日々は連なり
モモクヤイズ島で生活を始めて早十日。
はっきり言いましょう。順調そのものです。
スキル【種蒔き】は神様から授かる力だけあり、想像していた以上に凄いです。
どんな種類でも種を蒔いた翌日には芽吹きます。更に翌日には大きく成長し、種類によっては三日で収穫が可能になるものも。
流石に二日目以降になると種類別に差が出ます。ただまあ、些細な事です。
ただ、疑問も有ったので実験もしています。
何れも1メートル平方の大きさで区切ってあり、同じ環境で、水遣り等は同じ条件で、です。
使ったのはキュウリの種。はい、元の世界と同じキュウリです。準備中に確認した限りでは全く同じ作物が三割、他は知らないという感じです。
キュウリは三日目で収穫が可能です。
実験A。普通に農具を使って土を耕し、スキルを使わずに種を蒔いた場合。
実験B。耕さずに、適度な凹みにスキルを使って種を蒔き、土を被せただけの場合。
実験C。農具を使わずに耕して、スキルを使って種を蒔いた場合。
実験D。Cと同様で、スキル未使用の場合。
実験E。スキルを使って蒔いただけの場合。
結果、BとCは翌日に発芽。しかし、味や色形、成長具合は低品質。スキルで無理矢理に成長させたという印象を受けました。
Eの場合は四日目に発芽。その後も成長しますがB・Cと比べても劣る様な状態。
Aは六日目に発芽はしましたが、成長は緩やか。恐らくは普通より少し早い位でしょう。ただ、特に可笑しな様子は見られず、順調です。
最後にDなんですが……種が地中で腐りました。ええ、確認した際に「……え?」ってなりました。それも今朝の事でした。
正直、他の結果を見た後ので、どんなに遅くても芽は出ると思っていたので、かなり予想外。
ただ、それで判った気がします。
スキルは成長を促し、ジョブは育成を補助する。その相乗効果により、神業の様な栽培と収穫が可能になっているのだと。
ちゃんと計画と準備をしていて良かったです。
さて、それはそれとして。
生きていく上で必要な水と農作物の確保が可能。そうなると、次に考えるべきは蛋白質。
海だから魚は獲れそうですが──此処は異世界。海にはモンスターが存在します。勿論、陸にも。
ただ、このモンスターは元の世界で言う野生動物に当たります。
そう、モンスターは自然の、生態系の一部です。だから、この世界の人々にとっては普通の存在で。勇者でなくても倒す事が可能です。
勿論、災害級のモンスターも居るそうですが。
そんなモンスターが存在する世界だからなのか、この世界では畜産業は発展していません。
モンスターを家畜化しても、守る為には何れだけ警備の人数や建物・設備が必要で、維持する為にも膨大な費用が掛かります。
魔法は有りますが、万能ではなく。モンスターの侵入を阻む結界の類いを施せるのであれば、それは家畜の為ではなく、人々が住む場所を優先的に守る為に用いるでしょう。
実際、結界というものは存在しません。
防御魔法は有りますが、永続効果ではないですし固定化したりも出来無いそうですから。
そう言った事情により、狩りによって肉や魚等を調達するのが、この世界の常識です。
よって、卵の類いも無し。
ただ、乳は貴重品・高級品としてですが、一部の特権階級の食生活には存在しています。王城に居た準備中に口にしましたから。
「──っと、よし、これ位で十分だな」
釣り上げた魚──体長20センチ程の魚っぽい姿をしているモンスターの“サーマン”を針から外し直ぐに仕留めて血抜きをします。
農業は初心者ですが、料理やアウトドアなら結構経験が有ったりします。叔父の趣味で小さい頃から連れて行って貰っては色々と教わりましたからね。改めて感謝したいと思います。
因みに、このサーマンは見た目は秋刀魚ですが、身の感じや味は鮭です。大物だとメートル越えにも成るんだそうですが、自分には今のサイズ位が丁度良い感じです。一人暮らしですからね。
そのサーマンが三匹。十分でしょう。
