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ハズレ勇者の気まま暮らし  作者: 桜惡夢
~Another World Life~
19/20

違いという壁




「嗚呼っ、何という美味しさなのでしょうかっ! これはきっと神々が地上に齎された奇跡ですっ! この恵みに感謝を──捧げるのは後にしましょう、そうしましょう、神々も御許し下さいでしょう!!」



 ──と、ハイテンションながらも、両手に持った御椀と匙を決して手離しはしない人魚の女性。

 その食べっぷりには、料理をしたラシアさん達は笑顔を浮かべていますが、俺は驚いています。

 ……え~と……美味しいと喜んでくれる事自体は嬉しいんですが、もう既に中華鍋の半分位を一人で食べてますけど? 御腹を壊しませんか?

 過去、その失敗をした者が無意識に自分の御腹を撫でています。誰とは言いませんけどね。


 さて、この目の前の人魚さん。

 外傷は無い事はルッテちゃんと確認済みだった。ただ、意識が無いから家に──と思っていた矢先、人魚さんの御腹が鳴った。牛の鳴き声みたいに。

 一瞬、全員が「誰?」と顔を見合わせ、一人へと向けられた。顔を真っ赤にして否定する彼女の事を俺は直ぐに庇った。もっと可愛い音だと知っている俺にしか判らない事だから。

 容疑者探しは振り出しに──という所で二回目。それで流石に全員が気付いた。理解した。

 結果、少し早い昼食となったら、その人魚さんが匂いに釣られて目覚め──現状に。


 ……取り敢えず、俺達も食べましょうか。






(わたくし)は“ネーレイア族”のマリアナと申します。皆様、危ない所を助けて頂き、有難う御座います」



 そう言って綺麗な土下座をするマリアナさん。

 うん、人魚なのに正座して、三つ指着いた姿勢は見事としか言いません。

 でも、ローザさん達は土下座って知らない様で、そんな卑屈過ぎる姿勢に戸惑っています。

 ……そうですよね。土下座って、知らない人から見たら遣り過ぎですよね……文化の違いだな~。



「頭を上げて下さい。倒れていた貴女を見過ごす事は出来無かった。それだけですから」


「まあっ! 何と高貴な御心を持つ御方っ!」


「あ、あはは……あ、俺はアイクです。で──」


妻の(・・)ローザです。どうぞ宜しく」



 ローザさんが珍しく丁寧な言葉遣い。

 しかし、その威圧感は半端無い。

 多分、女の勘(・・・)なんでしょうね。

 …………嘘です。俺でも判りましたよ。だって、マリアナさんが女の顔(・・・)をしているので。

 はい、女の敵は女、という事ですよね。

 そして、ローザさんに続き、皆も気付く。一気に場の雰囲気が──否、温度が冷えました。

 当のマリアナさんも自身の失敗──迂闊な言動に気付いた様で困っています。手遅れですが。


 このままでは不味いので話の流れを変えます。



「マリアナさんは何故あの様な状況に?」


「──ぁ、はいっ、それが御恥ずかしい話ですが、嵐で海が荒れ、流されてしまいまして……」


「嵐で? もしかして、かなり遠くから?」


「え~と…………そう言えば、此処は何方等に?」


「東大陸の北の沿岸部です」


「東大陸の…………そんなに流されて……」


「……大丈夫ですか?」


「──あっ、も、申し訳有りません。一族の者達と離れてしまったもので……」


「不安な気持ちは判ります。俺もローザに出逢い、助けて貰わなければ今、生きては居なかったので」



 そう言いながらローザさんの肩に腕を回して抱き寄せながら仲良しアピール。ローザさんも察して、俺に寄り掛かってきます。

 ……あの、密着し過ぎでは? 俺も男ですから、愛妻の温もりを感じると我慢が……試練だな。



「だから、貴女も頼る事は躊躇わないで下さいね。出来る範囲でなら、力になりますから」


「……そう言って頂けると心強いです」



 土下座までではないにしても、その感謝を俺達に示す為に頭を下げるマリアナさん。

 卑屈過ぎるとか、腰が低過ぎると言うよりかは、俺達が考えている以上に丁寧(・・)なだけ。

 そして、それが当然の事として染み付いて(・・・・・)いる。彼女がそういう(・・・・)立場に有る事が窺える。



「差し支えが無ければ、ネーレイア族の事に付いて教えて頂けますか?」


「はい、勿論です。私共ネーレイア族は御覧の通り海に生きる民です。北大陸と南大陸の間、東大陸の南部からも等距離に有る小さな島を領土として国を築いていました。ですが、今から五十年程前、国は魔王軍との戦いに敗れ、崩壊。一族は海を漂流し、安住の地を探し求めています」


