語り継がれて
2人目が出来た事をシエルさんが伝えたら、場が静まり返りました。何故?
そう思っていると、我に返った御義父さんが一つ咳払いをして──皆と視線を交え、「済まぬが少し待っていてくれ」と言って俺達を残して退室。
…………え? これ、どういう状況なの?
シエルさんと顔を見合せ、小声で話す。
「2人目が出来たら何か不都合な事が有るの?」
「私は離れる時に王位継承権を放棄しているから、何人産んでも問題は無い筈だけれど……」
「状況が変わった? でも、そうなると……」
「勇者が関係しているのかしら……」
「う~ん……それは、ちょっと考え難いかな」
「そうよね……貴男以外は力を失っているのなら、勇者が関わる可能性は低いわよね……」
「寧ろ、ヨノゥマキッコ王家──勇者ハルの血筋が関係してる可能性の方が有るかも」
「……それなら……いいえ、そうだとしても子供が増える事に問題は無いわよね?」
「そうだよね~……」
話してはみたものの、情報不足で確信出来る様な仮説にも到らない。
まあ、【魔王の呪怨】が関わっているだろう事は間違い無い様な気はしますが。【魔王の呪怨】自体どういったものなのかも判ってはいませんからね。これ以上は考えても無駄でしょう。
それに、御義父さん達の反応を見る限り、子供が出来た事に対する忌避感の様な感情は無かったので危害を加えられる様な事には為らない筈です。
……何と言うか、困惑している感じでしたけど。その辺りに何か手掛かりが有るとか?
「シエル、勇者ハルって子供は何人居たの?」
「確か、記録では6人だった筈よ。二男四女でね」
「ん~……それじゃあ、違うか~……」
「何か関係が有りそう? 因みに、私の最低目標も6人は欲しいと思っているから」
「今の感じなら、10人には成りそうだけど?」
「目指せ、子供100人、孫500人の大家族!」
「……1人が12~3人の計算になるけど?」
「大丈夫よ、産む方を増やせば達成出来るわ」
「え~……」
「貴族でも冒険者でもいいわ。私の知っている娘を紹介するから、好きな娘を選んでね」
「え? その方向で決定?」
「私も20人までは頑張れると思うわ」
「あ、マジだ、これ……」
アレクシルに限らず、それ以前からシエルさんが子供好きなのは知っていましたが、まさか、自分の夫の子供を量産しようと考えるとは……いやまあ、自然界でなら、それも判ります。優秀な雄の血統を残す事が種の保存と繁栄の要ですからね。その考え自体は雌としての本能だと言えますから。
でも、貴女は人ですよ? それはまあ、人も生物ですからね。同様の本能は有るとは思いますけど。それで良いんですか? …………良いんですか。
まあ、それは置いておくとして。
もしも、勇者ハルに子供が1人しか居なかったら勇者は子供を1人しか成せない、という事になるのかもしれないと思ったんですよ。
勇者ハルは女性なので自分が産む1人だけ。
俺は男なので、1人の女性との間には1人だけ、という感じなのかも、と。
直ぐに消えた仮説でしたけどね。
──とか考えていたら、皆さんが戻ってきたので切り換えます。主に姿勢という意味で。
「待たせて済まぬな」
「いいえ、御気に為さらずに」
「詳しい話をする前に……アイクよ、其方の協力が必要なのだが……力を貸してくれるか?」
「はい、勿論です。自分で出来る事であるなら」
「そうか──言質は取ったぞ?」
「…………え?」
「御父様?」
「そう睨んでくれるな、シエルよ。お前の気持ちは判るが、此方等も切羽詰まっているのだ。しかし、アイクやお前達に害が及ぶ様な事は無いし、絶対にその様な事はさせぬ。それは約束しよう」
「……判りました」
先に家族の情を利用する形で俺を嵌めるみたいな遣り方をした御義父さん──陛下を睨むシエルさんでしたが、陛下の言葉を信じて渋々ですが了承。
俺の知る陛下からは考え難い、らしくない方法に驚きはしましたが……それだけの状況だと考えれば協力しない訳にはいきません。
俺達は兎も角、アレクシル達の将来を考えれば、島に閉じ籠り続ける訳にはいきませんからね。
解決出来るなら、協力は惜しみません。
出来れば、表舞台に立たずに済むのなら、それが個人的には一番望ましいんですけどね。