釣りをしていた砂浜から家に戻って、サーマンの下処理をしたら、島の奥へ。
この島で暮らし始め、二日目からは畑仕事と釣りだけでなく、島の探索もしています。
未開拓地だった為、情報は限られていますから。冒険者気分で遣っています。
尚、異世界の定番でもある冒険者という職業は、この世界にも存在し、モンスターを倒して持ち帰り素材や食材として売却したり、採取した物を売却。冒険者ギルドにて依頼を受け、達成して報酬を貰うといった感じなので、よく有る感じです。
ああ、別に冒険者として登録はしなくても、獲たモンスターや採取物の売却は可能です。
冒険者という職業としての利はギルドの管理下に有るという事の信頼性と身元の保証の確実さです。だから、荒くれ者や問題の有る者は居ません。
この世界の冒険者や冒険者ギルドはクリーンだと言い切れます。
本当はそれが正しいんですけどね。創作の都合でそういう設定なだけで。現実としては、そんな者や組織が普通に存在している方が異常ですから。
これが空想と現実の違い、という事でしょう。
話を戻して。
島に上陸した後、クルモワクヨモ王国軍の兵士の人達が調査してくれたのは島の南東部の一角だけで全体の二割にも届きません。
調査が目的ではないので当然。文句が有るという訳ではなく、それが事実だという話です。
ただ、船上から見ただけでも判りましたが、島の北東には標高が500メートル以上は確実であろう険しい山が聳えています。その為に東側が断崖絶壁になっているのだとも。
しかし、山頂は島を東西に分けると東の真ん中に位置する形で、西側に向かっては傾斜は緩やか。
その山も島を四当分すれば北東分が中心であり、北と東の沿岸部に伸びているという地形。
もし、この島が浮き島だったらバランスを取れず確実に転覆しているでしょう。そう言える位には、特殊な地形をしています。
誰かが考えて造った人工島、或いはデザインしたファンタジー世界に登場しそうな印象です。
家の南東部には長さ200メートル程の砂浜が。砂浜から50メートル程上がった所に家が有って、周囲は開けています。西に100メートル程の所に高さ100メートル程の岩山が有り良い風避けに。日当たりも良いです。
家の北東から北に畑が有り、その西──島の中心から南側の半分程に広がっている森。
此処が、もう一つの食料調達の為の狩り場。
「…………──【ウィンドカッター】!」
森の中を同化して潜むイメージで慎重に進んで、獲物を見付けると省略式の風の初級魔法で攻撃。
“マウージョン”という鳩に近い大きさの鳥型のモンスターの首を刎ねて仕留めます。
この魔法も準備期間中に集中的に練習しました。速度・命中精度は勿論、射線上の余計な物に触れて速度・威力が落ちたり、気付かれたりしない為にも必要な事だと思いましたから。
ただ、悪目立ちはしたく有りませんし、国王達に折角「使えない奴だ」と思われているのに自分から評価を覆す様な真似はしません。
その為、練習は敢えて的に当てない様にする事で客観的には「何だ、まだ当たってないのか、才能は無さそうだな」等と思われる様に仕向けながらも、速度や精度を高める事が出来ました。
その成果も有って今の所は遣れています。
まあ、だからと言って、調子には乗りませんし、必要以上には獲りません。自重は大切です。
その代わりに、というのも可笑しな話ですけど、森に少しだけ手を入れる事で、実りが増える様に。モンスターは勿論、自分にも恵みに成りますから。でも、遣り過ぎない様に注意。自分の死後、或いは島から去った時の後の事を考えれば影響は小さくて済む事が自然の生態系の為だと思いますから。
その辺りは元の世界の社会問題から学んだので。同じ過ちを繰り返す事はしません。
それはそれとして。スキル・ジョブがハズレでも勇者というのは特別なんだと改めて思います。
サーマンもマウージョンもモンスター。小型でも侮れば痛い目では済みません。この世界では普通に人々がモンスターを倒しますが、強さはピンキリ。モンスターと戦わない人の方が圧倒的に多いです。勘違いしそうになりますけどね。
