2:幸せな報告(2)
目的地の駅に着くとすでに愛花が到着していた。
愛花は時折スマホを確認しながら、キョロキョロ辺りを見渡す。きっと私を探しているのだろう。
私は彼女から死角になる位置の柱に隠れて、メッセージアプリを開いた。
案の定、愛花からメッセージが届いている。私は既読をつけないように注意して、そのメッセージを読んだ。
「たぬき像の近くにいるよ。桃色のワンピースを着ているからね、か」
場所だけでいいはずなのに、わざわざ服の色まで書いてくる意味とは何だろう。傍目から見ても明らかなマタニティドレスを自慢したいのだろうか。
なんて、些細なことでも卑屈に捉えてしまう。ドス黒い感情が私の心を支配する。
これはいけない。私は大きく深呼吸してから既読をつけた。
そして私も着いたと返事をし、目を閉じて3秒数える。
楽しかった高校時代の記憶を甦らせ、当時の気持ちを思い出す。
よし、大丈夫だ。
私はゆっくりと目を開けて柱の影から出た。
「愛花!久しぶり!」
「あずちゃん!久しぶりぃー!」
愛花は私を見るなり、可愛らしい、幸せいっぱいの笑顔で抱きついてきた。
その笑みも、スキンシップが激しめなところも高校時代から何も変わっていない。みんなの癒しだ。
低い身長と胸くらいまである緩く巻いた茶髪。それから大きな胡桃色の瞳は、相変わらず守ってあげたくなるくらいに可愛い。
「いつ着いたの?待たせちゃった?」
「ううん。今来たところだよー。電車が遅れてたから隆臣くんに送ってもらったの!」
「もしかして、いつものオープンカーで?」
「そうだよ。今日はちょっと寒いのにねー」
「そっか、それで体が冷たいのか。少し待ってて」
妊婦の体を冷やすなんて、隆臣くんは一体何を考えているのだろう。もうすぐパパになるのだからしっかりして欲しい。
私は急いでコンビニに行き、暖かいノンカフェインのお茶とカイロを買って愛花の元に戻った。
「はい。思ったより熱いかもだから気をつけてね」
「え、ありがとうー!あずちゃんは相変わらず優しいなぁ」
「そんな事ないよ。当たり前のことをしてるだけ」
「当たり前にこんな事できる人なんてそうそういないよ」
愛花はあざとくウインクをした。………可愛い。
「あとはちーちゃんだね。何か聞いてる?」
「いや、何も」
「どうしよう。そろそろお店の予約の時間なんだけどなぁ。先に行く?」
「あ、待って。既読ついたから、もう少ししたら来るかも」
「ようやくかぁ。相変わらずスマホ見ないよねぇ、ちーちゃんは」
困ったもんだ、と愛花は頬を膨らませた。正直に言うならば、この歳でそれができるのは尊敬に値する。顔面が強くなければ目も当てられないだろうに。顔が良いって得だ。
私は愛花の頭を撫でた。本人は気にしているから絶対に口には出さないけれど、愛花の身長は撫でやすくて良い。細く柔らかい髪といい、低い身長といい、愛花を見ているとたまにこういうペットを飼いたいなと思う時がある。本人には絶対に言わないけど。
「……あずちゃん。今、私のことを小動物か何かだと思ったでしょう」
愛花の声色がワントーン下がる。まずい、気づかれた。おそるおそる視線を落とすと、愛花がジトっとした目でこちらを見上げていた。
低身長を武器にしている女子とは違い、愛花は低身長がコンプレックスらしい。
私はパッと愛花の頭から手を下すと、笑顔を貼り付けた。
「思ってないよ。気のせい気のせい」
「あずちゃんが2回続けて同じこと言う時はだいたい嘘なのよ?」
「……あ、あれ千景じゃない?」
大きな胡桃色の瞳から放たれる視線が痛くて、私は改札の反対側へと顔を向けた。
すると、ちょうど良いタイミングで、ショートボブの女がこちらに向かって走ってきているのが確認できた。
あの走った時にふわりと揺れる、黒とコバルトブルーが混ざり合った独特な髪は間違いなく千景だ。
「あれがこの前言ってたアンブレラカラーかぁ」
「そういえば、この間メッセージで送ってきてたよね。青髪にしたいんだけど、全頭かインナーか、どっちがいい?って」
「うん。そして散々迷った結果、ほぼ全頭のアンブレラカラーになったのよね」
「そもそも何で青?もしや、ちーちゃんの今の推しって青髪なの?」
「そうだよ。『NINA:BLOOD』のハインリッヒ少佐」
「何それ。ゲーム?」
「スマホゲーム。私もやってるよ。普通に面白い」
「ふーん。ゲームはよくわからないけど、充実した生活を送ってるのはわかった。さすがはちーちゃん」
「ほんと、オタクを謳歌してるよね」
「あーあ。私も派手な髪色にしてみたいなー。羨ましい」
「流石にアレは普通の会社勤めには厳しいよね」
「そうなのよー。まあ、そもそも私の髪質じゃあ、ブリーチしたくてもできないんだけどね。髪が死んじゃう」
「わかるー。私も一度ブリーチしたことあるけど、髪がギッシギシになったからそれ以来してないわ」
私たちは走ってきたせいで肩で息をする千景を羨望の眼差しで見つめた。
「遅れたー!マジごめん!」
「おはよう、ちーちゃん。今日も安定の遅刻だね」
「……さては貴様、アニメイトに行っていたな?」
私は目を細め、千景の手にある青い袋を見た。千景はサッとその袋を背中に隠す。
「袋でどこに行っていたかわかるとは、お主もやるな?」
「何年も千景の友達やってたら嫌でも覚えるわよ。その特徴がないことが特徴な青い袋はアニメイトだ」
「で?言い訳は?ちーちゃん」
「実は今日が漫画の発売日なのを忘れていまして。店舗特典の豪華さを考えると早めに手に入れておくべきだと判断し、集合時間に遅れる覚悟で店に走りました」
「貴様。それで我々が納得すると思っておるのか」
「そうだよ。せめて連絡くらいしなよ」
「本当に、何のためのスマホか」
「あずにゃんも愛花もいつも広ーい心で許してくれて、ありがとっ!大好きっ!」
「あずにゃん言うな!」
「全然反省してないなぁ?まったく、ちーちゃんはいつもそうなんだからっ!」
私は舌を見せて戯ける千景の頭を引っ叩いた。何回もブリーチをしているのに、サラサラなままの髪が羨ましいのでついでに撫で回してぐしゃぐしゃにしてやる。
千景はちょっと!と怒りつつ、乱れた髪を両手で直した。
そして数秒、沈黙したまま真顔で見つめ合った私たちはプッと吹き出して大笑いした。
この雰囲気は、高校の時から変わらない。間違いなく私の大好きな空気だった。