その辺りは話を聞いた後での交渉次第でしょう。タフな戦いになる予感がします。
「順を追って話すが……2ヶ月前、各国の国主達は勇者による魔王討伐の御告げを聞いた。直接関わる立場ではなかった為、驚きはしたが、その偉業には素直に尊敬と感謝の念を懐いた。それは其方も同じだったのかもしれぬがな」
「そうですね。自分は勇者としての使命は実質的に放棄している様なものでしたので」
一応、話しては有りましたが、他の勇者達が全滅した場合には、魔王討伐も有り得ました。俺が居る事で次の勇者の召喚が不可能になる可能性が有ると思っていましたから。その時には、という事で。
だから、その事で責めたりはされません。
「魔王が倒れた事で、インベーダー達も消滅した。長きに渡る戦いは終わり、生き残った勇者達も力を失いはしたが、最前線で戦っていた連合軍の兵士に保護され、無事にクルモワクヨモ王国へと戻った。何処の国も御祭り騒ぎとなっておった」
「魔王という脅威からの解放ですからね」
「世界の人々の悲願であったからのぉ……所がだ、1ヶ月程経った頃、違和感を覚える者が出て来た」
「……それは、どの様な?」
「う、む……あー……それは、だな……はっきりと言えば、夫や恋人が、自分を求めなくなった、と」
「……………………は?」
「判る、判るぞ。困惑する、その気持ち。その様な個人的な悩みを言われても、どうしろと言うのか。話し合うなり、食事や薬を用いるなりして、勝手に解決してくれ、と思うだろう?」
「御父様?」「御義父様?」
俺の反応に「同志アイクよ!」と言わんばかりに愚痴り始めた陛下──いや、御義父さん。
しかし、実娘・義娘に声を揃えて笑顔で睨まれ、外方を向いて咳払いをして誤魔化す。
ただ、その訴えの相手は判りましたけどね。
「兎に角だ。最初は倦怠期や痴話喧嘩等の類いだと思っておったのだが……次第に声が増えていった。流石に、これは可笑しいと調査をした所……」
「…………その結果は?」
「どうやら、男達が不能になった様なのだ」
「………………………………え~と……」
御義父さんは兎も角、まさかと思って、反射的に御義兄さん達を見てしまい──苦笑されてしまう。しかし、否定されない事から、本当らしい。
いや、全く意味が判らないんですけどね!
──と、混乱の真っ最中の俺の服を引っ張る様な感覚に顔を向けるとシエルさんと目が合う。
…………あー……もしかして、そういう事?
小さく頷いたシエルさんを見て謎は解けました。犯人は判った!
「自分の方からもいいですか?」
「話してくれ」
「御義父さん──陛下が御聞きになったのは勇者が魔王を討伐した事だけですか?」
「そうだが……其方は違うのか?」
「はい。恐らくは、自分が独立している為だろうと思っています。証明は出来ませんが」
「其処は疑いはせぬよ。それで?」
「先ず、魔王討伐の報せが有り、次に魔王の消滅に伴って勇者の力の消失と、召喚が不可能になる事。続いて全てのインベーダーの消滅に付いてです」
「ふむ……御告げには無かったが、それは我々にも直ぐに判る事ではないか?」
「はい、問題は此処からです。勇者によって魔王は倒されましたが、666節後に再び誕生します」
「なっ!? ……っ……それは、本当なのか?」
「はい。勇者のステイタスの事は御存知ですね?」
「あ、ああ……見た訳ではないがな……」
「自分のステイタスには、魔王の再誕までの告刻が表示されています。最初は666、現在は665。つまり、1節進んだ事に為ります」
「…………だが、それとこれとは何の繋がりが?」
「もう1つ、自分にだけ告げられた事が有ります」
「……それは?」
「勇者は魔王を倒しましたが、相討ちだった様に、それによって、【魔王の呪怨】が世界中の人を対象として発動した、というものです」
そう言うと俺達以外が息を飲んだ。
女性陣は両手で口元を隠し、驚愕した様に。
男性陣は両手を握り締め、何かに耐える様に。
突き付けられた事実と恐怖に静かに戦く。
その様子を見ているからなのか。自分が不自然な程に冷静で、思考が明朗に為っているのが判る。
さっきまでのパニクりは何処へ行った?