そして、モンスターには強さや危険度の共通指標としてランク付けがされています。
ランクはSを最上級に、A・B・C……とあり、最下級がIの十段階制。
──で、この二種の評価はGランク。
「何だ、その程度か」と思うかもしれませんが、死んだら終わりの現実においては十分な脅威です。低ランクでも小さくない被害が出るそうです。
そして自分のレベルは1のままです。
はい、普通に考えても可笑しいですよ?。でも、倒せるのが現実なんです。
つまり、それだけ勇者というのは根本的に底上げされている存在なんだと思います。
だって、何処にでも居る戦闘や武術の経験も無く身体能力も含めて平凡な中三の男子が異世界に来てモンスターと戦えている訳ですからね。
召喚される勇者が大事にされるのも納得ですし、自分がハズレとされたのも頷けます。
此処までの事を自分が客観的に聞いたとしたら。間違い無く疑問に思う事が有るでしょう。
そう、何故、そんなに詳しいのか、と。
勿論、「実は転生者で……」なんて事は無く。
答えはアビリティの【農者之眼Ⅴ】です。
はい、アビリティが成長した結果なんです。
他も【農具Ⅵ】【耕すⅣ】に。急成長に吃驚。
それらを踏まえて判った事。
先ず、【農具】は鍬や鉈等の一般的に認知された物だけに限らず、農業に関わる物であれば、大体は対象になるみたいです。
その農業も、よくよく考えてみれば、田畑を使い作物を育てるだけな訳が有りません。
開墾に始まり、水源の確保や水路・道路の整備、住居や倉庫の建築等も農業に関わる事。
更に言えば、林業や畜産業も農業の一部ですし、その発展した先には養蚕や製糸・裁縫関連の産業、海産物の養殖業等が生まれたと言っても間違いでは有りませんから。
狩猟や採取ではなく、生産する事。
人類だけが到達した可能性であり、大偉業。
その全ての根幹こそが、農業。
つまり、ジョブ【農夫】とは生産職の原点。
他の勇者達が狩猟民族なら、自分は農耕民族。
その違いがアビリティに現れているのだと。
まあ、狩猟に際して道具を作り出したり、罠等の方法を考案したりした事も広い意味では生産になるのかもしれませんが。それは既存の組み合わせ方や利用方法を思い付いたのであって、半永久的に可能となる生産ではないので、此処では外します。
強引に関連付ければ、際限無く広げる事が出来る話ですからね。そうなると仮説にも為りません。
──で、話を戻して。
そういう事だからなのか、【農者之眼】によって得られる情報量や鑑定可能対象が増えた事も納得。多分、最終的には所謂、“鑑定スキル”と同じ様な性能に近い所にまで至るんだと思います。
万能ではないでしょうけど。それでも十分なので期待している事は否めません。
最後に、【耕す】は土作りの品質上昇、作業時の速度上昇や疲労の軽減が考えられます。
畑の規模を広げてはいないので何れ位まで効果が高まっているのかは判りませんけど。
ただ、既に作っている畑を収穫後に再度耕して、新しく種を蒔いて見ると、明らかに違いが出たので地味では有りますが、有用な事は確かです。
そして、何よりも驚くべきは、自分自身の事とは言っても想像以上の成長が有ったという事実です。僅か十一日で、ですから。本当に凄いと思います。
家に帰り、夕食を済ませ、御風呂で心身を解す。ええ、日本人としては風呂は譲れませんから。
その後は基本的には寝るだけです。
テレビやパソコン、スマホもラジオ、本やゲームといった暇潰しになる物が無い為、早寝早起きする事には一切の抵抗が有りません。寧ろ、今の生活を始めてから体調は凄く良いです。それだけ社会的に豊かではあっても、心身に負荷を強いる要因となる物が多かったという事なんでしょうね。
勿論、それらを望む気持ちも有りますが。それは慣れてしまっているから、なんだとも思います。
所謂、中毒症や依存症と同じで、慢性化しているから気付かない、というだけで。
