支え合い
ローザさんに後に続いてグリャンギザの深淵森を進んで行くと、暫くしたら見た目にも、はっきりと森の様子が変わった。
グリャンギザの深淵森は深く鬱蒼としているが、生命力という意味では満ち溢れている。
それが、ある場所を境に綺麗に地面から草花等が一本も生えていなくなった。木々は有るが幹が長く枝葉は根元から5メートル以上は上で、幹の表面は磨き上げた様にツルツルとしている。
[ギスリベス]という木らしく、伐られない様に硬く、滑らかな樹皮に成ったそうだ。へぇ~。
「気付いていると思うが、此方等は向こうとは別の森で“ウォウギュの荒森”という」
「あんなにも、くっきりと変わるものなんですね」
「言って置くが、あれが普通ではないからな」
「え? そうなんですか?」
「異世界から召喚された勇者にとっては何もかもが違って見えるかもしれないが、私達からしても理解出来無いという事は多々有る。この世界に全知の者など居はしないからな」
「……という事は何方等かが特殊なんですよね?」
「ああ、ウォウギュの荒森が特殊だ」
「……ローザさん達は大丈夫なんですか?」
「心配するな。身体に悪影響が有る様な事は無い。飽く迄も森が縄張りを主張している様なものだ」
そう言われてみて、成る程と納得する。
元の世界の植物同士でも縄張りは有った事。
各々の森に何かしらの要因──領主の様な存在が居るのだとすれば、そう影響下の境界線が見た目に違っている事も可笑しくはない。
まあ、だからと言って安心は出来無いけど。
少なくとも、ローザさん達が暮らしている以上、殺されて養分にされる様な事は無いと思いたい。
──と、其処で気付く。
「もしかして、此方の森にはモンスターが?」
「そうだ、居ない。数が少ない、逃げ出したという事ではなく、全く居ない」
「だから、ローザさん達は狩りをしに向こうの森に入っているんですね……」
あの狸をローザさんは担いで持って帰っている。うん、内蔵は取り除き、簡単に血抜きもしていても巨体は巨体。それを軽々と……勇者でも【農夫】の自分とは比べものにも為りません。
あと、狸が……ちょっと不安。食べられない事は無いんでしょうけど。
ローザさんと出逢った場所から2時間程歩いて、山の稜線に日が沈み始めた頃、空に昇る煙が見え、それから程無くして、目的地に着いた。
正直、想像していた感じとは全く違った。
閑散としたキャンプ場を買い取り一軒家を建てて住んでいるといった様な感じ。しかも、その周囲に使われなくなって朽ちた建物だった残骸も有る。
……ローザさん、生きてますよね?
「──あっ! 姉様、御帰りなさいっ!」
そんな場所の中、水汲みをしていたのか、水桶を両手に持っていた焦げ茶色のショートヘアの少女がローザさんに気付いた。
うん、彼女は一目で女性だと判る。ちょっとね、目の遣り場に困る様な格好だから。
それ、服なの? 下着──いや、ネタ水着とかの類いの間違いじゃない?
そう言いたくなる位に、表面積が少ない。うん、ちょっと動いたら溢れそうだもん。立派だから。
あと、下も際どい。まあ、上に比べたら危なくは見えないんですけどね。
「──って誰えぇーっ!?」
そして、水桶を置き、ローザさんへと駆け寄って来る途中で、その後ろに居た俺に気付いた。
土煙を上げながらの急ブレーキと驚いた大声。
その感情豊かな反応は確かに妹キャラっぽいな。いや、後輩でも有りか。
「どうしたレーナっ!?」
「あらあら~、怪我でもしたのかしら?」
少女の叫び声を聞き、一軒家の向こうから走って来たのは気の強そうな女子校では絶対モテるだろう活発そうなスポーツ系美女。赤茶色の髪に翠の眼。短い髪が似合う女性は基本的に美人ですよね。
彼女が口にしたのが、叫んだ少女の名前かな。
同じ様に一軒家の中から出て来たのは、おっとり口調の母性溢れる癒し系美女。肩に掛からない位の長さの焦げ茶色の髪は柔らかそうだけど手入れ的に大変そうな結構なカール具合。ただ、右手に包丁を持ったままなので要注意。