そう自分自身に訊きたくなる程にです。
「この【魔王の呪怨】に関しては何も判らないまま過ごしていました。自分達には特に異常らしき事は何も起きてはいませんでしたから」
「私だけはアイクから話を聞いていたから、ずっと様子を見ていたけど、可笑しい事も無かったわ」
「当初、可能性としては死を齎す呪いの類いとか、人と人を殺し合わせる様な呪いかとも考えました。ただ、そうだとすると、勇者となる者を異世界から態々召喚してまで戦わせる理由が判りませんから」
「それらの可能性は無いだろうって。でも、ずっと何も起きなかったら、気味が悪くはあったわね」
「ですが、今の話を聞いて判りました」
「……と言う事は、【魔王の呪怨】によって男達は不能になった訳か……」
「結論を出す前に2つ、確認させて下さい」
「何をだ?」
「不能になったのは全ての男性がですか? 或いは一部の男性で、何かしらの共通点が?」
「……王公貴族では魔法の才能が重要視されているという話は知っておるか?」
「はい、以前、シエルから聞きました」
「不能に成った者は殆どが王公貴族で、それ以外で成った者は何れも高い魔法の才能を持つ実力者だ。そうでない者は不能とまでは行かず生殖能力の低下といった具合だが、異変が無かった者は居ないな。ああ、子供達は除いてになるがな」
「性欲は如何です?」
「はっきり言って皆無だ。愛情は有るがな」
「性犯罪が起きなくなって良いわね」
「シエル、不謹慎だよ」
「──っと、そうね。失言だったわ」
王族として、冒険者として。そういう被害者達を見知っているからこその本音なんでしょうけどね。流石に今、言うべき事ではないと思いますから。
まあ、身内しか居ないから、つい、口が滑ったんだとは思いますけどね。それでもです。
「取り敢えず、男性の状況は判りました。それでは女性の方は如何ですか?」
「……それは……」
「御父様、私から話しましょう」
「済まぬ。頼む」
「はっきり言うとね、滅茶苦茶性欲が高まっている状態なのよ。でも、無差別にって訳でもないわ」
「……? え~と……済みませんが、御義姉さん、ちょっとよく判りません」
「アイクくん、ハーレム願望って有るかしら?」
「……え?」
「姉様?」
「必要な質問なの」
有無を言わせぬ御義姉さんの据わった目──鋭い眼光にシエルさんが気圧されて言葉を飲み込んだ。うん、大丈夫。俺も恐いから。
身の安全の為にも協力的な姿勢を見せます。
「え~と……生まれ育った国が一夫一妻でしたから考えた事は有りませんね」
「妄想した事なら?」
「あー……まあ、男なんで多少はモテたいと思った事は有りますけど、流石に一夫多妻は現実的ではないので」
「今なら?」
「あの、御義姉さん?」
「妻の実姉って、どう? 魅力的じゃない?」
「リヴィア、少し落ち着きなさい」
今にも飛び掛かって来そうな感じの御義姉さんを一言で大人しくさせたのは御義母さん──王妃様。やはり、母は強し、という事みたいです。
……はい、現実逃避をしている場合じゃないのは判ります。判っています。今の御義姉さんの反応を見れば嫌でも察しますって。
ただ、だからと言って「はい、判りました」とは答えられませんし、応えられません。
取り敢えずは、先に疑問の解消からなので。
「あ~……まあ、性欲が高まっている事は自分にも判りましたし、理解も出来ます。気になったのは、その性欲の対象が無差別ではない、という事です。恥ずかしい話、向こうには「男の上半身と下半身は別の生き物よ」という女性の言葉が有る位なので。男の性欲というのは動物的だという皮肉です」
「素敵な言葉だわ」
「リヴィア?」
「え~……つまり、男の性欲と、女性の性欲とには生物的な意味での違いも含まれていると思うので、御義姉さんの言った無差別ではない、という感覚が解り難い、という話です」
「ああ、そういう事なのね」
思わず、「最初から、そう言ってますけど?」と切り返したくなりますが、堪えます。
これ以上、脱線し続けると話が進まないので。
だから、御義姉さんも脱線しないで下さいね? 御願いですから、話を進めましょう。
「性欲とは言っても快楽を求める訳ではなくてね、子供を欲するのよ」
「………………え?」
「姉様、アイクで良いんですね?」
「シエルゥッ?!」
御義姉さんの一言で寝返る愛妻に思わず叫ぶ。
あまりにも清々しい掌返し。即断即決の御手本と言ってもいい位の即座の変わり身に吃驚です。
そのシエルさんは真剣な眼差しと真顔で俺の肩を持って力説を始めました。
「アイク。私は夢を叶えたいの」
「倫理観や道徳心は何処に消えたのかな?」
「数多の命の誕生の前には些細な事だわ」
「些細じゃないから。かなり重要な事だから」
「大丈夫、姉様達なら貴男も楽しめるわ」
「うん。可笑しいから。それだと、御義姉さん達を生け贄に捧げる悪の支配者みたいだから」
「いい、アイク? 今のままだとね、アレクシルが王位継承権の第一位になるのよ?」
そう言われて、御義姉さん達を見る。今、2人は妊娠していません? ……していませんか。
何方等の御夫婦も子供は居ませんから、現時点で妊娠していないとなると……そう成りますね。
──と言うかシエルさんは何故、御義姉さん達が妊娠していないと判ったんですか? ……女の勘。それなら仕方が有りませんね。
「次期国王の兄様が子供を成せないとなると、私か姉様の産む子供が王位を継ぐしかないわ。その時は最年長のアレクシルが最上位になるの。父親が貴男という事も大きいわね。ヨノゥマキッコにとっては新たな伝説、勇者ハルの再来とさえ言えるもの」
「そんな大袈裟な………………え? そうなの?」
シエルさんが盛りに盛って話すから、半信半疑で聞いていたら、俺以外は同じ認識だったみいです。俺、そんな風に思われてたんだ……。
衝撃の事実に軽く凹みます。
対立する討論の真っ最中でも、優しく抱き締めて慰めてくれるシエルさん。でも、譲りませんよ?