害悪とは思いませんが生活環境が変わってみると不要な贅沢でもあったんだと考えさせられます。
まあ、元の世界に居たままだったら、一生気付く事は無かったんでしょうけど。
何方等が良いのかは判りません。
ただ結局は、人各々、自分次第なんでしょうね。要は生き方でも有る訳なので。
そう思うと、自分は運が良いのでしょう。
そんな事を考えながら、テーブルに広げた地図を見ながら明日の予定を立てる。
日課の各仕事を熟す以外では島の探索が最優先。この地図も自作した物なので大雑把。精密な地図の作製が出来る技量も道具も有りませんから、それは仕方が有りませんが。それでも十分です。
「んー……やっぱり、明日は森の北側かな……」
直径1キロの島とは言え、家から通いながらで、色々と調べながら、となると時間が掛かります。
ゲームみたいに一度行けば、それだけで自動的にマッピングされるのなら楽なんですけど、現実だと地道な作業となります。当然なんですけどね。
便利な技術に慣れ、それが普通になってしまうと如何に凄い事なのか、理解していませんでした。
それを自分で遣ってみて大変さに気付きます。
教育というのは本来は、こういった風に有るべきなのではないのでしょうか?。
そんな事を考えさせられます。
まあ、それを遣るとなると、それはそれで色々と大変だろうし面倒臭いんだとは思いますけど。
人や国、世界の未来に投資すると考えれば、その難しさは遣る価値は有る様な気はします。
今の自分には無関係な話なんですけどね。
そんな地図作製という名の島探索ですが、島内に生息しているモンスターが居る事も有って慎重に。下手に刺激して家や畑に被害が出たら笑えません。そうなる可能性は考えられますから。
現在、地図が出来ている範囲は島の南側の一部。南東部は生活圏なので直ぐでしたが、今日も行った森が手付かずの為、中々進めなくて大変なんです。だからと言って道を作ってしまうとモンスター達が逆に家の方に来易くなりますから……もどかしい。
森の南西部を抜けると草原と海岸が有りますが、沖に岩礁が見えている為、船着き場として使うなら大規模な工事が必要だと思います。
ただ、何ヵ所も入り江になっているので、時間が出来たら、ゆっくりと調べたいと思っています。
尚、島の南には、小さな別の森が有るのですが、この森は毒持ちが多い事を調査してくれた兵士から聞いているので近付いていません。
一応、毒消し草が有りますし、他の薬草と一緒に育てて増やしてもいますから対策は有りますけど、恐いものは恐いので。孰れは、という事で。
日課の仕事を済ませ、予定通りに森の北側へ。
先に島の南側半分の把握を優先していた事も有り後回しにしていた森の奥は進んで行く程に草木が生い茂り行く手を阻む。
つい、楽な方法を取りたくもなりますが、グッと堪えて頑張ります。その楽な方法を選んだ結果が、様々な自然や環境の問題を生じさせましたから。
「……これは…………どうしようかなぁ……」
頑張った結果、辿り着いたのは湖。
見えている対岸までは約100メートルは有り、横幅は大きな所で200メートル以上は有りそう。家の近くの砂浜が、すっぽりと入りそうだ。
ただ、この湖は東西の山に挟まれた場所に有り、現在地と対岸以外は80度以上は有る急斜面の為、登って移動する事は難しい。足場や持ち手に出来る様な木も生えておらず、凹凸が無い訳ではないが、安全に行ける程のものではない。
【農者之眼Ⅴ】で見た限り、水質は問題は無し。しかし、水深は不明。底が見えない以上、生息するモンスターの有無や種類も判らない為、入ったり、泳いで渡るのは危険。自殺行為。
「そうなると、西の海岸沿いに進んで回り込むのが一番安全で確実な方法かな?」
途中まででは有るけど、西の海岸沿いには危険な場所は無いし、モンスターの姿も無かった。勿論、海や森の中から飛び出してくる可能性は有るけど。注意しながら進めば問題ではない。
問題が有るとすれば、一つだけ。
