変わらぬ願い
俺の推測を信じ、大岩から移動した先は、一族が住んでいる場所から西に真っ直ぐに向かった所。
グリャンギザの深淵森とウォウギュの荒森の間に二つを隔てる様に横たわる“インラ山”。
ドリィセック大山脈と比べるのが可笑しいけど、インラ山も険しい岩肌が剥き出しの高山。登れないという事は無いだけで気楽に行ける場所ではない。俺以外は平気そうですけどね。
まあ、だから弱音も吐かず、頑張れます。だって男の子だもん。見栄を張りたいじゃない。
「……にしても、まさか此処に来るとはなぁ~」
「普段は来ないんですか?」
「見ての通り、何の獲物も無いからなぁ……」
「あー……納得です」
ボヤくリンゼさんに聞き返し、周囲を見て納得。モンスターも居らず、草木も生えず、水場も無し。来る理由が見当たりません。
精々、好奇心で一度登ってみる程度だそうです。何も無いから二度目は無い訳です。
「だけど、それらしい物って有ったかしら~?」
「見た目に直ぐに判るなら、こんな回りくどい様な真似はしていないと思いますよ」
「……誰にも見付からない様に隠すのなら、誰にも気付かれないのが一番です」
「成る程ね……あれ? でも、それじゃあ、私達も見付けられないんじゃない?」
「それは多分、大丈夫だと思うよ」
「何故だ?」
「隠すだけなら手掛かりなんて何一つ残しません。手掛かりが有るという事は見付ける事が前提です。でも、簡単に見付けられたら困るから細工する」
「考えてみれば、当然と言えば当然の事か……」
「その上で、長の一族にしか伝えられず、伝統模様という手掛かりが必要で、人が来ない場所です」
「物凄~く、秘宝が隠されていそうな状況ね~」
嬉しそうに言うラシアさんの声に皆で笑う。
実際に何が有るのか判らないし、もしかしたら、物ではない可能性も有る。
例えば、「その絆が、勇気が、知恵が宝だ」とかメッセージが残されている場合が。
まあ、それならそれで構いません。この宝探しを通じて関係が強く深まった気はしますから。
「──と、着いたぞ。この辺りだ」
ローザさんが足を止め、崖下を確認する。
実は、槍が指し示すと思える場所が、断崖絶壁で直接は向かえなかった為、回り道をしています。
ただ、だから余計に何かが有りそうです。
「……パッと見は、岩だらけだよなぁ……」
「人の手が入っている感じはしないわね~……」
リンゼさん、ラシアさんが言う通り。見た感じ、それっぽい物は見当たらない。
しかし、それは見た目だけで探すから。
恐らくは手掛かりはオルガナ族に伝わる中に。
「一族に伝わる昔話や歌って有ります?」
「それは歴史や由来の類いではなくてか?」
「はい」
「そうなると……私は知らないな。どうだ?」
「う~ん……私も知りませんね~」
「歌は無いですけど、音楽は有りますよ。今此処で演奏は出来ませんけど」
「そっか…………あの伝統模様に意味は?」
「アレは一族の勇姿と守護を示す物だ。それが転じ邪気払いの様な意味でも用いられる」
「……俺が目にした事は有りませんよね?」
「ああ、それは当然だ。大体は子供が生まれた時に祝福する意味で、その模様が縫われた布を纏わせ、その後は家の中に飾り、子供が十歳を迎えた時に、燃やすのが風習だからだ」
「その布も、母親か祖母、母親の姉妹や子供の姉が縫って作るのが伝統なのよ~」
「ああ、だから皆、縫い物が上手なんですね」
マットレス擬きを始め、新しく寝具を作る時にも全員が上手だったから驚いた。二人位は苦手な人が居そうだっただけに。誰とは言いませんよ?
