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  作者: 七瀬菜々
case2:木原愛花
17/26

4:親友の話(4)

『山田ってさ、文芸部の子らと仲良いの?』


 秋、文芸部に入って一度目の文化祭が近づいていたある日。ゆかりたちと一緒にお昼を食べていた私は、隆臣くんに話しかけられた。

 私は心臓が早鐘を打つのを感じた。


『…………文芸部?』


 ゆかりが険しい顔をして私を見る。私はあからさまに目を泳がせた。


『え、あー。別に仲良いってほどじゃないよ?』

『そうなん?でもこの前、文芸部の部室にいただろ?窓から見えた』

『えっと……。じ、実は成り行きでちょっと部誌の制作を手伝っててさ』

『まじ?俺さ去年、この学校の文化祭に来たんだけどさ、その時に文芸部の部誌買ったんだよ。すげー面白い漫画が載っててさ!』

『へ、へー。そうなんだ……』

『今度また俺も部室に連れてってよ』

『あー、うん。聞いとく……』


 こちらの事情など知る由もない隆臣くんはとんでもない爆弾を落として、颯爽と去って言った。


『ねえ、愛花』


 ゆかりの声がワントーン低くなる。私は俯き、スカートをギュッと握った。


『文芸部って何?あたし、聞いてないんだけど』

『ご、ごめん。ゆかり……』

『ごめんじゃないんだよ、ちゃんと説明してよ』

『そうだよ!何で愛花が手伝いなんてしなくちゃいけないのよ。しかも、私たちに何も言わずにさ!』

『祥子ちゃんもごめん。別に隠してたわけじゃないの。ただその、前に少し助けてもらったからそのお礼?みたいな?感じで手伝ってて……』


 どうしよう。怖い。恐怖心からか、自分でも信じられないほどにスラスラと嘘が出てくる。


『でも、ほんと手伝ってるだけっていうか、別に部活に入ってるわけではなくて……』

『は?弱みを握られてるってこと?』

『いや、違う違う!本当にそういうのじゃなくて!ただ私がやりたくてやってるって言うか』

『じゃあもう辞めな?』

『……え?』

『手伝いを強要されてるわけじゃないなら辞めなよ』

『いや、でも……』

『はあ……。あのさ、愛花のために言うけどさあ、付き合う相手は選んだ方がいいよ?』

『そうだよー。高校生にもなってアニメとか漫画とかで騒いでる奴らだよ?キモいじゃん。無理に付き合うことないよ』

『う、うん。そう、だね』

『あいつらに言えないならあたしから言おうか?』

『いや、大丈夫。自分で何とかするから、大丈夫』

『そ?ならいいけど。あ、あと隆臣くんにあんなオタク女紹介したら許さないから』

『わかってるよ、ゆかり』


 私は笑顔を貼り付けて、もう文芸部と関わらないことを約束した。

 そして広げていたお弁当を畳んで、トイレに行くと言い残して教室を出た。

 自然と涙が溢れてくる。私は誰にも知られたくなくて、教室から遠いトイレの個室に駆け込んだ。


『どうしよう』


 ゆかりたちにバレた以上、このままでは文芸部にはいられない。

 でも、まだ部誌は制作途中なのに。

 あずさがストーリーを考えて、千景が作画を担当して、私がベタ塗ったりトーン貼ったりしたあの漫画、まだ出来てないのに。


 放課後、どうでもいい雑談をしながら作業する時間が死ぬほど楽しかったのに。

 


 *



 ゆかりに文芸部のことがバレてから2週間後。文化祭の3日前のこと。

 事件は起きた。部室が荒らされたのだ。

 印刷所から届いた部誌は墨汁を撒かれ、汚されて使い物にならない。追加で印刷を頼む時間もお金もない。

 私たちはこの年、文化祭に参加できなかった。


『ごめん、なさい……』


 文化祭前でことを荒立てたくたくない先生はこの事を内々に処理したが、こんな事をしでかした犯人は分かりきっていた。

 だから私はあずさと千景に心から謝った。2人は私は悪くないと言ってくれたが、悪くないわけなかった。

 だってそうだろう。私が文芸部に入りさえしなければこうはならなかった。

 