「場合によっては夜営の可能も有るかな……」
今の所、夜になってから活発に動くモンスターは島の中では見てはいない。夜になって、森の奥まで入って確かめた訳ではないので限定的。
また、海の中は判らない。流石に夜の海に迂闊に近付こうとは思いませんから。
あと、根本的な話として、モンスターの生態って自分にとっては未知の事ですからね。実際に自分で確認した事以外は聞いたり、読んだりした知識でも恐いので鵜呑みには出来ません。
信頼しないのではなくて、確証が無いからです。其処は誤解しないで欲しいと思います。
家に戻り、翌日から北部探索の為の準備を始め、島に来てから十五日目。北側の探索に向かいます。
いつもよりも早く起きて、仕事を済ませてから、夜明けの光が射し始める中、森へ。
既に何度も森を西に抜けているので苦労はせず、問題無く海岸に出ます。
そのまま海岸沿いに時計回りに北上するのですが途中からは初めての場所なので慎重に。
尤も、見通しは良いので警戒はし易いですけど、見えない場所──地中に対する警戒心は常に持って油断しない様に意識しています。
今の所は、そういった地中に生息している類いのモンスターを見掛けてはいませんが、居ないという確証も有りませんからね。
島周辺の海に関しても詳しく調べてはいない為、場所によっては、生息している種類が違う可能性も考えられるので気にはなりますが。安全第一の為、優先順位は高くは有りません。
これがゲームなら、一つ一つ確かめていますが。遣り直しの出来無い現実では仕方の無い事です。
それでも海岸沿いなので森の中を進む事を思えば格段に進み易い事は言うまでも有りません。
1時間程で北西部の突き当たりに到着。
海岸沿いに広がる森と、中央に向かっている様に見える森とに進む道は分かれますが──悩む事など有りません。今回の遠出の目的は湖の対岸に向かう事なので中央に向かうに決まっています。
──が、その前に少し早い昼食も兼ねた朝食を。森の中に入ると迂闊に食事は出来ませんから。
それと、進みながらも描いていた地図の確認を。紙の品質は落ちますが、メモ帳が有るので、記録は此方にして、全体図は別に作製しています。
一息吐き、森へと入る。海岸沿いを進みながらも内陸部の様子は見ていた為、行き止まりになる様な気がする島の西に有る山を避ける様に北寄りに。
その判断が正しいかったと判るのは、1時間程で目的の湖に到着してから。
湖の西側の斜面──山が森を分断している事から最短で行こうとしていたら、先に進めなくなって、引き返す事になっていた。
探索にはなりますが、時間は無駄に掛かる事に。今回の目的を考えれば、正解だった訳です。
湖の対岸──北側は南側の倍近い幅が有ります。湖の中に木々が生えていて見通しが悪かった部分が思っていた以上だったのには驚きました。
湖の南北の最も突き出している部分の距離は凡そ50メートルといった所なので橋を架けられれば、近道になるんですけどね。難しそうです。
切り替えて島の北側の探索をします。
湖の東側の斜面が一部でもある山に沿って進んで行くと──入り組んだ場所に。
地図を参考に考えると、現在地は島の北側の縁に近い筈なので、北に進みます。
……行き止まりだったので引き返しました。
ただ、その結果、北側は東側と同様に断崖絶壁で船を着ける事は不可能な様に思えました。実際には海から見てみないと判りませんが。
気を取り直して北側の探索を続行。東に向かって進んで行きますが……草木の育ち具合がエグい。
これまでは長い草でも自分の胸辺りまででしたが頭を超えて余っています。
最後に計った時の身長が165センチだったので2メートル以上は有るかと。……鬱陶しい。
正直な所、バッサバッサと刈りたくなりますが、自分が移住者である事は忘れません。
そんな風に、自分の安易な思考と感情に負けない様にして進んでいると、行き止まりに。
ただ、それは森と山の境界でも有ります。
