命を賭して
手にしているのは鉈と手鎌。だが、その一撃では致命傷を与えられる事は無い。
だから、これは単純に手数重視な選択。
はっきり言って、鉈で一撃を入れて判った。
二ヶ月前には小さな傷一つ付けられず弾かれたが今は鱗を凹ませる程度には威力が上がっている。
確かに、以前の自分よりはアビリティの頭打ちで補正効果は高まっている。
しかし、言い替えれば、それだけだ。
未だにジョブはレベル1のまま。
こんな事なら、ダンジョンを探してレベル上げを遣っておくべきだった──とは思わない。
それ以上に大切なものを多々得たのだから。
ただ、改めて、そう簡単には倒せない相手なんだという事は判った。
グリャンギザの深淵森のモンスター達より遥かに上位の存在で、あんな場所に居る方が可笑しい。
ゲーム開始直後の村や町の側でラスボスの片腕が散歩でもしていて、遭遇した様なもの。
偶然の事故にしても不運過ぎる。
ゲームなら苦情殺到、炎上案件になるだろう。
此方等の攻撃は通用していないのも同然。
しかし、自分が勝てる方法なら一つだけ有る。
戦技・【一輝農閃】を当てる事だ。
そう、当てられるか否かが全て。
当たりさえしれば勝てる。そう言い切れる。
しかし、相手は殺し合っている上に、動き回り、直感も鋭い。蛇というだけでも厄介なのに。
何という高難度。序盤に登場する敵じゃない。
だから、先ずは手数で削りつつ、情報収集中。
まあ、大して削れてはいないんだろうけど。幸い回復手段というのは限られている。モンスターにも生命としての再生能力や自己治癒機能は有っても、ゲームの再生・回復みたいな事は不可能。
つまり、削りは有効。勿論、条件は同じ。持久戦となれば自分の方が不利な事は言うまでも無い。
あとは、意外と自分の魔法は効果が有る事。
流石に必殺とは行かないが、削りや陽動には十分役立ってくれている。
毎日地道コツコツと遣ってて良かったと思う。
ただ、それでも平気そうな大蛇が可笑しいんだ。俺が弱い、未熟なのは勿論としてもね。
──とか考えながらも闘えている自分には驚く。アビリティの補正が有るとは言え……そうなると、やっぱり、アレかな。オルガナ族やネーレイア族が遣ってるって聞いてから使ってる魔力の循環術。
これ、魔力操作の技術精度向上が主目的だけど、実は魔力への耐性──高負荷トレーニングみたいな効果が有って、身体能力が上がってるし、魔力循環による身体強化的な副次効果が有る事が判ってる。
まあ、魔力の量が無いと無意味なんだけどね。
俺は条件を満たしている訳です。
「────って、魔法っ!?」
【ウォータースピアー】を放ってくる大蛇。
回避し、次撃を【ファイアーボール】で相殺し、少しだけ距離を開ける。
魔法を使った事には驚くが、同時に納得もする。魔法は魔力が有り、扱える適性が有るなら、誰でも使用する事は可能。そう世界に定められている。
インベーダーは勿論、クリーチャーも使えるならモンスターだって使えて当然。
それにムムナちゃんと同様に魔力を使った探知で自分の鱗を探し当てたのだとも判る。鱗にも自分の魔力が宿っているなら、探し易いだろうしな。
だが、注意すべきは其処ではない。
まるで、此方の思考や心理状態を見抜いているのではないかと思う様なタイミングで使って来た。
その事の方が驚きであり、脅威だ。
「……っ、ああ、そういう事か、舐めやがって」
此奴、人の言葉を理解してるな。
だから、俺を探し出し、挑発する意味でも巡回をしていた男性三人を捕らえただけで殺しはせずに、リンゼさんに対しても「邪魔だから退け」といった程度に手加減していた。興味が無いから。
本当に、俺だけを探し求めて此処まで来たのだと理解出来てしまう。
恐ろしいまでの執着心だが──不思議と、口元が緩んでしまう。
別に特殊な趣味は無い。
ただ、こんなにも高位の存在が、役立たず・無能として見限られたハズレ勇者の俺を認めている。
ある意味では、ローザさん達よりも先にだ。
そう思うと、嬉しくなる。可笑しな話だけど。
だからこそ、絶対に諦めないし、敗けられない。勝利する事でしか、此奴には示せない。