……其処で舌打ちするのに可愛いのは狡いです。でも、負けませんからね!
「子供を産むだけなら、少しでも生殖能力の残った男性が相手でも良いでしょう。理論上はね。でも、王公貴族としては魔法の才能が必要不可欠なのは、貴男も知っている通りよ。だから、子供が出来れば相手は誰でも良い訳ではないのよ」
「力を失ったとしても生き残った元勇者が居る筈。この世界に生まれた存在ではないから生殖能力にも問題が無い可能性は高いのでは?」
「そうなら御父様達も悩んではいないと思うわ」
「……っ、うむ。シエルの言う通りだ。生き残った勇者達だが、全員女性なのだ」
………………どんな確率だよっ! 誰か1人位は生き残ってろよなっ! 勇者なんだろっ!!
生き残った元勇者には悪いけど、期待外れだ!
あと、御義父さん。娘達に睨まれたからって嘘は言っていませんよね? 今、油断してましたし。
……言ってない? そうですか。無念。
「アイク、姉様が子供を産めば、その子を継承権の最上位にする事が出来るの。アレクシルは王国内で存在自体を知られてはいないから」
「いや、でも、それはそれで……」
「ラミエラ義姉様に子供が出来れば、その子にする事も不可能ではないのよ。ラミエラ義姉様は私達の従姉妹だから、血筋としては私達と変わらないわ。だから、御兄様達が父親として育てても大丈夫よ」
「それこそ倫理的・道徳的に問題有るよね?」
「いや、それは大丈夫だよ」
「……え?」
「父上も言ったけれど、愛情は変わらずにあるから妻の産む子供なら我が子として愛せる自信が有る。それに性欲が無くなったからか、独占欲や嫉妬心も妻──女性に対しては生じないんだ」
……まさかの御義兄さん達からの援護。
どうにかして有耶無耶にしたかったんですけど。どうやら退路は潰され、四面楚歌で、孤立無援と。自害する以外には意志を貫く術は無し、か。
いや、自害なんてしませんけどね。アレクシルや産まれてくる子供達の事も有りますから。
「アイク、まだ反論は有るかしら?」
「……はぁ~……協力すると言ったから、これ以上無駄な抵抗はしない。だけど、此方の要望も出来る範囲内で構わないので汲んで下さい。マジで」
「アイクくんは、どんな服装が好みかしら?」
「そういう要望ではないですから」
「もぉ~、照れちゃって~」
「この~」と言う感じでツンツンするのは止めて貰えませんか?
