始まりの縁
マリアナさんに加え、ネーレイア族が移住して、ユイノ村となってから早十五日。
つまり、この世界での生活が始まって、二ヶ月。本当、時が経つのは早いな~。
ああ、そうそう。ユイノ村と今は言っていますが規模が村から町と変わればユイノ町、更に大きく、国に至れば王都ユイノや首都ユイノと、名前だけを残していく形に為っています。
このユイノはローザさん達の祖先の名でもあり、俺とローザさん達、マリアナさん達を“結んだ”事を意味しています。
人と人を繋ぐ、“結いの地”。
俺達にとっては始まりであり、過去からでみれば想いと願いが結実した訳で。
それだけ、特別な事なんだと後世に繋ぐ為。
種と種、血と血、掌と掌、心と心。
結んで、紡いで、綴って、繋いで、未来へ。
その根幹を何よりも大切にして生きたい。
そんな俺自身の想いと願いも込めて。
──と、口が滑って話してしまったのが悪手。
……だから、恥ずかしいから、その辺は文字では遺さないで。御願いします。せめて、口伝で。
口伝えだったら、欠落や変化する可能性が有る。それに期待しましょう。
さて、そんな黒歴史は忘れて。
最初のソナハ──米の収穫が終わり、乾燥させ、脱穀・精米を経て──遂に、実食。
………………ヤバイ、涙が出てくる。
ああ、俺だけじゃなくて、皆も美味さに感動して泣いちゃってるじゃないか。
そして、この海苔。[ヤドラウンギ]という岩に群生する芝みたいな海藻から作ったんですけどね。もう、旨味が凄いのなんの。白飯に塩と海苔だけで人を感動させられるとは。
はい、“御結び”です。
此処では“オニギリ”は具入りの方を指します。その為、握り寿司は使いません。“スシ”です。
そして、ギギモギやムオームも収穫済み。はい、純粋な畑の方が早いのは仕方が有りません。
パンも美味しい。窯を造って置いて良かった。
あと、日々の積み重ねでアビリティは全て最大に成長し終え、【一輝農閃】という“戦技”を獲得。
戦技とはジョブに付随する能力でスキルに近い。ただ、その名の通り戦闘専用。また必ず発現する力という訳でもないみたいです。
そうマリアナさん達から聞きました。
【一輝農閃】は一日一度だけ使用可能で手にする農具の性質・性能を最大限に発揮・強化した一撃を繰り出す事が出来ます。
海に向けて試し撃ちをしたら、海が割れました。冗談ではなくて。勿論、一時的にです。海水を掻き分けただけですから。
しかし、それに巻き込まれた海棲モンスター達は一撃でした。危険、取り扱い注意です。
ネーレイアの皆とは順調そのもの。
事前に加工もしていた分、僅か三日で家は建ち、各々の家庭での生活が始まっています。
男性陣は俺を敬いながらも程好い節度で。
女性陣は……何と言うか……まあ、肉食系だと。夫婦円満な家庭を築いていって下さい。
子供達は可愛い。全然生意気じゃない。環境って大事なんだなぁ……って思わされます。
そして、子供を欲して張り切っている俺が。
コレ、絶対に仕向けられてますよね?
そう御義母さん達に視線を向けたら、いい笑顔。雄弁に物語っています。
ええ、もう、ローザさん、マリアナさん以外とも始めています。皆、激しい。
ただ、自分でも絶倫っぷりには驚いてますけど。だって今、毎晩、全員が相手ですから。
それでも毎日の仕事は熟せています。寧ろ、夜の方は肉体的な疲労感は少ない気がしますから。有り余る程に精気が漲ってるという訳でもないんですが信じられない位にタフです。
開花した自分の才能に戦いています。
ですが、人数が人数なので時間的な問題だけは、どうしようも有りません。
ああ、人数という話題で少し。
マリアナさんがね、御風呂には下半身を魚型へと変えても入るんです。それは構いません。
ただですね、ミロナさん達も同じ様にして一緒に入っているのが……
「……煮魚を作ってるみたいです」
ルッテちゃん、それは言っちゃ駄目。いやまあ、そうとしか見えないんですけどね。御風呂ですから上半身は裸で、隠してもいませんが、エロさよりも見た目のインパクトが勝るので。
……今まで殆どが海中生活で、料理も火を使った調理はしていなかったそうですから、慣れて行けば自分達でも同じ様に思うでしょう。
それで気付けば、多少は改善する筈です。
…………ああでも、別に何の問題も無いんで直す必要性とか考えないかもしれませんね。
これも異種族・異文化コミュニケーションかな。共同浴場の方はネーレイア族しか利用してないから更に気にしないかもしれません。
気付いても開き直る気がしますから。
「おおっ! 凄い! 本当に出たっ!」
鶴嘴を手に、グリャンギザの深淵森の一角に有る小さな岩山を掘っていた俺の目の前に転がり落ちた一欠片を掴み上げて見れば、[アイーンア鉱石]と判明し、歓喜する。
この鉱石こそ、この世界での鉄の原材料。
多少とは言え、これで自分達で鉄製品を造る事が可能になるのは大きな前進。感動する。
「私、金属探知は得意なんです」
そう小柄なのに豊満な胸を張るのはネーレイアの一つ年下のムムナちゃん。俺の妻の一人でもある。だから、その凶器の凄さも知っています。
そんなムムナちゃんは、今まで海中生活では殆ど役に立たなかった特技を活かせる事に嬉しそう。
まあ、海中で、しかも漂流する生活をしていると金属を見付けても使えないし、採掘しても持ち運び難い環境だし、売ったりする相手も居ない。
だから、その類い稀な才能は発揮されなかった。今までは。そう、今は違う。時代は彼女を選んだ。今こそ、飛躍の時! 飛び跳ねる様に頑張ろう!