 私は籍だけを残して、部室へ行かなくなった。


 責任を感じて、とかじゃない。ただ怖くなったのだ。2人に嫌われることが。

 犯人は分かりきっているのに、またいじめられる日々が待っているのかと思うと私は怖くて動けない。ゆかりから離れることもできない。私はこれからも彼女

のペットとしての地位を守りたい。

 そのくせにまた、たまの癒しスポットとして文芸部を使わせて欲しいなんてどの口が言えるというのか。

 

 



『文芸部はもういいのか?』


 文化祭から2ヶ月。終業式のあと、カラオケでゆかりたちと2学期お疲れ様会をした時のこと。

 トイレに立った私を追いかけてきた隆臣くんは、そう尋ねた。

 正直、元はと言えばお前のせいだろうと怒鳴りつけてやりたい気分だった。


『別に。元々好きで行ってたわけじゃないし』

『そうなのか?あの部室にいる山田は教室にいる時より、キラキラして見えたけど』

『……っ!?』

『教室にいる時みたいに不自然に笑ってなかった。自然な笑顔だった』

『わ、わかったようなこと言わないでよ』

『上原たちより、新山たちの方が普通の友達に見えたよ』

『うるさい!!』


 私は隆臣くんを睨みつけた。

 そうだよ。友達だよ。少なくとも私は2人のことをそう思ってたよ。

 でも、私が2人と友達になることをゆかりは望んでない。彼女が望まないことはできない。

 

『女子のそういうの、隆臣くんにはわかんないでしょ』

『うん。全く』

『じゃあ二度と口出して来ないで』

『それがそういうわけにもいかないんだよな。ほい』


 隆臣くんは悪戯を企む子どものような顔をして、私の頭の上に薄い冊子を置いた。私は落ちないようにそれを両手で掴む。

 この手触り……


『部誌……?』

『プレゼント』

『なんで……?』

『中、見てみ?』


 中を開くと、一番初めに手紙が挟まっていた。


------


 せっかく()()と作った作品を手元に残しておかないのは勿体ないと思って、5冊ほど印刷しました。

 一冊は千景のファンだと言う謎のイケメンにあげました。一冊は部室に置いておきます。残り3冊は私たちで持っておきましょう。


 友達になった記念に。


-------


 ピンクの花柄の可愛い便箋には、小さな丸文字でそう書かれていた。あずさの字だ。

 部室に来いとは言わない。文化祭でのことを掘り返すこともしない。

 それなのに、どうしてあずさの言葉はこんなにも私を安心させてくれるのか。

 気がつくと私は部誌を抱きしめて泣いていた。


『うう……』

『いつでも電話して来いってさ。文芸部の活動は学外でも出来るからって』


 学校で自分たちと絡むのがダメなら、場所を変えればいい。千景はそう言っていたらしい。


『番号、知ってるんだろ?』

『うん』

『戸村が言ってたぞ。コミケ近いからアシスタント募集中って。コミケって何?』

『なんか本作って売るらしいわ』

『へー。ま、とにかく山田がいないと困るってよ』


 友達が困ってるなら助けてやらないとな。隆臣くんはそう言って、私の頭を撫で回した。


『俺、先に戻ってるから。落ち着いたら戻って来いよ』

『隆臣くん。ありがとうぉ』

『おう。あいつらには山田はでっかいの出してるって言っとくわ』

『最低。私のありがとうを返せ、馬鹿』

『冗談だよ。じゃあ、また後で』


 手をひらひらとさせ、隆臣くんは部屋に戻って行った。歯を見せて笑う隆臣くんの笑顔に私はうっかりときめいてしまった。




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