「……アタシ等、オルガナ族と同じって事か……」


「……オルガナ族? もしや、北大陸の南に在った古の武国“ユァラシ”の?」


「祖国の事を知っているのか?」


「勿論です! ユァラシは我が“セドンポイ”とは共に戦った盟友! 彼の国が滅び、脱出する際にも祖先は協力を惜しまなかったと聞いてはいましたがオルガナ族は、その後は……」


「表舞台からは消えたな……まあ、五人だけだが、しぶとく今も生き残っている。受け継いだ血と志を未来へと繋ぐ為にな」


「……この運命に感謝を。貴女方に御会い出来て、心から嬉しく思います」



 ローザさんが自分の御腹を触って見せた事から、その意図を察して、マリアナさんは両手を胸の前で組み合わせ、祈る様に俯く。

 きっと、その胸中を知る事は出来無いだろう。


 ただ、彼女からは嘘を吐いたり、過去の関係から探って取り入ろう・利用しようという作為的な気配というのは感じない。

 その祈りや喜びも全て本心からだろう。



「……あの、ちょっと、訊き難い事なんですけど、マリアナさんって……その……眼が……」


「ええ、皆様とは違って見えてはいません。これは私個人の事ではなく、ネーレイア族の特徴ですから御気に為さらずに」


「そ、そうなんですね……」



 気になっていたけど、訊くべきか悩み、訊かない場合の不都合を考えて思い切って訊いたから、その答えに安堵するレーナちゃん。

 訊き難いけど、知らないと困る事て有るもんね。それが異種族間ともなれば大問題に成る可能性も。そう考えると訊くべきでしょう。多少、悪者になる覚悟は必要ですけど。

 その配慮と頑張りを労う為に頭を撫でる。



「……眼が見えなくて困らないんですか?」


「ネーレイア族は皮膚で水や空気の振動を感じ取り周囲の情報を把握しています。ですから、他種族の様に眼が見えなくても平気なんですよ」


「へぇ~、そうなのか」



 取っ掛かりが出来たから、ルッテちゃんも質問。それにも気さくに答えるマリアナさんの対応には、リンゼさんが既に気を許していて、昔からの友人の様な感じで接している。

 マリアナさん、コミュ力高いなぁ……。


 そう思いながら見ていると、ラシアさんが御茶の入った木製コップを手渡す。昼食の具沢山スープを平気で食べていたから熱いのは大丈夫でしょうけど熱々ではない。俺達も飲み難いので。

 ──と、マリアナさんが小さく頭を引いた。

 違和感と言うには何気無い仕草。ただ、その姿が妙に気になって見詰めていて──気付いた。



「ああ、成る程。その額の宝石が眼なんですね」


「──っ!? どどどうしてその事をっ!?」



 俺が何気無く言った一言に滅茶苦茶動揺して焦るマリアナさん。判り易過ぎます。

 ──が、それよりもローザさん達を止めないと。今の反応で「騙したのかっ?!」と警戒心が最大に。不幸な誤解は最悪の事態を招きますから。



「皆、落ち着いて。マリアナさんに騙したりしようというつもりは無いよ。見たら判るでしょ?」


「だけどさ、アイク、それとこれとは……」


「其処は多分、種族差別の歴史(・・・・・・・)が有るんだと思う」


「アイク、どういう事だ?」


「ヒュームとオルガナだと見た目の差が少ないから大して問題には為らないけど、ネーレイア族とだと下半身の違いが目立つ。それに耳も……それは鰭が耳朶に為ってるのでは?」


「は、はい、構造的にはヒュームやオルガナの方の耳と同じですが、水の中でも生活しますので……」


「環境に適して、という事ですね。そして、それは眼に関しても同じ。ヒュームやオルガナとは違い、水中での生活にも適応する為、顔としては近いけど眼としての機能は額の宝石に見える眼が担う形に。水中・陸上の両方で生活する為には必要な事だけど知られてしまうと差別も受け易い。だから、きっと他種族には眼は見えない様にしているんだろうね。差別や迫害から身を守る為にも」


「………………あ、あの……もしや、アイク様は、賢者様なのでしょうか?」


「…………は?」


「だ、だって、ネーレイアの事は御存知ではないと仰有っていらしたのに、まるで事の全てを理解していらっしゃるかの様に見抜いてしまわれて……あ、どどどうしましょうっ、私ったら失礼な事を……」