「リンゼ、今日の獲物だ。解体を頼む」
「──え? あ、お、おう!」
「ラシア、包丁を持って彷徨くな、危ない」
「あら~? つい、うっかり~」
リンゼと呼ばれた美女は狸を軽々と受け取って、ラシアと呼ばれた美女は注意されてテヘペロ。
ローザさんが中心なのが直ぐに判る関係性だ。
「──じゃなくてっ! 姉様っ! 其奴誰っ?!」
──で、我に返ったレーナという名だろう少女が俺を犯人を言い当てるかの様に指差して叫ぶ。
其処で、漸く二人も俺を見た。
「…………お、男の人?」
そう声がした方を見れば、一軒家の入り口に隠れながらも顔を見せている新たな美少女が。センター分けだけど鼻先まで有る前髪で隠れてる……後ろは逆に大胆に短いんだ。
う~ん……兎に角、直視し難い。でも、見たい。思春期と紳士精神の狭間で揺れ動く衝動。
「ルッテ、御前も此方に来い、紹介する」
こんな軽く混沌とした状況の中、一人だけ冷静なローザさんにより、御互いの紹介がされる。
はい、勇者だと判ったら驚かれ、経緯を聞いたら同情され、どうにか受け入れて貰えました。
年齢はラシアさんが18歳で最年長で、その次がローザさんで17歳、リンゼさんが同い年、残ったルッテちゃんとレーナちゃんが13歳。
皆さん、発育が宜しい様で。
尚、ローザさんも兜等を脱いだら、けしからんな格好だったのは言わずもがな。眼福ですが。
それってオルガナの伝統衣装なんですか?
「──え? それじゃあ、オルガナって今はもう、ローザさん達だけなんですか?」
「私達の知る限りは、だがな」
「もしかしたら世界の何処かには他にも居るのかもしれないのだけれどね~。はい、どうぞ~」
「あ、有難う御座います」
ラシアさんから御茶っぽい物を受け取る。匂いは良いから……うん、美味しい。ほっとする~。
聞いたばかりのローザさん達の話を纏めると。
オルガナ族は、元々は此処から西の北大陸に国を小さいながらも持っていたのだけど、魔王軍と戦い敗れた事で国を失い、東大陸に逃れた。
その後、ヒュームの国に身を寄せながら、復興を悲願として戦うも、そのヒュームの国も滅亡。
何とか脱出したローザさんの御先祖様達だけど、行く宛も無く、放浪の末に、ウォウギュの荒森に。それが大体百年程前。
元々少なかった一族の数も次第に減り、危機感を覚えていた為、十年程前にローザさん達の父親達が外に向かいグリャンギザの深淵森を抜けようとして壊滅した。残った大人達も無理が祟って亡くなり、幼い子供は言うまでも無く。
ローザさん達五人が奇跡的に生き延びている。
それが彼女達の現状。
「其処でアイク、私達には御前が必要なんだ」
嬉しい言葉ですけど、正確には俺の子種がです。まあ、惚れた相手となら否は有りません。
抑、俺は自力で生きて行くのが難しいですから。生活はローザさん達に頼り、俺は子作りを頑張る。夢の様な感じだけど……何か駄目な気がする。
「え~と……ローザさん以外も、ですよね?」
「そうなるな。年少の二人は外して遣りたい所だが今は少しでも人数を増やさなくては種族そのものが絶えてしまうからな」
「大丈夫です、姉様! 私も頑張って産みます!」
そう言って鼻息荒く意気込むレーナちゃん。
……あ、これ、多分、誰も性教育とか受けてない感じがする。でも流石に訊き難い。
訊いた後、説明を求められても困りますから。
ただ、悪い事ばかりでは有りません。
この時点で俺を相手として受け入れてくれている事は嬉しいし、嫌われたりしていないので一安心。まあ、「男なら誰でもいい」と言われたら、流石に凹むかもしれませんけど。
拒絶されていないのは精神的に楽です。
しかし、このままの流れは危険なんです。いや、ローザさん達との子作りは確定なんですけどね。
今のままだと色々と拙いですし、不安なので。
そんな今こそ、異世界生活の諸先輩方の経験談で学んだ知恵を見せる時!
そう、“異世界、家族計画は慎重に”だ!
