生き足掻く
此処に来て、一番焦った事は何か。
見知らぬ森に来て、地図や事前情報が役に立たず方角も判らず、彷徨ってしまう事?
それも間違いではないが、違う。
見るからに、日が傾いている事だ。
カロナオ王国に召喚されたのは朝の事で、王城を出て国境の街に……という流れで、正午辺り。
あの草原を抜けた時、見上げた大蛇の頭の後ろに太陽が見えていたから間違い無い。
勿論、この世界が球形の惑星だったら、だけど。多分、聞いた感じの印象では地球に近いとは思う。1日24時間、1年366日と。だから、同じ様に過去に召喚された勇者達も違和感無く馴染めたんだと思う。
話を戻して。
転移の際に移動する距離等によって時間を要するので有れば、その事を必ず教えられていた筈。
罠に嵌めるつもりだったにしても、渡された際に使い切りだという事は教えてくれたのだから。
それが無かった、という事は転移での時間経過、或いは時間跳躍、という可能性は無い筈。
そうなると、考えられる事は──時差。
向こうは昼間でも、此処では夕方。
つまり、それだけ離れた場所だという事になる。日付けに関しては判らないから今は考えない。
今、考えなければならない事は唯一つ。
どうにかして、この森を抜け出す事だ。
勇者という事で多少は強化されていると判った。だが、あの大蛇の前には無力だった。
そして、あんなのが普通に存在する世界だから、森の中で夜を迎える事は考えたくはない。
せめて、身を隠せる場所を探さなくては。
そう思ってはいるのだけど……移動してみても、景色が変わった様には思えない。だから困っている──と言うか、ヤバイ状況だと思っている。
「取り敢えず、真っ直ぐ歩いていれば」と思って進もうとしたけど、その真っ直ぐの感覚が狂う為、直ぐに無理だと判断。
「それなら木に登って上から見れば」と思ったが運が良いのか悪いのか、【農者之眼Ⅱ】が木を見た瞬間に警告してくれた。少し触れただけでも皮膚が爛れてしまう木だった。
そう、そんなヤバイ木ばかりの森でした。
因みに、その木は[レダルタ]と言い、ちゃんと処理をして加工すると良質の木材になるらしい。
あと、アビリティが【農者之眼Ⅱ】【農具Ⅱ】に成長していた。草刈りの成果かな?
ただ、木々はヤバイが、草等は触れても大丈夫。寧ろ、色々と役立ちそうな薬草が豊富だった。今は採取している様な状況ではないけど。
そして──今現在、身動きが取れなくなった。
この森の中に転移して1時間以上は経っているが特に生物──モンスターに遭遇はしていなかった。ただ、何と無く、感じてはいた。
武の達人という訳でもないから殺気や気配なんて判りはしないけど、嫌な感じは判る。
いや、寧ろ、素人の自分ですら判る事がヤバイ。それだけの存在という事なのだから。
その正体と言うか、元凶と言うか……3メートル以上は有る馬鹿デカイ狸が直ぐ側に居る。
地面を掘り、何かを探している様な仕草をしては別の場所を掘り──と何度か。
害獣なら【農者之眼Ⅱ】で判りそうなんだけど、判らないから違うんだと思う──と言うか、害獣の判定基準が判らない。
まあ、作物を荒らすから害獣とした場合、殆どが該当しそうだから違うのは判るけど。
そんな風に考えてしまうのは余裕が有るからではなくて現実逃避の意味が強いと自分でも思う。
隙を見て、そぉ~と……離れたい所なんだけど、音を立てないのは不可能に近いから動かない。
此方に気付かずに去って行って欲しい。
兎に角、息を殺し、気配を殺し、意識しない様に自分は石ころか雑草であるかの様に徹する。
「──って出来る訳無いよなーっ!!」
相手は野生の獣。人よりも優れた五感を持つ為、隠れて凌ぎ切るなんて出来る訳が無かった。
直ぐに見付かり、一度は応戦した。それで怯んで逃げてくれる事を期待もしたけど、現実は非情で、小さな掠り傷が出来ただけ。そして怒らせた。
直ぐに逃げ出した。相手が巨体だから森の中なら逃げ回れる──と思ったのが甘かった。
よくよく考えれば、此処は相手の生活圏なんだし動き慣れていて当然。容易く回り込まれた。
しかも、大きな岩が後ろから右を塞いでいる為、前か左にしか行けない。実質的には左だけ。