妥協して了承はしましたが、個人的な価値観では安全に駄目な関係だと思っていますから。
……まあ、異世界で何を言っても無駄で無意味な事は判っていますから愚痴ですよ、愚痴愚痴。
「序でに幾つか質問をしても?」
「答えられる事ならな」
「子供は判らない、という事でしたが、上の方達はどうなんですか?」
「男は総じて性欲が無くなるか生殖能力の低下だが女性は40歳前後で分かれておるな」
「……となると、妊娠欲の有無、ですか」
それを聞いて納得しました。
我が家のメイドさん達はベテランばかりですから妊娠欲は生じず、以前と変わらず。
同様に執事さん達もベテランですし、執事なので元々性欲の自制は出来るでしょうし、枯れていたのかもしれませんから。此方等も以前と変わらず。
シエルさん達が積極的だったのは以前からなので此方等も変わらず、と。
うん、気付けませんよね、その状況だったら。
物は試しと【クリーンナップ】も使ってみたけど何も変わらなかったのにも納得です。
【魔王の呪怨】の効果って、生命の根幹部分から変えられているんだと思います。
だから、正常に戻そうにも、現状が正常であれば戻せる訳が有りませんから。
「だけど、どうしてこんな効果なのかしら?」
「いや、ある意味では間違ってはいないと思う」
「……と言うと?」
「抑、この世界の在り方は全ての根幹──基本軸は勇者と魔王という対立構造が絶対条件だと思う」
「……? ずっと、そうだった訳だから、そこまで不思議な事ではないと思うわよ?」
「当然だって言われると当然なんだけど、それって一体、何時からなのか判る?」
「…………少なくとも、この国が出来る以前から。それだけは間違い無いと思うわ」
「そう、どんなに歴史を繙き、遡ってみても、誰も明確な答え──始まりには辿り着けない。当然だ。何故なら、この世界が創造された時から、世界は勇者と魔王を主軸として構成されているのだから」
そう言えばシエルさんだけでなく御義父さん達も驚きと共に黙ってしまう。
無理も無い事だと思う。
こんな仮説、考えた事が有る者の方が居ない筈。少なくとも、この世界で生まれた人達には不可能な着眼点だろうし、価値観だと思う。
異世界から来る勇者だからこその思考。
客観的な考察という程度ではないのだから。
それ故に、自分の価値観や存在意義といった物が罅割れたり、砕けたりする様なものだろう。
この世界に生きる人達にとっては、自分達よりも異世界から召喚される勇者と、人々を脅かす脅威で宿敵である魔王の方が重要だという話なのだから。平気な方が可笑しいと言える。
「勿論だけど、今の話を立証する事は不可能だから先ず信じる事が前提条件じゃないと、この先の話は話すだけ時間の無駄になる」
「……今更、私が信じないと思うの?」
「シエルはね。でも、御義父さん達とは、そういう話をしていた訳じゃないからね」
「あー……」
「…………以前から、この様な話を?」
「ええまあ。御互いに相手の事を、知らない世界の事を知りたいと思っていたので」
先程とは違った意味で驚く御義父さんに、俺達は顔を見合わせてから、笑顔で答える。
そんな俺達の様子を見て、理解してくれたのか。御義父さん達から緊張感や不安感が薄れていった。完全に消えはしないだろうけど、話を聞こうとする最低限の準備は出来たと言える。
だから、俺も続きを話す事にする。
「この世界を創造した……まあ、神様という事で。神様が何を意図したり、目的としているのかまでは判らないけど、勇者と魔王が戦い続ける様に世界は組み上げられている。その事は倒された魔王が再び誕生する事からも判るし、ヨノゥマキッコに関して言えば、もっと身近な実例が有る」
「私達の身近に?」
「あの魔竜の存在だよ」
「魔竜が?」
「戦ったから覚えてると思うんだけど、あの魔竜、動きが単調だったと思わない? 威力は有ったけど知性が高い様には感じられなかったでしょ?」
「…………言われてみると、確かにそうね」
「あの魔竜は魔王によって生み出された訳だけど、勇者ハルとバルト王子によって封印された。でも、目覚めた魔竜に伝承の様な怖さは無かった。それは現魔王と創造主の魔王が別の存在だったから」
「……まさか、魔王も代替わりしているの?」
「そう考えると、魔竜の事も説明が出来る。もし、創造主の魔王が存命だったなら解き放たれた魔竜は正しく脅威となっていた筈だ。しかも、目の前には自分を封印した憎い二人の血を受け継ぐ者が居た。憤怒や憎悪を漲らせていて然るべき状況だろ?」
「そうね……でも、そういう感じはしなかったわ」
「それこそが、魔竜に知性が無かった事の証拠で、同時に魔王の代替わりを裏付けている訳」
「……衝撃の事実だわ」
「そうだろうね。今回の件で判ったけど、御告げは飽く迄も勇者が魔王を倒した場合にだけ行われる。勇者が倒す以外で魔王が亡くなった場合には無い」
