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ハズレ勇者の気まま暮らし  作者: 桜惡夢
~Another World Life~
18/20

我等が魂


 ローザさんと出逢ってから早いもので一ヶ月に。週の概念が無い為、最初は少し違和感が有ったが、慣れてしまえば気にしなくなるもの。

 人が勝手に決めた物差しは、人次第で変わる。

 そんな教訓を学んだ気がします。


 ……まあ、まだ普段は“さん付け”ですけどね。二人きりの時なら、呼べますが。まだ恥ずかしさや擽ったさが勝るので。

 其処は、ゆっくりと、という事で。



「こうして見ると水田(・・)って面白いわね~」



 そうラシアさんが言っている様に今、目の前には水田──元気に育つ稲が並ぶ田んぼが有る。

 はい、我等が魂、米を口にする事が出来る事には感動と感謝(・・)しか有りません。


 オルガナ族の秘宝探しは大成功だった訳ですが、其処には俺の予想を超える展開が有りました。

 実は、あの布製の手紙(・・)。その最後の一枚の中には直ぐには判り難い様に綿が入れられていて其処には隠してあった物が。

 彼女(・・)遺言(メッセージ)と共に託した遺品。

 それは入手者(・・・)専用の装備品の指環。

 【空蔵の鍵環】という物で、亜空間収納が出来る破格の能力を持った逸品でした。


 ──が、それ以上に驚いたのは、その存在です。

 入手者専用装備品というのは文字通りの代物で、他者は勿論、自身の直系の子孫にも使えない物で。抑として、入手者が亡くなれば消失する筈。

 それが遺され──現在は俺の手に。

 そうなんです。指環──何か入っていると気付きローザさん達に許可を得て布を切って発見した。

 そういう意味では……まあ、俺が入手者となる、という事なら、まだ判るんですけどねぇ……。

 この指環に直に触れた瞬間でした。


《──特殊指定(・・・・)条件を満たしました》

《【空蔵の鍵環】は耕原 愛育(アイク・ヤスハラ)継承(・・)されました》


 ──という天の声(アナウンス)が聴こえたのは。

 勿論、俺にしか聴こえてはいません。

 だから、驚き、キョロキョロとする俺を心配するローザさん達が居た事は仕方が無い事です。


 落ち着き、確認して判ったのが、前所有者により条件が指定され、それを満たしたから、という事。はい、そんな事は予想出来る事です。


 特殊指定条件は次の四つ。

 一、ヒュームである事。

 二、他の勇者とは行動を共にしていない事。

 三、一度もインベーダーと戦ってはいない事。

 四、オルガナ族と確かな絆を結んだ者である事。


 この全てを満たした場合にも、継承が行われる。そういう風に設定(・・)されていた様です。


 ただ、そんな機能は指環には有りません。だから恐らくは別の何かを使う事で可能にしたんだろうと思いますが……さっぱり判りません。

 だから、深くは考えず、感謝する事に。


 ──で、早速使用してみた所、既に亜空間の中に入っている物が有りました。

 取り出してみると、それは俺が両腕でギリギリで抱き抱えられる大きさの壺。

 地面に置き、しっかりと縛ってある蓋を開けたら中に入っていたのは[ソナハ]という植物の籾種(・・)

 そう、これが、この世界での米に成る訳です。


 翌日から俺は全力で水田作りを始めました。

 田んぼは直ぐに作れますけど、問題は水温管理と取水と排水の為の水路と貯水池でした。特に水路は川と繋げる必要が有る為、色々と大変でした。

 ただ、並行して籾種を発芽させ、種蒔きをして、苗を育てていたので遣るしか有りません。

 そう自分を背水の陣で追い込みましたから。


 その結果が、目の前に有ります。

 まだ出穂はしていませんが、この地では虫や菌の影響の心配が無いので、その辺の手間が不要なのは人数の少ない自分達には助かります。

 ああ、勿論、籾種は全ては使っていませんから。万が一の事を考え、慎重に遣っていますよ。


 さて、それはそれとして。

 ローザさん達が使用可能なオルガナ族専用装備品なんですが、何れも凄いです。

 その御陰で狩りの時間は短縮、一度に量も獲れ、最近では五日に一度出掛ける程度。

 俺も一緒なので、亜空間に収納すれば楽々。

 亜空間内は時間の流れから完全隔離されるらしく鮮度が不変なのは大きいです。

 でも、狩り過ぎには要注意。今有る生態系を壊す真似は自分達の首を絞める事にも為りますからね。欲張り過ぎてはいけません。


 また、ローザさん達と一緒に出掛ける事により、森で新しい物を発見する事が出来る様になった事も大きな変化でしょう。戦闘力が上がった事で、俺が一緒でも護衛し易くなった為です。

