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  作者: 七瀬菜々
case2:木原愛花
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2:親友の話(2)

 男ウケする容姿と今よりも少し気の強い性格のせいで、中学時代は散々にいじめられた。


 話したこともない男に好意を向けられてもちっとも嬉しくないことも、

 理不尽な言いがかりに正論で返したら生意気だと言われることも、

 女子の集団からハブられる面倒くささも、女子の嫉妬の恐ろしさも、

 それからピンクがぶりっ子女の象徴であることも、


 私は全部、中学で学んだ。

 もう2度と、こんな思いはごめんだった。

 だから高校からはキャラを一変させた。


 髪はみじかくきりそろえ、ヘアアレンジも化粧もやめた。

 女子には媚び、男子には塩対応を徹底。周りに同調して、カースト下位のオタク女子を小馬鹿にすることにも余念がなかった。

 そうやって必死に自分を取り繕った結果、私は学年で一番力のある上原ゆかりと森野祥子のペットとしての地位を手に入れた。


 カーストトップと過ごす高校生活はとても快適だった。

 周りは常に気を遣ってくれるし、多少のわがままだってすんなりと通る。大半の男は私たちを高嶺の花だと思って、告白なんてしてこない。

 中学の時のようにいじめられたりしない。

 私はようやく、安寧を手に入れた。


 …………そう思っていた。


 転機が訪れたのは高二の春だった。

 同じ学年に編入生がやってきた。そこそこイケメンで人当たりが良く、まさに陽キャという感じの男の子。彼は転校初日にはもうクラスの中心にいた。

 友人の一人だった上原ゆかりは彼、木原隆臣に一目惚れした。

 

 ゆかりは隆臣くんと仲良くなろうと積極的に話しかけた。

 私はそんな彼女を応援するため、ピエロを演じた。隆臣くんたち一軍男子の前でふざけて笑いを取ったり、わざとドジを踏んで手のかかるペットのように振る舞った。

 ゆかりと祥子はそんな私を見て無邪気に笑い、最後にはいつも、愛花はしょうがないなと私のお世話を焼いた。


 こんなバカな子と友達でいてあげている私って素敵でしょう?

 愛花は私がいないと何にもできないの。だから優しい私は愛花のお世話をしてあげてるの。


 あれはそういうアピールだった。

 隆臣くんの周りの男子たちは私を見て可笑しいと笑った。そしてゆかりの思惑通り、彼らはゆかりを褒め称えた。

 

 けれど何故か、隆臣くんだけは私を笑わなかった。


 あなたに笑ってもらわないと困るんだけど。

 私は私のことを笑わない彼に苛立っていた。そしてそれはゆかりも同じで。

 ゆかりは男子の目のないところで私にキツく当たるようになった。

 

 隆臣くんの前ではピエロを演じ、ゆかりの前では何を言われてもヘラヘラと笑うだけのサンドバッグに徹する日々。私は少し疲れていた。

 だからあの日の昼休み。先生に呼ばれているからと嘘をついて、普段は使われていない北棟に向かった。

 そこは文化部の部室が集まっている棟で、そこの4階はほとんどが空き教室となっていた。


『ここでいいか』


 私は旧地学準備室の扉を開けた。

 普通の教室の半分ほどしかない室内には、長机とパイプ椅子が2つ。それから天井近くまである大きな本棚がひとつだけ置いてあった。

 

『文芸部かな』


 私は本棚に並べられた本たちを指でなぞる。

 太宰治、芥川龍之介などの純文学の他にも、東野圭吾や宮部みゆきなどの本が並んでいるかと思えば、2段下の棚にはライトノベルや漫画がたくさんならんでいる。

 何というか、いかにもオタクの集まりという印象しかない部活の部室だ。


『確か文芸部は去年の3年が卒業して、今は部員がいないから休部状態だったはずよね』


 休部状態の部室なら人が来ないだろう。私はパイプ椅子に腰掛け、机に突っ伏して泥のように眠った。



 次に目が覚めたときにはもう既に5限が始まっていた。


『おはよう、山田さん』


 半分だけ開いた窓。そこから入り込む生温い夏の風が少し黄ばんだ白色のカーテンを揺らす。

 窓の側に置かれたパイプ椅子に座り、本を読んでいた女生徒は私と目が合うととても穏やかに微笑んだ。

 この子は確か同じクラスのオタク女子。名前は……


『えっと……』

新山(にいやま)だよ。新山あずさ』


 あずさは柔らかい声色でクラスメイトの名前さえろくに覚えていない失礼な私に、名前を教えてくれた。

 彼女のことをカースト下位のオタク女子だとずっと小馬鹿にしていた私は、なんだか無性に恥ずかしくなった。

 

『よく寝てたから、そのままにしちゃった。ごめんね』

『いや、別に。私、気分が乗らない時はサボることもあるから……、ん?』

『どうしたの?』

『えーっと。新山さんは、ここで何してるの?』

『んー?サボりだよー』

『……え?』


 真面目な印象が強かったあずさがサボりなんて。私は目を丸くした。

 すると、あずさは私の顔を見てプッと吹き出した。


『そんなに意外?』

『う、うん。だってサボるようなタイプじゃないじゃん。いつも真面目だし』

『そう見えてるんだ。ふふっ』

『な、何が可笑しいの?』

『実は私ね、成績は常に上位を維持して、先生の頼み事は普段からから断らないようにしてるの』

『……へぇ?』

『そうするとね、自然に先生からの信頼が得られるでしょう?だから、そこそこの頻度で体調悪いんですって言っても、先生たちは一ミリも疑うことなく信じてくれるのよ』


 軽い口調でそう話すあずさは、舌を出して戯けて見せた。

 こちらの勝手な想像とはまるで違う女の子の姿に私は困惑した。


『あ、そうだ。ここは文芸部の部室だから、今後も昼寝場所として使うならちゃんと入部届出しといてね』

『え?文芸部って休部状態でしょ?』

『そうだよ。でもあと1人部員が見つかれば活動を再開できるの』


 あずさは、どう?と首を傾げた。

 それは私に入部しろと言っているのだろうか。このカースト上位の私に、最下層の人間が所属する部活に入部しろと言っているのだろうか。

 ふざけるな。私はそう言い放ってやりたかった。

 でも何故だろう。あの時の私は何も言えなかった。


『山田さん。教室とは別に居場所があると楽だよ?』


 見透かしたような目をして、あずさが言う。

 まるで、私がゆかりたちといることを苦痛に思っていることを理解しているみたいだ。


『……考えとく』



 そう返事をした私は結局、1週間後には文芸部員になっていた。

 



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