「だけど、それで混乱とかはしないの?」
「多分だけどね、インベーダー達にとっては魔王は魔王でしかなくて、魔王なんだよ」
「……どういう事?」
「例えば、御義父さんが国王だけど、御義兄さんに代わったら、それに合わせて周りも代わるだろうし合わせたりもするよね?」
「そうね。普通はそうなるわ」
「だけど、魔王という存在は国王とは違う。国王が人の意思を束ねる立場に対して、魔王は絶対意思。魔王かインベーダーであり、インベーダーは魔王の意思の下に動く駒に過ぎないんだ」
「だから、魔王は魔王という訳なのね」
「魔王が倒された事でインベーダーが消滅するのも裏付ける証拠の1つだと言えるからね」
「そうなると、魔王の代替わりはインベーダーには大きな意味は無い、という訳ね」
「魔王が代わると動き方とかは変わるだろうけど、人と違ってインベーダーは気にせず、忠実に従う。だから、人側から見たら、インベーダー達が考えて変わった様に見えるかもしれないね」
「そう言えば……昔、そんな話を聞いた事が有った気がするわ。誰から聞いたのかは忘れたけれど」
「でも、インベーダーは倒すとクリーチャーの様に消滅するし、捕虜にして情報を引き出す事も不可能だから確認したくても出来無い、と」
「情報を秘匿するという意味では、よく出来ている組織構造ね。でも、人の国では無理そうね」
「人には意思が有るし、自己利益で動くからね」
「そういう意味だと皮肉にも思えるわね」
そう言って小さく溜め息を吐くシエルさんの言う通りだと思う。魔王やインベーダーの在り方には、随所に人が陥りそうな可能性──悪い意味での人の醜悪さを極端に誇張した様な部分が見られる。
特に、異世界から召喚される勇者からしてみると歴史の中で繰り返されてきた過ちの再現だったり、現在進行形の問題事の行き着く先を連想させる様な存在だと言う事も出来る。
…………ああ、成る程ね。だから、なのか。
「アイク?」
「こうして皆に話していたから気付いたんだけど、異世界から召喚した者を勇者にする理由って多分、神様の可能性の模索なんだと思う」
「可能性の模索?」
「今の話で言った魔王軍の在り方って、人の場合に置き換えたら独裁国家・独裁社会に有るよね?」
「まあ……そうなるわよね」
「独裁構造だと支配者の意思が全てだから、問題は起き難い。反乱とかが無い限りはね。だから個人の思考なんて必要無いと振り切った先に有る人の姿がインベーダーという事になる」
「出来る・出来無いは別にしても極端な話ね」
「そうだね。だけど、人の上に立つ仕事や立場等の経験が有れば、或いは関連した事に携わった人なら誰でも一度は考えた事って有るんじゃないかな? そう、「黙って言う通りにしろ!」って」
そう言うと驚きながらも心当たりが有るのだから自然と沈黙し──納得。
こういった話をしていれば、自然と想像する様に意識が働くから、頭の中では自分達を魔王の位置に置いた状況を思い浮かべている筈。
一見、楽で遣り易い様に思えるが、現実の害悪と同じなんだと理解した上での想像となると、それは嫌悪感を懐かずには居られない愚者の姿になる。
恐らくは、こうして人々が気付く様に道標となる価値観や指向性を持った存在を勇者という形により異世界から招き入れている。
それが、神様の目的の1つなんだと思う。
「独裁──完全な意思統一なら戦争や犯罪は起きる余地すら無い。でも、単一意思からは多様や発見は生じ難い。打付かり合う事が無いから対立や比較も生じない。皮肉な事に人による文化・技術・学問の発展や進化は違いから生じているのだから」
「……だけど、それだと矛盾していない?」
「うん、矛盾するね。でも、人って矛盾だらけで、完成や完璧には程遠いと思うんだ。ただ、それ故に様々な可能性も生じさせられる。その可能性には、良い事も悪い事も含まれるけどね」
「矛盾しているからこその可能性ねぇ……可能性の模索というのは、その矛盾を生む事なの?」
「んー……こうって断言するのは難しいんだけど、向こうには“他人の振り見て、我が振り直せ”って諺が有るんだけどね、それは比較や対比によって、自分自身を鑑みて、悪い所は改めなさいって事で、戒めであり、実践的な教えなんだ」
「良い事ね」
「でもね、これが実践は難しいんだ。実践するには常に自分を戒められる自制心が必要不可欠だけど、人は欲が生の源で力。欲無しには活力が湧かない。だけど、欲に弱くて溺れ易い。欲に負けない事って思ってる以上に難しいからね」
「……確かに、人は欲深いし、1つ欲を満たしても直ぐに次を求めてしまう。それも欲なのよね」
シエルさんが自分の御腹を見詰めて、撫でながら言う様に、そういった望みもまた欲の1つ。
言い方を変えても、どんな理屈や大義名分でも、欲は欲であり、人と欲は切り離せない。