 そうアワアワするマリアナさん。

 その発言には驚くが……それ以上に明らかに違う言動──と言うか、御嬢様感(素顔)に驚く。

 結構、身分が上だろうとは思っていたんだけど、今ので確信した。多分、皆もね。



「マリアナさん、ネーレイアの長の血筋でしょ?」


「はわあっ!? やはり賢者様あぁっ?!」



 うん。本当に判り易い。

 そして、要らぬ容疑や不信感も晴れた。この人、平然と嘘を吐いたり、騙したりは出来無い。

 天然な上に正直過ぎる。

 まあ、一族の皆からは慕われているに違い無いと思いますけどね。側近の人からは時々怒られているかもしれませんけど。



「賢者なんて大層な人物じゃないですよ」


「で、ですが……」


「眼の事はマリアナさんの行動で気付いたんです。さっき、湯気(・・)を気にしましまよね?」


「「……え? それだけでですか?」」



 マリアナさんとレーナちゃんの声が重なる。

 ……そっか。レーナちゃんも御嬢様タイプだから俺達にしても馴染み易かったんだ。納得。



「食事中はマリアナさんの食欲と感情の方にばかり意識が行ってたからね」


「はうぅぅ……」


「食事を美味しく楽しめるのなら良い事ですよ」



 そう笑顔で言えば、マリアナさんは小さく笑い、改めて正座をして、俺達と向き合う。



「改めてまして。私はネーレイアの長、マリアナと申します。アイク様の仰有る通り、既に遠い過去の事では有りますが、差別・迫害を受けた歴史から、今でも眼に付いては他種族には秘密にする、という習わしが残り続けています。ですが、それを言い訳には出来ません。命の恩人である皆様を欺く真似をしてしまった事、心より御詫び申し上げます」



 そう言って深々と頭を下げる。

 こんな状況なので俺はローザさんを見る。それで俺の意図は察してくれます。



「オルガナの長、ローザ。確と謝罪を受け取った。だから、そう気にはするな。アイクと貴女の説明を聞けば仕方が無い事は理解出来るからな」


「ローザ様……有難う御座います」


「ローザで構わない。一族の数は違うのだろうが、同じ長という立場だ。話が合いそうだからな」



 そう“御姉様力”を発揮するローザさん。

 マリアナさんが「そんな……で、では、出来ればローザ御姉様と御呼びしても? 私、一人娘なので姉妹が欲しかったんです」と。

 それに「ああ、構わないが……歳は?」と訊き、マリアナさんが十六歳だと判明。

 この世界の女性は発育インフレを起こしているのでしょうか? 全然良いんですけどね。


 まあ、それは兎も角として。

 これで落ちない妹・後輩キャラは居ませんよね。はい、ローザさんの御姉様力、恐るべし。

 ラシアさん以外、ローザ御姉様信者ですから。


 そのラシアさんにだけは年相応に甘えている様に砕けた一面を見せる訳で。

 だからきっと、マリアナさんの側近にも同じ様な人が居るんだとは思います。

 ラシアさんが「私も話が合いそうだわ~」という意味深な笑顔をしていますからね~。

 う~ん……仲良くなれそうな二人なんだけどね。二人の為には両種族間の関わりが少ない方が色々と幸せかもしれません。

 まあ、この先の事なんて、どうなるのか今は未だ判りませんけど。














「──え? それでは、アイク様はヒュームの勇者でいらっしゃるのですか?」


「……いらっしゃるのです」


「ルッテちゃん、それ、気に入ったの?」


「……ちょっとだけです」



 マリアナさんの言葉遣いを何故か真似をしているルッテちゃんが少し照れる。可愛いな~。

 ──と頭を撫でながら自分に「目を逸らすな」と心の中から叱咤される。


 マリアナさんの俺に対する賢者疑惑を晴らす為、説明をしたら──何故か、丁寧な所作で胸の貝殻を外して両手で隠しながら、仰向けに寝そべった。

 そして、「どうぞ、私の事は御好きにして頂いて構いませんので、何卒、私一人で御赦し下さい」と涙目で訴えてきた。

 「何故、そうなるの?」と言いたかった。

 そう言いたかったけど──想像出来てしまった。きっと、過去に召喚された勇者が何か遣らかした。その結果が、ネーレイア族には勇者が恐怖の象徴の様に印象付けられたのだろう、と。

 その糞な勇者を殴りたい。マジで。



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