今日の探索で確信しましたが、島の北東部の山は何処も80度以上の急斜面で、90度を超えて反り返っている場所も。そして、最低でも5メートルは高さが有る為、登る事も困難。
その代わり、森との境界は判り易いです。
海から見た時の様子では、山の上部は岩場という訳ではなさそうですが、今は探索も不可能です。
──という訳で、その境界に沿って移動します。森の中を進むよりも段違いに楽なので。
「でも、探索にはなっていないのでは?」と囁く心の中の声は無視します。安全第一なので。
途中、新しい湖に出ましたけど、見るからに山に囲まれた場所だったので記録を取るだけ。中央の湖とは違って陽光が射し難い為、昼前なのに暗いし、底も見えませんから。安全第一。
「………………え? ……………………マジで?」
そんな湖から更に進んで行った先で、急に視界が開けたので驚きつつも、一休みしようとしていたら目に入ってきた存在に吃驚。
直径30メートル前後の広場の様な袋小路の奥。東側の斜面の一角に存在する綺麗な長方形の穴。
明らかに人工的なソレは壁に描かれた黒一色の絵なのではないかと思ってしまう。
奥に続く様には見えない。だが、反射も無い。
つまり、光を通している事に。
しかし、僅かな奥行きも見えない。
そんな異常な存在を知っている。聞いている。
「…………これがダンジョンの入り口……」
異世界の定番の一つであるソレは、この世界にも存在はしている事は判っていた。
ただ、まさか、この島に存在しているとは誰一人思ってもいなかった筈。
何故なら、この世界のダンジョンとは勇者の為に存在しているのだから。
勇者が強くなる為に、戦える様になる為に。
挑むのが、この世界のダンジョン。
その為、基本的には勇者以外には入れないので、実質的にダンジョンとは勇者専用の存在。
そして、ダンジョンは勇者を鍛えながら魔王へと導く様に存在している、と考えられています。
はっきりと言って、この島は魔王が居る場所から最も遠い場所に有ると言っても過言ではないので、ダンジョンが有るとは思ってもいませんでした。
此処で重要なのは、勇者が居るからダンジョンが出現する訳ではない、という事。
正確には、勇者が召喚される事に伴って、各地にダンジョンは出現するんだそうですが。
勇者の出現地から魔王までの道程の通過点としてダンジョンは出現──否、配置される。
それが、話を聞いた上での自分なりの考え。
だから、魔王からは最も遠い地であり、勇者には無関係と言ってもいい、この島にダンジョンが存在している事は予想外です。
ただまあ、それは別の話として。
問題は、どうするのか、という事。
……そうですよね、問題にも成りません。
現在、この島に居る勇者は自分だけですからね。このダンジョンに挑める権利が有るのは自分だけ。答えは一つです。
何より、バスレだったとしても一応は勇者です。ダンジョンに挑んでみたい気持ちは有ります。
勿論、安全第一では有るんですけどね。
いつか、勇者としての力を失う時が訪れるのかもしれないので、挑戦は出来る時に遣るべきです。
──という訳で、挑戦するに当たり、確認を。
体調に問題は無し。食料を含めた所持品も大して消費してはいないので大丈夫。時間的にも充分。
まあ、初めての事なので危なくなりそうになれば即時撤退を最優先で。
「こうなると魔法を使わずに来て良かった」
魔法を使えば当然、マナを消費します。
しかし、このマナは回復し難いし、簡単に総量を増やす事も出来無い為、多用は禁物。
まあ、単独で何も考えずに魔法を多用する馬鹿は早死にするだけですけどね。
だから、魔法の使用は必要最小限に抑えてきた。モンスターを倒さず、戦闘を回避していれば決して難しい事ではないので。
ただ、ダンジョンに入れば話は変わります。
勇者に対し容赦無く牙を剥くダンジョン。
死ねば遣り直しは無し。命を大事に。
「死ぬ気は無いけど……さあ、覚悟を持ってっ!」
自分を鼓舞する様に声を出し、ダンジョンの中に向かって右足を踏み入れる。