あと、此処で「私達も早く用意したいなぁ~」とアピールするのは止めて下さい。危ないから。
話を戻して。
聞いた感じ、それらしい手掛かりは無し。ただ、気になるとしたら、やはり伝統の模様になる。
でも、邪気払い……浄化? そんな魔法は無い。濁った水の濾過なら出来るそうですけどね。
勇姿・守護という意味なら、秘宝を守っている。そう繋がる訳ですが……そんな判り易い目印なら、疾うの昔に誰かが見付けてますよね~。
そうなると……十歳? 数字としては一区切り。でも、周期だと十二が一区切り。
……時計で……午前十時? いや、燃やすのなら日没に引っ掛けて午後十時? それだと月明かりに関係する何かが有るべきだろうし………………あ。
「レーナちゃん、焚き火用の小枝有る?」
「はい、有りますよ」
「少し頂戴。あと片手鍋も御願い」
レーナちゃんから出先で食事等をするのに必要な火を起こす為の小枝、少し湯を沸かしたりするのに使う小さい片手鍋を受け取ると、足元に置いて中に小枝を入れ、魔法の【ファイアー】で着火。
其処に息を吹き込みながら、燃やしていく。
「…………なあ、アイク、何してんだ?」
「もうちょっと待ってて…………よし、良いかな」
堪らず声を掛けたリンゼさんを制して、集中して続け──求めている煙の量に達した。
片手鍋の取っ手を持ち、煙が絶えない様に小枝を足しながら周囲を歩く。
すると、とある場所で煙の動きが変わった。
立ち上るか、風に流されていた煙が、ゆっくりと岩肌の中に吸い込まれた。
「彼処みたいですね」
垂直に近いが幸いにもゴツゴツとした岩肌の為、登れないという事は無い。
皆に「どうしますか?」と視線で訊けば、不敵に笑って頷き返される。頼もしい限りです。
登って行くと、其処には人一人がギリギリ入れる程度の亀裂が有った。
ちょっと不摂生と怠けた生活をしていたら中には入る事は難しいかったでしょう。
「──みっ、皆ぁ~……御願いだから待ってぇ~、引っ掛かっちゃったのぉ~……」
……前言修正。健康的でもスタイルが良過ぎたら引っ掛かる事も有ります。仕方有りません。
だからルッテちゃん「……少し痩せましょう」と言わないであげて。アレは男のロマンだから。
どうにか俺が鍬で削り、亀裂を広げて全員で中に入る事が出来ました。
最初は立って進むのは難しい普通の洞窟でしたが奥に進んで行くと削った痕跡が見られ、広くなり、立って歩くける様に。
そして、最奥だろう小さな円形の空間に到着。
其処には、この地に辿り着いただろう、彼女達の祖先であるオルガナ族が残した品々が有った。
驚くべきは、その殆どが装備品である事。
それも汎用品ではない。
オルガナ族の専用。
どうして判ったかと言うと、リンゼさんが迂闊に触ってしまった為です。
でも、危ないから気を付けて下さいね?
皆が彼是と見ている中、ローザさんだけは壁面に刻まれている……多分、文字を見詰めている。
「ローザさん、それは?」
「オルガナの長の血統者にだけ読める文字だ」
「何が書かれているんですか?」
「いつの日にか、魔王を討ち滅ぼし、祖国の奪還と一族の再興を成す為に此処に遺す、だそうだ」
それを聞き、ラシアさん達が手を止めた。
その気持ち──心の全ては判らない。
ただ、一緒に暮らしているから判る事も有る。
ローザさん達は魔王と戦うつもりは無い。勿論、攻めて来られたら話は違うけど、自分達から魔王を討つ為に動こうとはしていない。
寧ろ、今は一族の血を未来に繋ぐ事こそが最優先だと考えている。毎日励んでいますからね。
「……ローザさん達は魔王を討ちたいとは?」
「私達は此処で生まれ育ったからな。魔王は勿論、インベーダーとは直接の交戦経験も無ければ、直に見た事が有る訳でもない。だから、其処に拘る様な因縁や憎悪というのは全く無い」
そう言いながら、刻まれた文字に触れる。
その横顔は見ている側としても、何と表現すれば正しいのかが判らない。それ程に、複雑に感情等が入り混じっている様に思う。
「……私は長としては失格かもしれないな……」
「そんなっ! 姉様は──っ!?」
思わず声を上げるレーナちゃん。多分、その声を側に居たラシアさんが制した。見なくても判る。