「御前が認めた弱っちい人間が御前を殺した」と死を以てのみ、応える事が出来る。
何しろ、ルールは弱肉強食なんだからな。
不意打ちの魔法を俺が防ぎ凌ぐと、自分が魔法を使えると示したからだろう。手数が増える。
蛇らしい動きから一転、老獪な遠距離魔法使いを相手にしているかの様な魔法の使い方。
威力を削ぎ数を重視した弾幕攻撃をしてくれば、此方等の死角を突き急所を的確に狙ってくる必殺の一撃を放ってくるし、魔法の中に地面を叩き割って作った土塊を混ぜ込んでもくる。
対峙している俺は勿論、離れて見守っている皆の方からも時折、驚きの声が上がっている。
そうなるのも無理も無い。何しろ、此奴の戦い方というのは学ぶ事ばかりなんだ。
全く……一体、何れだけ生きてるんだ。
そして、何れだけの人と戦い、殺してきたのか。考えるだけで冷や汗が出てくる。
ああ、だからと言って、憎悪や憤怒なんて無い。何処の誰が、何れだけ死のうが関係無い。
此奴はただ、御互いの命を賭した戦いを制して、今日まで生き抜いてきた強者であり、勝者。
ただそれだけだ。
それが生きるという事であり、弱肉強食に善悪は存在しない。
だからこそ、俺も、皆も、その姿に、在り方に、その生き様に、魅せられてしまう。
普通なら「巫山戯んな! 無理ゲー過ぎだ!」とクレームを言ってる所だろう。
でもそれはゲームだから。
こうして直に向き合い、命を賭して殺し合えば、そんな陳腐な思考や感情なんて吹き飛ぶ。
勝たなければ死ぬしかない。
そんな極限状態が現実なんだから。
勝って生き抜く為に、今、此処で成長する。
十の水の槍を作り出せば、十の火の球を作り。
二十の火の球を作り出せば、二十の水の槍を。
相殺する為に、抗う為に、自分の限界を超越。
自分でも付いて行けている事が信じられないが、魔力は無尽蔵という訳でもない。
何時までも続けていたと思う程に楽しいが。
決着の時は確実に近付いて来ている。
それは大蛇の方も同じ。
どんなに高位のモンスターだろうと、同じ生物。限界というのは必ず存在している。
俺と大蛇の差。
実力差を埋めるジョブの存在も有る。
だが、此処に来て俺も奥の手を使う。
亜空間から虹色に輝く液体の入った小さな小瓶を取り出す。
これは【BMP】。
勇者専用の魔力回復薬。ネーレイアに代々伝わる秘宝とされていた物の一つ。
その名の通りで、誰も使用出来無かった為、俺に献上された訳ですが。それを此処で使う。
それだけの相手だ。惜しい訳が無い。
飲み干し、魔力が完全回復する。
超貴重な絶品。本来なら、魔王と戦う勇者の手に在るべき物だが──知った事か。
これはネーレイアと縁を結んだ俺が受け取った物なんだから、どう使おうが俺の自由だ。
そして、大蛇には感謝する。
自身の魔力量なら自覚出来る様に成っている今、この闘いを通しての成長が明確に判る。闘い始める前よりも数倍にまで高まっているのだから。
その嬉しさと高揚感から自然と口元が緩む。
「卑怯だなんて言わないよな?」
そう言って挑発する様に笑えば、大蛇は眼を細め不敵に「好きにしろ」と嗤った様に思う。
あらゆる全てを出し尽くして挑んで来い。
そう言い放ち、威風堂々と構える真の強者の姿を大蛇に重ねてしまうのは当然の事だろう。
挑戦者である俺から見ても尊敬してしまう程に。その姿には神々しさすら覚えるのだから。
ただ、これでも自分の勝機や勝率は変わらない。いや、これも含めて、と言うべきか。
勝ち方の形が決まっている以上、それ以外の事は決め手には為らない。
──とは言え、無駄という訳ではない。其処へと到る為には必要な事なのだから。
大蛇に【ウォータースピアー】を撃ち込みながら身体を下から突き上げる様に【ロックアッパー】で大蛇の巨体を浮き上がらせる。
地面から岩を突き出させる【ロックアッパー】。しかし、その本当の狙いは上ではなく、下。
大蛇の巨体をも突き上げる岩だが、その超重量を無制限・無影響で可能にする訳ではない。
岩を支える地面は大蛇の重さを受けて沈み込み、しっかりと固まる。
当然だが、岩の有無で差が生じる。
では、固まってはいない地面に【ウォーター】を撃ち込めば、どうなるのか。
土は水で緩み──泥濘に。