──という訳で、夢中で採掘しました。
護衛として同行していたリンゼさんが呆れる位にハイテンションだったみたいです。
話を聞いた限り、子供みたいだったと思います。二人が生暖かい優しい笑顔を浮かべるのも納得。
でも、恥ずかしいから内緒にね? はい、勿論、ちゃんと口止め料は出します。
そんなこんなで昼前には村に戻って来た──時、轟音と振動、次いで土煙と悲鳴が響いた。
リンゼさんが飛び出し、その後を追う。
高い建物が有る訳でもなく、村の大半は農耕地。何か有れば簡単に視界に入る。
だから、その土煙に向かって直行──する途中で俺達は反射的に地面を滑る様にして急停止。
土煙の中から姿を現した存在に視線を、意識を、思考を奪われてしまう。
地上から天へと向かって聳える様に伸びた身体は大木の幹の様に太く、見ただけで判る力強さ。
しかし、対照的に真っ白な見た目は生命力よりも神秘的を強く印象付ける。
巨顎から覗く赤く長い舌。
そして──此方等を見た紅玉の眼。
視線が重なった瞬間に理解した。
「──あの時の大蛇かっ!」
初対面では保護色だった。
だが、本来は真っ白なのだろうなと、角度と光の当て方を変えると虹色に変わる白い鱗を見て大蛇に変色能力が有る事は判っていた。
だから、納得も出来る。
──が、人以外の生き物の住めない場所なのに、何故、この大蛇は存在していられる?
そんな疑問が生じるが──身体は動いていた。
太く巨大な尾に巻き付かれて締め上げられているネーレイアの男性三人を助ける為、大蛇の顔面へと向けて【ファイアーボール】を放つ。
決して豪速球という事ではない為、大蛇が容易く避ける。そんな事は百も承知。だから、任意起爆させる事で顔面の傍で爆散。
大蛇の意表を突き、気を逸らす事に成功。
緩んだ尾から男性達を助け出す。俺だけではなく続いてくれたリンゼさん、ムムナちゃんと共に。
確保したら迷わず離脱。一番近くにまで来ていた他の男性達に三人を受け渡す。
幸いにも今居る場所は水田にする為の拡張予定地だから戦闘になっても大丈夫。周囲にも影響が出て困る様なものは無い。
見える範囲に子供達の姿は無い事から避難済み。万が一の可能性を考えて、避難の手順を相談して、子供達以外が理解し、共有していて良かった。
子供達に被害が出ていれば我を忘れて戦い続け、犠牲者を増やす可能性も考えられた。
そういう状況にしない様にする為の避難手順。
生きてさえいれば、遣り直せる。此処から離れる事になったとしても、未来は繋げられる。
だから、子供達を守る為にも生き残る。
そう言って説得した。
綺麗事だと判っている。その状況に為れば感情や本能に左右され、思う通りにはならないだろう。
それでも、そういう準備を遣っておくだけでも、小さな違いを生む事も間違い無い。
それが、結果的に大きな差に成る事も有る。
オルガナもネーレイアも戦って敗れた末に、今の状況になってしまったのだから。
避けられる戦いは避けるべきだ。
最後は、辛い事だが、事実を以て押し切った。
反対意見に対してではなく、真剣に考えて欲しい事だからこそ。意識付けをする為に。
だから、一先ずは安堵する。
状況的には何も変わってはいないが、直ぐに直ぐ取り返しの着かない被害が出る事は無いだろう。
──と、其処で違和感を覚える。
場所に関しては偶然の可能性も有る。あの大蛇が何方等から遣って来たのかは判らない。
あの三人は村の周辺の巡回をしていた筈だから、遭遇した場所も定かではない。
しかし、そんな事は今は考える必要は無い。
考えるべきなのは、あの大蛇の行動に付いて。
あの大蛇なら、多分、男性達を容易く絞め殺せるだろうし、丸呑みに、或いは噛み砕く事も可能だ。だが、実際には三人は生きている。何故?
