ハズレ勇者
耕原 愛育。15歳。163センチ。男。
何処にでも居る様な平凡な中学三年生──の筈が気付いたら異世界に召喚されていて、偉そうな姿のサンタクロースみたいな髭の国王様から“勇者”と持ち上げられ──落とされた。
召喚された異世界人は誰でも必ず一つ、スキルを授かるそうだけど……自分のスキルは【種蒔き】。そして、ジョブはスキルに伴うらしく、【農夫】と誰にも明らかな戦力外通告でした。
世の中、そんなに甘くはないですよねぇ……
召喚されたのは自分だけではなく、同じクラスの男女15人ずつの30人。
その中で唯一の“ハズレ勇者”と為りました。
クラスメイトが案内されて移動して行く中、一人残され、国王様達と話をする。今後に関して。
ただ、自分に選択肢は無いので、金貨100枚を貰って好きな様に生きる事に為りました。
「ああ、それから、コレを持って行くがよい」
そう国王様が言うと、家臣だろう男性が表彰式でメダル等を運ぶ様な丁寧な作りのトレイっぽい物に乗せられた長さ15センチ、直径4センチ程の水晶みたいな物を差し出してきた。
「コレは?」
「“帰還の水晶”と呼ばれる魔道具で、使用すると最後に立ち寄った街や村、人の住む所の直ぐ側に転移する事が出来るという物だ」
「一度限りの物ですので御注意下さい」
「はい、有難う御座います」
御礼を言い、案内されて城の外へと出た。
案内をしてくれた兵士の人に店の場所等を聞いた御陰で特に迷う事も無く辿り着けた。
先ずは制服では目立つので着替えを含めて衣服と売っている中で一番大きなリュックを購入。
その支払いが金貨1枚で御釣りが来た事により、自分が如何に大金を持っているのかを自覚。
ジョブ【農夫】のアビリティの一つ【農具Ⅰ】を活かす為、農具を購入。大量には持てないので色々考えて鉈・手鎌・鍬の三つに。それから調理道具や大工道具を幾つか購入。
元の世界の自分では背負えない重量の荷物でも、問題無く背負える事に「勇者って凄っ」と感動。
それから異世界物の代名詞、“冒険者”ギルドに行って情報収集。
冒険者に興味は有るけど、今の自分が戦えるとは思わないので、機会が有れば、という程度。
ただ、欲しい情報は得られたので十分。
此処──カロナオ王国の王都で生活するよりも、田舎の方に行って生活する方がクラスメイト達とは会わなくても済むと考えての事。
別に他とは仲が悪いとか、虐められていたとか。そういった事は無い。程々の浅さ、広さでの関係。良くも悪くも御互いに必要以上の興味も無い。
ただ、自分一人だけ魔王と戦わずに生活する事を考えると、少し気不味いから。これも選択肢だから文句を言われる筋合いは無いんだけどね。
そんな訳で、自分が向かう先は王都を出て南西。カロナオ王国の南西に有るレジツビ王国。此処なら魔王軍の侵攻から遠いので勇者達とは先ず会わない。
自分の事を知られてもいない為、スローライフを送る事が出来ると思う。
距離は有るけど、ゆっくりと向かえばいい。
勇者の力は最初だけは三ヶ月程なら戦わなくても有効みたいだから向こうに“ダンジョン”が有れば時々入って勇者の力を維持して行ければ生活基盤が出来るまでの間は大丈夫だとは思う。
勇者の力を失っても十分な資金は有るし、深刻に考える必要は無いと思ってる。
まあ、王都から国境の街までは、乗り合い馬車で2時間程らしく、丁度出る所だったので乗車した。次は五日後らしいので運が良かった。
石畳で整備されている街の中程ではないにしても地面を削り、固め、平坦にしてある為、馬車自体の速度も有る為、距離の割りには早く着ける。
……ああでも、2時間も揺られていたら、お尻が可笑しくなりそうだ。揺れ方が凄いので。