「欲を克服する!」という意志でさえ、そういう自分に成りたいという欲なのだから。
「欲自体が悪いって訳じゃないんだけどね。例えば誰だって他人に対して尊敬・憧憬の気持ちを持った事は有ると思う。程度差は有ってもね。それは悪い事じゃないよね?」
「そうね。それが目標や理想として指針になるし、努力する原動力に成ったりもするもの」
「だけど、其処には嫉妬・羨望、執着・憎悪、殺意まで生じる可能性も含まれている。どうしても人は比較してしまうから。それ故に、負の感情や思考に飲み込まれてしまうと、他人ばかりを気にして、自分を鑑みなくなる」
「……悲しいけれど、そういうものよね、人って」
「そうなる原因って実は失敗や上手く行かない事に対する自分自身への苛立ちや不甲斐無さ、情けなさだったりするものなんだけど……本当はね、其処で違う考え方が出来ると良いんだ」
「どんな風に?」
「失敗する事や上手く行かない事は誰にでも有るし悪い事じゃないし可笑しな事でもない。大事なのは其処から何を学び取るのか、って」
「……? それって当たり前の事でしょう?」
「そう言える人は出来てるから、出来無い人の事を理解し難いって判る?」
「あっ……」
「ややこしい話なんだけどね。そういう些細な事が人を2つに大分して、更に細かく分けていくんだ。その結果、より良いとされるのが美しくて格好好く誰が見ても文句が無い成功者という理想像」
「最早、実在の有無は関係無くなるのね……」
「それに囚われ、縛られ、自分を見失う。他者への意識が強くなる人は大体が同じ。そして、自分では自分の事に気付けない。だけど、他者を遠ざけたり自分から遠ざかっているから、指摘してくれる人が傍に居る事も考え難い。自分で自分を追い詰めてる事にも気付かないまま、狂っていく」
人の性であり、業による末路は、そんなものだ。自分を見失い、訳が判らなくなっている人の姿は、あの魔竜に重なる。
それは不思議な事でも、偶然でもない。
気付いた者には解る様に為っているだけ。
そう遣って、人を篩に掛けている。
それは何の為か。
決まっている。この世界に可能性を齎す為だ。
此処まで話せば言わなくても理解出来る筈。
この世界の中だけでは芽吹く事の無い可能性を。勇者という存在を以て生み出す。その為には勇者を必要とする大義名分が不可欠。それが魔王であり、インベーダーという存在。
故に、世界は勇者と魔王を基軸としていると。
「大きく話が逸れてはしまいましたけど、それらを踏まえた上で、【魔王の呪怨】の話に戻ります」
「そう言えば、すっかり忘れていたわね」
「勇者と魔王は世界の可能性の中核を担いますから存在しないというのは問題です。だから、倒された魔王も再誕する訳ですが……今回は相討ちでした。その為、本来であれば魔王を倒した勇者達の中から誰か一人は残る筈が──全滅。そうなると、人々を団結させていた脅威が消えた先に有るのは人同士の戦争という可能性ですからね。それは神様としては容認出来ません。では、どうすれば良いのか?」
「……魔王の代わりの存在を用意する?」
「もっと単純な方法。人が増えない様にする」
「──あっ!!」
シエルさんだけでなく、思わず声を上げる。
気付いてしまえば、とても単純で──効果覿面。戦争しようとするのなら、戦争し続けられない様に人を減らせばいい。増やさなければ戦争は出来ず、人々は種の存続を第一に考えなくてはならない。
そう、今の陛下達の様に。
「魔法という力を持ってはいても受け継がせられる存在が居なければ国や王公貴族は終わってしまう。だからと言って、子供を成すだけを考えると今まで積み重ねてきた血統という優位性は失われてしまう事になる為、結果的に国力は低下。国民にしても、庇護が無くなり、日々を生きる事が困難になる為、戦争には発展しない。共倒れの可能性が高いから」
「だから、魔法の才能は強く遺伝に因る訳ね」
「そう。この世界の人々にとっては魔法という力が自分達の優劣の最も重要な基準であり、実質的にも必要不可欠な力に成ってる。個人の差は有っても、魔法無しでモンスターに勝てる人って、この世界に何れだけ居ると思う?」
「……モンスターにも因るでしょうけど、1人だと勝てる人は本の少しでしょうね」
「そして、それは個人の身体能力や技術に因る所が大きいだろうから、遺伝はし難い。鍛え上げれば、誰にでも至れる可能性は有るだろうけど、そう成るまでには相応の時間は掛かるし、もし、その途中で死んだりしたら、また一から遣り直しになる」
「鍛えるだけ、なんて無理だから、生きていく為に必要になるのは農業。狩猟が難しい以上、自分達で作るしかなくなるけど、どうしても時間が掛かる。その間にも飢え死にする人は出るでしょうから……」