ただ、相手は蛇。底無し沼でもない限り、自由を奪うという事は難しい。
実際、「だからどうした?」と言う様に自分から泥濘の中を動き、見せ付けてくる。
「──その傲慢さ、人みたいだな」
そう言えば、大蛇は動きを止め、警戒する。
しかし、もう遅い。御前は自分から鎖を巻いた。数を重視した【ファイアーボール】の連発。
大蛇にダメージは入らないだろう。だが、身体に付いた泥は違う。一気に熱せられて水分が蒸発し、泥は硬く固まる。
陶器等の様な丈夫さはないが──それで十分。
瞬間的に、大蛇を拘束する事に成功する。
勿論、大蛇の力なら内側から砕く事も可能だが、それには多少でも時間が必要。動けなくなる。
──が、泥の付いていなかった頭部近くは自由。驚きながらも、まだ余裕を見せている。
その顔面に向かって跳ぶ。
大蛇の周囲は自由で足場を悪くした為、跳ぶしか接近する方法は無い。しかし、その間は無防備。
大蛇は迎撃の魔法を発動させる。
──それよりも一瞬だけ早かった。
【ロックアッパー】の岩が俺を突き上げる。
跳躍した俺の身体を加速させて、無防備な大蛇の顔面──顎下へと一気に押し込む。
手にするのは亜空間から取り出した大木槌。
身体全体の屈伸と捻りを使って振り抜く。
これでもかと言わんばかりのクリーンヒット。
大蛇の頭を弾き、身体を無理矢理に伸ばす。
その影響で乾燥土の拘束鎧が砕けるが構わない。もう、これで最後なのだから。
大木槌を手放し、回転する身体の流れを止めず、亜空間から取り出すのは鍬。
アビリティの【農具】に【耕す】を加え、使える補正を最大に引き出す為には鍬の一撃しかない。
これこそが俺の全力全開、渾身の中の魂真!
「────戦技・【一輝農閃】んんっっっ!!!!!!」
口にしないと発動しないのが嫌な仕様だが、今は気にしている状況ではない。
体重を乗せ、回転エネルギーを加えて振り抜いた鍬から放たれるのは光輝く一閃。
鉈や手鎌の方が切れ味では上だ。
しかし、鍬でだけはアビリティ【耕す】の補正を上乗せする事が可能。
そして、大蛇は生物。そう、耕せる。
だからこそ、鍬以外の選択肢は有り得なかった。
鍬を振り抜き、そのまま更に一回転。
直撃した直後は見えなかったが、次に見えたのは大蛇の頭部が胴体と分断されて落下し、噴血が降り注いでいる光景だった。
後の事なんて全く考えていなかったから、地面に変な格好で落下し、可笑しな打ち方をする。
だが、痛みを堪えて直ぐに身体を起こし、大蛇の方へと意識を向け直す。
──と、直ぐ側に大蛇の頭が有った。
口を開けば、最後の一咬みで俺を殺せる。
既に勝負は決した。
そう物語る大蛇の眼には殺気は無い。
寧ろ、歓喜と称賛が宿っている様に思える。
その口から、ゆっくりと赤い舌が伸び、俺の頬に優しく撫でる様に触れ──最後に唇を舐めた。
そのまま力尽き、大蛇は息絶える。
一息吐くと、全身の力が抜け、尻餅を着く。
自分が勝ったという喜びよりも、生きている事に何よりも安堵する。
ああもう……良くも悪くも何て日なんだ。
ローザ姉の制止も有り、アタシ等はアイクの事を見守るしか無かった。
対峙する白い大蛇が因縁の有る相手だという事は話を聞いていたから察したが……何だ、アレは。
鱗一枚を見ただけで勝てる気はしなかった。
それなのに、向かって行った自分の愚行には反省以外の言葉が見付からない。
先祖の遺してくれた装備品を得た事で、無意識に調子に乗ってもいたんだろうな、情けない。
まあ、そう思えるのも生きているから。
そう、あの大蛇はアイクの事しか見ていないし、求めてもいない。
しかも、強い。老獪な賢さも巧みな技術も有る。正直、「そんなの有りかよ」と思う程だ。
あんな存在に見初められてるアイク。凄ぇな。
……そんなアイクの子をアタシも産める。
…………ああヤバイ。どうしよう。今、アイクが滅茶苦茶欲しくなってきた。アイクとしたい。
いやでも、流石に闘いが終わった直後のアイクに強請るのは………………あ、多分コレ、アタシだけじゃないな。妊娠してるローザ姉も同じだ。
そうなると…………うん、考えるのは止めよう。出遅れて悔しい思いはしたくないしな。