詰んでるけど、諦めはしない。
鉈と手鎌を握り、睨み付けながら身構える。
正直、勝てる気はしない。でも、一瞬でも生きる事を諦めたら、死しかない事は確か。だから生きる為には立ち向かうしかない。
──と、覚悟を決めて対峙していた時だった。
狸の巨体が突然、くの字に曲がってズレた。
意味不明だけど、兎に角、狸から離れた。
逃げ出せれば良かったけど、それは出来無くて、目の前で起きている事を見ているしかなかった。
狸の横っ腹には、銛の様な槍の様な長柄の武器が突き刺さっていて、それを投擲しただろう存在が、狸に肉薄し、持っている楯で殴り倒す。
何処かの民族模様みたいな、威嚇をしている様な怒りと笑みの混ざった様な顔を模した楯は見た目で恐怖心を煽ってくる。
しかし、それ以上に、その実力に戦く。
肉薄し、長柄を掴んで抜くと即座に狸の眼を突き一撃で仕留めてしまったから。
多分、眼から脳まで貫いたんだろう。
何と無く、そう理解は出来る。遣ろうと思っても出来る気はしないけど。
その武器を抜き、此方を見てくる。
両側から角の生えた全覆型の兜。
毛皮のマントの様にも見える民族衣装の様な物を纏った姿と先程の戦いを踏まえて狩猟民族の様だと思ってしまうのは仕方が無い事。
そして脳裏で結び付くのは──インベーダー。
勝てる気はしないけど……最後まで抗おう。
「簡単に殺せると思うなよ、インベーダーッ!」
──と、そう叫んだら、近付く足を止めた。
…………え? もしかしてビビったとか?
いや、それは流石に無いか。彼我の実力差なんて誰が見ても明らかなんだし。
「……インベーダーだと? 奴等と一緒にするな」
「あ、済みません、よく知らないもので……」
静かに、しかし、はっきりとした怒気を察して、直ぐに自分の勘違いだと気付き、謝る。
同時に、彼女の声に驚いた。
そう、多少兜の影響か籠ってはいたけど、それは間違い無く女性の声。耳は良いんで間違い無い。
取り敢えず、敵意は無いと示す為に、鉈と手鎌を手放し、両手を上げて、「戦う気は有りません」と明確に示す。インベーダーではないなら話し合えば助けて貰えるかもしれないから。
そんな此方の意図を察してくれたのか、溜め息を吐いて怒りを散らし、武器を地面に突き刺したら、空いた右手で兜を掴み、脱いだ。
露になった顔を見て──思わず見惚れる。
真っ赤な薔薇の様な綺麗な長い髪。色黒とは違う健康的で艶やかな褐色の肌。強さと優しいと知性を感じさせる切れ長の形に、宝石の様な翠玉の眼。
整った顔立ちは勿論として……どストライク。
元の世界だと現実には絶対に存在しないと言える理想の美女が目の前に居る。
「見た所、ヒュームの様だが?」
“ヒューム”というのは、この世界で言う所謂、人族・人間族の事。
カロナオ王国の街では殆どがヒュームだったが、僅かに“ドワーフ”を見た。
そう、この世界には“亜人”とも言われる種族も存在している。
そして、ヒュームという言い方は亜人が使う為、改めて見ると彼女の頭には小さな角が二本有った。3センチ程の小さな物なので気付き難いが。
更に、よくよく見ると耳の形も違った。大きさは自分達と変わらないが、上に向かって尖っている。だからヒュームではない事は確かだと思う。
「……聞いているのか?」
「あ、済みません。そうです、ヒュームです」
「こんな場所で何をしている?」
それが何処か気になるけど……取り敢えず、今は正直に話した方が良い気がする。
「え~と……実は、道中で巨大な白蛇に襲われて、逃げる為に貰ってた転移の魔道具を使ったんです。けど、それが聞いていた物とは違ってたみたいで、気付いた時には此処に。彷徨っていました」
「…………勇者なのか?」
「え? 判るんですか?」
「魔道具を扱えるのは勇者だけだ……という事すら知らないという事は召喚されたばかりなのか?」
「はい、まだ丸一日も経ってません」
「何処の国だ?」
「カロナオ王国です」
「……西大陸の南端か……」
色々と気になるけど……今は我慢する。
彼女に助けて貰えなかったら確実に詰むので。
「一人か?」
「はい、一人だけです」
「はぐれた訳ではないのか?」