………………最初から殺す気が無かった?
そう考えた瞬間、背筋に強烈な悪寒が走った。
「──はっ、蛇革の鎧にして遣るっ!」
「──っ!? 止せっ、リンゼっ!」
考えていたから、一瞬反応が遅れる。
伸ばした右手が空振り、声を上げた時には彼女は大蛇の前に飛び出していた。
そして、まだ僅かに残った土煙の中に紛れていた鞭の様に撓らせた尾の一撃を正面に受ける。
まるで、ピッチャー返しの打球の様に行って戻るリンゼさんがムムナちゃんに打付かり、後ろへ。
展開の速さに視線を動かすだけで精一杯。
しかし、其処にローザさん達とマリアナさん達、俺の奥さん達が勢揃い。
二人を受け止めてくれる。
無傷ではない様だが、痛がれるなら大丈夫。
「全員下がって距離を取れ。此方等には来るな」
「──っ!? ですが、アイク様──」
「────手を出すなっ!!」
「──姉様っ!?」
皆に背を向け、大蛇と対峙しながら俺が言うと、マリアナさんは納得出来ず──それをローザさんが一喝して黙らせる。
レーナちゃんは「どうしてですかっ?!」と抗議の意思を向けていたけど、呑み込んだ。
長に逆らう訳にはいかないからではない。ずっと一緒だからこその信頼が有っての事。
それを見て、マリアナさん達も受け入れる。
有難う。俺の最初の妻が貴女で良かった。
そう感謝の想いを送り──切り替える。
今、考えるべきは目の前の大蛇の事だけだ。
此処へは俺のリュックに入っていた鱗を頼りに、探して来たのだろう。
ムムナちゃんの金属探知と似た要領で。
問題は手段ではなく、動機。
単純な憤怒や憎悪なら、あの三人を殺している。だから、そういう類いの理由ではない。
これは推測。しかし、確信に近い感覚も有る。
今、此処に居る理由は執着。
自分を傷付け、しかも、何処かへ逃げ延びた俺を探して出し、命を賭す闘いを決する。
その為だけに、西大陸の南部から東大陸の北部に遣って来たんだ。
それに応えずして、生きるという事は語れない。未来を切り開く為にも逃げられないっ!
「さあ来いっ! これは俺達の闘いだっ!!」
万が一の事など、そう起きる様な事ではない。
だが、だからと言って軽んじてしまえば後悔では済まない結果となってしまう可能性は有り得る。
そうはしない為にも、常日頃からの意識と準備は必要なのだとアイクが説いた。
やはり、アイクは私達以上に私達の事を考えて、時には自らが悪者になる事も厭わない。
御前達の父とは、そういう男だ。
だから、本当に必要になってみると焦らない。
急がず慌てず、子供達を避難させ、必要最低限の護衛人数を残し、残りは事態の収拾へ。
奇しくも私達、アイクの妻となる者が最高戦力。最初に遭遇しただろう男三人を抱えて下がる男達と入れ替わる形で現場に着くとリンゼ達が飛んで来て驚きながらも受け止める。
…………よし、痛がれるのなら大丈夫だろう。
そう思いながら目の前に居る白い大蛇を見る。
恐らくは、アイクから聞いた例の鱗の持ち主だ。こんな場所まで追い掛けてくるとはな。
だからなのだろう。
アイクが一騎打ちの意志を示した。
私はアイクの意志を尊重した。
だが、不安が無い訳ではない。あの大蛇は私達が全員で襲い掛かっても苦戦は必死。重傷か、或いは犠牲を覚悟しなくてはならない存在。
それなのに、自分の胸は高鳴っている。
アイクの姿に身も心も沸き立つ様に熱くある。
そして──理解する。
“勇者”とは魔王を討つ者の事ではない。
“勇ましき者”こそが真の勇者なのだと。
無意識に触れていた御腹。
其処に宿る我が子に心の中で伝える。
「よく見て置け、御前達が見倣うべき姿を」と。