話を聞く限りだと、この世界に勇者が召喚される事自体は珍しくはない様子。冒険者ギルドの中でも既に勇者の噂が出ていましたから、カロナオ王国が勇者を召喚した事は周知の事だと思うべき。
その上で、それ程に盛り上がりが感じられない。多分、勇者の召喚は度々行われている事で、魔王が存在している以上は戦績は勇者の連敗続き。
それでも、勇者を召喚するのは、恐らくは魔王を倒せるのが勇者だけだから。
そう考えれば、勇者が召喚され続けるのも納得。自分が戦力外通告された事にもね。
そうなると、勇者は自分達の世界の知識や技術を文化面には影響させてはいないのかもしれない。
衣服や食事等を見た感じ、皆無とは言わないけど少なくとも馬車の改造とかはしていない様だ。
勇者の力は魔王と戦う為の物で戦闘用のスキルとジョブだから、こういう事には向かないだろうし、レベルが上がれば、そんな余裕は無くなる。
これなら、上手く遣れば一財産築いて、安心して生活する事も出来るかもしれないな。
「ウボンビ領に入ってからは暫くは村も無いから、道中には気を付けて行くんだな」
「そうですか、判りました」
国境の街に着き、そのまま関所の門に向かって、門番の兵士の人から話を聞いたら門を潜り、街の外に出て道を進んで行く。
暫くして立ち止まり、振り返って見る。
関所から3キロ程は真っ直ぐで、見えていたが、道が右に曲がり、森の間を通っていた為、同じ位の距離を進んだ今、関所は見えない。
ただ、体感としては30分程。それで6キロ程も進んだ上に大して疲れてもいない。
やはり、元の世界の自分と比べても身体能力面が強化されている様に思う。
更に30分程進むと森を抜け、草原に出た──と同時に「早まったかも……」と思う。
道が途切れた──否、自分の身長を超える長さの鬱蒼と生い茂る草に埋もれているのだから。
約120年前。ウボンビ王国は勇者達と共に永き魔王との戦いに終止符を打とうとした。
だが、大敗し、国は傾いた。その影響が今も尚、残っていて治安が悪い。
治安が悪いとは言え、それは犯罪者が多いとか、無法地帯といった意味ではなく、街道や中継地等の整備が不十分、という事。
だから、ある程度は覚悟はしていた。
──が、目の前の現実は想定外過ぎた。
聞いた限り、「ウボンビ王国? 彼処に行く者は少ないな」という感じだった。
だから、単に人々の往来が少ないというだけで、国交そのものが途絶えているとは思わなかった。
どう見ても偶にでも人が通っている気がしない。それはつまり、この先は草が伸び放題になる位には誰も通ってはいないという証拠。
恐らく、門番の人が言っていたのも自分が実際に行って見た事ではなく、聞いた話だろう。
用が無ければ行く事は無い。
国交が無いなら、行く事も無い。
そうなると、その情報は伝聞によるものだろう。
まあ、国としては今も存在しているみたいだから全く道が無い訳ではない……筈。
正直、先に進むのなら賭けになると思う。
……恥ずかしいけど、戻るべきかな?
…………いや、行ける! 自分を信じよう!
使い易い様にリュックの外側に付けていた手鎌を取り外し、左手に握り、構え、目の前の草に対して──振り抜く!
「………………ふ、ふふっ、勝ったっ!」
別に“刈った”に掛けている訳ではないけど。
手鎌の刃が触れた草は大した抵抗感も無く綺麗に刈り飛ばされた。
飛ばされたのは振り抜いたからの様で、小回りに軽く振っただけだと、その場に落ちただけ。
しかし、重要なのは先に進めるという事。
道が無ければ、自ら切り拓く。
それが異世界で生きる為に必要な精神だ!