 男女が逆? 適材適所なだけです。

 それに物理攻撃は兎も角、魔法でだったら俺にも狩りは可能だったりします。ただ、盾役や囮役無しでは危険だから禁止されていますけどね。

 でも、いつの日にか、きっと。


 話を戻して。

 森で発見したのはローザさん達も知らない物や、今までは食用・薬用とは思っていなかった物。

 その中でも、渋くて食べられない[アープル]は元の世界での林檎の原種に近い物。その実を採取し耕した畑に植えれば、立派な若木に。既に白い花を咲かせているので実が成るのも近い筈です。

 きっと驚くでしょう。何しろ、アープルは土壌の状態で味が大きく変わるそうなので。はい、甘くて爽やかな酸味の有る林檎が実る様子をイメージして作業しているので、それに適した効果になります。力の使い方にも慣れ、研鑽を積んでいますから。


 ああ、それと、オルガナ族の秘宝は殆どが装備品でしたが、金属製の食器や道具等も有りました。

 その中には農具も幾つか。出来る事が増えると、遣りたい事も増えるものです。


 今、大豆に近い[ディーズ]を育てています。

 異世界生活の定番。味噌・醤油を造る為です。

 ──が、大きな問題が。塩が足りません。今までローザさん達が使っていたのは岩塩で、その岩塩もグリャンギザの深淵森で運が良ければ見付かる物。贅沢な使い方は出来ません。


 其処で現在、川を下り、海を目指す計画が進行中だったりします。

 そう、無いなら作ればいい。先ずは海水が塩水か確かめる必要は有りますが。塩水なら出来ます。


 ローザさん達だけなら、装備品の効果も有るので川を下りながら調査し、日帰りで戻って来れる為、俺はラシアさん・ルッテちゃん・レーナちゃんから二人と日替わりで農作業をしながら留守番です。


 それから、まだ余裕は有りますが、ダンジョンを探して貰ってもいます。

 今の生活の要である勇者としての力を失う訳にはいきませんから。

 魔王やインベーダーとは戦わないにしても、力を維持していく必要は有りますから。






「──え? 海まで出たんですか?」


「ああ、初めて見たが間違い無いだろう。アイクが言っていた様に塩水(・・)だったからな」



 夕食前の今日の報告会でローザさん達の話を聞き驚きます──が、うん、塩水だ(しょっぱい)

 汲んで来てくれた海水を一舐めして確認。まあ、その前に【農者之眼Ⅶ】で判ってはいましたけど。此処は舐める流れです。信頼していない訳ではない事だけは信じて欲しい。


 それはそれとして。予定よりも随分と早い。

 無理をしたんじゃないですか?



「心配するな。無理はしていない」


「寧ろ、アタシ等にビビってるみたいで、向こうに出てからは殆どモンスターが近寄って来ないんだ」


「それじゃあ、グリャンギザの深淵森の方が?」


「ああ、格段にモンスターが強いな。あの森の奴が一体でも向こうに出れば生態系は一気に崩れる」


「……そうは成っていないのだから不思議ですね」


「ああ、全くだ。だが、私達にとっては好都合だ。余計な殺生をする必要も無いからな」


「そうですね。それじゃあ、俺が一緒に行くとして往復すると一日掛かりですか?」


「いや、早朝に皆で日課を済ませれば、昼過ぎには行って戻っては来られる筈だ。簡単な調査と海水の採取だけならな」


「ローザさん達の負担は?」


「問題無い。普段の狩りの方が疲労感という事では有る様に感じるからな」


「実質、走ってって往復するだけだからな~」


「邪魔されもしませんから本当に早いですよ」


「そっか……それじゃあ、明日は皆で海に」






 そう決めた翌朝。

 起きて直ぐでした。ローザさんが気分が悪そうで心配し──妊娠と判明。

 はい、悪阻でした。

 誰も知らないし、俺も知識だけだったので最初は心配しましたが、冷静に考えてみた結果です。

 ローザさんは勿論、ラシアさん達も嬉し泣きして俺も貰い泣き。まだ産まれた訳ではないのにね。


 ──で、緊急家族会議。

 一応、悪阻の事や妊娠初期である事や注意事項を知っている限り、伝えました。

 その結果──予定通りに海へ。

 「……え? それでいいの?」と言いましたが、何か有った場合を考えたら全員一緒の方が判る事も出来る事も多いから、と。納得。

 ……本当にいいのかな?