その程度には、皆の事を知っているつもりだ。
だから、俺も何も言わない。
今、この瞬間は、ローザさんの意志が全てだ。
「──だが、私は私自身の信じる道を歩いて行く。アイクと、姉妹達と、未来に生きていく事こそが、何よりも一族の為に成るのだと信じている。だから貴方方には申し訳無いが──憎悪は今此処で絶つ。その決意を、見守っていて欲しい」
そう言い切ったローザさん。
背後から聞こえる嗚咽は数えなくても判る。
きっと、皆が同じ想いを懐いている。
「ただまあ、貰える物は貰っていくがな」
「……色々と染み付いていそうですけど?」
「使える物は何でも使う。生きる為にはな」
そう言って笑うローザさん。
その表情は何処か晴れやかで、年相応に見える。いや、これが本来のローザさんの表情なんだろう。長として、一族の、皆の未来を一人で背負ってきた重圧が有るからこそ、そう在ろうとさせる。
だったら、俺が示すべき意志は一つだ。
「それなら俺は貴女と共に背負い、生きていこう。この命が尽き果て、死がこの世界から別つまで」
「………………アイク……」
御互いの利を以て始まった交渉による関係。
でも、だからこそ。ちゃんと言葉にして伝えて、自分の覚悟と共に示す。
「愛している、ローザ」
「──っ!! ~~~っ、私も愛している、アイク」
本当の意味での、御互いへの求め愛。
その感情に身を委ね、抱き合ってキスをする。
場所を、状況を客観的に見て、考えたなら。
それはまるでオルガナという種族との結婚式。
でも、間違いではない。
ヒュームとオルガナの血が結ぶ。
その先の未来は、きっと新しい可能性だから。
「──って、二人だけで狡いですよーっ!!」
「ぶぅ~、私達は除け者~?」
「そ、そういうのはアタシ達とも……だよなっ?!」
「……アイクさん、ずっと待っているだけだなんで思わないで下さいね?」
──と良い感じで終わらせてはくれない彼女達が抱き付いてきて押し倒される。
あと、ルッテさん? 何気に怖いんですけど?
「くっ、御前達っ…………ええいっ! 退けっ!!」
──と、ローザさんが感情を爆発させる。
そんな珍しくも、だけど、これからの俺達らしい在り方を見ながら、自然と笑みが浮かぶ。
家族計画は大事だ。でも、ちゃんと五人各々との時間や向き合い方も大切にしていこう。
そう、改めて思う。
「────っんぶっ!?」
「「────あっ…………」」
──が、油断していた。
ローザさんが投げた何かをリンゼさんが避けて、俺の顔面に命中した。
硬い物ではなさそうだけど……痛いものは痛い。一体、何を投げたの………………え?
「……………………はっ、あははははっ!!」
「ア、アイク?!」
「ちょっ!? 打ち所が悪かったのかっ?!」
心配するローザさんとリンゼさんには悪いけど、今は嬉しくて仕方が無い。
だから、そのままローザさん達を抱き締める。
俺の顔面に有ったのは小冊子の様な布製の束。
其処には文字が縫い付けられている。
慣れ親しんだ日本語で。
生きるという事は戦う事
それは覆し様の無い自然界の摂理
だから、避けられない戦いは有る
戦う事でしか掴め無い未来は有る
それは仕方の無い事でしょう
だけど、もしも、そうではなくて
互いを認め合い、求め合えるなら
その先には新しい未来が生まれる
私達の様に、可能性を紡ぎ出せる
信じ合い、繋がり、重ね合わせて
遠い未来になるかもしれないけど
どうか、私達の想いと願いが
いつかきっと、花が咲くと信じて
この言葉を、此処に遺します
遥か彼方へ、愛を籠めて
「ねぇ、御母様、何を縫ってるの?」
「ん? これはね、貴女達の未来を願う御守りよ」
「御守り? あの模様みたいな?」
「ええ、そうよ。御父様達みたいに貴女達の未来を護ってくれる様にね」
「ふ~ん……でも、私は要らな~い」
「あら、どうして?」
「だって、私が皆を護るからっ!!」
「ふふっ、そう。それなら必要無いわね」
「うんっ!」
「でもね、きっと貴女にも判る時が来るわ」
「……何を~?」
「本当の強さ、本当の意味で護るという事をよ」
「んん~~~?」
「ふふっ、今はいいのよ。その時が来れば──」