあ、本当に数年を掛けて、という大仕事になります。だから、張り切り過ぎない様に。
さて、村の神殿造りが仕上げ作業に入っている事も有り数日中には完成し、御披露目となるでしょう。
以降、その日が村の神事──御祭りの日になります。
そういうのは、きちんと決まっている方が気持ちいいと個人的には思います。曜日でズラすのは違うでしょう。
まあ、そんな小さく下らない愚痴は無視して。
今、俺を悩ませているのは礼拝の方法です。
はい、俺は勿論、誰も、この世界での正式な礼拝の方法なんて知りません。どうしましょうか?
そう皆に相談しました。遣り方を揃えた方がいいので。各種族に独自の遣り方とか有りませんから決めさえすれば統一する事は簡単なので。
そうしたら……
「アイクの世界の遣り方でいいのではないか?」と。
そのローザさんの一言で決まった訳ですが……
果たして、それでいいんでしょうか?
「相変わらず変な所で気にするな」
「だって、今後ずっと続く訳だしね……」
「まあ、そう考えると適当には出来無いか……」
そう言って苦笑するローザさん。
「済まないな、私の一言で……」と。
責任を感じている様な表情をするので抱き寄せてキス。気にしていない事を伝えます。
悩んでいるのは、ちゃんとした形にする、という事で。俺が考える事の責任云々では有りませんから。
ローザさんの所為では有りません。相談したのは俺で、皆も同意した訳なんですから。
──とは言え、解決しそうには有りません。
一応、神社風だから二礼二拍一礼でもいいんですけど……
賽銭箱とかは置かないしなぁ……
だからと言って、建物に合わせる形にするとミサとかになるんですけど……俺は詳しくは知りません。
何と無くで判るのは断片的なイメージや情報ですから、正しいかどうかも判りません。
説法をするとか、聖書の朗読とかを遣るにしても聖書に類する物が無いから出来ません。
讃美歌を歌うとか、祝詞を唱えるとかも一緒です。
う~ん…………マジでどうしよう……
「………………──ん?」
「アイク?」
悩んでいると、【領主】の能力である自領域への侵入を報せる反応が有った。
──有ったんだけど……
その方向──空を見上げる。
太陽に白い雲、晴れた青空が其処に有った。
「アイクさ~ん、今日の獲物で~す」
「グズッ……わ、私は美味しく有りませんからぁ……」
ミィムが笑顔で縛り上げた美女を連れて帰った。
うん、この美女が侵入者。
涙と鼻水と……涎も出ていて、グチャグチャの顔の。
それでも美形なのが判るんだから凄いと思う。
色々と台無しな感じだけど。
ただね、ローザさんもアルビナスも誉めないの。いや、侵入者を殺さずに捕縛してきた点は誉められるんだけど。子供が狩りを成功させたのを誉めているみたいだからね。うん、ある意味は正しいとも思うんだけど。ミィムが変な認識を持ったら困るから程々にね。
まあ、取り敢えずは俺も誉めますけど。
ところで、ミィム。その縛り方は誰に習った? ああ、怒ったりはしないから……スィン? 意外な出所だな。
後で、どんな経緯で亀甲縛りなんて物を知っていたのか聞いておかないとな。
さてと……目の前の問題に向き合いましょうか。
ミィムが捕まえてきた美女ですが、一番の特徴は背中で存在感を主張している翼でしょう。白に近い、淡い黄色の羽毛が見た目からしても柔らかそうです。
腰まで届く癖の無い薄い金色の髪。赤桃色の円らな眼。整ったスタイルを隠しながらも然り気無く際立たせる白を基調としたワンピース。
最近、女神像を彫ったばかりだからでしょうか。
目の前の美女が、天使っぽく見えます。
まあ、御尻──正確には腰の辺りから生えた尾羽が有る事から違うのだとは判りますけどね。
あと、裸足で、足の指が長め。爪が鋭く鉤状な事からも彼女は鳥系のモンスターを祖先に持つ種族だと思います。この姿で違っていたら詐欺でしょう。
「俺は此処の村長をしているアイクです。貴女は?」
「グジュッ……ハーピア族のフェルメです」
「フェルメさん、何故、捕まったのか判りますか?」
「貴男達の縄張りに入ってしまったからです」
「うん、ちゃんと判ってるみたいで安心した」
そう言って彼女の頭を撫で、ミィムに拘束を解かせる。
俺だと切るしか出来無いから──って、切るんだ。
それなら俺が遣れば良かったかな。
……ん? ローザさん、何? ……ああ、成る程。
俺が遣ると完全に赦した形になるけど、ミィムが遣ると
現場の責任としては、という認識になるらしい。
つまり、まだ俺が赦してはいないから、可笑しな動きを見せたら問答無用に攻撃が可能なんだそうです。
別に抵抗するとは限らないでしょう。ねえ?