「世界全体の人口は減少する一方。複数人で組んでモンスターを狩るにしても誰か1人が死傷すれば、それで戦力は低下し、勝率は下がる。回数も減り、無理をすれば更に死傷が増え──と悪循環に陥る」
「考えてみれば恐ろしい程に効果的で効率的ね」
「ある意味、魔王やインベーダーは抑止力だしね。人同士で戦争をしない様に、強大な脅威として存在するのが魔王で、それを倒し、世界に可能性を齎す存在が異世界から召喚される勇者って訳」
「そして、その勇者の中でも独立を成し遂げたから貴男には力が残っているし、子供も成せる訳ね」
「まあ、それは結果論だけどね。普通は召喚された勇者に「魔王を倒さずに独立を目指せ」とは国主の立場では言えませんよね?」
「そうだな……魔王を倒す為に、勇者を召喚する。その考える事が当然であり、疑いもせぬ。だから、その様な事は先ず有り得ぬだろう」
「仮に、若い国主で、勇者に一目惚れして、魔王と戦わせず結婚しても、力を失うだけですからね」
「聞けば聞く程、知れば知る程、よく出来ていると思わずには居られないわね……」
「それはまあ、人を超えた神様な訳だしね」
「それもそうね」
尤も、今の一連の話にしても人である身の考察。本当の神意が何のかは誰にも解りません。
こういう風に思わされる事でさえ、神様によって計算されている予定調和の可能性の1つに過ぎない可能性だって有り得ますからね。
その追及は何処まで行っても確証は得られないし正しく理解する事も不可能だとは思います。
だって、神様が遣ってる事なんですから。
ただ、次の魔王が誕生するまでの間に勇者を必要としなくなるまでに技術や能力が至らない様にする狙いも有るんでしょうね。行き過ぎると困るから。
「アイクくん、話は終わりかしら?」
「ええ、取り敢えずは……」
「そう、それじゃあ、何処にする? 貴男にとって気楽な方が良いなら、島の方になるかしら?」
「…………え?」
「言ったわよね? 協力するって」
「………………あの、俺の心の準備とかは?」
「シエル以外の娘ともしているのだから今更、2人増えた所で大して変わらないでしょう」
「いや、大違いですよ? アンナ達は妻ですし」
「男女という意味では私達も貴男の妻になるもの。それに子供も、出来れば複数欲しいもの。ねぇ?」
「はい。出来る事なら3人は御願いします」
「…………シエ──」
「大丈夫よ、貴男の絶倫さなら100人でも枯れる心配は無いと思うから」
「100人って……産むのも大変だよね?」
「……? 何を言っているの?」
「……え?」
「姉様達だけで済む訳が無いでしょう。国内に居る有能な女性達は一通り妊娠させないと」
「……………………はあっ!? 何それっ?!」
「王位継承権は飽く迄も家の中での話。王国全体の未来を考えれば、貴男が沢山の女性を妊娠させて、沢山子供を作らないと終わるでしょう?」
「それは……いや、でも──」
「勇者アイク、これは貴男にしか出来無い使命よ」
……まさか、愛妻から、そんな事を言われる様な日が来るなんて誰が想像出来ます? 俺には無理。想像云々の問題じゃなくて。アンナ達でもギリギリ許容出来たのに……王国中の女性とって……っ!?
ヤバい、寒気がする! に、逃げたい! でも、回り込まれる未来しか思い浮かばない!
既にアレクシルが居るし、シエルさんとアンナの御腹にも産まれてくる子供達も居るから……くっ、俺に選択肢は残されていないのかっ?! 何かっ! 何か無いのかっ?! 起死回生となる奇跡の一手っ!
「はいはぁ~い、それじゃあ、行きましょうか~。大丈夫、私達も初めてではないから、アイクくんの好きな様にしてくれていいから~」
「アイクくん、沢山可愛がって下さいね」
そう言って俺の両腕を抱き締め、逃がさない様に掴まえる御義姉さん達。
無理矢理に振り切れば出来ますが、その後の事を考えると現状より悪化する気しかしません。
そして、悲しいかな。男の本能が、両腕に感じる押し付けられた柔らかい感触を意識してしまったら抵抗しようとする意思が薄れてしまう。
そして、島の方に転移するのではなく、屋敷内の別の部屋に連れて行かれる。
……ああ、そう言えば、御義姉さん達も領内だと俺に強要が難しい事を理解している訳でした。
──と言う事は、さっき退室した時点で屋敷内の部屋を用意させていた? …………うん、止めた。考えると周りに味方が居ない事に気付くだけだし、泣きたくなってきちゃうから。
「鳴かせるのは貴男の方だと思うわよ?」
そう言って背中を押しているシエルさん。はい、シエルさんも参加する訳ですね。経験済みだから、まだ大丈夫って知ってますから。
王族の美人姉妹3人を相手にする? 他人事なら男の夢みたいな状況なんでしょうね。でも、自分が当事者になると何とも言えなくなるものですね。
アレクシル、お父さん、頑張るからなー。