「元々、一人でした。あ、召喚された時には他にも一緒に居ましたけど」
「……嘘を言っている様には思えない。だが、何故召喚した勇者を一人で? 戦い慣れているといった様には見えないが?」
「あー……その、実は勇者として授かったスキルやジョブが戦力としては期待出来無いので、御金等を貰って自由に生きる事になったんです」
「…………まさか、嵌められたのか?」
「あはは……」
「……身勝手な連中だな、罰当たりめ」
苦笑する自分を見て、本気で怒ってくれる。
滅茶苦茶良い人だ。今更ながらにインベーダーと間違えて御免なさい。
「……名は?」
「アイク・ヤスハラです。アイクと呼んで下さい」
「私はローザだ。“オルガナ”の長をしている」
「あの、オルガナというのは?」
「私達の種族の事だ。二本角が長の血筋である証で他の者達は一本角だ」
成る程。鬼人みたいな種族なんだ。ローザさんが強いのも種族的な理由かな。ヒュームは元の世界の自分達と大差が無く弱いけど、他の種族には各々に色々と特性・特徴が有るみたいだから。
あと、ちょっと鬼種って格好良いよね。個人的な好みだけど。鬼って好きです。
「それでアイク、御前はどうしたい?」
「どう、とは?」
「その国への報復や勇者としての使命の事だ」
「……正直な所、思う事が無いとは言いませんが、何方等にも興味は有りません。俺は自由なので」
「……そうか。御前は強いな」
「え? 滅茶苦茶弱いですよ?」
「力ではなく、精神的にだ。普通なら憤怒や憎悪に囚われてしまうだろうし、勇者としての使命に拘り見返して遣ろうと執着する者の方が多い様な状況で己の負の感情を切り捨てられるのは確かな強さだ」
そう言って微笑むローザさんに見惚れる。うん、この状況で、それは狡い。惚れるしかない。
「アイク、御前さえ良ければ私達の所に来るか?」
「良いんですか?」
「此処──“グリャンギザの深淵森”は東大陸でも最も広大な地だ。森の北か西に抜ければヒュームの国も有るが、其処までは森に慣れている私達でさえ十分な準備か無ければ困難だ」
「そんな場所だったんですか……」
「此処は東側の南端に近い。私達が主に出入りする場所だから迷いもしないが森の中央から先となると足を運ぶ事は滅多に無い」
「……宜しく御願いします」
「ふふっ、物分かりの良い奴は好きだぞ」
「あ、有難う御座います」
暗に「行くなら止めはしないが、無事に着けると言う事は出来無い」と示され、頭を下げる。
それに対して笑顔で、そんな事を言われた日には惚れても可笑しくはないと思う。もう既に惚れてる状態だろうと関係有りません。
「着いて来い」と言わんばかりの頼もしい背中を見ながら……あっ、その兜は被るんですね。まあ、手に持つと邪魔になるでしょうから──っと、俺も忘れずに鉈と手鎌を拾っておかないと。
あと、折角だから手間と時間の掛からない範囲で有用な薬草とかを採って行こう。何が役に立つのか判らないし。
──とか考えている間にローザさんが倒した狸の腹を切り開いていた。
…………え? その狸、食べるんですか?
顔に──いや、気配に出ていたのだろうか。
ローザさんは振り向かずに声を掛けてくる。
「勇者の多くは、こういう事には不慣れだと聞くが本当だった様だな」
「あー……まあ、それは確かに慣れ親しんでる方が稀だとは思います」
「……アイクは意外と平気そうだな」
「幼い頃から叔父に狩りの仕方とか捌き方なんかは教わっていましたから、他と比べると多少ですが。でも、狸を食べた事は流石に有りませんけど」
「なら、楽しみにしておけ」
「あははは……御手柔らかに御願いします」
猪や鹿、鳩や兎なら狩って、絞めて、捌いたし、食べた事も有るんですけどね~。
狸かぁ……一応、食べてたって話なら叔父さんの知り合いの御爺さんから聞いた事は有るんだけど。狸かぁ……まあ、あれだけ大きいと猪と同じか。
下手に手伝うと邪魔になりそうだし……待ってる間に薬草とか摘んでおこうかな。移動しながらだと適当になり過ぎるしね。
因みに、昆虫系でも平気で食べられます。勿論、食べられる奴なら、です。あと、調理済みの物で。生では無理です。アレは真似出来ません。