「──────あっ……」
そんな勢いだったから、急には止められない。
草の中から姿を見せた体長50センチ程の巨大な飛蝗を真っ二つに……うわっ、グロッ……虫が苦手という事は無いけど……サイズの問題だよね。
「……え? 何で…………あ、【農者之眼Ⅰ】か」
この大飛蝗は[バリバッタ]というモンスターで農作物等にも被害を及ぼす害虫。だから、判る。
限定的だけど便利だ。
それと初めてのモンスター。でも、ゲームの様に倒しても経験値には成らない。
モンスターとは、この世界の人類と魔王軍以外の生物の総称。だから勇者でなくても普通に倒せるし狩猟対象でもある。
因みに、魔王や眷属は“インベーダー”と言い、ダンジョンにのみ存在するのが“クリーチャー”。勇者にとっての経験値は此方等の二種だけ。
──で、このバリバッタ。一応は食べられる。
でも、持って行こうとは思わないので……無益な殺生になるけど……御免なさい。南無。
そうして改めて進んでいると──バリバッタ達が出て来る事、出て来る事。
しかし、その存在を感知・探知なんて出来無いし視界も悪いし同じ様な色だから見分け難い。無理。だから、気にしない事にした。
草を、バリバッタを、切って、刈って、狩って、気が付いたら──草原を抜けた。
思わず、両手を突き上げ、叫んでしまった。
それ程に嬉しかった──が、目の前に広がる昼の間でも深く暗い森を見て気持ちは萎える。
「……うん、戻ろう。引き返すのも勇気だ」
そう自分に言い聞かせる様に言って回れ右。
すると、目の前に何かが有った。
日を遮り、影を作る大きな何かが。
ゆっくりと顔を上げると──丁度、飲み込まれるバリバッタの脚が見えた。
其処に居たのは、草原に溶け込む色と模様の鱗を持っている巨大な蛇。頭だけで2メートルは有る。見ても何なのかは判らない。だけど、見れば判る。自然の摂理は弱肉強食。
容易く自分を一飲みに出来る。
そう理解した瞬間に、腰の後ろに身に付けていた鉈を右手で逆手に握って抜き、そのまま此方等には気付いていない蛇の無防備な首……胴を切り付ける──が、硬い感触と衝撃が有り、弾き返される。
その反動で身体が捩れ、左手の手鎌が大蛇の胴に偶然にも鱗の隙間に突き刺さった。
不意打ちの痛み。ダメージは無くても痛覚的には意外と針を刺した様な方が痛いもの。
だから驚き、身悶えする様に身体を大きく曲げて暴れる大蛇の反応は当然だと言えた。
そして──目が合う。
大蛇に睨まれた、ちっぽけな人間。
憤怒に染まり血走った眼の大蛇が、巨顎を開いて襲い掛かってきた。
「────────っぶはあぁぁーーっっ!!」
息をするのも忘れていた緊張から解放されると、膝から崩れ落ち、地面に手を付く。
大きく息をしながら、視界の中の地面へと落ちる大粒の汗が如何に危なかったのかを物語る。
今更ながらに感じる寒気。全身を濡らす汗が体温を奪う為なのかもしれないけど……生きている事も実感する。
その事に安堵し、咄嗟の判断を自画自賛する。
胸元に入れていた[帰還の水晶]に、服の上からだったけど一か八かで触れ、発動させた。
その御陰で間一髪で飲み込まれずに済んだ。
失敗していたら……確実に死んでいた。
持たせてくれた国王様に感謝しないとな。
呼吸を整え、顔を上げ──思考が停止する。
話の通りなら、目の前に関所の街が有る筈だ。
しかし、目の前には勿論、左右も、後ろも、上を見てみても──森の中。人工物の気配はしない。
「…………っ、あの糞髭、騙しやがったなっ……」
原因を考えれば真実は一つ。その意図も判る。
ただ、聞いていた物とは違っても、不本意だが、御陰で窮地を脱した事も間違い無い。
腹は立つが……恨んだり憎んだりはしない。
そんな原動力で生きて行きたくはないから。
「取り敢えずは此処が何処かだよなぁ……」
方角さえ判らない森の中。だが、大丈夫。何処に居ようとも遣る事は一つ。
自ら道を切り拓いて進む。
それだけだ。
勇者達に一通りの説明を済ませ、自室で一息吐くカロナオ王国国王。その前には渋い顔の大臣。
「……陛下、宜しかったのですか?」
「我々が勇者を害した訳ではない。偶々、伝え聞く話と違っていた。これは不幸な事故だ」
「ですが……」
「アレが、どんな物か。我々には知る術が無い事は紛れもない事実だ。そう云われていた。それが我々の答えだ」
「……畏まりました」
大臣は一礼し、退室する。
国王は窓の向こう、空の彼方を見詰める。
「[漂流する旅人]か……我ながら名案よな」
戦えない勇者は不要。
その様な事例は聞いた事は無いが、その可能性を自分達の先祖は考えていた。だから、咄嗟とは言え自分も思い付く事が出来た。
力を失えば勇者ではない。
だが、他の者が先に死に絶え、一人だけ残っては世界に次の勇者を喚べない。
それでは困る。
だから、これは一人の国王としての義務。
そして、全ては世界の為の犠牲だ。
「恨むなら、無能な己を恨めよ、ハズレ勇者」