「ローザさん達の決意や覚悟は判りましたし、俺も一人で生きて行くのは難しいので、御互いにとって良い結果に結び付くなら、頑張らせて頂きます」
「そうか。有難う、アイク」
「いいえ。ただ、幾つか確認したい事が有ります」
「何だ? 遠慮せずに言ってくれ」
「では……皆さん、妊娠・出産の経験は無い事だと思いますが、妊娠期間は判りますか?」
「期間? 三~四ヶ月ではないのか?」
「種族差が有るのかは判りませんが、ヒュームだと十ヶ月と少しになります」
「──なっ!?」
「まぁ……そんなにも長いものなの?」
「はい。それから、出産に立ち会った経験は?」
そう訊くとローザさん達は顔を見合わせ、小さく首を横に振る。年長の二人が経験が無いなら、先ず下の三人は経験は無いと思いますしね。
ちゃんと訊いておいて良かった~。
「…………誰も無い様だ」
「俺も経験は有りませんが、しっかりとした知識や技術が無ければ出産時は母子共に危険を伴います。それは避けるべきですよね?」
「……そうだな。亡くなっては元も子も無い」
「そして、此処に居る以外に別の種族でもいいので他に頼る事が出来る相手は居ますか?」
「いや、居ない」
「つまり、皆さんが一度に妊娠してしまうと生活が成り立たなくなり、御互いに助け合う事も困難に。そうなると……判りますよね?」
言われてみれば、想像し、理解が出来る。
ローザさん達が此方等の話を聞いてくれる相手で良かったと思います。
押し切られたら、力では抵抗出来ませんから。
それはそれとして、ローザさん達は知識不足から具体的な状況にまで想像が及ばなかったみたいで、少し落ち込んでしまっています。
でも、必要な事です。ローザさん達も、子供達も守っていく為には。
「…………正直、其処までは考えていなかったな」
「状況が状況ですから、焦りが有るのは判ります。種族を、受け継いだ血を絶やさない為には必要な事では有りますから。ただ、だからこそ、しっかりと理解する事も必要だと思います」
「アイクの言う通りだな」
「其処で、先ずはローザさんから始めてみるのは、如何でしょうか?」
「……それは一人ずつ順番に、という事か?」
「はい。先ずローザさんが妊娠し、出産するまでを全員で経験します。その経験等を踏まえて二人目、三人目……という風に考えた方が良いと思います。それなら、年下の二人も順番が来る頃には成長して妊娠・出産の負担にも十分に身体が耐えられる様になっていると思うので」
「……御前は私達以上に、私達の事を真剣に考えてくれているのだな」
「子供を成す以上は、ちゃんと家族としての幸せも大切にしたいと思っているだけですよ」
そう言って誤魔化します。
ええ、決して「それで苦労するのが定番です」と言う訳には行きませんから。
でも、嘘は言ってません。本心です。
抑、俺自身が経験なんて有りませんから。一度に複数の女性と関係を持つなんて無理です。物事には順番という物が有りますからね。
ハーレムに至る道とは険しいんです。
「私はアイクの考えを尊重しようと思う。皆は?」
「異論なんて有りませんよ~」
ローザさんの問いにラシアさんが代表して答え、こうして子作りの方針が決定した。
ハーレム回避成功。正直、滅茶苦茶安堵します。まだ俺はレベル1未満なので。
学校の性教育と、一回り上の従姉が妊娠・出産に育児の大変さを愚痴っていたのも役に立った。
本当、人生何が役に立つか判らないものです。
「よし、アイク。早速始めるとしよう」
「…………え? 何をですか?」
「ん? 子作りに決まっているだろう」
………………ああっ! 知識が無いから羞恥心や隠したりする理由も判らないんだ!
これは不味い。他の四人に見られながら遣るとか初心者にはハードルが高過ぎます。兎に角、此処で何とかして回避しないと。
「え~と……今、使える家って他には?」
「無い。此処で一緒に暮らしているからな」
「その……言い難いんですけど、子作りをする時は普通は違う部屋で……夫婦だけで行います」
「私達は全員、御前の妻に成るだろう?」
「あ、はい、そうなんですけど、ローザさん以外は先の事なので、その場合は、まだ妻ではない事に」
「ああ、そういう事か……だがしかし、そうなると困ったな。この家以外には……」
「チラッと見た感じですが、まだ使えそうな部材が残っている様に見えましたから、それを再利用して一軒建てられませんか?」
「私達が家を建てるのか……」
「一応、ある程度の事は判ります。ただ、力仕事に俺の場合は問題が……」
「それなら御前の指示で私達が動こう」
「それなら何とか為ると思います」