 そうは思いましたが──はい、目の前には海。

 異世界でも海は海でした。青い海に、白い砂浜、程好い風と太陽の光。

 ローザさん達が水着なら…………ああいや、既に似た様な格好でしたね。慣れって恐いな~……。


 取り敢えず、当初の目的通りに海水と砂を回収。植物以外の生き物は亜空間には収納出来ませんが、それ以外の制限は無いのでドバドバーッと。

 海水は兎も角、砂は地形を変える程には取らず、全体的に満遍なく掬います。だから、地味に手間が掛かりますが、環境の為には必要な事なので。


 本当は特大の鍋とかが有れば楽なんですけどね。無い物は仕方有りませんし、造れませんから。


 そんな俺とは別に、リンゼさんとレーナちゃんは海釣りの真っ最中。流石に何の情報も無い海に潜る真似は許可出来ませんから釣りで様子見です。

 ローザさんは二人の様子を見ながら一休み。側にラシアさんが付いているので任せます。

 ──で、俺はルッテちゃんに護衛をされながら、砂浜付近──海岸沿いの調査です。

 特に植物関係は俺の領分ですからね。

 まあ、それ以外の採取もしますけど。貝とかね。岩場に行けば簡単に見付かりますし、何故か、養殖出来るか否かも判ります。まあ、水産業も農業から派生したと考えられなくもないですから……はい、強引なのは自分でも判ります。でも、それ位でしか納得の行く説も無いんですよ。


 それはそうと、まだ海洋進出をしていない為か、海岸沿いにはゴミの類いが一切有りません。自然の中で倒れたりした流木が有る位です。

 大雨が降ったりもしていないので洪水も無いし、海からも海藻等は打ち上げられていません。

 だから、とても綺麗な状態です。


 これを見ると、元の世界の人間が如何に愚かで、身勝手で、傲慢だったのかが判ります。

 まあ、魔王やインベーダーの様な明確な敵対者が存在していれば違ったのかもしれません。何しろ、現代に到っても変わらずに人間同士で醜く殺し合い続けていた訳ですから。

 まあ、今の俺には過去で、無関係な事ですが。



「…………アイクさん、アレ、何ですか?」


「ん? 何れ────え?」



 ちょっと真面目な事を考えていた俺の袖を引いて訊いてきたルッテちゃんが指差した方に顔を向けて視界に入った存在を見て──硬直してしまう。

 大きな尾鰭に、美味しそうな肉厚の身。鮮やかな青い鱗が綺麗な大きな魚──ですけど、腰から上は人の身体が。腕が、顔と髪が有り、白身っぽい肌。一瞬、喰われ掛けている感じにも見えましたけど、直ぐに違う事に気付きます。

 異なる存在の筈の分け目は、綺麗に続いていて、魚の頭が無いから。



「…………はっ!? 嘘!? “人魚”っ?!」



 そう言ってしまった通り。

 砂浜に倒れているのは人魚らしい姿の女性(・・)

 打ち上げられた魚っぽい感じを想像しましたが、海辺なので仕方が無いと思うので赦して下さい。


 額には縦横2センチ程の真珠の様な宝石。

 青緑色の波の様なウェーブの掛かった長い髪には砂は付いているのは濡れている様子は無い。

 だから一瞬、罠を疑いますが、違っていた場合は1分1秒が危険なので掛より、声を掛けた。











 近寄って声を掛けて確認するが反応は無し。

 ルッテちゃんに近付かない様に制止させましたが僅かに上下に動く身体を見て息が有る事は判った。ルッテちゃんに話し、側に行って俯せの女性を抱き起こす…………デカ……はっ!? こんな所に罠が。孔明は何処だっ?!


 それは兎も角、女性は胸に貝殻を付けただけで、衣服らしい布地は一切無し。まあ、海中で暮らすと考えると水を吸う布地は使いませんか。

 俯せ状態でも女性と判ったのは顔も有りますが、その……下半身に女性らしい丸みが有るからです。ええ、綺麗なヒップラインですね。



「──で、連れて来たと。御人好しだなぁ……」


「この人がインベーダーという可能性は?」


「……武器は見当たらなかったよ?」


「それとこれとは話が別ね~……」


「……アイク、御前はどうしたい?」


「……考えれば、彼女の存在が火種を生む可能性は有ると思う。でも、俺は彼女を助けたい。今の俺が在るのはローザさんが助けてくれたから。だから、俺は見捨てる様な真似はしたくない。それが単なる自己満足だったとしても」



 そうローザさん達を見詰め、正直に言う。

 ローザさん達の答えは──その笑顔が全てだ。



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