「は、はひっ!」
…………ごめん。ローザさん達が正しかったです。
彼女、隙が有れば逃げるつもりでしたね。
面倒なので【領主】の権力を使いましょうか。
飛行を禁止し、アルビナスが「飛んでみよ」と促して、飛べない事に驚くフェルメさん。
飛ぼうとしているのに飛び方が判らないんだそうです。へぇ~……そんな感じになるだ。
何気に初めて使いましたからね。
だって、皆に使う理由なんて有りませんから。
──で、顔を青くしたフェルメさんが土下座。
額を付け、可能な限り身体を折っての超低姿勢で。
うん、何だか既視感。
しかし、気になるのは先程の一言。
彼女が“縄張り”という表現をした事。
間違いではないんですけど……かなり動物的な印象。
少なくとも国──いや、村や集落といった定住しているライフスタイルを持っているとは考え難い。
寧ろ、飛べるのであれば逃げ易い。住所不定者にとって飛行能力は自由さを促進させるだけでしょう。
そして、先程のフェルメさんみたいに狡賢くなり易い。飛んでしまえば大抵の者は手を出せませんからね。調子に乗り易い思考が出来易いと言えます。
「フェルメさん、正直に答えて下さい。敵対する気は?」
「ゴごご御座いませんっ!」
頭を上げず、土下座したままで答えるフェルメさん。
頭を上げて貰いたいけど……今は駄目っぽい。
気付いたら、取り囲む様に妻達が集まっていますから。一つ間違っただけで即座に手が出そうです。
俺の奥様方は武闘派の肉食系ですからね。
「俺はハーピア族の事を知りませんが、単独行動する種族なんですか?」
「そ、それは………………た、偶々です」
ふむ。今の間──逡巡した事から見て、利己的な考えで仲間を危険に晒すつもりは無いのだと判ります。
だけど、此処で嘘を吐いたり、下手に誤魔化すのも悪手だという事は判ってはいるみたいですね
それが判っているのなら話はし易いでしょう。
「偶々、貴女は一人で行動していたと?」
「はい」
「では、仲間は何処に?」
「え、え~と………………」
「ああ、訊き方が悪かったですね。仲間が貴女を探すのは当然の事として、此処に来て此方等に敵対行動──攻撃を仕掛けてくる可能は有りますか?」
「…………無いとは言えません」
「まあ、そうなるでしょうね……」
拘束はしないにしても、飛べない事が判ればねぇ……
そして、妻達が「その方が話が早い」と言わんばかりに遣る気を見せています。
言いたい事は判りますが、肉体言語は奥の手で。
先ずは、ちゃんと話し合いましょうね?
……フェルメさん、顔を上げた方が良いかもよ?
「フェルメさんはどうして単独行動を?」
「わ、渡りの途中で……その……暇になって……」
…………どうしよう。これ、彼女が一番悪い形です。
多分、彼女の仲間は今頃、心配している筈です。
そういう意味では解放してあげたいけど……
それはそれで此方等の立場も有るからなぁ……
こうなると、どうするのが一番良いのか……
「……あのぅ、アイク様ぁ、宜しいですかぁ?」
「ん? どうしたジステラ」
「私の糸で縛るのは如何でしょうかぁ?」
「どういう事?」
「先ずぅ、彼女の翼に私の糸を巻き付けてから仲間の元に帰らせますぅ。それから彼方等に説明して率いている者と一緒に謝罪に来させるのですぅ」
「それだと逃げない?」
「逃げたら翼を細切れにしますぅ」
「────っっ!!??」
あー……成る程ね。効果抜群みたいです。
拘束するだけだと仲間が抱えれば落下しなくても済む。だけど、絡まっている糸で翼を細切れにされたら、二度と一緒に飛ぶ事は出来無くなる。
空を飛べるから、生きて来られたのであれば。
その翼を失う事は死に等しい、と。
実に蜘蛛らしい考えです。
「──という訳で、ジステラの案を採用で良いかな?」
そう皆に確認すれば、反対は無し。
まあ、何人か「ガツンと遣れば早いのに……」と。
回りくどい遣り方に思う所は有りそうでしたけどね。
取り合えず、無駄な血は流れずに済みそうです。
今日、ミィムちゃんが面白い獲物を狩ってきた。
違った。侵入者を捕まえてきた。偉い。
初めて見る種族。ハーピア族というみたい。
アイクさんが造った神様の像に似ている。
でも、あんな威厳は微塵も無かった。
ただ単純に似ている、というだけみたい。
初めて会う種族だから色々と話したい。
だけど、彼女は侵入者。軽々しく接してはいけない。
ジステラさんの糸を翼に巻き付けて一時解放。
逃げようとしたら翼を細切れにされる。
ジステラさんて意外と容赦無いから。
普段、服や下着の話をしている時は楽しいし優しいけどアイクさんが絡むと……は私達も一緒かな。
ただ、直ぐにではなく、準備が有る。
その間、私は彼女と話してみる。
アイクさんにも許可は貰った。
「出来れば、懐柔してね」と。
幾つかの果物を渡されて。
……実はアイクさんの方が容赦無いかも。
一度、これらを食べたら忘れられないから。
彼女も、ハーピア族も、村の住民になる。
「何コレ美味し過ぎなんですけどっ!?」
レプンガゥの品種改良品で、とても甘くて酸味と渋味が全く無くて種も無い[ピオーネア]を一粒食べて感動。
気持ちは判るけど、チョロい。
でも、感動を素直に口に出来る点は好印象。
仲良くなっていける気がする。




